自分の気持ち

ヨガの師匠のカウンセリング

ついに見つけた。そんな感じだった。

3回目の愛着障害のカウンセリングに行く前に予約が取れたので、ヨガの先生の師匠がやっているカウンセリングに行ってきた。大正解だった。なぜ愛着障害のカウンセラーに確信が持てなかったのかも、明確にわかった。

1)通いやすい

愛着障害のカウンセラーもバス一本で通える範囲ではあるけれど、やはり交通の便が悪かった。師匠のところは電車を乗り換えなければならないけれど、町なかにあり、最寄り駅から徒歩で行けるところがよかった。しかも以前住んでいたところの隣町なので、土地勘も十分あり、安心度も高かった。

「通えるか通えないか」ではなく、「通いやすい」ところに行っていいのだと思った。

2)究極に良心的な価格

愛着障害のところよりも5ポンド安い45ポンドなのに、時間は90分とたっぷりだった。カップルカウンセリングも1時間だけれど、だいたい始まってすぐは雑談から入るし、いつも最初から「あとどれくらい時間があるか」と気にしてばかりで、安心して十分話をすることができない。

90分だと時計を見ることもなく、かなり気持ちに余裕を持って落ち着いて話せた。きっと、ボランティア精神でこの仕事をされている人なのだろうなと思った。

3)安心感

師匠はインド人の名前だったけれど、普通に白人の男性だった。おじいちゃん、という年齡に差しかかっているだろうか。書面には英語の名前も書いてあったので、きっとこのインドの名前は、ヨガを教えていく中でつけてもらったヨガネームなのかなと思った。

左耳にピアスをしていたので、最初はゲイなのかなと思った。それで少し安心した自分がいた。もしかしたら、女性のクライアントを安心させるためにわざとつけているのかもしれない。のちに判明したところ奥さんがいたのでゲイではなかったけれど、セッションで不安を感じることはなかった。

もちろん、プロフェッショナルなカウンセラーなら不安になるようなことをしてくるわけがない。わかってはいたけれど、今までの経験があるから男性と聞くとどうしても不安になってしまう。男性でも大丈夫なのだと、ここでひとつブロックが取れた気がした。

3)ヨガと心理学の共通点

師匠は40年以上ヨガを教えていて、それから心理学を勉強したのだけれど、もう既に知っていることがたくさんあったらしい。勉強していく中で、「ああ、ヨガのあれのことか」ということが多かったとのこと。逆に彼の知り合いで心理学の専門家がヨガを勉強し始めたら、「ああ、あれのことか」と思うことがたくさん出てきて驚いたらしい。

たぶん、人の心理を研究すればなんでも同じところに行き着くのだろう。紀元前からあるヨガと、まったく別に研究された西洋の心理学がきちんと同じところに行き着いたというのは、本当に興味深い。「不安症の個人セッション2回目」でCBTのセラピストに言われたことは、本当だったのだ。

4)経験が豊富

愛着障害のカウンセラーと違うと感じたところは、私が言うことをもうわかっている感じだったところだ。愛着障害のほうはやはり、まだまだ何回か会って話をし、Kelokoという人間を知らないと、という感じだった。なので、細かい誤解だったり、行き違いになっているところがけっこうあった。

師匠も憶測で話しているところもあるけれど、きちんと「これは憶測だけど」と言ってから話すし、「へ??」とまでなるような完全な見当違いがない。話していることのどれもが私に当てはまり、「ああ、これってそういうことだったのか」と思うことばかりだった。

5)説明が豊富

他のカウンセラーではまったくなかったことのひとつに、「説明」があった。カウンセリングとは本来そういうものらしいのだけれど、普通はただただ会話をしていくだけで、「これはこういうことだ」という説明も、「そういうのは◯◯と呼ばれる」というような診断もしないらしい。

もちろん「あなたはこれです」という診断を突きつけてくるわけではないけれど、少なくともなにか病名単語を知ることによって、自分でも本を読んだり理解につなげていくことができる。またどういうメカニズムでこうなっているのかがわかることで、また同じことが起こったときに大きな理解につながる。これは外せないと思う。

カウンセリングが終了」でも書いた通り、以前のカウンセラーは日本人だったけれど、お勧めの本を教えてくれなかったりした。やはり、日本人かどうかではなく、自分に合うか合わないかで決めるべきだ。

サイトには書いてなかったけれど、師匠は愛着障害のことも知っていて、親子関係の問題に経験が豊富なようだった。「PTSD」とよく聞くけれど、私もこの「Post-Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)」だろうということだった。

これには災害や人災が原因となる「急性トラウマ」から、児童虐待のような「慢性トラウマ」もこれに入るとのこと。PTSDというと、帰還後の兵士がかかるものだと勝手に思っていたのだけれど、違った。私はこれだった。ついに病名が判明した、という気がした。

6)「気持ち」に注目

さらに決定的な違いは、やはりヨガの経験によるものなのだろうけれど、「気持ち」や「感覚」に非常に注目するところだった。ここが劇的に違った。

他のカウンセラーはやはり理論で動いているし、もちろん共感を示したりと感覚を使って癒していくことはあるけれど、「頭」を使って言葉でやりとりをして、そこから「気持ち」の変化まで持っていくことしかできない。でもヨガを知っていると、「体」から直接「気持ち」にアプローチする方法もわかるのだ。

ヨガの先生もそうだけれど、師匠もよく「How were you feeling then?(そのときどういう気持ちだった?)」と聞いてきた。師匠の場合はまた一歩進んで、「体のどこにどんな感覚を感じていたか」を言わせてくる。これがすごいと思った。

ということで、即決でこの師匠のところに通うことに決めた。愛着障害のカウンセラーには、申し訳ないけれど「通いやすいところが見つかったので」と断りの連絡を入れた。もちろんそれでごちゃごちゃ言うようなアンプロフェッショナルな人ではなかった。

私は自分の気持ち直感に従うことにした。

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ヨガの先生の師匠

前回のヨガで先生といろいろ話をしたけれど、それに加えて、とてもいいカウンセラーがいるとのことで、紹介してもらった。

実は、二度ほど行ってみた「愛着障害のカウンセラー」は、どうかなと思い始めていた。なぜかわからなかったけれど、なんとなくしっくりきていなかった。模様も形も合っているのに「これここでいいのかな?」というジグソーパズルのピースのようだった。合っているのだけれど、なにか間違っているような。最後まで完成してみればこれが合っているかどうかはわかるのだろうけれど、まだ先も長くて残りのピースもたくさんあるしな…というような。

私のまとめも活用してくれていて、短期間での解決を目指す人で、愛着障害のことも詳しいし、私がまだ知らないことをたくさん知っているような感じで、かなり期待できそうだった。でも、なんだかしっくりこなかった。

これはなんだろうと考えてみたところ、大きなギャップを感じているような気がした。

カウンセラーは駅から離れた一軒家が立ち並ぶプライベートエリアの中に住んでいて、私たちが車がなくてバスで通ってくることを知るとびっくりしていた。こういう上流っぽい人だから、いい教育を受けていてたくさん知識もあっていいことのように思えるけれど、やはり大きなギャップを感じた。

家からはバスで一本で来れるのだけれど、そのバスも30分に一本で、イギリスのすぐ暗くなる冬に、こんな駅から離れた森の中のようなところに通えるだろうかと不安ではあった。しかもそんな大変な思いをして、また高いカウンセリング料を払ってと思うと、なんだか心地がよくなかった。

夫は毎度のごとく「お金じゃない、クオリティだ」と言っていて、駅からタクシーで通ってもいいのだと言っていたけれど、私の中ではそれもしっくりこなかった。料金が高ければクオリティがいいというものではないと思った。

もうひとつ、彼女は私のような外国生まれの外国人と接したことがあまりないような感じだった。文化の違いがあるということも頭に置いて話はしてくれるのだけれど、それがあまりにも「異邦人」と思われているような印象を受けた。もしかしたら彼女もそういうギャップを感じていて、だから初回のあとに「通うかどうかよく考えて」と言っていたのかもしれない。

例えば私が「実家は北朝鮮のようだった」と言っても、ピンときてもらえなかった。普通のイギリス人にとっては南北まとめて「Korea」という国だし、「North Korea」と言っても北と南でなにが違うのかもわからない。北朝鮮が独裁政権であることも知らないし、「Korea」に対して「侵略戦争」をやった日本人が「やばいこと」を言っているような、そんな印象を持ったように見えた。これではカウンセリングは困難を極める。

カップルカウンセリングのカウンセラーは、町なかのrelateのオフィスでカウンセリングを行っているくらいだから、自宅で上品にやっている人よりも、よっぽど庶民的なのだろう。着ているものからしても私たちとそんなに生活レベルも変わらないだろうし、もちろん外国人とも接して生きている感じがある。

あとは身振り手振りも大きいので、知らない単語が出てきてもほぼどんなことを言っているのかがわかった。これは大きいと思った。愛着障害のカウンセラーは、きれいな英語で外国人にもわかりやすく話してくれるのだけれど、調子がすごく平坦で、話の途中で置いていかれてしまうことがよくあった。

考えてみると、こんなにもたくさんのネガティブな気持ちを抱えていた。

早くカウンセラーを見つけて、早く問題に着手して、早く解決していきたかった。けれど、今までずっとそうやって都合に合わせて自分の気持ちを無視してきたがために、こうなってしまっているのだ。前職だって、そうだった。夫が仕事を辞めるからと、早く仕事を見つけなければと思い、焦って安い仕事をつかんでしまい、正社員にしてくれると言われたのにけっきょく一年で辞めることになってしまった。

焦る気持ちはあったけれど、きちんと自分の気持ちを見つめてカウンセラーを見つけないと。そう思い始めた。

ヨガの先生には、私がカップルカウンセリングを受けていること、それに加えて、自分だけのカウンセリングもやらなければならないこと、最近カウンセラーを見つけたことを話していた。いつも「カウンセリングはうまくいってる?」と聞いてくれたので、この愛着障害のカウンセラーにしっくりきてないことも話した。

すると「もしいい人がいるならいいのだけれど」と前置きをして、「すごくいい人を知ってるから、もし必要だったら」と、お勧めのカウンセラーを紹介してくれた。

教えてもらったサイトを見てみると、なんと「ヨガの先生探し」をしていたときに「もうヨガは教えていなくて、今はカウンセリングだけやっている」と返信してきた男性だった。驚いた

二回も出てきたということは、きっとなにかがあるのだろうと思った。

ただ、女性がよかった。でもヨガのように体を触ったりするのではなく、ただ話をするだけだから、いい人なら男性でも大丈夫かもしれないとは思った。カウンセラーの前は40年ほどヨガを教えていた人らしく、心と頭の一致など、より総合的に診てもらえそうな気がした。

のちにわかることだけれど、彼はヨガの先生の師匠だった。

愛着障害のことはサイトに書いてなかったけれど、載っていたレビューには「親との問題が解決されて、自分の子供に同じようなことをしてしまうのが防げた」というのも書いてあったので、親子の問題をやっている人だということもわかったし、トラウマについても書いてあった。

不安もあったけれど、楽しみでもあった。なんにせよ、早く自分に合うカウンセラーを見つけたいと思った。そしてそれはすぐに叶った。

ヨガで夢について話す

ヨガ開始」してから、毎週通っていた。

先生は、まず最初に「How are you feeling?(今どんな気分?)」や「How was your week?(今週どうだった?)」と聞いてくる。私はこれをただのイギリス的挨拶だと思っていて、「I’m alright(元気です)」などといつも通りに返していた。教科書にも載っているような、「How are you?」「I’m fine, thank you」というやつだ。

だが先生はそこで終わらず、何度も詳しく聞いてきた。どうも、本当に私の様子を知りたいようだった。そのうちだんだんと、先生はこの回答をベースにセッションを組み立てているらしい、ということがわかってきた。

穏やかなのか、悲しいのか。つらいのか、ラクなのか。嬉しいのか、怖いのか。

この先生との毎回のやり取りが、自分の気持ちを把握するのにとてもいい練習になった。その日そのとき、自分がどういう気分なのか、なにを感じているのか、どんなことが心の中にあるのか。最初はとても難しかったけれど、先生の家に着く前に電車の中でじっくり考えておくようにしたりして、練習していった。

のちには「今日やりたい気分のポーズ」も聞かれるようになっていく。先生はそれを組み込んで、セッションを組み立ててくれた。自分の気持ちを100%取り入れて、動いてもらえる。そのことがとても新鮮だった。

ちょうど2回目のヨガの日。その朝に「悪夢に夫が追加」されたのを見たので、かなりぐったりしていた。なのでこのことについて、先生に話してみた。

家族にいじめられてなにもやり返せずに、体がどんどん動かなくなって恐怖で飛び起きる悪夢があり、これを数か月に一度見る。今朝もちょうどこれを見て、今回はがそこに加わっている夢だったと。

この話をしている際も、怖かったところを話すときに「ハハハ」と笑いながら話している自分に気づいた。先生は真剣に聞いてくれていたのに、怖いところはどうしてもごまかしてしまう。「喉に問いかける」で「怒り」を押し殺していたのと同じだ。

こうして笑いながら話してしまうと、人によっては「そんなに深刻ではないのだ」と思ってしまう。夫のような回避型は特にスルーしてしまうので、私が抱える恐怖や怒りが見えない。人には「シリアスなことでも笑い飛ばす器の大きい人間」ととられてしまったりもする。そしてますます私の気持ちが誰にも理解されず、無視されていく。

これをとめなければならなかった。

このときはまだよくはわかっていなかったけれど、これも私が子供のころに身につけたサバイバルテクニックのひとつだった。親は私の気持ちを無視してくるから、無視される前に笑っておけば自分が傷つかなくて済む。凹んでいる自分を見せて、「なにそれ」とあしらわれてしまったときのつらさや怒りを考えると、先に自分から笑い話にしておくほうがいい。

私が「怒り」と「不安」を無視しているのは、それを認識してしまうと生きていけなかったからだ。まさに夢の中のように親にそれをぶつけても、効き目がない。

夢のことを話したからかどうかはわからないけれど、1回目とはかなり違うポーズをやった。最後のヨガニードラでは、なんといくつも夢を見た。そのひとつがなんだかおかしいもので、内容はまったく覚えていないのだけれど、「フフフ」と笑って覚醒してしまった。黙って続けたけれど、なんだかおかしくて顔がにやにやしてしまった。

値段は高いけれど、やはり私のようにメンタル重視の場合は1対1のセッションがいいと思った。先生は昼間しかできないから、仕事が始まってしまったらできない。お金は仕事が見つかればどうにでもなる。今できることを十分にやっていこう。そう思った。