空っぽ

結婚と自分の気持ち

「気持ちと頭がつながっていない」ことに関して、結婚を思い出したのでセラピストに話してみた。

結婚前、私は日本で働いていた。当時の会社は忙しくて景気のいい会社だったのだけれど、それが突然傾いた。これで会社がだめになったら、家賃補助もなくなってアパートを出なきゃいけなくなる。そうしたら住むところもなくなって、実家に行かなきゃいけなくなる。そんなことになったら死ぬ、と最大の不安を抱えていた。

そんな私の不安も感知せずにのほほんとしていた今の夫に、自分はこんな状況で大変なのだということを半ギレで言った。すると彼はなにも考えずに、「お金ならオレがあげるよ」と言ったのだ。

しばらく固まった。そしてがドバーっと出て止まらなくなった。

この世の中に、話を聞いたり優越感をくすぐってやらなくても、いつなにをされるかわからず怯えながらも耐えてついていかなくても、私のことを無条件に世話してくれる人間がいたのだ。これはのちに間違いだったということに気づくのだけれど、このとき私は生まれて初めての大きな安心を感じた。

当時、私は日本、夫はイギリスにいた。お互いの国には半年しか滞在できないため、一緒に暮らすには結婚しかなかった。私は渡英を考えた。

夫は一緒に暮らしたいとは言ったけれど、結婚を渋った。自由人なので、縛られることに抵抗があったのだ。でも私は仕事を辞めて荷物も引き払って渡英するには、結婚という条件がないと嫌だった。日本での生活を捨てて渡英するならば、それくらいの覚悟を持って迎えてもらわなくてはならないと思った。

一度イギリスに遊びに来て、夫の家族に会った。そして普段はまったくジュエリーを身につけることもほしがることもない私が、婚約指輪を買ってもらった。このときの私にとっても、結婚はまったく現実味のないことだった。夫のことも、きっと自分自身でさえ、現実感がなかった。だからたぶん「指輪」という、目に見える確かなものにこだわったのだと思う。

それからすぐ、「婚約ビザ」申請の準備を始めた。イギリスで外国人と結婚するには、婚約ビザの取得が必須だった。婚約ビザで入国しないと、役所で結婚を受け付けてくれないのだ。

婚約ビザは、取得後数か月以内に渡英しなければならず、有効期限は渡英後半年。その間に結婚して「配偶者ビザ」に切り替えるか、帰国することになる。婚約ビザでは社会保障は一切なし、労働も許可されていなかった。

渡英後しばらくは時差ボケの体調を調整したり、こちらの生活で必要なものを買いに行ったりする日々を送っていたのだけれど、私はすぐに就職活動を始めた。日系の人材会社に登録して、応募し始めた。仕事をするには結婚して配偶者ビザに切り替えないとならないので、役所に申請して結婚の手配も始めた。

そして、結婚した。すべてが流れだった。

実際、私は夫のことを好きかどうかもわからない。わからないで結婚している。もちろん嫌な気持ちはないし、嫌だと思う人とまでつき合ったりすることはないけれど、本当に夫が好きで結婚したというよりは、好いてくれた人がたまたま嫌な人でなく、最初から家族のように馴染む人だったからだ。

この「家族のような」というところがポイントで、私は実家の家族とはまったく違う夫と結婚したつもりだったけれど、実際のちに判明したことを見てみると、まったく実家と同じことをしてくる人間を選んでしまっていた。人間というのは、どれだけ嫌だったとしても馴染んだ環境に自分の身を置いてしまうという。恐ろしいことだ。

夫は白人のイギリス人だったけれど、最初から「外国人」という感じが一切なかった。他の外国人の友達もたくさんいるけれど、彼らは外国人という感じがする。でも今でも夫のことをそう思うことはない。どれだけ文化の違い的なことを感じたとしても、外国人とは思えない。それくらい馴染む。

逆に夫に、どうして私と結婚したのかを聞いてみると、はっきりとした理由が返ってきたことは一度もなかった。これこそがまさに「気持ち」なのではないかと思った。理由がなく、ただ感じるもの。

というのも、理由があった場合はその理由がなくなったら変わってしまうということだ。たとえば優しいところが好きだったら、冷たいところが見えたら嫌いになってしまう。私は男性を好きになっても、どれも嫌いな面が見えるとすぐ冷めてしまっていた。「気持ち」ではなく「理由」だった。

私の気づき」も、「離婚したら実家に行かなきゃいけなくなる」と思ったから、この結婚をどうにか続けるために自分を曲げてでも頑張ろうと思ったのがきっかけだった。「夫を愛しているから一緒にいたい」というわけではなかった。都合であり、空っぽだった。

夫は私を好いてくれていて、いろいろ家事もやってくれるし、こんな私に頑張ってついてきてくれるし、荷物も持ってくれるし、気持ち悪いもの片付けてくれるし、一緒にいる理由はたくさんある。でも理由をつけられるのは、本来の「気持ち」とは言えないのではないだろうか。

私の気持ちは、いったいどうなのだろう。夫が気にかけてくれないとき、雑に扱われたとき、もう嫌だと思う。無理だと思う。それはどうなのだろう。

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それでも落ち続ける日々

契約満了で辞めると決めてからは、落ち着けるものと思っていた。でもそうではなかった。

落ち着けるどころか、毎日毎日「やっていける」と思ったり「駄目だ」と思ったりして、ジェットコースターのように気分が上下して休まることがなかった。朝方の4時ごろに目が覚めてはパニックに陥ったり、電車の中で突然どーんと落ちたりした。死ぬことを考え始めたのも、このころからだ。

食べるためだけに毎日毎日仕事に行って、会社で8時間過ごして帰ってきて、家の片付けをして、また次の日仕事に行って。毎日毎日、体を維持するために食べ物にお金を消費して、また消費するためのお金をもらうために仕事に行って。こんなことをやっていて、なんの意味があるのだろうと思った。こんなことをあと何十年もやるのかと思うと、気が遠くなった。

もう終わりにしたかった。本気で、こんなことを70年も80年もやるために生まれてきたのだろうかと思った。生きている人たちが信じられなかった。

自殺をする人というのは、もちろん悩んで悩んで遺書も書いて意志を持って飛び降りるような人だっているけれど、突然すぎて周りにびっくりされるような人もいる。あれというのは、本当にこうして突然落ちたときに、フとなにも考えずにプラットフォームから一歩出てしまったり、ベランダから出てしまったりするのだと思った。

落ちていたり、そこにまたお酒を飲んでいたりすると、「これをしたら死ぬ」というのがフとなくなるときがある。そういうときにこの世とあの世の境目がなくなって、そこへ落ちるのだと思った。

「正気でなくなる」というのは、そういう一瞬のことだと思う。私はまだそういうのを観察的に考えられていたから正気だったとは思うけど、正気でない一瞬というのは誰にでもある。このあたりはもう、それこそその人の運命そのものなのだと思った。

きれいな光り輝く天気の日でも、「世界はこんなにきれいなのに、なんで私はこんなに眉間にしわ寄せて下がり眉でつらい思いをしてるのだろう」とますますうつになった。健康であるだけで幸せだとも思うのに、仕事なんかなくたって失業手当もらえばいいじゃないかとも思うのに、明日死んでしまうかもしれないのだから、遠い先のことなんて考えずに今やりたいことをやればいいじゃないかとも思うのに、仕事がない、安定してない、家賃どうするのだ、子供どうするのだと浮かんできて、とにかく落ち続けた。

このときは、なぜこんなにも落ちるのかまったくわからなかった。仕事がなくなるから落ちているわけではなかった。でもそうしたらなにが問題なのかわからなかった。

日本では失職で自殺をする人が多いと思う。仕事に就くのが大変で、一度離職したら再就職が困難だからだ。生活保護を受けることに抵抗や問題もあったりするので、収入がなくなることがすぐ死を意味する。そこがクリアできていたとしても、日本人は仕事を通して「自己実現」しようとしたり、「生きがい」にしたりする。人生における仕事の存在が大きい。

仕事というのは、たくさんあることの中のひとつだ。自己実現なんて人それぞれだし、仕事だけがその場とは限らない。もちろん毎日するものだから、生きがいにできたらいいことだとは思う。でも仕事というのは、自分の意志とは無関係に失うこともある。それだけを糧にして生きていたら、人生が危うい。

私は仕事を通して自己実現をしようとしていたわけではないけれど、今思えばこのあたりにヒントがあることがわかる。

私は、空っぽだったのだ。

私には、どこにも自分がなかった。

仕事でも、料理でも、旅行でも、友達との時間でも、夫との生活にも、どこにも自分がなかった。なにをしていても、自分がいなかった。だけはそれをおこなっていたけれど、実質がなかった。

確固たる愛情を感じていたわけでもなく、物理的に一緒にいるのに必要なビザを取るため、夫と結婚して一緒に暮らし始めた。旅行へ行けば、有名な場所へ行って、ただ見て写真を撮った。行ったことを感じるために、切符やパンフレットを持って帰った。そこには味わいが欠けていた。バーチャルだったのだ。

それに潜在的に気づき始めたからこそ、落ちるようになってきたのだ。それまではそれがおかしいこともきっとわかっていなかったし、自分は普通の人たちと同じように生きているのだと認識していた。それがイギリスで生活する中で「実際の自分」を求められたり、夫との生活の中で問題が起きるようになって、だんだんと違和感不都合が出てきたのだ。

そして、ついにもう存在すらしていられないようになった。「空っぽ」という現実に潜在的認識が追いつき、自分の存在がわからなくなってきたのだ。

最初の「私の気づき」から、4年。本格的な崩壊が始まった。

ミラーマン

このころ会社から、1年の産休カバー契約のあとに、正社員として残るつもりがあるかどうかを聞かれた。産休中の人が戻ってくるかどうかはわからないらしいけれど、それを聞かれたということは、そのオプションがまったくないわけではないということだった。

友人たちは、私の頑張りが認められたのだと「おめでとう!」「よかったね!」と言ってくれた。それを聞いて私はびっくりした。なぜかというと、私はその話があったときに激しく落ち込んだからだ。

なぜ落ち込んだのかというと、傷つく場所に「残る」という選択肢ができてしまったからだった。夫の仕事がない今、私に正社員の仕事ができたら助かる。残ればいいことは誰にでもわかる。でも残りたくない、これ以上傷つきたくない。いっそのこと、そんなオプションを提示なんてしないでほしい。そこまで思っていた。

でもその気持ちは誰にも理解してもらえなかった。物理的なものが見えないバーチャルな人もいたし、説明してもわかってくれずに私が謙遜してるだけなのだとただひたすら思い込んでいる人もいた。ますます世の中が恐ろしくなった。

私に残ってほしい理由が、私の仕事ぶりを評価してくれたのだと思えたり、産休中の人が戻るまでのつなぎなのだと思ったりして、気持ちがアップダウンの連続だった。「人前で話す」業務もしなくてよくなり、そこまで契約延長を拒む理由もなくなってしまった。偉そうな同僚を見ては嫌になったり、できる同僚を見ては一緒に仕事をしたい気持ちが出たりした。とにかく心が落ち着く暇がなく、きつかった。

今これを読んだらすぐにわかることだけれど、このときの私には「自分」がまるでなかった。親から「自分」を育ててもらえなかったからだ。いつも親や周りを考えて、それに合わせて行動するように訓練されてきたため、「自分」がどうしたいのかを考えることをしなくなり、ついには「自分」を失った。

だから、会社が私の仕事ぶりを評価してくれたら気持ちが上がるし、そうでないと自分の価値がないような気がして気持ちが下がった。優越感を味わうために私を見下してくるような同僚がいると凹まされたり、びっくりするほど仕事ができる同僚がいると「この人に認めてもらわなければ」と思ったりした。

自分に対する評価が、すべて「外的要因」で作られてしまっていたのだ。

以前のカウンセリングで仕事について聞かれたとき、好きか嫌いかすぐ答えられなかったことがあった。人からほめられたら楽しいし、誤解されたりミスを指摘されたら楽しくなかったから、一様にどうであるか答えることはできなかったからだ。

「仕事そのもの」ではなく「人からどう思われているか」で、仕事が楽しいか楽しくないかが決まってしまっていた。自分がその仕事をどう思うか、好きなことなのか苦手なことなのか、やっていて楽しいのかつまらないのか、どういう作業はすきだけどどういうことは嫌いなのか、まったくわからなかったのだ。

自分がまったくなかった。空っぽだった。でも当時はなにが起こっているのかわからなかったし、なんでこんなにもつらいのか、なぜこんなにも少しのことでアップダウンしてしまうのか、なにもかもがわからなかった。

会社がどう言おうと「自分がどうしたいのか」があればいいことだった。残るオプションを提示されても、自分がどうしたいのかに合わなければ辞める、合わせてもらえるなら続ける、どこまで合わせてもらえるのか、どこは無理なのか。そうして決めればいいことだった。会社がどうかということで、いちいち凹む必要はないのだ。

今までは、そうやって自分の思うことを言えない人のことを「なんでちゃんと言わないの」と責めていた。でも言えない人には言えない原因がある。自分がわからない人、わかっていても口にできない人、みんなそれぞれ違うブロックがある。そこを紐解かずに「言わないとだめだよ」と言うだけでは問題は解決しない。このときそこだけは学ぶことができた。

ダイエットも同じだ。人間、食べなければ痩せる。運動をすれば痩せる。でもただ「食べるな」「運動しろ」と言ってもできない。それは食べてしまうメンタルな原因、心理的ブロックがあるからだ。これを解かないことにはダイエットできない。一時的にはできても元に戻る。だからダイエットはなにも物理的な体の話ではなく、むしろメンタルの問題なのだ。

夫は短期フリーランスの仕事が順調ではあったものの、他にもいくつか面接を受けていた。できれば私に正社員になってほしいけれど、無理なら辞めてもいいし、新しい仕事だって見つかるよと言ってくれていた。でも本当にそう思っているなんて信じられないし、そんなにも都合よく見つかるなど思えなかった。

誰になにを言われても信じられず、本当にしんどかった。ミラーマンのように、私という「箱」だけがただそこにあるだけで、中身は空っぽでなにもなく、外側は鏡になっていて誰からも見えないし誰からの言葉も反射してしまうようだった。箱がそこにあるだけで「本当の私はどこにいるのだろう」と感じていた。本当に怖かった。

mirror man