空っぽ

殺され続ける自分

夫の実家にいたときに、メールでカウンセラーに連絡をしていた。

もうどうしたらいいか、本当にわからなくなってしまっていた。このまま同じことの繰り返しで、夫はずっとこのままで、別れるしかなくて、どうなってしまうのだろうと思っていた。頭がガンガンしてなにも考えられなかった。

カウンセラーからは、真摯な返信がすぐ返ってきた。日本に行ったことで私が無意識下にダメージを受けているだろうということ、その上で今、精神的に限界になっているだろうことは容易に推測できるとのことだった。今は大変だけれども大丈夫だと。今でも、すでに初めて会ったときより確実によくなってきていると。もっとよくなれば、夫や周りの人との関係だってよくなるから、心配しないようにと言ってくれた。

果たしてそんなことが本当に起こるのか。カウンセラーの言葉は理解できたものの、そんな未来はまったく想像できなかった。

必要なら次の予約の前にもう一つカウンセリングを入れると言ってくれたので、とにかく帰宅のしてすぐの予約を入れていた。大晦日の前日だ。

カウンセリングの前日、夫と電話で話をした。普通だったらそれも、これだけ参ってる私のことを気づかって、自分から連絡をくれるだろうにと思った。自分はぬくぬくと実家で家族に囲まれて過ごしていて、私からのメッセージにも返信はない。これが本当に自分のと言われる人なのか。

やっと夜にメッセージが入った。いわく「新年はこっちで過ごすことにした、予定通り新年二日にそっちに戻る」とあった。

最初に夫からメッセージがあったときは、「遅くなってごめん、大晦日前に戻る」と言っていた。会いたくはなかったけれど、このまま話をしないでいるのもなにも進まないと思ったから、来て話し合うつもりなのだろうと思ってた。でも私がお母さんに悪いことをしたわけだからと思い、「新年はお母さんと過ごしてやれ」と返していた。

ただそこから返事もなかったし、帰ってきてきちんと話をしなければならないだろうなとも思っていたから、夫は大晦日前に帰ってくるのだろうと思っていた。電車のチケットも、大晦日前日のものにもう変更してしまったと言っていた。

なのに、当初の予定通りにお母さんのところで新年を迎えることにしたと言われた。こんなになってる自分たちのことを放置するのだと。信じられなかった。

絶望に突き落とされた。

それでもとにかく電話をかけた。いつも私だと思った。いつも私が二人のために、絶望の中から死ぬ思いでアクションを起こす。自分の気持ちもなにもかもを抑圧して、二人のためを考えて行動する。

話を聞くと、私が残れと言ってたと言ったらお母さんが喜んだから、残ることにしたとのことだった。Kelokoがこっちに来て、みんなに謝ったら一番いいのにと言ってきた。

心臓が破裂するかと思った。

今までこれだけ死ぬ思いをしてきたのに、まだまだ人のために私は死ぬ思いをさせられるのだ。のために自分を殺されて、のために自分を殺されて、今度は夫の家族のために自分を殺されて。

どこまで殺され続ければいいんだろう。なんで私はいつも殺されなければならないないのだろう。

そうやって「私が残れと言うから」残る。「お母さんが喜ぶから」残る。自分がまったくない。自分で「どうしたらいいか」「どうすべきか」を考えて行動できない。すべて人が言うことをやってるだけ。この世界に生きていない。

それもだけれど、ここで夫が残ることを喜ぶお母さんもどうなのだろうと思い始めた。

息子とその嫁に問題があって、カウンセラーに別に暮らすようにまで言われている状態で、嫁が突然帰ってしまって。追いかけようとした息子が「やっぱり残ろうか」と言い始めたら、普通の親なら「追いかけろ」と言わないだろうか。少なくとも、残ると言い始めた息子に対して「お前本当にそれで大丈夫なの?」と心配するひとことくらいあるのではないか。

そうでなくとも、息子が明らかに自分の家庭に問題を抱えている状態で、「もうずっと新年を一緒に過ごしていなかったから嬉しい」などと言って、喜びはしないだろう。

この家族、なにかがおかしい。

従妹の言う通り、日本に帰ろうと思った。こんな状態で年越しを一人で過ごすのは嫌だと思った。調べてみたら、大晦日発のフライトが買えなくはない値段であった。

帰りの日付けをどうしようかと考えたけれど、本当にまたイギリスに戻ってくることになるのか、まったく想像がつかなかった。従妹と暮らして、日本で仕事を見つけていく自分が見えた。そのほうがいかにも現実的だった。

とりあえず安い二月の便で取っておいて、落ち着いたら帰りのチケットを捨ててしまえばいいと思った。もしくは片道でもいい。とりあえず日本へ行こう。年越しを機内というのもいい。従妹の生活を手伝いながら、しばらくゆっくりすればいい。

夫に「年越しは日本へ行く」とメッセージを送った。すると「今日そっちに戻る」と返事があったけど、もうどうにでもしろと思った。

こいつはいったいなんなのだ。

私が言うこと、お母さんが言うこと、お姉さんが言うこと。人が言うことばかりをやってる空っぽな入れ物。いろいろなリモコンから電波を拾って右往左往と意味なく動く、ハードディスクのない空っぽなロボット

とにかく悲しかった。私には誰もいなかった。

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夫の問題の根底にあるもの

新たにわかった夫のこと」と「もっとわかってきた夫のこと」で書いた通り、夫には以下のような問題があることにこのころ気づいていた。

1)結婚しているにもかかわらず一人で生きている
2)私のことに興味がない
3)すべて私に丸投げ
4)過剰防衛

夫はイギリス人の両親のもとに生まれているけれど、幼少期までを海外で過ごし、5〜6歳のころに両親が離婚、お母さんとお姉さんと三人で、親戚を頼ってイギリスへ戻ってきた。お母さんはそこで再婚、そして父違いの妹がいる。

夫には、海外での記憶が一切ない。人生の始まりは、イギリスへ戻ってきたところからになっている。

お姉さんが一度話してくれたことがあるのだけれど、お母さんはお父さんのことがすごく好きだったらしい。でもお父さんはお母さんに対して「ひどかった」とのこと。詳しいことは聞かなかったけれど、浮気とかそういうことがあったのではないかと推察した。

両親がそういう状態で、家庭内は荒れていたのかもしれない。それでつらいことがあって、まだ幼かった夫は記憶を封じ込めてしまったのかもしれない。だから小さいころのことをなにも覚えていないのかもしれない。そう思った。

このことからも、夫はやはり「愛着回避型」なのだろうと思った。

実際に、私のことは「I like her smiling(笑顔が好きだ)」とか「I like seeing her being happy(幸せそうにしているのを見るのが好きだ)」とカウンセラーに言う。カウンセラーは「How lovely is it(素敵ね)」と言う。でも、人の笑顔を見て幸せを感じるのは簡単だ。赤ちゃんを見て「かわいい」と思うのが簡単なことと同じだ。

では私が泣いていたらどうなのかというと、怒るわけだ。「I don’t want to see you crying(泣いているのを見たくない)」と言うのだけれど、では泣かないためにはどうしたらいいかというところは考えない。「I don’t know what to do(どうしたらいいかわからない)」で終わり。

ただ単に「笑っているところが好き」「泣いているところは見たくない」で、泣いているところは本当に「見ない」。これでは毒親と同様、本当に愛情があるとは到底思えない。私はただ顔だけ笑っていればいい。それではお飾りの人形と同じだ。

これは、自分のお母さんに対しても同じだった。「I don’t want to see Mum crying(お母さんが泣いているのを見たくない)」と言う。ではお母さんが泣かないためにはどうしたらいいか、とは考えない。見たくないから、家族が嫌だったのも考えたくないから、遠くの大学を受験して、実家から出たのだ。

でも、なぜそんなにも家が嫌だったのかを聞いても、明確な答えは出てこない。お母さんが「たぶん」更年期でおかしくなってしまって、それで「たぶん」義理のお父さんとうまくいかなくなって、ある日お母さんが突然家を出て行ってしまって、家がぐちゃぐちゃになってしまった、というようなことだった。

きちんとしたことを覚えていないし、理由もよくわかっていなかった。なによりも「知ろうとしなかった」、そこに問題の根本があると思った。子供のころに親の離婚の原因を聞くことがなかったとしても、大人になってから聞かされたり聞くだろう。この歳になっても本当のところを一切知らないとなると、本当にそれは家族だろうかと疑う。

たぶん夫は、なにか問題があるととにかく放置して、目を背けて生きてきたのだと思う。「回避型」だ。これは本人にもその自覚があった。

人が「Emotional(感情的)」になるのがダメなのだそうだ。そういうのがあるとどうしたらいいかわからず、話を反らしてしまうようだった。そしてそれに私が傷ついていたのだ。

夫の家族は集まると楽しい話をするのだけれど、それがいつも地に足がついたような気がせず、空っぽだということに気づき始めた。それまでは、「いろいろあった家族なのにこんなに明るく楽しく過ごそうとしてる、結束があって素晴らしいことだ」と思っていたけれど、どうも違うと思い始めた。

どちらかと言えば、いろいろあったことから目を背けているのではないか。問題には触れずに、ただ笑って流そうとしているだけではないのか。こういう家族で育ったから、夫はこうして回避型になったのでは。

夫にはかなり大きな問題がある。もしかしたら、私の問題より大きいかもしれない。

私も夫も、家庭の問題からこうなっていることは明らかだと思った。夫は回避型で、それを見ないように放置してきたわけで、私は逆に不安型で、なにか少しでも問題があったら解決しようと生きてきた。

不安型は放っておいてもどんどん問題を見つめて解決していくだろうけれど、回避型はどうしたらいいのだろう。いったいどうなるのか、どうしたらいいのか、まったくわからなかった。

空っぽな心と信じたい気持ち

家に帰って夫とその話をしてみると、じゃああのときはどうだった、これはどうだ、とサンプルを出して話し合いになった。

最終的に見つかったのが、まだ結婚前に夫が日本にいたころのこと。それまでやっていたことがうまくいかなくなってきて、日本に来たりイギリスへ戻ったりしていた夫が、もうイギリスに帰国して会社勤めの仕事を探さなければならなくなると言うのだ。突然のことに、そのとき人生で初めてお先真っ暗な気持ちになった。

そこでイギリスで一緒に暮らそうということになり、仕事と住むところを見つけて私を呼ぶために夫はイギリスへ帰国していくのだけれど、いつ環境が整うかもわからないし、今までとは違い次にいつ会えるかもわからない。見送りに行った空港で、二人でギャン泣きした。

当時の私には、傾いてきたとはいえ仕事もあったし、友人もいて安定した生活があったのに、夫がいなくなってしまうことが本当に辛かった。だから大丈夫、本当に好きな気持ちはあったんだよ、という結論に達することはできた。

でも、そこまで考えないと出てこない「気持ち」とは。どう考えてもおかしかった。これは大きな課題であり、私の問題の解決における重要事項なのだと思った。

1回目のときもそうだったけれど、セッションの最後に毎回アンケートに答えるようになっていた。内容は、確か「疲れてなにもできないことがある」などの質問に、5段階で答えるというものだった。セッションを受けながらどれだけ変わってきたか、またそのときどういう状態かを見るものだった。

私が「死んだほうがいいと思ったり、自分を傷つけようと思うことがある」にチェックをつけていたので、セラピストから詳細を聞かれた。どういうときにそう思うのか、どれくらいそう思うのか、また実行しようと思ったことがあるのか。

当時の私の場合は、自分を傷つけようと思うことはなくて、ただこうして空っぽで先の心配をしながら生き続けるという、こんなに意味のない時間がいつまで続くのかなと思ったときに、早く終わらせたいと思うことがあるのだと答えた。日本人女性の平均寿命を考えると、あと50年は生きるわけで、こんなことがあと50年も続くのかと思ったら、もう早くやめてしまいたいと思うのだ。

するとセラピストは、「あと50年もだなんて、それはつらい気持ちでしょう」と共感を示してくれた。そして「50年なんてかからない、もっと全然早くよくなるから、私が保証するから」と言ってくれた。「ここにはいろいろなセラピストやカウンセラーがいて、いろいろなことができるから大丈夫よ」と。

それを聞いたときに涙があふれてきて、会って2回目のセラピストの前で泣いてしまった。

たしかにここは心理学が発達しているヨーロッパの病院で、そこの専門家に会えたのだ。GPとメンタルヘルスで連携して、私の問題を把握してくれている。もしかしたら大丈夫なのかもしれない。どうにかなるのかもしれない。そう思えてきた。

「I want to fix this(私も早く直したい)」と言ったら、「Fix(直す)」じゃないのよ、と言われた。人はみんな違っているし、国を出れば文化的な違いもあるし、でも外国に来たからといってそこの文化に完全に染まらなければならないわけではない。その中でどうやって、自分の居心地のいいポジションを見つけるかということなのよ、と。

空っぽに感じるのは気持ちがわからないからで、それはちゃんと取り戻せるから大丈夫、と言われた。本当だろうか。本当かどうかはわからないけれど、本当だったらいいなと思った。

イギリスで出会った友人で、日本で優秀な大学を出てイギリスにCBTの研究をしに来ていた人がいたのだけれど、彼のような優秀な人がわざわざやってきて研究するくらいだから、きっとイギリスのCBTはすごく進んでいるのだと思った。だから私も大丈夫になれるかもしれない。安心して暮らせるかもしれない。

信じたい気持ちで一杯だった。