疲れ

日本で駆け込んだ整体

日本ではずっと緊張しっぱなしで疲れがたまっていたのか、が危険な状態だった。

泊まっていた従妹の近所で、女性の整体師を探した。祖母のところへまた行くことになるかもしれないと思い、最終日になにも予定を入れていなかったのが幸いだった。本当はまた行ってこようとしたのだけれど、飛行機でぎっくり腰だけは避けたかった。ヨガもやったのだけれど、それもまったく効かない状態まで来てしまっていた。

たまたま徒歩5分のところに整体が見つかり、電話をしたらすぐ見てくれるとのことだったので直行した。サイトを見てびっくりしたのだけれど、ヒプノセラピーなどもやっているところだった。体とメンタル面と総合的に診ている人なのだなと思った。

ヨガやカウンセリングを始めてから、これがいかに大事かということに私も気づいていた。メンタルの状態は、すべて体に出る。どこにどんな症状が出ているかで、メンタルがどうなっているかがわかる。体調を治すには、メンタルの状態をよく分析し、整えていくことが必要だ。

整体はお腹を中心としたもので、「腹部の内部組織(筋肉と内臓)の調整」というものだった。免疫細胞の約70%が腸内に集中しているため、腸内環境をととのえることによって、免疫力が向上し、健康へとつながるのだそうだ。とはいえ、私の場合は「ぎっくり腰」なわけだから、そんな悠長な話ではなくできるだけ腰の状態をもとに戻すことが目的だった。どうかなとは思ったものの、これも縁かなと思って行ってみた。

寝台に仰向けになると、先生はまず「シンギングボウル」と呼ばれるものを鳴らしながら、私の周りを回った。ちょっとびっくりした。

最初に聞いたときは「Thinking Ball(考えるボール)」だと思ったのだけれど、「Singing Bowl(歌うお椀)」だった。よく仏壇にある、チーンと鳴らすものの、お菓子作りに使うボールくらいの大きなバージョンだ。大きいから「チーン」ではなく、「ワーン」であり、このわんわんという音が体の中に響いて、とても心地よかった。柔らかい音の銅鑼のようなものだ。

このシンギングボウルは、この後のマッサージでも使われた。うつ伏せになって背中をマッサージしたときに、肩甲骨の間やお腹にこのボウルを置いて、ワーンと鳴らされた。こうすると体の中に振動が響いてとても気持ちがよかった。

それもそのはず、これは「ヨガ開始」当時からよくやる「Bee Breath(ミツバチ呼吸法)」と同じなのだ。この呼吸法も、お腹や胸、眉間などに音を響かせるようにしてやる。つまりはどちらも、チャクラに振動を与えてバランスを整える働きがあるのだ。

人体は60%が水分でできているので、振動を与えることで体を整えてやることは十分可能だと思った。

その延長のようにして、先生は「オステオパシー」という技法を使った。足首を持って揺すったり、体のいろいろなところを揺すって整えるものだった。これで、緊張でカチカチに固まっている体をほぐすのだ。

先生には、体がものすごく固まっていると言われた。背中をやってもらったときは特にひどく、「頑張り屋さんなんですね」と言われた。「スピリチュアルリーディングへ」行ってまず言われたことと、まったく同じことだった。びっくりしたと言うと、ここがこうなってしまっている人は、精神的に大変な状態で、体が縮こまってしまっていて無理が出ているのだと言われた。やはり精神状態は、必ず体に出るのだ。

確かに夫とのことも最悪な状態のままで日本へ来ており、しかも旅先だから心身ともにゆっくりなどとてもできない状態だった。毒親や毒叔母に会ったことももちろんだし、帰ってからのことも考え始めると、まさに張り詰め切っている状態だったことは想像に難くない。完治にはあと2〜3回セッションが必要だと言われたけれど、事情を話して、とにかく翌日飛行機に乗れるようにとお願いしてやってもらった。

一番ひどかったのはお腹で、へその下、丹田のところだった。

ここを先生が押すたびに、ズーンという鈍痛が体中に響き、声が出なかった。ここが張り詰めすぎてしまっており、それがいろいろなところを引っ張っていて、あちこちが悪くなっているのだとのことだった。右脚が痛ければ、右脚を引きずって歩くから、左脚に負担がかかって左も痛くなってくる。それと同じことが体内で内臓に起こっているのだと説明された。恐ろしい。私の場合は、特に右半身が引っ張られていると言われた。

セッションの最後に、先生が「あー動いてきましたね」と言った。先生がお腹を中心に私の体を揺すると、膝や首の方まで揺れるようになっていた。セッションの最初に先生がいろいろなところを揺すったときは、その振動で他まで揺れることはまったくなかった。体が固まっていたからだ。それがほぐれてきて、振動がちゃんと全身まで響くようになってきたのだという証拠だった。なるほどと思った。

これは、イギリスで以前にお世話になっていた整体の先生も言っていたことだった。この先生もオステオパシーを使うのか、よく体を揺すって整えてもらっていた。

1時間だったけれど、それ以上にいろいろやってくれて、最後にいろいろな体のほぐしかたも教えてくれた。セッションの後は体がぐわーっとダルくなってきて、従妹の家に帰ってきて寝込んだ。1時間以上横になって起き上がったら、だいぶよくなっていた。その後に羽田近くの温泉へ行って、早朝フライトまでの数時間を寝たら、かなりスッキリできた。

私がカウンセリングを受けているという話をしたら、先生は「シータヒーリング」というものもやっているとのことで、その話もしてくれた。どんなものか全然わからなかったから、帰国してからネットで見てみたところ、おもしろそうなものだった。特に、トラウマを取るのに効果的かもしれないと思った。

これはのちにもっと詳しい友人と出会い、いろいろと話を聞けることになった。

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自分の気持ちの把握

スピリチュアルカウンセリングの最後。

会社と交渉するに当たって、自分の中の「会社に求める条件」をリストにしてみることになったけれど、それプラス、社員の人に「社員になったらなにが違うのか」ということを聞いて情報を集めておくのもいいかもしれないと言われた。そしてそういうとき、女性だと感情が入ってしまったりその人の視点になってしまったりするので、事務的に答えてくれる男性がいいかもしれないと言われた。

でも、日本的な会社では、女性だけではなくみんな感情が入ってしまっているように感じていた。「日本的な会社が苦手な理由」でも書いた通り、自分と会社が一体となってしまっている発言が怖かった。そういう現象に囲まれていると、自分が信仰していない宗教団体で生活をしているようで、とても精神的に疲れてしまった。

そういう発言を聞くと気持ちがぐーっとなってしまうけれど、「そういうことなんだな」と理解する。それはなにをしても変わるものでもないし、私が変えなければいけないものでもない。ロンドンのインド人街のように、まったく異なる文化が存在しているけれど「そういう文化もあるんだな」と受け入れるように。

でもここでわかったことは、「そこでは私自身でいられないんだな」ということ。見えないエネルギーが合わなくて、自分の気持ちも隠していなければならないし、自分のアイデンティティが保てない。だからこれが体にも影響して、起き上がれなくなってしまったのだろう。

「ストレス」というよりは、「本当の自分でいられない」こと。それがとても苦痛だったのだろう、と言われた。人間は、アイデンティティが保てなくなるとこんなにもおかしくなってしまうものなのか。自分そのものであること、それをしっかりと持っていることは、こんなにも大事なことだったのだ。

人間は、心臓を動かせれば生きられるというような簡単な生き物ではなかった。

きっと毒親のもとに育ってしまった場合、この生きるためにもっとも大事なことを奪われている。だから自分が存在できなくなってしまって、なくなってしまうようなあの虚無感があるのだ。毒親が犯しているのは、人ひとりの存在を殺す大罪だ。

でもここで問題となってくるのは、「自分の気持ちにどこまで従ったらいいか」ということだった。例えば今回の状況でも、もしかしたらその会社で学ぶことがあるから「頑張り時」だったりするのかもしれないし、夫の仕事もなくなる予定なのに、延長せずに辞めてしまうのは「甘え」であるような気もする。

自分の気持ちと戦うべきなのか、気持ちに従うべきなのか、いつもわからない。判断基準は、いったいどこなのだろう。

ひとつは、体が今のように起き上がれなくなって教えてくれる。日本で生まれていたらある程度の基本のしつけだったり教養はどこかで経験しているので、甘えであることを心配しなくても大丈夫だと思う。

また、自分の中で「辞める」と決めたら「はーーーっ」と力が抜けてラクになれるのであったり、「要らない」と言われたらどんなにラクかと思うようだったら、「それだけ今の環境にいたくないのだ」ということがわかる。

なるほどと思った。確かに、それはとても明確ではっきりとした気持ちだ。こんなこともわからないなんて、自分で自分にびっくりした。

気持ちの把握には、思ったことを正直に、ノートに手で書きとめていくのがいい。例えば「このお花とてもきれいですね」と言われたときに、「そうですね」と答えるのは、大人のコミュニケーションとしては普通になる。でもそこで「そうですね」と口で言ってしまうと、自分も「きれいだ」と思ってしまっているような錯覚に陥るけれど、ノートには「そんなにきれいだと思えなかった」とちゃんと書いておく。

そうすることで、自分の気持ちがわからなくなってしまわないようにする。これを続けていくと、なにがなんだかわからなくなったときにふり返って読んでみれば、そこに原因がたくさん書いてあるようになる。

今回のことでも、正社員の話をもらったときに「ありがとうございます」と言ったけれど、それは好意を示してもらったのだからとても正しい。でも自分の中で「続けたくない」とか「続けられるかわからない」と思ったり、また友達から「よかったね!」と言われたけれどわかってもらえなくて「悲しかった」などがあったら、正直に思ったことを書き留めておく。

正直ノート」だ。

今回、頭と気持ちが離れてしまっていたから、それが体に出て、しばらく体調がよくわからなかったのだと思う。頭と心と体の三人が「自分」という家に帰ってきて、休みながらまとまって、正直なところを言い合う。「会社や社会ではこう言っていたけれど、気持ちはこう思っていたのだ」と言う。すると、体も心も「わかってくれたんだ!」と安心する。

気持ちを切り離さなきゃいけない(Disconnect)のではなく、分離しておく(Detached)。気持ちはちゃんとあって、バッグに入れて持っている。バッグは体からは離れているけれど、ちゃんと自分とともにある。家に帰ってきたら、バッグから出して身につけることもできる。

以前のカウンセリングでもやったけれど、自分がなく、人と自分の間に「人と人の境界線」が引けていなかった。人からなにか言われると、それが自分の意見になってしまっていた。そこにつながった。

でも、今回は会社の考えかたになってしまってはいなかった。はっきりとはわかっていなかったけれど、会社の考えかたとは違う気持ちが自分の中にあることにちゃんと気づいていて、だから苦しかったのだ。それでも、

①自分は「こう」思う
②でも会社では「こう」言う

この二つをまだ明確に分けることができず、ごちゃごちゃになってしまっていた。だから体や気持ちが納得していなかったのだ。

それプラス、契約があと残り数か月だということで大きな不安もあって、疲れてしまっていたのだろうと思う。頭も心も体も、みんな戻ってきて、休みながら今後のことを考える。今回は、ここでしっかり三者が戻ってくることが大事。

これからのことを不安に思っていても、具体的に方法を見つけてあげられたらとても健康的。「じゃあこれをしてあげようかな、どう思う?」と三者に聞く。「わかんないけど、それでいいんじゃない?」と言われたら、それでやってみる。実際に動いてみたときに嬉しくなったら、「心は喜んでいるんだな」ということで、よかったのだということがわかる。

そうしながら「これでいいのかな」と常に三者で話し合いながら、できる範囲で自分に少しずつ道を作っていってあげる。

まずは「休んでいいんだ」というところから始めてみましょうか、と言われた。本当にその通りだった。

現状を整理する

スピリチュアルカウンセリングの続き。

頭と心と体がバラバラになってしまっていて収拾がつかなくなり、疲れて動けなくなっているとのことだったけれど、どうしてそうなってしまっているのか現状を整理してみた。すると、どうも「起こってもいないことをいろいろと考えてしまって、安心することができない」のだと思った。

・当時の仕事の契約があと数か月で切れる
・夫のフリーランス契約も同時期に切れる
・夫が正社員になれるかはわからない
・私は正社員の可能性を示唆されたものの、会社が合わないと考えている
・でも夫婦ともに収入がなくなってしまうのは怖い

今こうして見れみれば、なんでもないことだった。夫は他にも面接を受けて仕事を探していたし、私も会社が合わなければ他に仕事を探せばいいし、二人とも仕事が永久に見つからないわけでもなかった。なのに「見つかるかわからない」と、していてもしょうがない心配をせずにはいられなかったのだ。

できることは、

 ①辞めると決めて、就職活動に専念する。
 ②不安の解消のために、とりあえずは正社員になっておいて、就職活動を続ける。

この「片足(=自分だけ)で立っている状態」では仕事を見つけようとするにも不安だけれど、テンポラリで延長しておいて、もう片方の足(=夫)で立てるようになったら自分の仕事を考え始めることもできる。

これからは、自分が好きなことをしたいのだと思う。テンポラリで正社員になっておいて、夫が落ち着くまでそこにいることによって、その自分が好きなことを見つける時間をあげられる。

ごくごく当たり前のアドバイスだった。

今もっとも大きいエネルギーは「不安」だと思う。その不安が夫にも派生していってしまう。だから経済的に落ち着いて、その不安が少し胸から離れたら移動するということを前提に延長する。確かに会社で自分と合わないことを見てダメージを受けてしまったりするけれど、もし会社側から「延長しません」と言われてしまったら、悲しくないですか?

それが、このときはまったく悲しくなかった。そう言ってもらえたら、もう他に選択肢がないのでほっとする。「じゃあ次の仕事探さなきゃ」と気持ちも移れるだろうにと思った。もちろん会社の好意は嬉しかった。認められたのだと思えた。でも友人から「おめでとう」と言われても、おめでたいなどと思えなかった。

考えてみたら、私の気持ちは最初からこんなにもはっきりしていた。それでも気づかずに、ただただ凹んでどうしたらいいかわからずにいた。それで頭と心と体がバラバラになって、起き上がれなくまでなってしまっていた。どう考えても異常だ。前へなど勧めるわけがなかった。

どんなに苦手であっても「あなたは要りません」と言われたら、自己尊重や自己価値がガラガラ崩れてしまったりする。「そんなに自分は使えないんだ」というように。でもそこまでスッキリする自分がいるのであれば、もう契約満了で終わりにして、次にフォーカスして探せばいいと思う。

でも、そこまでは準備ができていないという感じ。「クリエイティブなこと」というのが見えてくるけれど、どういうことがやりたいのか。「やりがい」なのか、「充実感」なのか。勤務時間や勤務地など、条件をリストにして優先順位をつけてみる。

というよりも、このときは正直もう仕事をしたくなかった。夫の仕事さえあったら、私は契約満了で辞めて子供を持って家に入りたいと思っていた。でも今思えば、別に子供がほしいというわけではなく、家に入るための口実だった。

「もう仕事はしたくない。でも家計を考えると働かざるを得ない。」これがスタートだったから、新しい仕事はどんなものがいいかと考える力も、見つけようという前向きな気持ちもなかった。

仕事の内容がフォーカスされていないということなら、フォーカスしていくことはできる。でもそれよりも、今はちょうど人生において「ちょっと止まって考えたい時期」。頭も心も体も、このあたりで整理して、契約満了までには元気を取り戻してスッキリして進みたい。もんやりしたものが離れていけば、原因のない疲れも少しずつほどけていく。

頭と心と体の三者で集まって、大人として考えずに「正直なところ」を話し合う。しばらくの間、ある程度の期間をおいて、「これからどういう風にしていきたいのか」という計画を立てるとき。もしそれをせずにずっと走り続けていたら、ランニングマシーンに乗っているように、一向に行きたいところにたどり着けない。

立ち止まって、三者で集まって正直なところを話し合い、これからのことを考える時期。このときは想像だにしなかったけれど、思ったよりもはるかに長い時間が必要となった。