愛着の修復

愛着障害の克服をまとめてみて

まとめてみて、要するに「愛着の傷の回復」というのは、うちの場合、自分たちだけではできないのだということがわかった。

一番大事な「安全基地」だけれど、私と夫は「不安型と回避型」なので、どちらもどちらの安全基地にならないばかりか、逆に傷つけ合うことになる。配偶者が安全型だった場合は、結婚そのものが回復への道になるのだろうけれど、うちでは無理だった。

これは「経験を語り尽くす」と同様、カウンセリングでやらなければならないと思った。

ただ、自分たちでできることももちろんある。

「幼いころの不足を取り戻す」について、このとき気づいたことだけれど、私は抱っこが好きだった。友達の赤ちゃんや、柔らかいぬいぐるみ、クッションやまくらも好きだった。子供のころに近所で犬が生まれたことがあったのだけど、その子をずっと抱いていたこともあった。トレーナーのお腹に入れて、そのまま遊んだりして、ずっと持っていた。これはもしかすると、愛着の傷を癒やすために自然とやっていたことなのかもしれない。

夫は夫で、子供と遊ぶのが好きだった。スピリチュアルリーディングの「夫について」で聞いた通り、近所の友達と家族で集まったりしても、よく子供と一緒になって遊ぶ。子供と同じレベルになって遊んでいるのだ。ただ偉そうにできるからだと思っていたけれど、これも愛着の傷の修復を自然と行っていたのかもしれない。

「役割りと責任を持つ」に関しては、仕事でできそうだった。でも、きちんとそのときどきで自分にはまるものでなければならないのかなと思った。そのときの自分に対して、自己有用性が実感できて、自己肯定感が生まれそうなところ。

そうでなければ、否定的認知に陥ってしまう。これが「日本的な会社が苦手な理由」だったのだと思う。だからあのときは「辞めて正解」だった。でももう少し回復しているときだったら、いい練習場になったかもしれない。

このころ気づいたことだけれど、日本は社会全体的に「否定的な見かた」が多すぎる気がした。イギリスだと例えば、道で人にぶつかっても笑顔で「Sorry(あ、すみません)」「It’s alright(大丈夫)」というやり取りになる。そこにはお互いの中に「もちろんわざとぶつかったわけではない」という考えが前提にある。

でも日本(東京?)の場合だと、「わざとではないのです」ということを一生懸命伝えないといけない気がする。「他人に迷惑をかけた」ということで、嫌な顔をされるからだ。相手が知っている人でないと、イギリスのような対応にはならない。これはやはり、全体的に安心感や余裕がない人が多いのだと思う。

こういう中で生きていると、やはり否定的認知がどんどん多くなってしまうのはしかたのないことのように思える。なので、もっと肯定的な認知ができるような場所に自分を置くことが必要だと思った。

そういった肯定的な認知ができるところに行けば、「アイデンティティの獲得と自立」もできてくるようになるのかもしれない。周りから存在価値を認めてもらい、自己有用感自信を持って、自分に対して「これでいいんだ」と思えるようになっていく。

もちろん、にそうしてもらえるのが一番いい。それができない場合は、配偶者やパートナーがいい。でもそれもできない場合は、また別のところでやってもらうしかない。一番いいのはやはりプロのカウンセラーだと思うけれど、職場で上司や同僚との関係の中でそれを行うことも不可能ではないと思う。

またもっといろいろなところで人と関わり、それができるチャンスをどんどん作っていくのが一番かもしれない。そうすれば、たとえ職場でうまくいかないことがあったとしても、他で補っていくことができる。ひとつに固定しないことは、大事かもしれない。

いろいろあるけれど、取り急ぎ以下のことをやってみることにした。

・カウンセラーを見つける
・肯定的認知ができるような職場を見つける
・子供っぽいことでもやってみたいことはやる
・二元的な考えかたではなく総合的にものを見るようにする

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愛着障害の克服4:役割と責任

最後に、「役割」について。

3)役割と責任を持つ

(1) 社会的、職業的役割の重要性

克服のために、安定した愛着スタイルばかりを追い求めることは、実は必ずしも得策ではない。自分がやるべき役割りを担い、それを果たそうと奮闘するうちに、周囲の人との関係が安定し、それによって親密な人との愛着関係もしだいに安定していくことも多い。親密さがベースの関係は距離が取りにくく、愛着障害の人にとって一番難しいが、社会的な役割りは、親密さを棚上げし割り切ることができるので、愛着不安や愛着回避のジレンマからある程度守られる。ここで経験を積み、ほどよく親しい関係を増やしていき、回復の訓練ができる。

なので役割りを持つこと、仕事を持つこと、親となって子どもを持つことが、愛着障害を乗り越えるきっかけとなりうる。回避型でも必要にかられて人と関係を持ち、対人スキルの向上と人となにかをする楽しさが学べる。不安型には、役割りを持つことで神経が愛着行動にばかりいくのを防ぎ、心が安定する。

会社の人とのやり取りの中でも解毒を意識して動いてみることによって、自分の回復につなげていく。これはカウンセリングを始めてから、夫が試してみるようになったことだった。

(2) 否定的認知を脱する

愛着障害の人は親から肯定的な評価を受けられなかったことが多く、それが他の人との関係にも尾を引き、自分や周囲の人に対して否定的な評価を抱きがちであり、これで対人関係がうまくいかなかったり自分を活かせなかったりする。この否定的認知を脱することは非常に重要。

どんな小さなことでもいいから、自分なりの役割りを持ち、それを果たしていくこと。できること、得意なこと、人が嫌がってやらないことなどを思い切ってやってみる。周囲の人のためにもなればもっといい。その際、それまで縛られていた義務からいったん切り離して考えること。学校や仕事のことで頑張れなくとも、他にもできることはたくさんあるはず。まずは気楽に始め、「自分にもできることがある」という肯定的な気持ちを回復することが先決。

友人からもらったアドバイスで、大きな目標ではなく、毎日小さな目標を立ててそれをクリアし、達成感を味わいながら生活してみるというのがあったので、やってみるようにした。「今日は掃除機をかける」や「和食を作る」など、簡単にできることを設定して実行していく。慣れてきたら大きな目標を立て、それに向かって小さな目標を細かく立てて実践していくのでもいい。

また「全か無か」という二分法的な認知ではなく、清濁併せ呑む統合的な認知が持てるようにする。なにか嫌なことがあっても徹底的に否定するのではなく、「そうなってよかったこともある」という「良い所探し」で前向きな意味を見出そうとする姿勢(Validation:認証、承認)が必要。本人も周りも絶えずそれを心がけ実践することで次第に二分法的認知から脱却し、視点を切り替えられるようになる。

私も大きな発見だったけれど、毒親育ちにはこの二元的な見かたをしてしまう人が非常に多いと思う。「白ではない」と言うと、話の主題そっちのけで「じゃあ黒なのか」と言ってくるものだ。そうやって毒親から振り回されてきたために、人に対してもそうするようになってしまったのだと思う。

世の中のほとんどすべてのものは「グレー」でできていることを認識して、意識的にものごとを総合的に見るようにしていくことが必要だ。人も「いい人」「悪い人」に勝手に分類せず、同じ人でも好きなところと嫌いなところがあるということを理解する。

(3) 自分が自分の「親」になる

究極の方法は、「自分が自分の親になる」方法。「親に期待するから裏切られる、認められたいから否定されると傷つく。自分が親として自分にどうアドバイスするか考え、相談して生きていこう」と、ある女性は決心し、理由のない自己嫌悪に陥ることがなくなり、前を向いて生きていけるようになった。不思議とチャンスが開け、仕事でも対人関係でも認められるようになった。

「親への期待」を捨てることはとても重要だ。これがあるからつらいわけで、これさえなくなれば実は親がなにをしてこようとどうであろうともなんのダメージも受けない。でもそこに行くまで人によって時間がかかる。そのプロセスを踏んだ上で、この方法へつなげるのだと思う。

(4) 人を育てる

愛着障害の人は「親にうまく育ててもらえなかった」人なので、克服には誰かに親代わりになって育て直してもらうことになるのだが、実はもう一つ方法がある。それが、自分自身が「理想の親」となって、後輩や若い人たちを育てること。人付き合いの悪かった漱石は、弟子となった若い門人たちの面倒をよくみることによって、文豪と呼ばれるまでに人間的に成長したと思える。

愛着の傷の修復」のところでもあったけれど、自分の子供を持ち、子供と一緒になって遊ぶことはとてもいいらしい。自分の子供となると距離が近すぎてしまう場合は、仕事で部下を育てたりすることもありなのかもしれない。

(5) アイデンティティの獲得と自立

愛着障害を克服するということは、1人の人間として自立すること。これは「人に頼らない」という意味ではなく、「必要なときは人に頼ることができ、でも相手に従属するのではなく、対等な人間関係を持つことができる」ということ。

そのためには周りから存在価値を認めてもらうことが必要で、それにより自己有用感と自信を持ち、人とのつながりの中で自分の力を発揮することができる。つまり自立の過程は、周りに受け入れられ認められる過程であり、同時にそうした自分に「これでいいんだ」と納得する過程で、両方がうまく絡み合いながら進んでいく必要がある。

愛着障害の人は、最初から他者に受け入れられることがうまくいかず、同時に自分を受け入れることにもつまずいた人。重要な他者に受け入れられるプロセスをやり直して、自分を受け入れられるようになることで、愛着の傷跡から回復し、自分らしいアイデンティティを手に入れ、本当の意味での自立を達成できるようになる。

毒親育ちは、どうしても人間関係が常に「上下関係」になってしまうのだと思う。だから人のことはよく見てて助けるけれど、自分は人に言ってもらったり助けてもらうことができなかったりする。「プライドが許さない」と言って、うつになってしまう人もいる。「人に頼れない」のだ。

親に受け入れられ助けられて育つことが、生きていく上でどれだけ重要かということがわかる。日本では「しつけ」と言って、なんでも我慢させて育てることがよしとされてきた。急速な意識改革が必須だ。

愛着障害の克服3:愛着の傷の修復つづき

「愛着の傷」の続き。

2)愛着の傷を修復する

(6)依存と自立のジレンマ

回復の過程において、その傷が深いほど、支えてくれる人に甘えようとする一方で、反抗的になったり困らせたりする現象が現れる時期があり、この時期がもっとも重要な局面となる。これには二つの段階があり、支えてくれる人の愛情を求めたいのに我慢していることや、自分を振り返ってくれないことへの怒りによるものと、もう少し成長した後の、支えてくれる人からの期待を鬱陶しく感じ、距離を取ろうとしていることによるものになる。

特に後者は、期待に背き見捨てられてしまう不安と、依存から脱して自立したいという欲求の間でジレンマを感じているため、これを乗り越えるには支える側が反抗を受け止めて認めてやることが大事。しかし支える側自身が愛着障害を抱えている場合はそれが許容できないため、修復どころか逆に傷つけてしまう。

(7)傷ついた体験を語り尽くす

安全基地を確保し、子どものころの不足を取り戻したり、周囲に受け入れられる共感的な体験プロセスと同時に、言葉を介した認知的なプロセスも必要となってくる。子どものころに傷ついた体験というのは、心の隅に押しやられて言語化されないままもやもやとした情動的記憶として心に巣食っており、これが無意識のうちに心や行動を支配し、ネガティブな反応や感情の暴走を引き起こす。まずこの記憶を再び活性化させ、そのときどんな思いだったかをその人の言葉で語らせ、膿を出す必要がある。

最初は「なんとも思ってない」といったように問題の存在を否定することもあるが、次に否定的な感情ばかりを語るようになり、傷が深ければ深いほど、傷を受けた期間が長ければ長いほど、長期間続く。これを、否定的なことを一切言わず丸ごと受け止めてくれる存在に語り尽くすことで、一つ一つの事実を再発見し、それを大きな物語として統合する作業を共に行う。

ところがこれが、安全基地とならない人がパートナーや恋人であった場合は、うつや心身症によって心も体も次第に蝕まれていくことになってしまう(=私)。漱石もお嬢さん育ちの妻が完全な安全基地とはならず、小説で表現することに逃げた。

これが主にカウンセリングでやっていることなのだと思う。カウンセラーからは、具体的にどういうことがあったのか、どういう気持ちだったのかをよく詳細に聞かれる。

(8)怒りが赦しに変わるとき

過去の傷と向かい合う段階を徹底的に進めていくと、否定的なことばかりを語り尽くした後で、楽しかった経験や親が自分のために骨を折ってくれたことをふと思い出して語ったりするようになる。そのころから次第に、親の否定的な面ばかりでなく、良かった面や愛情を受けたことにも向きあうようになり、トータルな視点で受け止められるようになる。悲しみと怒りの物語から、愛と赦し、そして希望の物語へと転化され、それを一緒に受け止めてくれる存在と共有することによって、その人を縛り付けていたものが次第に解消され、もっと現実的な力に変わっていく。

親の方も歩み寄ることができると、事態は劇的に好転し、安定化と真の自立に向かって進み始める。親と和解できた場合、不思議と自分自身とも「和解」することができ、それまで過度に否定的に考えていたのが、自分を受け入れ自信を持つことができるようになる。

この段階は私にはまだ来ていない。たまによかったことも思い出すけれど、人に話したことはない。まだまだブロックがあるのだと思う。

(9)過去との和解

愛着障害を克服する過程として、愛着対象者へのネガティブなとらわれを脱し、自己肯定感を取り戻すためにも、非常に重要な「過去との和解」という段階がある。自分を否定し、虐げていた親や自分に低い評価しか与えなかった親と、立場が逆転する場合もある。

心理学者エリクソンの場合、素晴らしい妻を持つことで父親の評価を得、父親が経済的苦境に陥った際は仕送りをし、前向きに乗り切った。方や、哲学者ショーペンハウアーの場合、絶縁状態にあった母親が作家として成功した後に経済的苦境に陥った際は、母親の懇願を拒否し、孤独な人生を送った。

カウンセラーいわく、解毒には自分の過去を「否定」するのではなく「受け入れる」ことが必要だと言われる。自分の過去を否定することは、傷ついているインナーチャイルドを否定することであり、いつまでたっても大人の自分と統合されないからだ。

(10)義父と和解したクリントン

クリントンの養父は、酒を飲んでは母親に暴力を振るう人だった。だが、親の離婚後に母親の姓にするのを拒否したことから、養父に愛着があったのかもしれない。養父が末期のガンにかかったときに見舞って、政治家になる夢を語ったところ、お前ならできると認めてもらえたことから、自信のない冴えない自分から変わったのかもしれない。

(11)スティーブ・ジョブスの場合―禅、旅、妹との邂逅

若いころのジョブスは、典型的な愛着障害の特徴があった。心の安定を求めたジョブスは、まずドラッグに溺れるが、その後に東洋哲学に惹かれ、禅の導師に通い、これが愛着障害の克服に大いに役立った。また探偵を使って探しだされたを支えと感じるようになり、これが禅の導師とともに「安全基地」となったのかもしれない。

これをきっかけに実の母親とも関わりを持つようになるが、一方で養父母のことを積極的に自分の「親」だと周りに主張するようになる。理想化した「幻の親」を克服することで、「本当の親」を再発見し、親が与えてくれたものに感謝をするというプロセスが起き、養父母の愛着を確認するとともに、自分の過去と和解ができたのだろう。

「過去の受け入れ」によって、インナーチャイルドが癒され、大人の自分との統合に向かったのだろうと思う。私はまだ自分の過去を否定したいので、この段階までは遠い。でも学位がとれたことや英語の勉強をしたことなど、少なからずの過去が否定できなくなってきたので、解毒は少しずつでも進んでいるのだと思う。