希望

夫とヨガ師匠のカウンセリングへ

カウンセラーの都合で、カップルカウンセリングがキャンセルになった。

夫は週一の仕事があるからロンドンへ戻らなければならないけれど、私は引き続き夫の実家に泊まっていようかと考えていた。でもそこで、「ヨガの師匠のカウンセリング」へ夫と一緒に行けないかと思いついた。ちょうど予約が取れたので、夫を連れて行ってきた。

今回の実家への滞在がどうだったのかという話から始まり、夫の話になった。夫が「Defensive(過剰防衛)」になって、手が負えなくなるという話をした。

カップルカウンセリングでは、夫のこのカーっとなってしまうところに触れるたび、本人は「確かに自分は怒ることがあるけれど、誰だって怒るし、怒ることは普通だ」と主張していた。なので夫は自分の問題を見つめてどうにかしようという気がないのだと思い、もう終わりだなと思っていた。

たしかに、人が怒るのは普通だ。でもここで「自分は普通だ」と主張することの意味はなんだろう。

私たちは問題があるからカウンセリングに来ているのだ。少しでもおかしいと思うところや、おかしいと思っていなかったところにも一度焦点を当ててみて、問題を掘り起こしてみないでどうするのか。なんのためにお金を払ってこんなところへ来ているのか。なんと頭の悪い男だろうと絶望していた。

しかしヨガの師匠のところへ連れて来たら、なんと自分から自分の問題を話し始めた。

自分が義父にそうしていたと、義父と同じことをされるとイライラして過剰防衛になってしまうのだと思うと話した。義父は夫がすることを見ていて、すべてにダメ出しをしてくるような人だったらしい。夫は特に間違っていたわけでもなく、義父のやりかたと違っただけなのに、いつも「違う、こうだ」と義父のやりかたでやらされたとのこと。

夫も、小さいころは言うことをきいていた。でもティーンエイジにもなるとお姉さんが義父に対して反抗し始め、ついに「お父さん」ではなく名前で呼ぶようになった。それに習って、自分も義父を名前で呼ぶようになり、義父の言うことになんでも反抗するようになったとのことだった。

カウンセラーいわく、親がどんなであろうと、子供は親の言うことをきかないと生きてはいけないと。だから義父をやっつけることはできず、嫌でも自分の意見を押し込めるしかなかった。その怒りが積み重なっており、だから今でも同じ状況に遭遇すると、反射的に同じ方法をとってしまうと。

子供のころはその「押し込める」という方法は自分を生かすために有効だったけれど、今となっては自分の奥さんを傷つけたりして、自分の人生に悪影響を及ぼしてしまっている。それを認識して治していけばいい、とカウンセラーは説明してくれた。

誰にでもそういうことはあって、子供のころにやっていたことを反射的にやってしまう。「三つ子の魂百まで」みたいなものだ。それが大人になったときに生きていく上で邪魔になることが多いので、邪魔にならないレベルになるように治してしていくのだと。

この説明が、とてもいいと思った。最初から無駄なことをしていたのではなく、最初はそれが必要だったし、有効だったのだと。そして誰にでもそういうものはあるのだと。

こういう言いかたなら、夫は聞き入れられるかもしれないと思った。

最初は私のカウンセラーに夫を連れて行くのはどうだろうと思っていた。カウンセラーは私たちの親世代くらいの男性だから、義父といろいろあった夫には、義父を思い起こさせて話を聞けなくなるのではと思っていた。

でもカウンセリングが終わったあとに聞いてみると、義父よりは祖父みたいだと言っていた。おじいさんとはいい関係だったようなので、カウンセラーの話は聞けたのかもしれない。そして父親不在で育った夫には、こうして男性のありかたの見本になる存在が必要だった。

夫は、いろいろなものを引っ張り出してくれてよかったと言っていた。仕事でも過剰防衛になってしまって、素直に人のアドバイスを聞き入れられなかったりすることがあるから、そういうのはもったいないから治せたらいいと言っていた。

びっくりした。そんなことに気づいているとは思ってもいなかった。

あとでわかってくることだけれど、過剰防衛はひどい問題だったけれど、それさえ取れれば夫は人の話をちゃんと聞ける人だった。どれだけ否定し拒絶しようとも、ここで自分の問題に気づけてギリギリ認められるということがだ。これがあるかないかで、治せるか治せないかが決まると私は思う。

夫の場合はこれがあったから、「私の問題を一緒に考える」というスタンスではいたものの、カウンセリングにも来たのだと思う。そこが夫を救うことになったのだ。

「Kelokoが始めたこの一連のカウンセリングは、最初はKelokoの自分探求だったけれど、自分にもすごく意味のあるものだ」「自分の問題もわかってよかった」「ありがとう」と夫は言った。希望が見えてきた。

夫も1対1のカウンセリングをやることを勧められたので、ここに通わせてみようと思った。二人とも無職だし、私のカウンセリングに、二人のカウンセリングに、夫のカウンセリングまでやってたら破産すると思ったけど、ここですべてをきれいにすれば人生がすごくラクになると思った。夫には週一のバイトもあるし、今やってみるべきなのかもと思った。

夫も自分の育ちの問題や、自己肯定感の問題を解いてみれば、それを私とも共有して、お互いの理解も深まり、治療にかなり有効だと言われたし、たしかにそうだろうと思った。今考えるとあり得ないけれど、このときは夫のほうが私より軽度だと思っていたから、夫が治ったら私をサポートできてくるし、そうしたら私の治りも早くなるかもと思った。

でも実際はだった。

広告

義理の家族

同居に向けて」の練習として、夫の実家に泊まりに行ってきた。

夫はお父さんが亡くなっており、お母さんとお姉さん、妹の三人が夫の家族だった。お姉さんは早くに結婚していて、お母さんは妹と二人暮らしをしている。

普通のイギリス人の家庭では、クリスマスには必ず帰省して、家族全員でプレゼントの交換をし、ローストターキーを食べて過ごす。でも夫はそういうことを一切せず、お母さんが送ってくれるプレゼントにもカードにも電話をするだけで、お返しをすることはなかった。私も対応を夫に任せていて、なにもしなかった。ただ年賀状は毎年送っていた。

出会った当初から、夫は実家と仲良くなかった。特別仲が悪いということではなかったけれど、本当に必要なときしか連絡をとったり実家に行ったりしなかった。

理由は、「あの土地に行くと落ちるから」とのことだった。

5歳のころに両親が離婚し、お母さんが再婚してイギリスに帰国。妹が生まれたものの家族は問題を抱え続け、大学生のころにお母さんはまた離婚。夫は遠くの大学へ行ったり、遠くの会社に就職したりと、常に実家から離れ続けて、最終的には日本にまでやってくることになる。

そんな様子だから、実家へ行っても日帰りや一泊だけだった。こうして週の大半を実家で過ごすようなことは前代未聞だ。そこで初めて実家と向き合い始めたようだった。

そして練習で私も行くことになった。仕事が終わった夫と合流して、長距離バスで向かった。

出発前日に高熱が出て、ボロボロのままバスに乗りやっと辿り着いたのもあった。直前のカウンセリングで夫に絶望して落ちていたこと、また応援してくれる友人のことや、ずっと家で一人で戦ってきたことなども重なったのか、着いて夫のお母さんに会ったとたん、があふれて止まらなくなってしまった。

「おかえり」とハグをして迎えてくれたお母さんがびっくりしていたけれど、もう涙で顔も見えなかった。泣きながらハグをしたまま、しばらくお母さんを離せなかった。

バスの中でもずっと、お母さんのところに行くまで頑張ろうと思っていて、行けば大丈夫だとなぜか感じていた。それを考えるだけで、バスの中でも涙が出そうだった。着いたらやはり涙が出てきてしまった。なぜだかわからないけれど、安心したのだ。

滞在中も夫と言い合いになり、二階の部屋でずっと話し合っていた。お母さんと一緒に作ろうと言っていたChristmas Pudding(クリスマスプディング)を作り始めるよと呼ばれても、ご飯に呼ばれても、下に降りて行けなかった。やっと話が終わって降りて行くと、泣いてボロボロの顔だったのに「よく眠れた?」と笑いながら言ってくれて、なにも聞かずに迎えてくれた。

ご飯を温めて出してくれ、作り始めずに待っていてくれたPuddingを一緒に作ろうと言ってくれた。日本のクリスマスケーキはいちごに生クリームのホールケーキだったり、ブッシュドノエルだったりするけれど、イギリスのPuddingはドライフルーツの蒸しケーキになる。
pudding
作るときに「願い事を言いながら混ぜると叶う」というジンクスがあるらしく、これを私にやらせようと思っていて、材料だけ用意して混ぜないで待っていてくれたのだった。

実家を出るときも、「いっぱいいっぱいになっちゃったらまたいつでもおいでね」と言って送り出してくれて、バス停まで涙が止まらなかった。一緒に暮らしている妹も、「兄じゃなくてKelokoちゃんが毎週こっちに来ればいいのに」と言ってくれた。妹もうつになったりいろいろな問題を抱えているのだけれど、だからこそ同じく問題を抱えている私の気持ちがわかるのかもしれないと思った。

お姉さんは「避難生活開始」のときに一度連絡を取ったけれど、それ以来心配してくれているようだった。このときも甥っ子たちを連れて食事に来てくれたのだけれど、そこでこっそりメッセージカードを置いていってくれた。

「To a Special Couple」
「Lots of happy times together – Today, tomorrow and forever」

ちょうど私たちの結婚記念日だった。お姉さんは今までカードなどくれたこともなかったし、会ったときもなにも話さなかったのだけれど、心配してくれているのだろうと思った。

世の中にはこういう人たちもいるのだと思った。誰もかれもが、うちの親みたいなのばかりではないのだ。話を聞いてくれる友人、心配してくれる友人、力になってくれる友人。世の中捨てたものではない、私も捨てたものではないと思った。生きていこうと思えた。

でもそこはやはり「頭のおかしい夫」が育った家だった。ちょうどこの一年後に、ここでもらったカードもなにも捨ててしまうできごとが起こる。でもこのときは本当に素晴らしい家族で、夫だけがどうにかしてしまっているのだと思っていた。

ヨガの師匠のカウンセリング

ついに見つけた。そんな感じだった。

3回目の愛着障害のカウンセリングに行く前に予約が取れたので、ヨガの先生の師匠がやっているカウンセリングに行ってきた。大正解だった。なぜ愛着障害のカウンセラーに確信が持てなかったのかも、明確にわかった。

1)通いやすい

愛着障害のカウンセラーもバス一本で通える範囲ではあるけれど、やはり交通の便が悪かった。師匠のところは電車を乗り換えなければならないけれど、町なかにあり、最寄り駅から徒歩で行けるところがよかった。しかも以前住んでいたところの隣町なので、土地勘も十分あり、安心度も高かった。

「通えるか通えないか」ではなく、「通いやすい」ところに行っていいのだと思った。

2)究極に良心的な価格

愛着障害のところよりも5ポンド安い45ポンドなのに、時間は90分とたっぷりだった。カップルカウンセリングも1時間だけれど、だいたい始まってすぐは雑談から入るし、いつも最初から「あとどれくらい時間があるか」と気にしてばかりで、安心して十分話をすることができない。

90分だと時計を見ることもなく、かなり気持ちに余裕を持って落ち着いて話せた。きっと、ボランティア精神でこの仕事をされている人なのだろうなと思った。

3)安心感

師匠はインド人の名前だったけれど、普通に白人の男性だった。おじいちゃん、という年齡に差しかかっているだろうか。書面には英語の名前も書いてあったので、きっとこのインドの名前は、ヨガを教えていく中でつけてもらったヨガネームなのかなと思った。

左耳にピアスをしていたので、最初はゲイなのかなと思った。それで少し安心した自分がいた。もしかしたら、女性のクライアントを安心させるためにわざとつけているのかもしれない。のちに判明したところ奥さんがいたのでゲイではなかったけれど、セッションで不安を感じることはなかった。

もちろん、プロフェッショナルなカウンセラーなら不安になるようなことをしてくるわけがない。わかってはいたけれど、今までの経験があるから男性と聞くとどうしても不安になってしまう。男性でも大丈夫なのだと、ここでひとつブロックが取れた気がした。

3)ヨガと心理学の共通点

師匠は40年以上ヨガを教えていて、それから心理学を勉強したのだけれど、もう既に知っていることがたくさんあったらしい。勉強していく中で、「ああ、ヨガのあれのことか」ということが多かったとのこと。逆に彼の知り合いで心理学の専門家がヨガを勉強し始めたら、「ああ、あれのことか」と思うことがたくさん出てきて驚いたらしい。

たぶん、人の心理を研究すればなんでも同じところに行き着くのだろう。紀元前からあるヨガと、まったく別に研究された西洋の心理学がきちんと同じところに行き着いたというのは、本当に興味深い。「不安症の個人セッション2回目」でCBTのセラピストに言われたことは、本当だったのだ。

4)経験が豊富

愛着障害のカウンセラーと違うと感じたところは、私が言うことをもうわかっている感じだったところだ。愛着障害のほうはやはり、まだまだ何回か会って話をし、Kelokoという人間を知らないと、という感じだった。なので、細かい誤解だったり、行き違いになっているところがけっこうあった。

師匠も憶測で話しているところもあるけれど、きちんと「これは憶測だけど」と言ってから話すし、「へ??」とまでなるような完全な見当違いがない。話していることのどれもが私に当てはまり、「ああ、これってそういうことだったのか」と思うことばかりだった。

5)説明が豊富

他のカウンセラーではまったくなかったことのひとつに、「説明」があった。カウンセリングとは本来そういうものらしいのだけれど、普通はただただ会話をしていくだけで、「これはこういうことだ」という説明も、「そういうのは◯◯と呼ばれる」というような診断もしないらしい。

もちろん「あなたはこれです」という診断を突きつけてくるわけではないけれど、少なくともなにか病名単語を知ることによって、自分でも本を読んだり理解につなげていくことができる。またどういうメカニズムでこうなっているのかがわかることで、また同じことが起こったときに大きな理解につながる。これは外せないと思う。

カウンセリングが終了」でも書いた通り、以前のカウンセラーは日本人だったけれど、お勧めの本を教えてくれなかったりした。やはり、日本人かどうかではなく、自分に合うか合わないかで決めるべきだ。

サイトには書いてなかったけれど、師匠は愛着障害のことも知っていて、親子関係の問題に経験が豊富なようだった。「PTSD」とよく聞くけれど、私もこの「Post-Traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)」だろうということだった。

これには災害や人災が原因となる「急性トラウマ」から、児童虐待のような「慢性トラウマ」もこれに入るとのこと。PTSDというと、帰還後の兵士がかかるものだと勝手に思っていたのだけれど、違った。私はこれだった。ついに病名が判明した、という気がした。

6)「気持ち」に注目

さらに決定的な違いは、やはりヨガの経験によるものなのだろうけれど、「気持ち」や「感覚」に非常に注目するところだった。ここが劇的に違った。

他のカウンセラーはやはり理論で動いているし、もちろん共感を示したりと感覚を使って癒していくことはあるけれど、「頭」を使って言葉でやりとりをして、そこから「気持ち」の変化まで持っていくことしかできない。でもヨガを知っていると、「体」から直接「気持ち」にアプローチする方法もわかるのだ。

ヨガの先生もそうだけれど、師匠もよく「How were you feeling then?(そのときどういう気持ちだった?)」と聞いてきた。師匠の場合はまた一歩進んで、「体のどこにどんな感覚を感じていたか」を言わせてくる。これがすごいと思った。

ということで、即決でこの師匠のところに通うことに決めた。愛着障害のカウンセラーには、申し訳ないけれど「通いやすいところが見つかったので」と断りの連絡を入れた。もちろんそれでごちゃごちゃ言うようなアンプロフェッショナルな人ではなかった。

私は自分の気持ち直感に従うことにした。