希望

引っ越しに心を躍らせる

ところが、部屋探しは難航した。

毎日毎日内見に行く中で、日本好きで、三週間かけて日本を縦断したという大家さんがいたりして、これはもう決まったかなと思うこともあった。条件を満たしていたので引っ越したい旨を告げたのだけれど、それから連絡が途絶えたりした。他にもいくつかよさそうな家はあって、でもしっくりこなくて、同じところに二回も内見に行ったりもしたのだけれど、やっぱりしっくりいかない気持ちが拭えず、あきらめることにしたりしていた。

なんで見つからないのだろう。こんなにたくさん部屋はあるのに。

不安でたまらなくなった。このまま見つからなかったらどうしよう。夫には私の引っ越し先が見つかるまではそこにいてくれと言ってあるので、見つからなかったら一度夫のところに戻ることもできた。でも不安で不安でしかたなくなった。あんなに日本が好きな大家でも、だめだったのだ。このまま一人でこの国で生きていけるのだろうか。

そんなころ、お米のストックが残り少なくなってきて、隣町のことをふと思い出した。

隣町は、今の町に引っ越してくる前に、一年ほど住んでいたところ。「突然の引っ越し」で書いた、退去願いをもらって慌てて引っ越したところだ。

隣町は城跡や大聖堂があり、この辺りでもっとも古い町になる。お金持ちが多いので、私の好きないいスーパーもあり、お店が一通りそろっている。大きなアジア食品店もあり、手芸のお店もあるので、ロンドンに行かなくても食材も趣味のものも一通りそろう。ないのは納豆くらい。客層も全然違う。ロンドンのいいところにいるような体型やファッションの人たちがたくさんいる。健康に関心のある人も多いから、ナチュラルフードのお店もある。

ここは今の町よりロンドンから数駅奥まったところにあるので、ロンドンに通うなら今の町がいい。今の町は南からくるたくさんの路線が集まってロンドンに向かうため、本数がぐんと増えるのだ。

でも。もうロンドンに通うことはない。念願の、地元の仕事を見つけたのだ。地元の企業の。ロンドンの日系企業に通う必要はない。

それならば、隣町に住んだほうが断然便利なのではないか。休みの日にわざわざ駅まで20分歩き、そこから電車に数駅乗ってお米を買いに行くのなら、隣町に住んでいつでもお米が買えたり、毎日いつでもお豆腐が買えたり日本ハムのソーセージが買えるほうがよくはないか。手芸のお店に毎日通って、いいハギレが出てないか見ることもできるし、お気に入りのスーパーで様々な食材を買って料理を楽しむこともできる。

なぜ、これを思いつかなかったのだろう!!

それまでたぶんまだ、夫に対する依存心が抜けきっていなかったのだと思う。一人で暮らしていくことの不安、「親(夫)に見捨てられる」ことに対するインナーチャイルドの恐怖。夫にすぐ会える距離だから、今の町を出ることを思いつかなかったのでは。でも夫が家を出ることになってきた今、その依存が抜けてきたのでは。

難航して苦しくなってきていた家探しも、ここで一気にやる気が出てきた。それまでは、今の家よりいいところなんて見つからないだろうと思っていた。手入れの行き届いた広くてきれいなおうち、天窓のあるお風呂。でも隣町に引っ越せば、電車に乗らなくても必要なものがなんでも手に入る環境になる。今の家より断然いい暮らしができる。

猛烈に、隣町での部屋探しを始めた。仕事のあとに、5軒の内見を入れた日もあった。隣町はやっぱり大きいから、駅からすぐ近くに家がない。最低でも15分は歩く。それで五軒も歩いて回ると、クタクタになった。

それでも。最初に行った内見でまず、すごい好印象を受けた。大きな家が並ぶ、お金持ちが住んでいるところで、B&Bもやりながらマダムが運営しているシェアハウス。今の家も、今の町の中ではそういう場所にあるし、お金持ち。でも格が違った。家の大きさも、大家さんも。全然違う。

今の大家さんでもお金持ちだとびびっていたけれど、隣町のマダムはそんなものではなかった。格の違いは、メンタルの違いだと思った。今の大家さんはやはり毒々しくて、その程度という感じになる。でも隣町のマダムは毒が抜けていて、その分視野が広かった。遺産が入って必要がなくなったから一度はシェアハウスを畳んだのだけれど、なんだか寂しくなってまた再開したのだと言う。だからお金にはまったくこだわっておらず、部屋も小さいけれど駅近なのに安かった。

趣味で手芸をやっていると言うとどんなものを作っているのか見せてと言われ、写真を見せた。すると「まあああなんて素敵なの!!」と感激してくれた。こういうものの良さを見れる人というのも、毒の抜けている人だと感じた。毒のある人は効率で生きている部分があるので、手作りのものに興味や敬意を示さない。今の時代、なんでも買ったほうが安くて効率がいい。毒のない人は、そうではないところに価値を見い出せる。

これも趣味を通じて、自分が変わってきたことからわかったことだった。買ったほうが断然早く、安く済む。でも自分で作る楽しみや、好きなものを作る楽しみ。効率ではなく、そういうものにも意味を見い出せるようになってきた。「私もやったことあるけれど、あんなに時間をかけたのに買ったほうが安くて嫌になってやめちゃった」と言われることがとても多い。効率は大事だ。でも重視しすぎていると、自分の好きなこと=自分の気持ちは見えてこない。

もちろんいろいろな人がいるとは思うけれど、隣町にはこういう感覚の人がもっと多いだろうなと感じた。古い町だから様々なイベントもあるし、アートも充実している。今の自分の感覚にマッチしていると確信した。今の町はエネルギーが合わなくなっていたのだ。だから部屋が見つからなかった。そういうことだったのだ。

そう納得して、隣町で探し回って部屋を見つけた。

そこはそんなにきれいでもなく、大して期待していなかった。一階だし、お風呂もなく、荷物もたくさんは置けなそうだった。見た目も大してよくない。なのに。なぜか。部屋に入ったときにものすごくひかれてしまったのだ。

別に住んでいる大家さんが案内してくれたのだけれど、この人のひと言もピンときてしまった。いつ引っ越す必要があるのかとか、どういうところを探しているのかと話していて、最後に「早くいいところが見つかるといいわね」と言ってくれたのだ。

この人は、自分の持ち物と同化していない。自分の持っている家と私に合う家は別、ということがわかっている。その上で私がこの家を選ぶ可能性もあるけれど、選ばないこともある、そしてそれは自分が嫌いなのだということではない、ということがよくわかっている。普通だ。

大家さんと二人暮らしになるけれど、もっときれいでお風呂のある家もあった。アート系の仕事をしている大家さんで、興味深かった。でも家で仕事をしているからいつも家に大家さんがいて、リラックスできそうになかった。

なによりそういう人たちは、家や町をほめるととても嬉しそうだった。今の家は荷物を置けないし、今の町もなにもなくて不便だしと言うと、そうだろう、うちはいいところだろう、うちの町は自分もすごく気に入って子供のころからずっと住んでいるんだ、と誇らしげに語る。「帰国報告」で書いたうちの親と同じだった。私にほめたつもりはない。正直な感想だ。でもそれをPersonalにとっていた。自分がほめられたように感じている様子だったのだ。

以前の私なら、こういう人たちにひかれていたかもしれない。扱いやすそうだし、お家をほめておけばきれいな部屋に住める。おもしろそうな仕事もしているし、そういう世界に自分も足を踏み入れられるのではと思ったりする。

でも、私は学習したのだ。こういう人たちは、突然機嫌を変えることがある。私の言っていることが本当かどうか疑い始めて、途端に態度を変えてくることがある。私の思う通りに反応してくれなくなったり、私が「ほめた」ことをとんでもない方向に受け取って暴走したりする。そうなったとき、私はとても苦しくなる。親と一緒に住んでいて、まさにそうだったではないか。

どれだけ素敵な家でも、こういうところは却下することにした。中には、住むとひとことも言っていないのに、私が自分の家を気に入っていてここに住むのだと思い込んでいた人もいた。恐ろしい。ものごとを一般的にとれずPersonalにとってしまう人たち。どれだけ面倒か。

決めた部屋は、「いつ来てもシーンとしているのよね」と大家さんが言っていた。その通り、内見に行ったときも誰もいなくて真っ暗だった。夜の8時、ロンドンに通っている人でもとっくに帰宅していていい時間だ。

大家さんいわく、看護師で夜シフトの女性や、博士号の学生さんが住んでいて、なぜかあんまり家に人がいることがないのだと言っていた。それに強烈にひかれた。今の会社はフレックスで、早く出社すれば4時に退社することが可能なのだけれど、買い物をして家に着いて3時間以上も誰もいないなんて。自由に料理をしたり、ゆっくりすることができる。

あれだけこだわっていたお風呂がなくても、全然気にならなかった。なんだ、お風呂はそこまで重要ではなかったのだ。それよりも、誰もいないところに住みたかったのだ。一階で引っ越しがラクで、キッチンにも庭にもすぐ出れて、ゆっくりできるところ。そういうところがよかったのだと、わかってきた。

なにより衝撃だったのは、駅から徒歩9分というところ。この町でいいところに住みたかったら、もしかしたら今のところよりもっと歩かないといけないかもしれないと思っていた。それが、今の半分以下。町には5分で出れる。全然便利になる。

大きい町だから、イベントも多い。今まではそういう趣味や友達づくりのイベントを見てもなかなか参加できなかったけれど、歩いて行ける。

引っ越しと、それに続く新しい生活、新しい人生。やっと楽しみになってきた。

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感謝が勝るようになってきた

新しい職場で衝撃のポジティブ経験をしながら毎日を過ごす中で、自分にも変化が現れてきた。

実は今、夫と別居をしている。仕事も始めて収入もできたので、部屋を探して家を出た。イギリスでは若い人はシェアルームに住むことが多く、お金のある人が投資で一軒家を買って中の部屋を一部屋ずつ貸していたり、家族で住みながら余っている部屋を人に貸したりしているところに、光熱費や水道代、ネットに税金など全部込みで月いくらで借りて住む。

最短で一週間や一か月から借りられたりするので、ロンドンでは数週間のホリデーの人だったり、あとは学生さんはよくこれで滞在している。私も家を出てみてどう感じるか様子を見たかったので、数か月からOKで、契約書もリファレンス(「この人はきちんと家賃を納めていました」と証明する手紙を前の大家からもらう)もいらないところにした。

というよりも、ここがとても気に入ったのだ。駅から遠いのだけれど、治安のいい静かなところにあって、庭が大きく、川が流れていて、最上階の私の部屋から緑の景色が広がる。半屋根裏の部屋は斜めの壁に囲まれていて、白い壁に茶色の柱がかわいく、広くてとてもくつろげる。北と南の両側に窓があり、光も入るし換気もいい。暖房も効いていて、いつもあたたかい。お風呂とトイレは共同だけれど、最上階には私ともう一人しか住んでいないので、バッティングすることもない。お風呂はお湯につかりながら、天窓から月が眺められたりする。

なにより、イギリスだというのに土足厳禁なのが本当に気に入った。玄関で靴を脱いで、一階のキッチンエリアはタイル張りの上をスリッパで過ごす。二階に上がる階段からカーペットなので、みんな階段の下でスリッパを脱いで上がっていく。家はどこも手入れがされていて、いつもきれい。お金儲けでせかせかした感じがなく、定年間近のオーナー夫婦がやっている、余裕のあるお家というのがよかった。

駅から遠いので迷ったけれど、とにかく落ち着いてゆっくりしたかったので、ここに決めた。とりあえずのものだけを、週末にレンタカーで数往復して運び込んだ。車を返して戻ると、居心地のいい空間にほっとした。

大家さんが家の説明をしてくれたのだけれど、そのときに少し気になることがあった。

食洗機には大家さんが食器を入れるから、自分で入れずに流しの横に置いておくように言われたり、ごみも大家さんが出すから自分たちではやらないように言われたのだ。

気持ちは、なんとなくわかる。夫がやるより私が食器を入れたほうが、きちんと整頓して入れられるからより多くのものが入る。私も最初のころは、夫が入れたのをわざわざ直して入れなおしたりしていた。でも、こういうのは人それぞれ。なんでもかんでも自分でやらなきゃならないと自分で自分を追い詰めるのではなく、「人を尊重し受容する」ということ。夫のやりかたも受容して、ありがとうと感謝してやってもらえばいい。

もちろん、使った食器を置いておけばいいというのは、本当にラクでいい。通常のシェアルームであれば、誰が洗い物を置きっぱなしにするということでもめるわけだが、置きっぱなしにしておいてくれというのだから、助かる。それはありがたい。

でも、みんなの食洗機やごみ出しまで自分でやらなければ気が済まない大家さんというのは、なんかちょっとおかしいのでは。そう、うっすらと感じていた。

そして、それは当たっていた

週末が終わり、仕事をして帰宅すると、大家さんに呼び止められた。部屋に行って話しましょうと言う。なんだろうと思っていると、昼間私の部屋に入ったとのこと。「雨が降ってきたから窓を確認に」と言っていたけれど、言いわけだろう。新人の私が部屋をどう使っているか、確認しに入ったのだ。

部屋に鍵がないのはわかっていたけれど、まさか自分がいないときに入ってくるとは思わなかった。怖くて固まってしまった。

私はお茶をよく飲むので、電気ケトルを部屋で使っていた。これでお湯を沸かすたびに一階まで降りることなく、部屋で熱いお茶が飲める。それを、湯気で壁やカーテンが痛むから、部屋でケトルを使わないでくれと言われた。棚の上に並べておいたお茶やコーヒーなども、ここに置かずに一階のキッチンに置いてくれと。

嫌だったけれど、ケトルはまだわかる。でも、なぜお茶を部屋に置いておいてはいけないのだろう。

やはりコントロールフリークだった、と思った。すべてが自分の思う通りになっていないと耐えられないタイプ。人に貸している部屋の中まで、コントロールしてこようとする。こういう人は、親を思い起こさせる。怒りでどうにもならなくなる。

ところが大家さんは、部屋の中のいちゃもんをつけるだけでは済まなかった。

テーブルの上に大きな三面鏡があったのだけれど、これが窓からの光をさえぎってしまっているのと、テーブルで化粧をするのではなくパソコンを使ったりしたかったため、この三面鏡を床に下ろしてしまっていた。それについて大家さんが「鏡を壁掛けのにするわね」と。見ると、床に置いておいた三面鏡がなくなっていた

自分がいない間に、自分の部屋に人が入って、ものをいじっている。ゾゾゾーっとした。

こういうことは当然、自分の領域を侵食してくる毒親を思い起こさせる。怒りと恐怖を一気に呼び起こされて、大家さんが部屋から出て行ってからも立ち直ることができなかった。せっかくいいところを見つけたと思ったのに、またこんな人がいるところにやってきてしまった。もうこんなところは無理だ、早く出よう。そう思って、また部屋探しのサイトに飛び戻った。

翌日仕事から戻ると、壁掛けの鏡がついていた。やはり、自分のいない間にまた入ったのだ。

でも、怒りと恐怖は続かなかった。なんと、鏡が、とてもよかったのだ。

髪の毛を乾かすときや、朝服装をチェックするときに、さくっと見える大きな鏡がほしいと思っていた。部屋の外にある鏡では、裸で服を並べて見てみることはできない。部屋の中に鏡がないと不便だな、と思っていた。それを、取り付けてもらえたのだ。

こういうとき、以前の自分ならもちろん、大家さんが私の部屋を自分の部屋のごとく好きなようにしただけだから、感謝することではないと思っていただろう。実際、そうではあると思う。使わない鏡がそこにあるのが耐えられない、部屋をちゃんと使ってほしい、そのように鏡を変えたい、というコントロール心からやったことだろうと思う。

でも、それであっても

使わない鏡が床の上に邪魔くさく放置してあるのより、使える鏡に変えてもらったほうが、全然よくないだろうか。理由はどうであれ、私が使いやすいように部屋を合わせてくれたというのは、とても親切ではないだろうか。出会って数日の私に、こんなにもすぐやってくれたなんて、ありがたくないだろうか。

家を出て、これからどうなるかわからない自分。そこに、親切にしてくれる人がいる。一度会っただけなのに、信用して家に住ませて。私が部屋を使いやすいように、部屋を直してくれた。「テーブルを机にして使うなら三面鏡は確かに邪魔だからね、壁掛けにしよう」と。下見に来たときよりも部屋があちこち直されているのも、気づいていた。ぶわっとが出た。

どちらも本当だと思う。コントロールフリークの大家さん。でも、親切ともとれる大家さん。

どちらを選ぶかは、自分次第なのだ。自分次第で、人を嫌ったり、感謝したりできるのだ。

今まではきっと、嫌うことしかできなかった。同じような状況が、今までの人生の中できっと何度も何度もあったことだろうと思う。ああいう親の元に育っているから、同じようなことをしてくる人が嫌だった。だから感謝できる場面であったとしても、強制的に「嫌うコース」行きになってしまっていた。

でもこうして、新しい職場で感謝することを覚え、心細い状況でもろくなっている今。すべてがよく見えてきた。こんなことは初めての経験だった。これを経験するべきタイミングに、こういう環境が用意されたのだとすら思った。

毒とは」でも書いた通り、毒があるとものごとをニュートラルに捉えることができない。少しのことで激昂したりと、必要のないところで過敏な反応をしてしまう。ものごとの両面を捉えることが難しくなり、色眼鏡がかかったようになる。今まではずっとそうだった。ネットでなにか読んでも、怒りにばかりなっていった。

だけど今、こんなにも完璧な、絶対に毒親を思い起こさせる環境でさえ、感謝の気持ちが出てきた。

毒が抜けてきている。そう実感した。うれしくなった。自分で感動した。

部屋をノックする音がしてドアを開けてみると、大家さんだった。「くつろいでいるところごめん、ヒーターがつかないという話を聞いたから」と。直してちゃんとつくようになったから大丈夫と、わざわざ伝えに来てくれた。いいタイミングだったので、鏡のお礼を言うと、照れながらものすごく喜んでくれた。「悪くないだろ」と言うので、悪くないどころかめちゃくちゃいいですと。

ポジティブの連鎖だ。

私は今までの人生で、どれだけのポジティブ連鎖のチャンスを逃してきたのだろう。

これからどうなるかは、今はわからない。また大家さんが嫌になることもあるかもしれないし、感謝なんてクソ食らえと思うときがやってくるかもしれない。今はたまたま心細く、なんでもいいように受け取って感謝にひたりたいだけなのかもしれない。それも事実だと思う。

でも、今までずっとネガティブで生きてきたのだ。その真逆ができたのだ。

この大きな変化は、私にとって大きな自信になった。本当に私は、今までとは違う人生に足を踏み入れたのだ。

自分たちで解決できるようになってきた

このころカウンセリングの中でも笑いが出るようになってきていた。カウンセリングの場だけではなく、自分たちの間でも話をして解決できることも多くなってきていた。進歩を実感するようになってきていた。

レンタカーでキャンプに行った帰り道。暗い中を高速で走っていて、だんだんと怖くなってきた。目もおかしいし、集中していられない。運転手が「怖い」などと言い出したらパニックになるかもしれないと思って最初は頑張っていたのだけれど、突如として恐怖感が増大し、ついに助けを求めるように「目がおかしい」「怖い」と口にした。

ところが、助手席の夫は「うん」。お前!!!

運転手が「怖い」と言っているのに、「うん」のひと言で放置できる夫が信じられなかった。

パニックになりながらギリギリの状態で運転し、言葉をつまらせながら文句を言うと、夫はだんだんと頭が回ってきたように「大丈夫?」「もうすぐサービスエリアがあるよ」と気をつかってきた。そのサービスエリアまで踏ん張り、やっとの思いで車を止めたところで、一気に力が抜けてハンドルに突っ伏した。落ち着いてから、なぜ「うん」で済ませたのか聞き出した。

話をまとめてみると、夫は、私が日本語でい言った「Kowai(怖い)」を「It’s scary(暗い中の運転は怖い=辺りの様子が怖い)」だと思ったらしい。だから「うん(そうだね)」と返したとのこと。

ところが私の言った「怖い」は、英語にすると「I’m scared(怖いわ=恐怖を感じている)」だ。

人といるとなぜ疲れてしまうのか」のところでも書いたように、日本語には主語を省略する習慣があり、なんのことを言っているのか明確でないことがある。この場合でも、主語が「It’s」か「I’m」かによって、「怖い」の訳が「Scary」か「Scared」かが決まってくる。

It’s scary.(それ怖いな)
I’m scared.(なんだか怖いわ)

このときは主語がなかったから、夫は前者のほうだと思ったらしい。というよりも、このとき初めて知ったことだけれど、夫は「Kowai」を「It’s scary」の用法でしか知らなかったようだ。日本人がよく言う「こわーい!」のほう、つまり「ものの様子が怖い、あり得ない」という意味でしか知らなかったのだ。

夫は、もし私が「I’m scared」と言ったらちゃんと心配をしたと言った。それはどうかわからないと思ったけれど、ここに行き違いがあったことは確実だった。

きちんと話をしなかったら、「夫は私の気持ちを無視する」と思い込んだままで、単なる言葉の行き違いだったということに気づかなかっただろう。カウンセリングの中でいくつも「思い込み」を発見し、それによって自分たちの中に「思い込みがある可能性」を学習していた。そのおかげで、怒りで相手を責めまくるのではなく、怒りを感じながらも念のため「相手がなぜそういう言動に出るのか確かめてみる」ようになってきたのだ。

また、二人で映画を見に行ったときのこと。木曜日だったし、夫が仕事で疲れていることはわかっていたので、ゆっくりはせずん、映画のあとにとりあえず一杯だけ飲むことにした。

一杯飲んだところで、「疲れたし、明日も仕事だから帰ろう」と言われた。これが頭にきた

なぜ頭にきたかはあとで書くけれど、それまでだったらムカついて口をきかなくなっていた。そして夫はそんな私に対して「なんでだよ」となっていただろう。すぐ喧嘩に発展していただろう。

でもこのときは「その言いかたが嫌だ」と伝えた。これも当時の私にとってはものすごい進歩だった。これが伝えられれば、解決策を探る話につながっていくからだ。

最初にも書いたけれど、私も夫の「帰りたい」という気持ちはわかっていたのだ。映画が終わり、帰る前に少しゆっくりしようとなっただけで、長居するつもりなどなかった。なのに、私が長居したがっているように思われていたことが、ムカついたのだ。「お前はわかってないけれど、俺は仕事をしてきて疲れてるんだよ」というように言われたことが、頭にきたのだ。

そう説明したら、ならばなんと言えばいいのだという話になった。

「I’m tired(疲れたよ)」「I have work tomorrow(明日も仕事だ)」などと夫に言われたら、私が仕事のある夫を気づかっていないように聞こえるし、夫が自分のことばかり考えているようにも聞こえる。嫌だ。

それならば、「Shall we go home soon?(そろそろ帰ろうか?)」など、主語を「We(私たち)」にして話したらどうかと。「I’m tired」や「I have work tomorrow」では、確かに主語がすべて「I(俺)」になっている。私が「自分のことばかりだ」と感じてしまってもしかたがない。「We」にすることで、それがなくなる。

今の私たちだったら普通にこれができているけれど、このときは本当に素晴らしい進歩だった。無意味な喧嘩に発展せず、自分たちで話し合って解決したのだ。

この話をカウンセリングで報告すると、さらなる解決方法を教えてもらえた。

1)私は、夫が疲れていて、今日はそんなに長居できないことを理解している。でもそれをまったく理解していないように夫から言われて、頭にくる。私はきちんとわかっているし、夫に対する思いやりもある。それなのに「お前はわかっていないだろう」と根拠のない批判をされるからだ。これは親からされてきたことと同じであり、そのトラウマがトリガーになって、特に頭にこなくてもいいところでムカついているという現象がある。

2)また、今日はそんなに長居できないことがわかっていても、夫から切り上げの言葉を言われると、頭にくる。自分の気持ちを無視して相手の都合と気分に合わせなければならない、相手が自分をコントロールしているように感じる、そういう場面が耐えられない。これも親からされてきたことと同じで、このトラウマがトリガーとなり、似たような場面に陥ると必要もないのに怒りがわく。

では、どうしたらいいか。

2)の解決策として、自分から状況をコントロールしにいくという手法がある。長居できないことが最初からわかっているならば、「今日はそんなに長居できないよね、じゃあ1時間くらいどこかで飲んでいこうか」と、最初から口にしてしまえばいい。そうすれば「もう時間だよ」と相手から言われたとしても、「自分から1時間と言った」という事実があるから、相手からコントロールされているとは感じにくい、と。

これを聞いたとき、カウンセラーというのは本当にすごいと思った。もちろん専門家なのだということはわかっているけれど、こんなこと自分では思いつきもしなかった。

1)の場合、先の長い話だけれど、解毒に取り組みこのトラウマがだんだんと解決されてくれば、同じような場面に出くわしても頭にこなくなる。それまでは今回二人で話し合ったように、夫が言いかたを工夫してもいい。夫はもちろん工夫しなくてはならないところもたくさんあるので、その一環としてやってもらうことにした。

夫の場合、そろそろ帰りたいと思っていてもなかなか言い出せないというところがある。そしてそのまま過ごし、もうだめだという最後の最後になってやっと言い出すから、このときのように不適切な言いかたをしてしまう。

これは「大騒動から見えてきたこと」で書いた通り、気持ちや問題を無視した見かけだけのハッピーファミリーで育ったことが原因だ。みんなが自分の気持ちやネガティブなことを出さず、その場をハッピーに取り繕うことをよしとしてきた結果、今でも自分の気持ちを出すことがなかなかできない。そうすることがはばかられているように感じていている。そしてようやく自分の気持ちを出したときには、こんな言いかたになってしまう。

まずは自分が気持ちを出さないでいる傾向にあるということを認識し、そのおかげでどんな弊害があるか、どういうメカニズムで問題が起こるか認識する。そしてそれを変えられるところから変えていく。並行して、トラウマの解消も行う。

あともう一つ、夫には人の話を奪ってしまう問題もあった。

たとえば、覚えているところではこんなことがあった。

私「この世界って、本当は三次元じゃなくて四次元だったって知ってる?」
夫「四次元ってなんだか知ってる?」」

私が話し始めたのに、夫は私がなにを言いたいのかよりも、「四次元」という単語から自分の言いたいことが出てきてしまって、勝手に自分の話を始めてしまう。まるで子供だ。

それまでの私はこういうとき、夫が話したいことを話させてやって、フラストレーションをコツコツとためこんでいた。でもそれにはまったく気づいていなかった。なんとなく不公平感を感じていたけれど、それがどこから来ているのかわかっていなかったのだ。今考えてみると、本当に衝撃だ。

でもこのころ、自分がフラストレーションを感じていることに気づき、それがどこから来ているのかわかるようになっていた。夫が話を奪うと「私が話し始めたのに!」と文句を言えるようになった。これも最初のころは、奪われてしばらくふんふんと話を聞いてしまってからだったけれど、だんだんすぐ気づくようになっていった。奪われてすぐに認識し、「今は私の話!」と言いたいことを話し続けられるようにまでなった。

夫のこの問題にもいろいろな原因があることがのちのちわかってくるのだけれど、とりあえずはこのころフラストレーションをためずにその場でストップをかけられるようになってきた。これもまた大きな進歩だった。

まだまだいろいろあったけれど、少なくともこのようにその場で自分たちで話し合って解決策を考えるようになったことは、ものすごく大きな変化だった。解決できずにカウンセリングにもっていくこともまだあったけれど、それでも双方が「話して解決しよう」と思うこと、これがすごく大事だった。カウンセリングで話して解決してきた経験をつめたことで、「また話してみればなにかわかるかもしれない」という考えが自然と出るようになったのだ。

少しが見えてきた。やっとだった。