変化

嫌いなところも役に立つ

人を尊重し受容する」や「感謝が勝るようになってきた」でも書いたように、ものごとは白黒どちらかではなく、二面あるということを日々学んでいる。

これは、数年前から興味を持って本を読んだりし始めたホロスコープで、はっきり頭で理解した。たとえば、火星というのは「情熱」とか「勢い」といういい面もあるけれど、同時に「猪突猛進」のような、危険な面もある。天体も、星座も、どれがいいというのはまったくなくて、それぞれにいい面と悪い面がある。場面によって使い分けたり、バランスが重要だということだった。

これは以前やっていたヨガで勉強した、チャクラの考えもそうだった。「チャクラについて」で書いたけれど、たとえば第一チャクラのムーラダーラ。これは物質的な肉体を表す。バランスがとれていると、健康で活力がある。簡単な例で言えば、ここのエネルギーが過小であれば低体重、過剰であれば肥満、など。

就職活動のときにやった、自己分析でもそうだ。細かいところまで正確に仕事をやろうとするのはいいところだけれど、それが過剰になれば不安で何度も何度も確認して仕事が進まなかったりもする。いいところは悪いところにもなりうる。ものごとは必ず二面ある。

そんなことは言っても、自分で嫌なところは嫌だった。たとえば、うまく話ができないところ。きちんと考えて話さないと、特に英語となると、なにを言っているかわからなくなってしまう。自分がセッティングした会議で、なにから話していいかわからなくなり、みんながシーンとしているところでさらに焦り、必要もないことを話し始めてしまったりして、ものすごく落ち込んだことも何度もあった。

キョドる自分が、恥ずかしくて、許せない。でも、なんとそれが役に立ったと感じられた事件が起こった。

一緒に仕事をしている人が、人の言いたいことを汲み取ったりうまく話をすることが本当に上手で、私がうまく話せないこともすぐ理解して言い換えてくれたり、いつも会議をリードしてくれたりしていた。人に教えるのもとても上手で、考えもせず順序立てて話をするし、忍耐強く、「じゃあこっちを見てみましょう」などの合いの手もうまい。お子さんがいる人なのだけれど、きっといいお母さんなのだろうと思ってしまったりする。小学校の先生とか天職なのではないかと思う。

そんな彼女が、新しく入ったイタリア人の男の子にめちゃくちゃ好かれたようだった。彼は声が大きく目立つのだけれど、感情的で、境界線がなく、すごく繊細な人で、彼女のようにいい対応をしてくれたり、上手に自分の話を引き出してくれる人にどんどん依存してしまっていた。しょっちゅう彼女に話しかけに来ては、けっこう言いすぎなことまで言うようになっていった。

しばらくして、その二人が接触厳禁になった。詳しいことは知らないけれど、どうも彼のほうがプライベードで彼女にメッセージを送りまくったりしてしまったようだった。人事まで話がいって、大変だったようだった。

だけど、周りはなんとなく、「彼女のほうがもっとしっかりしなければいけない」というような空気になっていた。なぜ?!?!?!!と思う。ひどい話だ。

彼女はこの会社で長く、管理職ではないにしろ、リーダー的な役職についていた。彼のほうは私と同じように去年入社したばかり。それもあって、「彼はまだ若いんだし」「イタリアの田舎から出てきた人だし」と周りは言う。

そんなの、おかしくないか???イタリアも田舎も馬鹿にしているし、若いって言ったって、彼女とほぼ同じ歳。彼女が「プロフェッショナルに対応しなきゃいけない」というのなら、彼のほうだって「プロフェッショナルに仕事しなければならない」ではないか。同僚にしつこくメッセージを送ったりするような社員に、「若いんだし」で済ませるとはいったい???

私も、彼はちょっと苦手だった。イタリアの話をしたり、おいしいものの話をするのは、いい。でも境界線がないところに、本当にイライラさせられたりしていた。

たとえば、チームのみんなで旅行に行こうという話があったとき。彼がプランを立てて仕切ると言い、みんなに出欠の確認がきた。私はお金を使いたくなかったので、飲みに行くとかなら行きたいけれど、旅行はちょっとと思い、返事をためらっていた。

数日後、彼から社内メッセンジャーで話しかけられて、どうするか聞かれた。ちょっと言いにくかったけれど「お金を貯めてるから今回はやめとく」と正直に返すと、「そんなにお金かからないよ!」「楽しいよ!」「Kelokoにも絶対来てほしい」と。

ぞぞぞ、ときた。

「No」と、言った。でも、それがわからない

自分の話を、無視されている。自分が言っていることを、なかったものにされている。「化粧水ふたたび」で書いたような、親のトラウマが蘇る。

もちろん、今はもうこの程度では、心臓がキューッとなったりバクバクしたりすることはない。ただ、ものすごくイラっ!!!!とする。

彼は境界線がないから、人は自分と別の人間だということを知らない。人はみんな、自分と同じ考えだと思いこんでしまっている。だから、人がなんと言おうと自分のやりたいようにしようとしてくる。「人を尊重していない」ということになる。

イラっとしたこともあり、丁寧な対応をやめ、別の話をして逃げた。よっぽどいろいろ言ってやろうと思ったけれど、とにかく離れた。

それでも彼は追ってこなかった。なぜか。私と長くいると居心地が悪いからだ。

私は、キョドる。彼はいろいろな人に話しかけるけれど、私は途中でキョドって話がつながらなくなる。お互い笑顔が引きつって、「じゃあまた」と彼が離れていくことになる。そういうところで、たとえば前出の彼女だと、上手に話をしてあげるのだろう。だから彼はそれに依存する。でも彼は、キョドる私は手に負えなくて、「じゃあまた」と離れるしかない。長々とそこに居続けても、自分が居心地の悪い思いをして、どう離れようかと計算し始めるだけだから、あとを追いたくないのだ。

天地を覆す、画期的な発見だった。「すごい!!!!!」そう思った。

キョドる自分が、嫌いだった。恥ずかしかった。許せなかった。上手にできない自分が嫌だった。

でも、嫌なやつが追いかけてこない!!!!なんて使えるテクニックだろう!そんなすごいテクニックが、なんの努力もなしに天然で身についている!!自分はなんて素晴らしい能力を持っているのだろう!!

びっくりした。衝撃だった。

相手にナイスに上手にいろいろしてやれなくていい。そんなことをしていたら、彼のような人が、ヒルのように群がってひっついてくる。キョドっていいのだ、「変なやつ」と思われていいのだ!!!!!

ものごとには、必ず二面ある。いいところもあれば、悪いところも。嫌いなところでも、いい面もある。それをお腹の底から体感した。

広告

想定外(の素晴らしいこと)を想定する

人を尊重し受容する」で書いた通り、今の仕事ではどれだけ失敗したと思っても受容され、びっくりする毎日を過ごしている。

そしてこのびっくりが、とうとう私生活にも及んできた。

夫のお下がりで使っていたデスクトップのでっかいiMacがあって、引っ越しのときにこれを売って、ノートパソコンを買うという話になっていた。うちでは夫用と私用とだいたい二台パソコン類があって、古くなるとそれを夫がネットで売って、新しいのを買ってきた。それで今回も、引っ越したらハウスシェアで手狭になるし、私のノートを買うという話になっていた。

ところが、なんとなく夫の言うことが変わりだした。最初は普通に「これを売って新しいのを買う」という話だったのに、だんだんと「売れたらお金はKelokoにあげるね」「今自分は困っていないから」などと言うようになってきた。それでもまあ「売って買う」という話だったので、とにかく売るのはいつでも売れるから、私の引越し先も決まったし、先に新しいのを買ってしまおうということになり、どれがいいか検索していた。

「いくらぐらいで売れるかな」という話を再度していたとき。最初は「600ポンドくらいで売れる」と言っていたのが、「150ポンド」と言い始めた。え??どうして???と聞くと、「(二人で住んでいた)部屋の退出時の清掃で200ポンドかかって、残りの300ポンドを二人で割るから、150ポンドだよ」と。流しで作業をしながらこちらに背を向けて、さらっと言った。

え?????このiMacを売って、私のノートを買うんだよね???なんでそこから清掃料を????

サアーーーっと血が引いていった。全身が震えて、心臓がバクバクし始めた。

「清掃ってなに?私が使ってたこれを売って、私のノートを買うって話だったよね?」と言うと、「いつからそのiMacはお前のものになったんだ!!二人のものだろ!!だから売れた金額は二人のものだ!!!!!」と。

すごい顔だった。言葉がなにも出てこなかった。この人は、いったい人間だろうか。

かろうじて、「気が変わったなら、変わったって言っていいんだよ」と言えた。たぶん、目の前のお金が惜しくなったのだ。普通の人なら、それでも「いつもこうして新しいのを買ってきたし、今回はKelokoの番だから」ということがわかるだろう。百歩譲って、やっぱりお金がほしくなったとしても、普通の人なら「こういう話をしてはいたけれど、半分づつにしない?」と言える。

「そうだよ、気が変わったんだ!!!」
「いや、そんなことない、俺は最初から半分と言っていたじゃないか!!!」

夫の言うことは、ぐちゃぐちゃだった。こちらを見ないようにして「150ポンド」と言ったことからも、自分がどこかおかしいことを言っているということは心の底ではわかっている。でもそれを認識して言葉にすることができない。だから怒る。「ほらそうやってすぐ怒る」と言うと、一瞬ぐっとひるんだものの、「お前が理不尽なことを言うからいけないんだ!!!」とやはり怒りをぶつけてきた。

「じゃああなたが今使ってるノートも、売ったら私が半分もらえるの?」と聞くと、「もちろんそうだ、でもこれは売るつもりはない!!!」。

手のつけようは、なかった。やはり、離れることにして正解だった。

最後の最後までこれ。。。本当に悲しくなった。どうしたら穏便にここを切り抜けられるのだろう。あとここだけでいい、穏便にここを去って、自分の人生を始めたいのだ。このどこまでも私を追いかけて絡め取ろうとしてくる、どす黒い蜘蛛の糸から逃れるには。

なにも言い返さず、心を落ち着けて、ゆっくり考えた。すると、とっさにが浮かんだ。そうだ、これしかない。

「じゃあ、売らない
「売らないで、これを使い続ける」

普通の顔が、できていたかどうか。とにかく、全身全霊で平静を装って、そう言った。

すると夫は、「そ、そうか」と。「そうだよ、最初からそれがいいと思ってたんだ」「まだまだ全然使えるんだから」。

先に新しいのを買っていなくてよかった。。!!!!!心の底から、そう思った。これで新しいのを買ってしまっていたら。そう思うと、状況のぎりぎりさに心身が震えてきた。買わなきゃ買わなきゃと思っていたけれど、あれだけうじうじして悩んでいて、本当によかった。データをハードディスクに移したりいろいろやらなければと思っていたけれど、さっさとやっていなくて、本当に、本当に、本当によかった。

夫は、iMacを丁寧に梱包してくれた。買ったときのケースにしまってくれて、タクシーを呼んでくれた。怖かった。

狭い部屋に、どどーんとでっかいiMacがやってきた。果たして、これが売れるのか。不安でいっぱいになった。

とにかくもう、自分で売るしかない。きれいに磨いて写真を撮り、ネットの掲示板に出した。夫も何度も使ったことがあった掲示板だったけれど、たぶんあやしい人もいるだろう。詐欺に引っかかったりしないか、そんな人を見極めて、私がこれを売ったりできるのか。本当に、不安で不安でいっぱいだった。でも、やらなければならなかった。この狭い部屋で、置くところもなく、これを使い続けるわけには到底いかなかった。

ロンドンに行ったとき、ノートパソコンを買った。いつも夫に選んでもらったり、夫のお下がりを使っていたので、こんなに高価な買い物をしかも家のお金でなく自分のお金でするのは初めてだった。本当に緊張した。でも、新しいパソコンにわくわくした。これでまた記事を書いたりできる!!買ったあとにお茶した友人から、彼女のサイトの説明文を書いてほしいと頼まれたりもして、どんどんやる気が出てきた。

掲示板では、何人かから連絡があった。連絡があるたびに、「この人は大丈夫だろうか」「受け渡しのとき、女一人だとわかるやいなや、暴力振るわれて逃げられたりしないだろうか」と、そんな考えばかりが頭に浮かんで、不安で不安でしかたがなかった。ハウスメイトの男性に、受け取りのときに在宅してくれと頼もうかとも思ったりした。

問い合わせをしてきた人の中で一人、「買いたい」という人がついに出てきた。「ディスカウントはあるか」と聞かれたので、「複数の人から問い合わせをもらっているから金額は変えないつもり」と答えると、「じゃあそれでいいからください」と。

なぜか毎回名前が違う人で(同じGから始まる名前だったのだけれど、二つの名前をほぼ交互に使っていた)、アルファベットの大文字やピリオドをきちんと使わない人だったので、ちょっと心配だった。でも文章の内容は普通でしっかりしていたので、この人に売ることにした。

英語がネイティブでないので、会社の同僚にこの人とのやり取りをみてもらった。おかしい人じゃないか、大丈夫そうか。反応が普通だったので、大丈夫なのかもしれないと思った。当時の上司は、趣味でしょっちゅう掲示板やネットで車を売ったり買ったりしている驚きの人だったので、初めて掲示板でパソコンを売るのだけれど大丈夫だろうか、銀行振込と言われたけれど大丈夫だろうか、と相談してみた。

「ほとんどの人は普通の人だから大丈夫」と彼女は教えてくれた。ただ、それだけたくさんやり取りしてる中で一度だけ、変な人に当たったことがあると。現金で支払うと言っていた人が、明らかにコピーで作った偽札を渡してきたことがあって、これはおかしいと言うと、笑ってそのまま帰っていったと。

現金やPaypalもあるけれど、一番いいのは銀行振込だから、それでよかったよと言われた。ただ、相手が携帯で振り込みをしたあと、きちんと自分の口座に振り込まれたことを自分の携帯から確認できるまでは、その場から離れさせるなと言われた。たまに30分とか2時間とかかかるときもあるけれど、それが終わるまでは絶対に帰すなと。そんな、初対面の男性と家に二人きりで2時間もと思うと、ますます怖くなってしまった。

とうとう明日受け取り、という夜。

不安で不安でぐちゃぐちゃだったのだけれど、もうどうしようもない。とにかく明日会ってみてからだ。

なんとなく。ベッドの脇に置いてあった、箱に梱包されたパソコンをなでて、「きっといい人が迎えに来てくれるよ」「大丈夫」「いい人にもらわれて行きなね」と。まるでペットにするかのように、言い聞かせてみた。なにをやっているのだろうなと思いながらも、気持ちをパソコンに託してみた。

そして、引き渡しの当日。

どんな人が来るかとバクバクしながら待っていると、ドンドンドンドン!!!!とドアが叩かれた。びくうっ!!と飛び上がり、ひと呼吸のあと、普通の笑顔を作り、意を決してドアを開けた。

すると、そこには。ファーマーみたいなガテン系の、つなぎのおじさんが立っていた。

警察署が近くて、家の前はしょっちゅう駐禁を取られるので、あっちに車を止めたほうがいいと誘導した。「お、ここが空いてる!ちょうどよかったな!!」とガハガハ明るく笑って車を止め、ドカドカと家に入ってきた。

箱から出して、電源を入れてきちんと起動するか確認し、じゃあ支払いをとなったとき。

パソコンある?」と。

は??????

この人、初対面の私のパソコンで、自分の銀行口座にログインするの?!?!?!?!

びっくりして、声が出なかった。「あ、あります。。。」とやっと言い、買ったばかりのノートパソコンを部屋から持ってきた。

「小さくてよく見えない」と言うので、私がChromeを立ち上げ、おじさんの銀行サイトを開き、ログイン画面に。ログインIDを書いた紙を渡されたので、私がご入力。パスワードジェネレーターでおじさんが出したパスワードを、私がまたご入力。え、ほんと???本当に??????

さすがに金額はと思ったので、そこはおじさんに入力してもらい、私が自分の口座情報を入れて、私がご送金。

着金するまでじゃあタバコ吸っていい?と聞かれて、庭に通した。

私も同行し、自分の携帯ですぐ着金の確認ができた。何度も画面を確認して、ほっとした。

おじさんが一本吸い終わるまで、世間話をした。

業者の人なのかと思って、「パソコンはお店に出すんですか」と聞くと、いやいや自分用だよと。建設会社で働いてたんだけど、足を悪くしてバスの運転手になり、今はそれも退職してゆっくり暮らしているのだと。パソコンもやるのだけれど、画面が小さいとよく見えないから、こういう大きなiMacを使っていて、それが古くなってきたから新しいのがほしかったんだと教えてくれた。

こんなでっかいiMacを使うなんて、アート系の仕事をしている人とか、実際に問い合わせがあった中でも学校の先生がいたりしたので(イギリスの学校ではもう黒板とかでなくプレゼンなどで授業が行われるので)、まさかただ単に「大きい画面」を求めてiMacを買う人がいるとは思いもしなかった。たしかに、そういう需要はある。特に、これからの高齢化社会では。

このiMacをどう使っていたのかを聞かれたので、最初は夫が仕事で一年くらい使っていたけれど、そのあとは私が家でブログを書いたり、画像や動画を編集するのに使っていたと答えると、「一番いい用途だ」と嬉しそうに言った。会社などのヘビーな用途でなく、家で使っていたというのは一番摩耗(?)が少ないと。いい買い物だ、ありがとうとにこにこして言ってくれ、私も嬉しくなった。

本当に、いい人がもらいに来てくれた!!!!びっくりした。

じゃあありがとね!とおじさんが出て行ったあと。パソコンを見て仰天、おじさんはログアウトもせず帰っていっていた。ログインされたまま、おじさんの残高がまるまる見えている画面を前に、もう衝撃も衝撃すぎて呆然とした。

だってこれ、今私が自分の口座にお金をそっくり送金できる。私が悪い人だったら。

でも、おじさんはそんなこと考えてもいないのだ。私がどんな人間か。用途に嘘をつくことだってできたし、電源は入るけれど全然動かないパソコンを売りつけようとしているかもしれない。でもおじさんは、そんなこと心配もしていない。あんなに安心してやってきて、私を見て、大丈夫だと思い、ほしいものを手にして、帰っていった。私が女だというのもあるだろうし、大人しそうなアジア人で、無茶をしなさそうということはあるけれど。

あんなに心配していたのに、こんなに安心感たっぷりの、めちゃくちゃ安全な買い手がやってきて。

本当に、衝撃の衝撃だった。身体から一気に力が抜けた。おじさんの口座からログアウトをして、笑いがこみ上げてきた。

今までずっと、あの親のもとでいつも、どんな悪いことがあるかと最悪の想定をいくつもいくつも常に頭の中に並べて、生きてきた。夫といたときだって、そうだった。いつ話をすればいいか、どう言ったらきちんと理解してもらえるか、こうきたらこう返そう、どうくるだろうと。突然「150ポンドだよ」などと言われるのではないかと、びくびくしながら。

でも私はもう、そこを出たのだ。コミュニケーションにそんな不必要な労力を要し、わけのわからない結果を突きつけてくるような人はそうそういないということがわかったのだ。そして、会社でもこうして私生活でも、考えもしなかった最高の結果がいくつもいくつも現れる。

そうか、結果というのは、想像もしない悪いものばかりではないのだと。

自分では想像もしなかったいいことも、まったく同じ確率で起こりうるのだと。

やっと、バランスのいいものの見かたができるようになってきた。悪い結果は50%、あとの50%はいい結果。どちらも半々の可能性。そう、半々なのだ。なのに今まで、悪いことばかりが必ず起こるような気持ちを抱えて、不安ばかりでずっとずっと生きてきた。

前夜、パソコンに話しかけたのがすごくよかったように思った。自分で自分に「大丈夫だよ」と言い聞かせても、本当に「大丈夫」という気持ちで言うことも難しいし、なかなか安心することはできない。でも「パソコン」という自分の外にある対象に声をかける形式にすることで、なんとなく素直な気持ちで「大丈夫」と言うこともできたし、それをすんなり聞くこともできた。これはいいテクニックだ、そう思った。

これからはこうして、半々を想定して生きていこうと、というかそう生きていくのだと、そう思った。想定外のいいこともあるから、気にせずいこう。本当にもう最悪で死ぬようなことというのは、なかなか起きるものでもない。そればかりを想定して不安に生きるのではなく、「もしかしたら想像もしないようなめちゃくちゃいいことが起こるかもしれない!!」とポジティブに。

自分自身で生きるということ

新しい仕事が始まって半年以上。変化についていけなくなりそうなほど、なにもかもが違う環境にいる。

メンタル的には本当に何度も何度も波があって、正直なところ今でも落ちることはある。でも以前住んでいた駅を通ったり、夫を思い起こさせるものをなにか見るたびに、夫のことを思い出して凹むというようなことはもうなくなった。

それもこれも、今の仕事に出会えたことで本当に救われたからだと思う。こんなことがあるなんて思いもしなかった。

それまでの私は、「手に職」にものすごいあこがれがあった。会社などに頼らず、自分の能力で稼いでいける人たち。かたや、大学を出て企業に就職した「普通」の自分。だから「デザイナー」である夫がかっこよく見えていた。独立して食べていけるような職業。たぶんそんなところに強烈にひかれていた。自分もそうなりたいと思うようになっていた。

日本語教師の勉強をして、自宅で教えるようになった。でも「次のつまづき」で書いたように、二年でやめてしまった。毎日会社に行けばお金がもらえる会社員。そのよさがだんだんとわかってきた。

それでも通いやすい会社はなかった。日本より日本的な環境で動いている「日本の会社」。解毒しようと思っているのに、それを思いっきりはばんでくる。こんなところでは生きていけないと思っていた。やっぱり自分で仕事をし、生きていくべきなのか。そうすることでしか自由になれないのか。

夫はいつも言っていた。「自分が自分のボスになる環境で仕事をしたい」と。独立して、自分で自由に仕事をしたいのだと。

それがいいのだろうと私も思うようになっていた。儲かれば儲かっただけ自分のお金になる。でも好きなことをやっても、それで食べていこうと思うことはなかった。短期の学校に行ったりと、気になることを片っ端らから試して、ものを作ってマーケットに出店することもやってみた。売れれば嬉しかった。自分の作ったものを喜んでくれる人がいる。それでも、それを毎日毎日やっていこうとは思えなかった。

あのとき気づけばよかったのだ。マーケットに行く朝、いや前日からもう気が重い。なぜかはわからない。好きなことをやっているはずなのに、気が重くて重くてしかたがない。朝、家を出るときなど、もう嫌で嫌でしかたがない。あれはいったいなんだったのか。

今ならわかる。私の潜在意識が「こんなことはしたくない」と叫んでいたのだ。

自分でもよくわかっていなかったけれど、私が自分の好きなことを見つけ、それを仕事にしようとして進めていくと、夫はとてもうれしそうだった。すごく応援してくれた。Kelokoはこんなことができる、こんなこともできると。私がなにか興味を持ってそれをやってみると、「すごい才能だ!」「絶対売れるよ!」と言っていた。

そして言われるまま、マーケットに出したり、オンラインで売ってみたりした。夫からは「みんなが買うようなものをリサーチするといい」「こんなものが売れるんじゃない?」といろいろ言われていた。たしかにそうだと思っていた。

でも、私はそんなものを作りたいのではなかった。私は自分が作りたいものを作りたかったのだ。

だんだんとそれがわかってきて、これは趣味でやっていくべきものだなと思うようになっていた。そうすれば売れるかどうか関係なく、好きなものを好きに作っていればいい。仕事をして給料があれば、これは趣味として自由にできる。お金もかけられる。

そうして、就職活動を再開した。最初は、趣味をやりながらできるパートの仕事を探していたけれど、そのうちフルタイムでも探すようになった。ロンドンへの通勤がいらない、近所の英系の企業で。経理の経験があったので、そういう方面にたくさん応募した。

それでもまったく見つからなかった。地元の企業では、外国人であることが本当にネックだった。何年も経験があったり資格があったら違っただろう。どちらもない私、さらに日系でしか働いてこなかったおかげで、英語にまったく自信のなかった私。人材会社に登録に行くところでもう、こちらの人のようにすらすらとコミュニケーションが取れないことで自信喪失、挙動不審を繰り広げ、落ち込んで帰ってくるばかりだった。

もうあきらめかけていたころ。今の会社のリクルート部から直接コンタクトがあった。

地元で、日本の会社でもなくて、日本人を探していると。そんな会社が本当にあるのか。

でも、本当に、本当だった。日本の部門がものすごく伸びていて、日本語がわかる人をこちらのオフィスにも置きたいのだと。こちらの企業で、オフィスには日本人が一人もいない。お金関係の部門なので、経理の知識か経験がある人が望ましい。日本の企業で働いたことがある人なら、もっと望ましい。まさに私にぴったりの仕事だったのだ。

それでも、迷った。経理の経験を活かしていけば、これで食べていけるようになる、どこでも仕事ができるようになると、当時は思っていたからだ。せっかく少し経理をやったのだから、ここでまた別の道に行ってしまっては、また中途半端な経歴になってしまうと考えていた。

でも正直なところ、もう勉強などしたくなかった。特に会計関連など、まったくもって興味がわかなかった。数字の扱いなら得意だったし、興味はそこそこあった。でも会計経理を勉強したいなどとはこれっぽっちも思わなかった。

大きな会社だったから、三次面接くらいまであるだろうと思っていた。それが一次面接と、10分の面談だけで、ものの二週間で受かってしまった。面接合格ですと言われ、次の採用スケジュールを聞いたとき、「これで終わりですよ」と言われて本当にびっくりした。そんなんでいいのだろうかと思ってしまった。

とにかく仕事に就いて家を出たいと思っていたのもあり、これも縁だと思い、就職した。

入ってみてわかった。本当に、私のための仕事だった。

面接で「会計経理の資格を目指すのか」と聞かれたとき、きっとここで「目指して勉強しています」と答えたほうがやる気を見せられていいのだろうと思っていた。でもやっぱり「はい」と言えなかった。「実際の仕事をしながら経験を身につけていきたい」と、いつも通りに曖昧な答えかたをした。今まで受けた経理系の仕事は、これでどんどん落とされていた。

でもこの会社のこの仕事では、せっかく雇ってトレーニングをしても、そうやって勉強して資格をとったあとに経理に異動してしまったり転職してしまう人がいて、みんなから残念がられていた。実際に、私と同時期に入った資格を持っている人も、試用期間で辞めていった。資格を持つような人がやるような仕事ではないのだ。だから、資格を目指さない私のような人のほうが向いていたのだ。

そしてなにより、私は日本でもイギリスでも企業に務めたことがあり、渡英してからは日本とヨーロッパの間を取り持つ仕事をずっとしてきている。どちらでも生活経験があり、ビジネス環境の特性も理解していて、どういうところでつまづくやすいかもわかっている。今までずっと、なんとなくそのときそのときで見つかった仕事をしてきただけだったけれど、そのすべての経験が一本の線でつながった瞬間だった。

今までのことはすべて、私がしてきた経験はすべて、どれももれなく意味のあったことだったのだ。

それがわかったとき、身震いがした。勉強して新しいことを身につける必要もない。自分の新しい才能を探す必要もない。

このままの自分で、というより、このままの自分が、この仕事にはいいのだ。

そんなものが、しかも会社員で、見つかることなどないと思っていた。みんな会社員から始まって、最初は楽しいけれどだんだんつまらなくなってきて、自分のやりたいことを見つけ、手に職を見つけ、それで独立していく。そんな考えにはまり込んでいた自分に気づいた。

そんなもの、まったくの思い込みだったのだ。みんながみんな、手に職をつける必要はない。「会社員」という形態の中にだって、やりたいことや自分を思いっきり広げられる人もいるはずだ。

と同時に、きっとみんな誰しも、こういうスポッとはまるポジションがあるのだろうと思った。

誰もが、そのときのそのままの自分で、スポッとはまるところがある。

私も、今の自分で今のところはこの仕事がスポッとはまるけれど、これからまた経験を身につけていったら、違うところにこの「スポッ」が出てくるかもしれない。そうしたらそちらに移っていけばいい。そのときのそのままの自分でスポッとはまる場所。それがどこであろうと、常にそこにはまっていけばいいのだ。

これは以前やった「今を生きる」ということだった。この「スポッ」は、この記事でいうところの「充実ポイント」になる。充実ポイントは常に移動している。それに合わせて自分を移動させていく。そうすると常に自分を満たせていられて、将来も満たされたところへ行けるのだ。

今を生きるということ。自分自身で生きるということ。同じことだった。それがわかった。