境界線

嫌いなところも役に立つ

人を尊重し受容する」や「感謝が勝るようになってきた」でも書いたように、ものごとは白黒どちらかではなく、二面あるということを日々学んでいる。

これは、数年前から興味を持って本を読んだりし始めたホロスコープで、はっきり頭で理解した。たとえば、火星というのは「情熱」とか「勢い」といういい面もあるけれど、同時に「猪突猛進」のような、危険な面もある。天体も、星座も、どれがいいというのはまったくなくて、それぞれにいい面と悪い面がある。場面によって使い分けたり、バランスが重要だということだった。

これは以前やっていたヨガで勉強した、チャクラの考えもそうだった。「チャクラについて」で書いたけれど、たとえば第一チャクラのムーラダーラ。これは物質的な肉体を表す。バランスがとれていると、健康で活力がある。簡単な例で言えば、ここのエネルギーが過小であれば低体重、過剰であれば肥満、など。

就職活動のときにやった、自己分析でもそうだ。細かいところまで正確に仕事をやろうとするのはいいところだけれど、それが過剰になれば不安で何度も何度も確認して仕事が進まなかったりもする。いいところは悪いところにもなりうる。ものごとは必ず二面ある。

そんなことは言っても、自分で嫌なところは嫌だった。たとえば、うまく話ができないところ。きちんと考えて話さないと、特に英語となると、なにを言っているかわからなくなってしまう。自分がセッティングした会議で、なにから話していいかわからなくなり、みんながシーンとしているところでさらに焦り、必要もないことを話し始めてしまったりして、ものすごく落ち込んだことも何度もあった。

キョドる自分が、恥ずかしくて、許せない。でも、なんとそれが役に立ったと感じられた事件が起こった。

一緒に仕事をしている人が、人の言いたいことを汲み取ったりうまく話をすることが本当に上手で、私がうまく話せないこともすぐ理解して言い換えてくれたり、いつも会議をリードしてくれたりしていた。人に教えるのもとても上手で、考えもせず順序立てて話をするし、忍耐強く、「じゃあこっちを見てみましょう」などの合いの手もうまい。お子さんがいる人なのだけれど、きっといいお母さんなのだろうと思ってしまったりする。小学校の先生とか天職なのではないかと思う。

そんな彼女が、新しく入ったイタリア人の男の子にめちゃくちゃ好かれたようだった。彼は声が大きく目立つのだけれど、感情的で、境界線がなく、すごく繊細な人で、彼女のようにいい対応をしてくれたり、上手に自分の話を引き出してくれる人にどんどん依存してしまっていた。しょっちゅう彼女に話しかけに来ては、けっこう言いすぎなことまで言うようになっていった。

しばらくして、その二人が接触厳禁になった。詳しいことは知らないけれど、どうも彼のほうがプライベードで彼女にメッセージを送りまくったりしてしまったようだった。人事まで話がいって、大変だったようだった。

だけど、周りはなんとなく、「彼女のほうがもっとしっかりしなければいけない」というような空気になっていた。なぜ?!?!?!!と思う。ひどい話だ。

彼女はこの会社で長く、管理職ではないにしろ、リーダー的な役職についていた。彼のほうは私と同じように去年入社したばかり。それもあって、「彼はまだ若いんだし」「イタリアの田舎から出てきた人だし」と周りは言う。

そんなの、おかしくないか???イタリアも田舎も馬鹿にしているし、若いって言ったって、彼女とほぼ同じ歳。彼女が「プロフェッショナルに対応しなきゃいけない」というのなら、彼のほうだって「プロフェッショナルに仕事しなければならない」ではないか。同僚にしつこくメッセージを送ったりするような社員に、「若いんだし」で済ませるとはいったい???

私も、彼はちょっと苦手だった。イタリアの話をしたり、おいしいものの話をするのは、いい。でも境界線がないところに、本当にイライラさせられたりしていた。

たとえば、チームのみんなで旅行に行こうという話があったとき。彼がプランを立てて仕切ると言い、みんなに出欠の確認がきた。私はお金を使いたくなかったので、飲みに行くとかなら行きたいけれど、旅行はちょっとと思い、返事をためらっていた。

数日後、彼から社内メッセンジャーで話しかけられて、どうするか聞かれた。ちょっと言いにくかったけれど「お金を貯めてるから今回はやめとく」と正直に返すと、「そんなにお金かからないよ!」「楽しいよ!」「Kelokoにも絶対来てほしい」と。

ぞぞぞ、ときた。

「No」と、言った。でも、それがわからない

自分の話を、無視されている。自分が言っていることを、なかったものにされている。「化粧水ふたたび」で書いたような、親のトラウマが蘇る。

もちろん、今はもうこの程度では、心臓がキューッとなったりバクバクしたりすることはない。ただ、ものすごくイラっ!!!!とする。

彼は境界線がないから、人は自分と別の人間だということを知らない。人はみんな、自分と同じ考えだと思いこんでしまっている。だから、人がなんと言おうと自分のやりたいようにしようとしてくる。「人を尊重していない」ということになる。

イラっとしたこともあり、丁寧な対応をやめ、別の話をして逃げた。よっぽどいろいろ言ってやろうと思ったけれど、とにかく離れた。

それでも彼は追ってこなかった。なぜか。私と長くいると居心地が悪いからだ。

私は、キョドる。彼はいろいろな人に話しかけるけれど、私は途中でキョドって話がつながらなくなる。お互い笑顔が引きつって、「じゃあまた」と彼が離れていくことになる。そういうところで、たとえば前出の彼女だと、上手に話をしてあげるのだろう。だから彼はそれに依存する。

でも彼は、キョドる私に対しては手に負えなくて、「じゃあまた」と離れるしかない。長々とそこに居続けても、自分が居心地の悪い思いをして、どう離れようかと計算し始めるだけだから、あとを追いたくないのだ。

天地を覆す、画期的な発見だった。「すごい!!!!!」そう思った。

キョドる自分が、嫌いだった。恥ずかしかった。許せなかった。上手にできない自分が嫌だった。

でも、嫌なやつが追いかけてこない!!!!なんて使えるテクニックだろう!そんなすごいテクニックが、なんの努力もなしに天然で身についている!!自分はなんて素晴らしい能力を持っているのだろう!!

びっくりした。衝撃だった。

相手にナイスに上手にいろいろしてやれなくていい。そんなことをしていたら、彼のような人が、ヒルのように群がってひっついてくる。キョドっていいのだ、「変なやつ」と思われていいのだ!!!!!

ものごとには、必ず二面ある。いいところもあれば、悪いところも。嫌いなところでも、いい面もある。それをお腹の底から体感した。

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部屋探しを再開

せっかく見つけたシェアハウスだったけれど、ミニマム契約の三か月で出ることにした。

というのも、夫が家を出て、勤務先があるロンドンの安いところに引っ越すと言い始めたので、私の荷物をすべて引き取る必要が出てきたのだ。今のシェアルームは広くて素敵でいいのだけれど、半屋根裏部屋で壁が斜めになっているので、うちにある棚を持ってこようとすると入らない。

という理由は半分で、もう半分はもう少し自由な家に移りたいというのがあった。

ここはもちろん大家さんの家なので、ほぼいつも大家さんがいる。旦那さんのほうは家で仕事をしているので、毎日いる。奥さんが帰ってくると食事を作ってキッチンにあるテーブルでご飯を食べたりしているので、そこで料理をしずらい。たまに息子さんや娘さんが家族づれでやってきてみんなでご飯を食べていたりするので、そういうときはなかなかキッチンに入りづらい。

他にいる三人のシェアメイトはどうしているのだろうと思っていたけれど、やはり時間を外して料理をしているようだった。大家さんの食事が終わった夜8時や9時ごろに部屋から出てきて、翌日のお弁当を作ったりしている。

もちろん、大家さんが一緒に住んでいることで便利なこともある。たくさんある。うちは特に使った食器の片づけがいらないところが本当にいい。流しに置いておくだけ。きれいになったものは大家さんが棚に戻してくれるし、自前の食器はその辺に置いておいてくれるので、自分でしまうだけ。

天窓つきのお風呂も最高で、月を眺めながら湯につかり、お湯にうるさくないから毎日でも好きにお風呂に入れる。コントロールフリークな大家さんが選んだだけあって、他のシェアメイトも大人しくてお行儀のいい女性ばかりでやりやすい。もちろんパーティーアニマルもいない。

でも。なんとなく。どうしても出たくなってきた。無性に。もっと自由で、荷物が持ち込めて、大家さんが一緒に住んでいないところ。

だって、大家さんが泊まりで出かけた週末など、本当に開放的リラックスできるのだ。いつでも料理ができるし、なんでも作れるし、気を使う必要がまったくない。ウキウキしてくる。たぶん自分が気を使わなければいいだけの話なのだけれど、でも今はこういう自分なのだからしかたがない。

なんとなく部屋探しを再開し、とあるところに内見に行った。荷物を置けるスペースもあって、棚も持ち込める。でも大きな道路のわきだから、車の音がする。ここでいいのかな、どうなのかな、そんなことを思いながらそこをあとにすると、少し出ただけで人が歩いている通りに出た。それが妙に大きな安心感をもたらした。心の底から、ほっとしたのだ。

少し出れば、人が歩いている。町の中にある。駅からも近いし、スーパーも近い。それが強烈な安心感を醸し出した。

今まできっと、これがかなり引っかかっていたのだろう。駅からなにもない方向へ徒歩20分の家。なにか足りないものがあったら15分以上歩かないとお店がない。みんな車ばかりの、町から外れたところ。これでどれだけ不安な思いを抱えていたのか、それがよくわかった。

荷物を置ける部屋は見つかりそうだと確信して、大家さんに契約終了の旨を申し出た。旦那さんのほうは私の境遇に同情してくれて、いつでも出ていいからと言ってくれた。

しかし。奥さんのほうはそうではなかった。旦那さんのほうから、詳細は奥さんとつめてと言われたので話に行くと、体を斜めに構えて顔を背けながらなにか汚いものでも見るように眉根を寄せて、私の話を嫌々聞いていた。この人はいったい、なんなのだろう。そう思った。

彼女は以前から、私が家についてほめると、ものすごく嬉しそうにしていた。駅から離れているからか、夜が静かでびっくりしたと言うと、そうでしょう、いいところでしょうと。これだけ静かでいいところなのに、駅からも徒歩圏内だから、というところが彼女の自慢、というか自信のようだった。

そう、彼女は家と自分を同化させていたのだ。だから家を出て行こうという私のことを、「家が気に入らない=自分を気に入らない、自分をけなされている」ととってしまう人だった。

こういうのを英語では「Personal(個人的)にとってしまう」と言う。一般的な話をしているのに、自分のことととってしまう。

こういう面倒な人はもう嫌だなと思った。夫もそうだったし、日本は全体的にそうだと思う。だから、どう取られるか細心の注意を払って発言しなければならない。そういう窮屈な人生にはもう疲れ切っていた。もちろん、相手がどう取ろうと自分が気にしなければいい。でも一緒に暮らす人がこれだと、しかもそれが大家だと、かなりきつい。そういう人がいない環境を選べるのであれば、それが一番いい。そして、今回はそれが可能だった。引っ越せばいいのだ。

旦那さんはいつでも出ていいと言っていたけれど、奥さんのほうは「最低三か月と言っていたわけだから」と、三か月は家賃をもらうと言われた。このときちょうど、二か月まるまる住んだところ。三か月目に入ってすぐ新しい家が見つかっても、三か月の終わりまで家賃は払わなければならないと。

たしかにそういう話ではあった。でもここは契約書もなにもない。ただの口約束。だから、融通が利くだろうと思っていた。イギリスは日本と違って話して融通が利くことが多いので、契約書もないここはきっと、そういう感じなのだろうと思っていた。思っていただけの自分が悪い、それはそうなのだけれど。

でもこの弱っている状態で、これは堪えた。こんな大きな家があって、私がいつ出ようとなんの不自由もない人が、私みたいな家賃一つでどん底に突き落とされるような貧乏人からお金をむしろうとする。が出てきて止まらなかった。

こういう人と一緒に暮らしていて、心が休まるわけがなかったのだ。こういう人の家は、悪いエネルギー(気)で満ちているだろう。きれいで素敵な家なのに、なぜか落ち着かないのはこういうことだったのだ。そんなところに住み着くわけにはいかない。さっさと出て行ってやる。出たいと思った気持ちは、正しかったのだ。

棚ならきっと入る、測ってみるからなにがいくつあるか棚の写真を送って、と引き止められたけれど、もうここにいるわけにはいかなかった。棚が入ろうと、ここにはいられない

決意を胸に、部屋探しに邁進することになった。

愛情がわからない

このころ「チャクラについて」で書いた第四のハートチャクラについて、カウンセラーが話してくれた。

ヨガの師匠のカウンセリング」を始めたころから、「あなたは胸がまったく上下していない」と言われていた。自分の存在を隠そうとしているようだ、とも。人間は常に呼吸をしているから、胸部や肩が上下している。していないということは、忍者のように「忍んでいる」状態だ。「ここに自分が存在していていいのだ」と思えていない、「ここの空気を吸う権利が自分にはない」と潜在的に思ってしまっているのではないかと言われた。

確かに私は、駅や町などで人からよくぶつかられたり、カバンをぶつけられる。自動ドアが反応しなかったこともある。嫌になって、足を踏み鳴らしながら歩いたこともある。それでもぶつかられて憤る。フィットネスのクラスでみんながハアハアと息を切らしているのに、無意識に呼吸を抑えていたりする。気づけば呼吸が浅く無音になっている。

胸は、ハートチャクラに当たる。物理的に「忍んでいる」ということは、精神的にも「忍んでいる」ということだ。自分の感情や気持ちを「忍んでいる」、押し殺しているのだ。無意識に自分という存在を否定しているようだった。

カウンセラーいわく、愛情を受けて育ってない人は、愛情がわからないから、人が自分にかける愛情もわからないし、自分も人に愛情を注げない。なにより、自分で自分に愛情をかけられないとのことだった。

私は典型的にこれだった。

夫に対する愛情もわからなかった。夫とは好きで結婚した感じがまったくなく、単に自分の面倒を私と一緒にみてくれる人がいて、その父親のような兄のような人と一緒にいるだけだった。実家で得られなかったものを、ここで得ようとしていたのにもかかわらず、実家の家族の延長をやっていた。実態のない空っぽな実家を離れたのに、けっきょくまた実態のない結婚をしていた。人は自分が育った家族しか「家族」というものを知らないから、当然なのだとカウンセラーに言われた。

好きだと思っていた食べものも単に「高くて珍しいから」食べていたものもあったり、好きだと思っていた身の回りのものが本当はそうでもなかったり、仲が良いと思っていた友人も実はただ「仲良くしなければいけない」と思いこんでいただけだったり、やらなければいけないと思っていた仕事が単なる思い込みだったりすることに、この数年でいくつも気づき始めていた。

そんな人生だったから、ただただ「死ぬまでの時間をどうやり過ごすか」だけになってしまっていた。当然だ。そんなことも知らなかったのだ。実態のある人生を、「Authenticに生きる」ということを身につけていかなければ、人は死んでしまうのだと知った。

夫の自分に対する愛情も、わからなかった。なにか面倒をかけることがあると追い出されるような感じがして、ものすごく不安になった。夫ばかり会社勤めをしていると、罪悪感に覆われた。せめてやっている家事も、料理を床にぶちまけてしまいそれを夫が片づけてくれたりすると、見捨てられるのではないかと不安になった。

なのにいざ夫が家にいて自分が働くことになると、「家を維持しているのは自分だ」ということにものすごく安心して態度が大きくなった。誰が稼いでいようが、どれだけ面倒をかけようが、本来なら関係ないはずだ。

愛情というのは、「依存」ではない状態において、相手や自分を受け入れているという感じなのだろうと思った。このときの私は、「相手がこれをやってくれたから」「自分がこれをやってあげたから」と、そういう条件がついた視点でしか考えられてないことに気づいた。そういうことではないのだ。

それがつまり、自分に愛情をかけられていないことからくる現象なのだと思った。

「自分がなにをやってもどんなでも受け入れる」ということができていなかった。自分がミスをすると、許せない。許せないから、他人のせいにしたり、環境のせいにしたりする方向にいってしまう人もいる。私の場合は、自分のミスは自分のせい、人のミスでも自分のせいに感じて自分を責めていた。

人の感情を受け取りすぎてしまうのも同じだとカウンセラーに言われた。このころ旦那さんを亡くした友人がいたのだけれど、その人の気持ちを受け取りすぎてしまっていて、自分まで鬱っぽくなっていた。夫には「俺が死ぬ話ばかりするな!」と怒られた。その人の悲しみを自分がどうにかしなければいけないと感じており、「夫がいなくなったらどうしよう」「生きていけない」と、自分のことのように受け取ってしまっていた。

これは一見とても思いやりのあるいい人のように見えるけれど、「人と人との境界線」がないということなのだ。親の感情を自分のせいにされて育つと、こうなるのだと。「アダルト・チルドレン癒しのワークブック」にも「人の悲しみは、どんなにつらいものでも、その人の人生の大切な一部」なのだと書いてあった。だからそれを取り上げてはいけないと。感情の境界線を持って、人と健康的な思いやりでつながることを学ばなければならない。

「人のミス」と「自分のミス」の混同も問題だった。なにをやっても相手が満足しないときに、「なにか変だ」と気づくことが大事だと。「完璧ではない」とか、「やりかたが悪い」や「足りないところがある」と文句を言われ、それでもっと努力をしてもまた別の文句を言われる場合。そういう人はなにをやっても満足しないということ。

こういう人を親に持って育つと、「自分はいくらやってもだめな人間だ」と思いこんでしまう。私の場合も、とにかくそうやって文句を言われることがないようにと必死にだった。最初からすべて完璧にして相手の口を封じなければと思って、不安な気持ちを常に抱えながら「完璧」だけを目指すようになってしまっていた。

確かにそれで親が満足したことはなかった。必ずなにか言われる。まさに「予期すらしていなかった大災害」で書いた通りだった。

でもそれは「自分のミス」ではないのだ。相手に問題があるのだ。

相手がなにを言ってこようと「自分のできる範囲で努力した」ことを自分に認め、「あれもできた」「これもできた」と認め、それ以上動き回らないこと。世の中には完璧なものなど存在しない。純金だってほんの数%はかならず金以外のものが混じっているのだ。そのときそのときでできることをやればいいし、実際はまったくできなくてもいい。

満足できない」で書いた美術の試験では、98点で学年一位をとった。それでも母親から「満点ではない」と文句を言われた。親がいなくては生きていけなかった子供のころなら、親の言うことに従い順ずることがこの世で生き残る道だったかもしれないが、今なら98点がよかったのか悪かったのかを自分で決められる。今後どうするかも自分で決められる。

このことに、体全体で気づくことが必要だった。

たぶん、愛情を知るプロセスというのは、

①自分に愛情をかけられるようになる
②人に愛情をかけられるようになる

の順番になるのだろうと思った。

なんだかもうすべてが実体のないフェイクな人生で、このときのカウンセリングでは久しぶりに絶望して泣きまくった。それでもこの数年で、「Authenticに生きる」ことを自分に許し始めているのを感じていた。最初はスローではあるけれど、始まるとぐわーっと右肩上がりになるとカウンセラーも言っていたので、毎日の身の回りのことから取り組んでみようと思った。