依存

引っ越しに心を躍らせる

ところが、部屋探しは難航した。

毎日毎日内見に行く中で、日本好きで、三週間かけて日本を縦断したという大家さんがいたりして、これはもう決まったかなと思うこともあった。条件を満たしていたので引っ越したい旨を告げたのだけれど、それから連絡が途絶えたりした。他にもいくつかよさそうな家はあって、でもしっくりこなくて、同じところに二回も内見に行ったりもしたのだけれど、やっぱりしっくりいかない気持ちが拭えず、あきらめることにしたりしていた。

なんで見つからないのだろう。こんなにたくさん部屋はあるのに。

不安でたまらなくなった。このまま見つからなかったらどうしよう。夫には私の引っ越し先が見つかるまではそこにいてくれと言ってあるので、見つからなかったら一度夫のところに戻ることもできた。でも不安で不安でしかたなくなった。あんなに日本が好きな大家でも、だめだったのだ。このまま一人でこの国で生きていけるのだろうか。

そんなころ、お米のストックが残り少なくなってきて、隣町のことをふと思い出した。

隣町は、今の町に引っ越してくる前に、一年ほど住んでいたところ。「突然の引っ越し」で書いた、退去願いをもらって慌てて引っ越したところだ。

隣町は城跡や大聖堂があり、この辺りでもっとも古い町になる。お金持ちが多いので、私の好きないいスーパーもあり、お店が一通りそろっている。大きなアジア食品店もあり、手芸のお店もあるので、ロンドンに行かなくても食材も趣味のものも一通りそろう。ないのは納豆くらい。客層も全然違う。ロンドンのいいところにいるような体型やファッションの人たちがたくさんいる。健康に関心のある人も多いから、ナチュラルフードのお店もある。

ここは今の町よりロンドンから数駅奥まったところにあるので、ロンドンに通うなら今の町がいい。今の町は南からくるたくさんの路線が集まってロンドンに向かうため、本数がぐんと増えるのだ。

でも。もうロンドンに通うことはない。念願の、地元の仕事を見つけたのだ。地元の企業の。ロンドンの日系企業に通う必要はない。

それならば、隣町に住んだほうが断然便利なのではないか。休みの日にわざわざ駅まで20分歩き、そこから電車に数駅乗ってお米を買いに行くのなら、隣町に住んでいつでもお米が買えたり、毎日いつでもお豆腐が買えたり日本ハムのソーセージが買えるほうがよくはないか。手芸のお店に毎日通って、いいハギレが出てないか見ることもできるし、お気に入りのスーパーで様々な食材を買って料理を楽しむこともできる。

なぜ、これを思いつかなかったのだろう!!

それまでたぶんまだ、夫に対する依存心が抜けきっていなかったのだと思う。一人で暮らしていくことの不安、「親(夫)に見捨てられる」ことに対するインナーチャイルドの恐怖。夫にすぐ会える距離だから、今の町を出ることを思いつかなかったのでは。でも夫が家を出ることになってきた今、その依存が抜けてきたのでは。

難航して苦しくなってきていた家探しも、ここで一気にやる気が出てきた。それまでは、今の家よりいいところなんて見つからないだろうと思っていた。手入れの行き届いた広くてきれいなおうち、天窓のあるお風呂。でも隣町に引っ越せば、電車に乗らなくても必要なものがなんでも手に入る環境になる。今の家より断然いい暮らしができる。

猛烈に、隣町での部屋探しを始めた。仕事のあとに、5軒の内見を入れた日もあった。隣町はやっぱり大きいから、駅からすぐ近くに家がない。最低でも15分は歩く。それで五軒も歩いて回ると、クタクタになった。

それでも。最初に行った内見でまず、すごい好印象を受けた。大きな家が並ぶ、お金持ちが住んでいるところで、B&Bもやりながらマダムが運営しているシェアハウス。今の家も、今の町の中ではそういう場所にあるし、お金持ち。でも格が違った。家の大きさも、大家さんも。全然違う。

今の大家さんでもお金持ちだとびびっていたけれど、隣町のマダムはそんなものではなかった。格の違いは、メンタルの違いだと思った。今の大家さんはやはり毒々しくて、その程度という感じになる。でも隣町のマダムは毒が抜けていて、その分視野が広かった。遺産が入って必要がなくなったから一度はシェアハウスを畳んだのだけれど、なんだか寂しくなってまた再開したのだと言う。だからお金にはまったくこだわっておらず、部屋も小さいけれど駅近なのに安かった。

趣味で手芸をやっていると言うとどんなものを作っているのか見せてと言われ、写真を見せた。すると「まあああなんて素敵なの!!」と感激してくれた。こういうものの良さを見れる人というのも、毒の抜けている人だと感じた。毒のある人は効率で生きている部分があるので、手作りのものに興味や敬意を示さない。今の時代、なんでも買ったほうが安くて効率がいい。毒のない人は、そうではないところに価値を見い出せる。

これも趣味を通じて、自分が変わってきたことからわかったことだった。買ったほうが断然早く、安く済む。でも自分で作る楽しみや、好きなものを作る楽しみ。効率ではなく、そういうものにも意味を見い出せるようになってきた。「私もやったことあるけれど、あんなに時間をかけたのに買ったほうが安くて嫌になってやめちゃった」と言われることがとても多い。効率は大事だ。でも重視しすぎていると、自分の好きなこと=自分の気持ちは見えてこない。

もちろんいろいろな人がいるとは思うけれど、隣町にはこういう感覚の人がもっと多いだろうなと感じた。古い町だから様々なイベントもあるし、アートも充実している。今の自分の感覚にマッチしていると確信した。今の町はエネルギーが合わなくなっていたのだ。だから部屋が見つからなかった。そういうことだったのだ。

そう納得して、隣町で探し回って部屋を見つけた。

そこはそんなにきれいでもなく、大して期待していなかった。一階だし、お風呂もなく、荷物もたくさんは置けなそうだった。見た目も大してよくない。なのに。なぜか。部屋に入ったときにものすごくひかれてしまったのだ。

別に住んでいる大家さんが案内してくれたのだけれど、この人のひと言もピンときてしまった。いつ引っ越す必要があるのかとか、どういうところを探しているのかと話していて、最後に「早くいいところが見つかるといいわね」と言ってくれたのだ。

この人は、自分の持ち物と同化していない。自分の持っている家と私に合う家は別、ということがわかっている。その上で私がこの家を選ぶ可能性もあるけれど、選ばないこともある、そしてそれは自分が嫌いなのだということではない、ということがよくわかっている。普通だ。

大家さんと二人暮らしになるけれど、もっときれいでお風呂のある家もあった。アート系の仕事をしている大家さんで、興味深かった。でも家で仕事をしているからいつも家に大家さんがいて、リラックスできそうになかった。

なによりそういう人たちは、家や町をほめるととても嬉しそうだった。今の家は荷物を置けないし、今の町もなにもなくて不便だしと言うと、そうだろう、うちはいいところだろう、うちの町は自分もすごく気に入って子供のころからずっと住んでいるんだ、と誇らしげに語る。「帰国報告」で書いたうちの親と同じだった。私にほめたつもりはない。正直な感想だ。でもそれをPersonalにとっていた。自分がほめられたように感じている様子だったのだ。

以前の私なら、こういう人たちにひかれていたかもしれない。扱いやすそうだし、お家をほめておけばきれいな部屋に住める。おもしろそうな仕事もしているし、そういう世界に自分も足を踏み入れられるのではと思ったりする。

でも、私は学習したのだ。こういう人たちは、突然機嫌を変えることがある。私の言っていることが本当かどうか疑い始めて、途端に態度を変えてくることがある。私の思う通りに反応してくれなくなったり、私が「ほめた」ことをとんでもない方向に受け取って暴走したりする。そうなったとき、私はとても苦しくなる。親と一緒に住んでいて、まさにそうだったではないか。

どれだけ素敵な家でも、こういうところは却下することにした。中には、住むとひとことも言っていないのに、私が自分の家を気に入っていてここに住むのだと思い込んでいた人もいた。恐ろしい。ものごとを一般的にとれずPersonalにとってしまう人たち。どれだけ面倒か。

決めた部屋は、「いつ来てもシーンとしているのよね」と大家さんが言っていた。その通り、内見に行ったときも誰もいなくて真っ暗だった。夜の8時、ロンドンに通っている人でもとっくに帰宅していていい時間だ。

大家さんいわく、看護師で夜シフトの女性や、博士号の学生さんが住んでいて、なぜかあんまり家に人がいることがないのだと言っていた。それに強烈にひかれた。今の会社はフレックスで、早く出社すれば4時に退社することが可能なのだけれど、買い物をして家に着いて3時間以上も誰もいないなんて。自由に料理をしたり、ゆっくりすることができる。

あれだけこだわっていたお風呂がなくても、全然気にならなかった。なんだ、お風呂はそこまで重要ではなかったのだ。それよりも、誰もいないところに住みたかったのだ。一階で引っ越しがラクで、キッチンにも庭にもすぐ出れて、ゆっくりできるところ。そういうところがよかったのだと、わかってきた。

なにより衝撃だったのは、駅から徒歩9分というところ。この町でいいところに住みたかったら、もしかしたら今のところよりもっと歩かないといけないかもしれないと思っていた。それが、今の半分以下。町には5分で出れる。全然便利になる。

大きい町だから、イベントも多い。今まではそういう趣味や友達づくりのイベントを見てもなかなか参加できなかったけれど、歩いて行ける。

引っ越しと、それに続く新しい生活、新しい人生。やっと楽しみになってきた。

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部屋探しを再開

せっかく見つけたシェアハウスだったけれど、ミニマム契約の三か月で出ることにした。

というのも、夫が家を出て、勤務先があるロンドンの安いところに引っ越すと言い始めたので、私の荷物をすべて引き取る必要が出てきたのだ。今のシェアルームは広くて素敵でいいのだけれど、半屋根裏部屋で壁が斜めになっているので、うちにある棚を持ってこようとすると入らない。

という理由は半分で、もう半分はもう少し自由な家に移りたいというのがあった。

ここはもちろん大家さんの家なので、ほぼいつも大家さんがいる。旦那さんのほうは家で仕事をしているので、毎日いる。奥さんが帰ってくると食事を作ってキッチンにあるテーブルでご飯を食べたりしているので、そこで料理をしずらい。たまに息子さんや娘さんが家族づれでやってきてみんなでご飯を食べていたりするので、そういうときはなかなかキッチンに入りづらい。

他にいる三人のシェアメイトはどうしているのだろうと思っていたけれど、やはり時間を外して料理をしているようだった。大家さんの食事が終わった夜8時や9時ごろに部屋から出てきて、翌日のお弁当を作ったりしている。

もちろん、大家さんが一緒に住んでいることで便利なこともある。たくさんある。うちは特に使った食器の片づけがいらないところが本当にいい。流しに置いておくだけ。きれいになったものは大家さんが棚に戻してくれるし、自前の食器はその辺に置いておいてくれるので、自分でしまうだけ。

天窓つきのお風呂も最高で、月を眺めながら湯につかり、お湯にうるさくないから毎日でも好きにお風呂に入れる。コントロールフリークな大家さんが選んだだけあって、他のシェアメイトも大人しくてお行儀のいい女性ばかりでやりやすい。もちろんパーティーアニマルもいない。

でも。なんとなく。どうしても出たくなってきた。無性に。もっと自由で、荷物が持ち込めて、大家さんが一緒に住んでいないところ。

だって、大家さんが泊まりで出かけた週末など、本当に開放的リラックスできるのだ。いつでも料理ができるし、なんでも作れるし、気を使う必要がまったくない。ウキウキしてくる。たぶん自分が気を使わなければいいだけの話なのだけれど、でも今はこういう自分なのだからしかたがない。

なんとなく部屋探しを再開し、とあるところに内見に行った。荷物を置けるスペースもあって、棚も持ち込める。でも大きな道路のわきだから、車の音がする。ここでいいのかな、どうなのかな、そんなことを思いながらそこをあとにすると、少し出ただけで人が歩いている通りに出た。それが妙に大きな安心感をもたらした。心の底から、ほっとしたのだ。

少し出れば、人が歩いている。町の中にある。駅からも近いし、スーパーも近い。それが強烈な安心感を醸し出した。

今まできっと、これがかなり引っかかっていたのだろう。駅からなにもない方向へ徒歩20分の家。なにか足りないものがあったら15分以上歩かないとお店がない。みんな車ばかりの、町から外れたところ。これでどれだけ不安な思いを抱えていたのか、それがよくわかった。

荷物を置ける部屋は見つかりそうだと確信して、大家さんに契約終了の旨を申し出た。旦那さんのほうは私の境遇に同情してくれて、いつでも出ていいからと言ってくれた。

しかし。奥さんのほうはそうではなかった。旦那さんのほうから、詳細は奥さんとつめてと言われたので話に行くと、体を斜めに構えて顔を背けながらなにか汚いものでも見るように眉根を寄せて、私の話を嫌々聞いていた。この人はいったい、なんなのだろう。そう思った。

彼女は以前から、私が家についてほめると、ものすごく嬉しそうにしていた。駅から離れているからか、夜が静かでびっくりしたと言うと、そうでしょう、いいところでしょうと。これだけ静かでいいところなのに、駅からも徒歩圏内だから、というところが彼女の自慢、というか自信のようだった。

そう、彼女は家と自分を同化させていたのだ。だから家を出て行こうという私のことを、「家が気に入らない=自分を気に入らない、自分をけなされている」ととってしまう人だった。

こういうのを英語では「Personal(個人的)にとってしまう」と言う。一般的な話をしているのに、自分のことととってしまう。

こういう面倒な人はもう嫌だなと思った。夫もそうだったし、日本は全体的にそうだと思う。だから、どう取られるか細心の注意を払って発言しなければならない。そういう窮屈な人生にはもう疲れ切っていた。もちろん、相手がどう取ろうと自分が気にしなければいい。でも一緒に暮らす人がこれだと、しかもそれが大家だと、かなりきつい。そういう人がいない環境を選べるのであれば、それが一番いい。そして、今回はそれが可能だった。引っ越せばいいのだ。

旦那さんはいつでも出ていいと言っていたけれど、奥さんのほうは「最低三か月と言っていたわけだから」と、三か月は家賃をもらうと言われた。このときちょうど、二か月まるまる住んだところ。三か月目に入ってすぐ新しい家が見つかっても、三か月の終わりまで家賃は払わなければならないと。

たしかにそういう話ではあった。でもここは契約書もなにもない。ただの口約束。だから、融通が利くだろうと思っていた。イギリスは日本と違って話して融通が利くことが多いので、契約書もないここはきっと、そういう感じなのだろうと思っていた。思っていただけの自分が悪い、それはそうなのだけれど。

でもこの弱っている状態で、これは堪えた。こんな大きな家があって、私がいつ出ようとなんの不自由もない人が、私みたいな家賃一つでどん底に突き落とされるような貧乏人からお金をむしろうとする。が出てきて止まらなかった。

こういう人と一緒に暮らしていて、心が休まるわけがなかったのだ。こういう人の家は、悪いエネルギー(気)で満ちているだろう。きれいで素敵な家なのに、なぜか落ち着かないのはこういうことだったのだ。そんなところに住み着くわけにはいかない。さっさと出て行ってやる。出たいと思った気持ちは、正しかったのだ。

棚ならきっと入る、測ってみるからなにがいくつあるか棚の写真を送って、と引き止められたけれど、もうここにいるわけにはいかなかった。棚が入ろうと、ここにはいられない

決意を胸に、部屋探しに邁進することになった。