他者評価

元上司との再会から

このころ「09 ふたたび会社生活へ」で働いていたときの上司と再会した。

任期満了で辞めてからも、会社の人と連絡をとろうかどうしようか迷っていた。何人かの元同僚にメールを書いては消し、を繰り返していた。それも忘れたころ、元上司から日本へ帰任するという連絡があり、ちょうどいい機会に恵まれたので会いに出かけた。

でも、どうなるだろうと思っていた。会ったほうがいいのか、会わないほうがいいのか。元上司とはいろいろあった。「人前で話す」業務についても。でもちょうど私がいた一年は本当にイレギュラーなことがたくさんあり、そこをずっと一緒にこなしてきた人だった。こんなに近くでコンビを組んで仕事をした人は、なかなかいなかった。

迷う気持ちもあったけれど、最終的にやっぱり会いたいと思った。

このころ、夫の出張についてバルセロナに数日遊びに行っていた。帰ってきてカウンセラーに「どうだった?」と聞かれて、すぐ回答が出なかったことを思い出した。

なぜすぐ答えられなかったのか。頭の中で「あれはよかった」「あれはだめだった」と一つ一つ思い起こし、全体100%のうち、どれくらいよくてどれくらいがよくなかったのかを割り出していたから、すぐに回答できなかったのだ。

これは「正確な情報を言わなくてはならない」と思っているからだ、とカウンセラーに言われた。単なる感想を聞かれて、別に正確なことを言う必要はない。「ああ、よかったよ、あれもやってこれもやって、でもあれはちょっと大変だったな」などと適当に話していけばいいわけで、単に会話の糸口になればいい。全部まとめてから正しいパーセンテージを出す必要はないのだ、と習ったところだった。

これと同じだった。あの会社ではいろいろあったし、仕事だからもちろん嫌な思いやぎこちないこともあった。でも元上司とは全体の印象として、大変なことを一緒にこなした人で、一緒に頑張ったなという思い出がある人なのだ。

だから「会いたい」という気持ちを無視する必要はない。すべてがいい思い出である必要はない。いいことも悪いことも含めて、「いい思い出」なのだ。正しいか正しくないかではなくて、会いたいか会いたくないかなのだ。

会ってみて、やはり会えてよかったと心から思った。元上司も迷っていたけれど、誰かとこれだけコンビを組んで一緒に仕事をすることなどめったになかったと、私に連絡をとってみようと思ったそうだ。気持ちはまったく同じだった。うれしかった。

最後はしんみりしてしまって、泣きそうになってしまった。よかったか悪かったかではなく、気持ちなのだと本当に実感した。

あれもこれもとたくさん事細かにお礼を言いたかったけれど、やめた。もちろんお世話になったことは数え切れない。でも元上司もきっと、私がいてよかったことがたくさんあるに違いない。実際に、元上司は元部下の私に対して「ありがとうございました」と言ってくれた。きっと迷惑かけたこともたくさんあっただろうけれど、私がいてよかったとも思ってくれているのだ。卑屈になる必要はないのだ。そんなことをしなくても、二人でよく頑張ったこと、それは永遠に変わらない。

私があの会社で働いていた時期は、個人的に本当に大変な時期だった。最初のカウンセリングが終わり、会社生活に戻ることを決め、それが(当時の私にとっては)典型的な「日本の会社」だったためにどんどん落ちていった。日本に行って「10 大災害に見舞われる」こととなり、「14 どんどん落ちていく」こととなった。最後のころは会社も休んだし、そんな私を部下に持って迷惑をかけたことと思う。本当にありがとうございましたとお礼を言って、お見送りした。

そのあとにカウンセリングが入っていたので、この話をした。会う前にはものすごく緊張して逃げ出しそうになっていたのだけれど、そこをカウンセラーから指摘された。そういえば、元上司と会う前も会ったあとも、必要以上に緊張していた。どうしてなのだろう。待っているときも、なぜ私はこんなにそわそわして心臓が口から出そうなほど緊張しているのだろうと考えていたのだ。

カウンセラーに、「毒親炸裂の報」の話をした。以前だったら気が狂うほど怒ったり泣いたりしてひどく傷ついていただろうが、今回はもうほとんどそんなことがなかった。どれだけ親が頭がおかしく、いかに人としてのコミニュケーションが不可能であるかがよくわかったのだ。日本語と古代エジプト語で話をしているようなものだった。いや、まっとうな古代エジプト人のほうがまだ意思の疎通がはかれるだろう。

カウンセラーいわく、それは相手の「Outcome(アウトカム:出力結果、反応)」を期待せずに自分がしたいことだけをしているから、相手の言動にさほど傷つくことがなかったのだろうとのことだった。

通常、自分の親を相手にOutcomeを期待せずに接することは難しい。特に小さい子供など、親に頼らなければ生きていけないものなのに、親からのOutcomeを期待せずにいることはできないからだ。自分で生きていくことができない「子供」という存在は、親にやってもらわなければいけないこと、わかってもらわなければいけないことばかりだ。

だがたとえば、通りすがりの人に「いま何時ですか?」と聞いたとする。相手が「2時ですよ」と答えてくれても、「時計ないわ」と言われても、「知らねえよ」とぶっきらぼうに返されたとしても、嫌な思いはしても傷つくことはない。これはOutcomeを期待していないからだ。でもこれが自分の親となると、「わかってほしい」「優しくしてほしい」という期待が誰しもあって、特定のOutcomeを期待せずにはいられない。だからほしいOutcomeが得られないと、傷ついてしまう。

ということは、親であろうと「その辺の通行人」と思って相手にすれば、傷つくことはないということなのだ。たとえば親に誕生日プレゼントを送るにしても、自分が送りたいから送るだけで、親が喜ぼうと、お礼の連絡をしてこようと、まるで無視であろうと、どうでもいい、そういう状態で送ればどんなOutcomeがきても大丈夫でいられる、と。

ただこのときの私の状態では、親と連絡をとるような状況になった場合、「もう大丈夫かもしれない」という期待がどこかにあって、実際連絡をとってみると親がまるで変わっておらず、傷つく。それでまたしばらくして「大丈夫かもしれない」と連絡をとり、傷つき、また間を開ける。この繰り返しになるかもしれないと、カウンセラーには言われた。

本当に、実際のところ実家を出てからというものこの繰り返しだった。だから私が傷つかずにいるためには、私の中でOutcomeを気にしないでいられる「通行人」に親がなるまでは、会わないほうがいいだろうと言われた。

Outcomeを期待しないということは、相手がどう思おうと関係ないということでもある。このころの私は自分がなく、他のものに依存してしまっていたので、相手が自分のことをどう思うかで自分の評価が決まっていた。だから様々な人間関係の中で常に不安を抱え、緊張し、傷ついていたのだ。

これが、元上司に会うときにそんなにも緊張してしまっていた原因だった。

会ってみてどうなるかわからない、Outcomeがわからない、相手がどう思うかわからない、自分がどうしたらいいかがわからない。会ってみて相手が私のことをどう思ったかわからない、同じ思いだと思ったけれど違うのかもしれない。わからない不確定要素だらけ。だから緊張していたのだ。

相手がどう思おうと、自分がしっかりあって、自分のしたいことをし、「会えてよかった」「楽しかった」と自分が抱いた気持ちに自信を持って満足できていれば、不安にもならないし緊張もしない。「相手が求める通りに動こう」「気に入られなければならない」と思っていれば、常に不安で緊張してしまう。これはのちのち「External Evaluation(他者評価)」の仕組みで習うことになる。

自分がきちんとあれば、相手がどうであれ、仕事がどうであれ、家族や友人がどうであれ、「自分」という根っこのもとに適切な対応ができる。「自分がないということ」のbの花びらの図のように。これが目標だった。

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