今ここ

面接を受ける中で

いくつか面接を受けていく中で、以下のことに気づき始めた。

  ①新しくて忙しい会社は向いていないかもしれない
  ②PA(Personal Assistant:秘書)は向いていないかもしれない
  ③今までやってきた業界でなくてもいいかもしれない
  ④業界や会社よりも、仕事内容重視がいいかもしれない

については、自分でも大きな変化だと思った。私はずっと、そういう新しくて忙しい会社や部署が好きだったからだ。なにもない中で、自分たちでいろいろなものを揃え、多種多様なことをこなしながら、自分たちで作り上げていくというのがおもしろかった。なので、日本からやってきてイギリス支社を立ちあげたいというような会社は、とてもおもしろそうだと思っていた。

でも、面接を受けていく中で、そういうところはあまりよくないということに気づいてきた。予算も人材もないので、安い給料大きな責任を任される。たぶん、イギリスの会社だったら、必要ならお金も時間もつぎ込むかもしれない。最初に、いい人材必要なものをきちんと揃えようとすると思う。それができないなら、そもそも進出をしようと思わないのではないか。

でも、私が見た日本の会社の場合は、とにかく限られた予算内でどうにかしなければならないようだった。「必要なものを揃える」のではなく、「予算内でものを揃える」という感じだった。

これは、私も経験がある。私も、渡英してきたころはそうだった。旅行に行っても、少しでも安いもの、安い方法を見つけることに時間や頭を取られていて、「旅行を楽しむ」という本来の目的をまったく無視していた。これは、そういう考えのない夫と暮らし始めることでも修正されていったけれど、気づいてもこれを治していくのはとても難しい。

また、飽きっぽいから多種多様なことをするポジションがいいと思っていたけれど、「向いていること」で書いた通り、「クリエイティビティ」が私の軸だった。立ち上げにかかわる仕事はたしかにクリエイティビティが必要だけど、それには雑用が大きく入ってくる。それもいいけれど、もっとクリエイティビティに集中できる仕事のほうがいいのだろうと思った。

については、日系の会社だと、「駐在の部長や社長の秘書」というポジションが多いので、よく応募をしていた。でも、私は人のお世話は無理だと気づき始めた。つく人にもよるのかもしれないけれど、不安症だからいろいろな準備をすることは上手だけれど、気の利いたことを言ったり、お客さんで来る偉い人の対応をしたりと、人当たりをよくすることは苦手だということに気がついた。

それは、そうだ。昔ならともかく、このときの私は挙動不審で、コミュニケーションが非常に苦手だった。「前世療法で見たことの解説」で書いた通りだ。そんな人間が、気楽に人の対応ができるはずがなかった。

に関しては、「仕事について」に書いた通り、今までのことにこだわらず、いろいろなものを見てみようと思ってやってみた。「今を生きる」で学んだように、毎日変わっていく「充実ポイント」に沿って動いていかなければならないからだ。

そんなことを頭に置きつつ、あるとき、私とは縁もゆかりもない会社の、縁もゆかりもないポジションに応募した。応募するつもりもなかったのだけれど、長年お世話になっている人材会社の担当者から連絡がきて、なぜかポロっと応募してしまった。これが「」ということなのだなと、今でも思う。

あとから断ろうと思ったのだけれど、まあどうせ受からないだろうと思って放置した。そうしたら、なんと面接に呼ばれたのだ。驚いた。

人材会社に、なぜ私のCVが通ったのかを聞いてみたところ、いろいろな部署と連絡を取り合う仕事なので、いろいろな部署を経験している人がいいと思ったとのことだった。びっくりした。バラエティありすぎて一貫性のない私のCVが、こんな見かたをされるなんて思ったことがなかったからだ。

勤務地が遠いから無理だと思ったけれど、調べてみたらなんと一回乗り換えで行けるところだった。面接は、人事的な無駄な質問がなく実用的で、人もとても馴染めそうな空気感だった。仕事内容も、いろいろなのいろいろな人と連絡を取り合う、おもしろそうなものだった。そんなことも重なり、この会社に決めた。昔だったら、こんなまったく経験のない業界で仕事をするなんて思いもしなかったところだ。人生はわからないと思った。

けっきょく失敗することになるわけだけれど、それは後から考えてみたらそう思うだけで、当時はそれが一番の選択で、このときに学ぶべきことを学べる場所に行けたと心から思う。

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自分を見つける

スピリチュアルカウンセリングの続き。

目標みたいなものがあるとやりやすいなら、「毎日充実していたい」や「自分の存在を気づいていたい」と自分に言い聞かせることがいい。そう思っていると、目には見えなくても、あちこにそれが向かっていって、自ずとそうなっていく。たとえば「こうしたい」と強く思っている人の隣にいると、見えないけれど熱気が伝わってくるように感じるのと同じで、そういうエネルギーが出ると、なぜか友人や身近なところで、目に見えたり耳に聞こえたりすることが自分に向かってきてくれる。

でも、気持ちはあっても、疲れているときとかフツフツしてるときに「思え」と言われても思えないこともある。そういうときにこのように環境が変わる(引っ越しなど)ということで変化を投げ込み、人生がちゃんと手伝ってくれる。

あとは、「よく寝てよく食べて笑うこと」。

「充実していたい」と口に出して言うのだろうか、と疑問に思った。すると、「生き生きしていたい」とか「今日もいい日でいたいな」「楽しい日にしよう」とか、そういう言葉でもいいかもしれません、と言われた。 なるほど。そういう気持ちを口に出すことで、いいエネルギーを出していくと。

今ここで変化があって、「新しい人生」が始まる。そこに存在しているのは、私と夫。そのうちの私が、「これがあって私がいる」ではなく、「私がいてこれがある」という、その「これ」を見つける。これが今起こっていること。

「今日なんか見つけた気がする」「うん、今日もなんか発見があったような気がする」となっていくと、体の中が動いてくる。細胞がチクチクチクと動き始めるように。もちろん頭で考えているだけでも動いてはいくけれど、私たちは肉体があるから、体を動かして、誰かに会ったり話をしたりすると、また発見が必ずある。それで「毎日発見していたいな」と思うと、「そうだ私ってこうだ」と自分の発見に拍車がかかってくる。

趣味についても聞いてみた。仕事の息抜きには、日本語教師ではなくて、趣味のほうがもっとリラックスできていいのではないかと思ったからだ。趣味がある人を見ていると、仕事をガッツリして、趣味もガッツリして、充実しているような感じがするからだ。

睡眠を取ることが、大事なような感じがする。私の場合、私の存在が①で、なにをしていてもそれが②になるので、「え、それが趣味ですか?」ということでも、たとえば笑ったり寝ていたりも、私が「そのときしたいこと」が趣味になる。「趣味は私」というような感覚。私はなにかしら探すので、けして時間があって困ることはない。なにか目に入ってくるもの、アートなども好きかもしれない。なにか好きなものを見に行ったりとか、聞いたりとか、そんなこともなんでも趣味。私を語ることの中の、ひとつ。

わかるような気もしたけれど、難しいなと思った。やはり「これです」とひとことで言えるような、はっきりしているものならわかりやすいのに。でも、そうじゃないのが私なのだ。はっきりしている人がいるなら、もちろんしていない人もいる。これを受け入れて伸ばしていくことが必要だった。

食べることについても、聞いてみた。食べることも好きで、よく食べ過ぎてしまうこと。特にこの時期は、食べても食べても満腹にならず、ひたすら食べてしまってしかたがなく、不安に思っていたのだ。

なにも考えられなくて食べていたら問題だけれど、「おいしい」と、思わずにっこり笑ってしまうのであれば大丈夫。私はよく食べよく寝るができなくなったら、自分のエネルギーを使えなくなってしまう。よく食べよく寝ることで、クリエイティブなエネルギーがよりいっそう回ってくる。

私の場合、そのときそのときで変わってはいくけれど、好きな食べ物もあるし、本来暴走して食べることはできないから大丈夫。食べたいものを、食べたいときに、食べたいだけ、食べること。風向きが変わってきて、不安定だった気持ちが変わり動いたりしてくれば、お腹も空いてきて、食べることを楽しくできるようになってくる。食べることも趣味で、大事。自分で作ったりもする。

この「食べたいものを食べたいときに食べたいだけ」というところが、重要だと思った。食べたいかどうかではなく、「今ここでなければ食べられないもの」を食べていることが多く、だから「食べられるだけ食べなきゃ」となってしまう。自分が食べたいかどうか、どれくらい食べたいか、で食べるようにならなければ。

私の場合は「これが私です」「これをするのが私です」というものがない。バラエティというか、そのときによって違うし、定義がない。「この時期はお家にこもっていろんなことがしたい」という時期もある。今はそういう時期みたい。とはいえ、それが過ぎて急に興味がなくなり、違うことを始めるかもしれない。

頭のどこかで「人生とはこう」とか、「生きかたはこう」「一般的には」「人はみな趣味があって」「みんな仕事がひとつあってそこをまっすぐに歩いている」という考えがあるんだけれど、でも自分には当てはまらず混乱する。でも、クリエイティブな人にとっては道は広く、ときにはこれをしてるかもしれないししてないかもしれない、ときにはこれが好きかもしれないけど嫌いかもしれないと、説明をしようとしてもまとまらない。でも多重人格といわけではなく、ただクリエイティブなだけ。それを止めてしまったら本当につかえてしまって暗くなって、自分ではなくなってしまうので、「私の人生を生きよう」を標語に。

これからいろいろな人に出会っていくと「なんか似た人がいる!」ということも出てくるし、「そうか、だから私はこうなんだ」と自分に気づいていく。今日すでに話しをしてる中でも、私の中でムクムクと「そうだそうだ」と出てきているし、具体的な例を聞く中でいくつか気がついていることがあるので、「いいんだ私で」と自信が出てくると思う。

要するに、自分の生きかたに自信を持ってやっていけばいい、ということだった。だからといって、別に社会をまったく無視したようなことはしないとも言われた。

ただ、私のような毒親育ちには、これが一番難しいことだった。「自分はどうか」を求められることがなく育っているからだ。常に「周りはどうか」を考えてきたため、自分がどうかなんて知らない。それが問題だった。お皿の中にあるだけのものを食べるのではなく、お皿の中にどれだけ入っていようと、自分はどのくらい食べたいのか。このレベルのことから自分を発見していくという作業を考えると、気が遠くなりそうだった。

でも、やらなければならない。ラクに生きられるようになるために、絶対に必要なことだった。

カウンセリングが終了

ここで、全18回のカウンセリングが終わった。

もっと続けるかどうかの話し合いが一応あったけれど、私はここで一旦終わりにすることを決めた。このときまでに出てきていた問題は、なんとなく見えてきていたからだ。あのときそのまま続けていても、もうそれ以上出てくることはなかったと今でも思う。きっと、死ぬまで人生に終わりはない。ここで得た知識と経験を活かして、次の段階へ進んでみて、またなにかあったときに解決を模索するしかない。人生はその繰り返しだ。

最後に、カウンセラーとまとめをした。

①今までの自分と今の自分

それまでの人生で、自分がこんな状況になるなんてことは思いもよらなかったし、人生というのは経験したことがないことの連続なのだなと、改めて思った。今後ももっともっと知らなかったこと、それまでの概念を覆すようなことが起こるんだろうなと、心構えみたいなのができた。きっとこれが、私の「次の30年」の幕開けになるんだと思った。「第一章完」という感じだった。

②今後なにかあったときどうするか

Make sense(意味を理解)してカラクリを知り、Enlightenment(気づく)こと。」

人と話をしていたりになにか引っかかったり違和感があったら、それを流すのではなく、少し立ち止まって、そこにどんな意味があるのかを考えてみること。特に自分が大きな反応を示した場合、それは「投影」である可能性もあるので、自分の言っていることが「相手」に向かって言っていることなのか、「自分」に対して言っていることなのかを考えてみる。自分と同じものを相手も持っていたとき、自分に対して言いたいことを相手に対して言ってしまっていることがある。

またお先真っ暗になってしまった場合も、夫を含めいろいろな人と話をしてみて、もちろんすんなり解決できればそれでいいけれど、そこで引っかかることがあったら、それにどんな意味があるのか考えてみる。もしくは光が差してくるまで待ってみて、見えた光を頼りに考えてみることもできる。またなにかあったら、このカウンセリングに続きとして来て考えることもできるし、またスピリチュアルカウンセリングに行ってみてもいいと思う。

③「今」を生きる

夫の夢に変化」のところで書いた通り、夫の夢の中の私が帰ってきたというのは、私が「今」に帰ってきたということかもしれない。夢というのは、もちろん本人の状況もだけれど、本人の周りの状況も映し出すので、夫が「私が今に帰ってきた」と感知した可能性がある。

そのあとまた同じ夢を見たときは、私が帰ってこなかったらしいけれど、一度戻ってくる夢を見たということは、一度なにか変化があったということ。いつも見る夢に変化があったときは、たとえその後にまた元に戻ってしまったとしても、そのときになにかが変わったという判断材料になる。

ハッピーノートを続けて、「今」の充実ポイントを追っていくこと。これが「今」を充実することで、それが「未来」の充実につながる。

ということで、カウンセリングが終了。

カウンセラーの補助のもと、②の「Make sense + Enlightenment」ということをいくつもいくつもやって、本当にたくさんの大事なことに気づけた。これだけいろいろやったから、これからもなんかあったら自分でやっていけるといいなと思った。が、そう簡単にはいかないのが人生。でもこうして、なにか問題があったときに、「どうしたらいいか」というツールを知っていることはとても大事。これが得られただけでも、私にとってはとても意味のあるものだった。

ただ、最後になにかお勧めの本がないかと聞くと、「そんな簡単によくなろうと思ってもそうはいきませんよ」と言われた。急にそんな突き放されたようなことを言われて、びっくりした。どういう意図で言われたのかはわからないけれど、自分が得た知識を人が手に入れようとするのが気に入らないというようにしか取れなかった。

ここで学べたことはたくさんあったけれど、また戻ってくる場所ではないような気がした。そしてそれは正解だった。「日本人でないと細かい心の機微が理解してもらえない」と思い込んでいたけれど、そうではないのだということが後にわかってくるようになった。