イギリス

イギリスの医療制度

イギリス在住十年を超えたくらいの日本人が、イギリスのなにを見てどう思うのかを書いてみようと思います。

◆ 基本無料

イギリスの医療制度とメンタルヘルス」に医療システムについて書いたけれど、イギリスにはNHS(National Health Service、国民健康サービス)という団体があって、これが無料で医療を提供している。たしかイギリスに一年以上住んでいると、無料で受けられる。

無料なので、日本のようにすぐに医者にかかれたりはしない。GP(General Practitioner、一般医)という地元のかかりつけ医院に登録しておいて、なにかあったらそこに行く。場所によっては予約がなかなか取れず、三週間待ちなどもザラにある。緊急の場合は、行けばその場で診てもらえることもある。

GPが必要と認めた場合のみ、病院の専門科に紹介される。これも予約待ちなので、一か月から三か月ほど待ったことがある。もちろん緊急性の高い人から診てもらえる。かかりつけ医院では受けられないレントゲンやスキャンなどの検査や、治療をそこで受けることになる。

◆ 例をいくつか

たとえば、うつで起き上がれないなどの場合。二週間後の予約を取ってGPに行く。血液検査をすることになり、一週間後に採血。その一週間後に、検査結果。そこでメンタルヘルスの講習会を勧められ、一週間後に講習会へ。それでも足りず、個人セッションに行くことになり、その一週間後から毎週個人セッションを受ける。それでも足りないということになり、病院の精神科での治療を紹介される。

精神科にたどり着くまでに三か月以上はかかっているわけだけれど、全部無料。もちろん、その後に精神科でサイコセラピーを受けていたら、それも無料。

または、腰痛でGPへ行った場合。二週間後の予約を取ってGPへ。でも鎮痛剤を処方されて帰される。薬は有料で、どんな薬でも一定の金額を支払う。それも効かないので、また数か月後にGPへ。今度は病院に紹介される。腰のMRIを撮り、神経が炎症を起こしているとかで、数か月後にフィジオセラピストへ紹介される。フィジオではどういう運動をしたらいいかなどを教えてもらい、それを実践する。

薬は有料だけれど、MRIを含め、すべて無料。

◆ NHSの問題点

この制度の問題は、とにかくNHSの維持費がものすごい大変なこと。だから本当に必要なことしかできないために、希望する治療を受けるために海外に行く人たちもいる。ひどいGPにかかっていると、一年以上咳が止まらないのに風邪だと言われ続けて、実は肺炎だったなどという新聞記事も読んだ。金曜日に両腕を折っていた人が、月曜日になるまで医者に診てもらえなかったという話や、手術を待つ間に亡くなってしまった人の話など、NHSでひどい目にあった人の話を検索すれば、キリがない。

西洋医療の限界もあると思う。腰痛のようなものでも西洋医療で対応するため、MRIなどお金がかかることでもやるしかなくなる。これが鍼灸などで対応できれば、もっと安く済ませられるだろうと個人的には思う。実際に鍼灸を受けられるGPも出てきているので、これは今後改善が進んでいくと思う。代替医療も盛んになっている。主なホメオパシーやフラワーレメディはその辺の薬局で買えるし、どこにでもある健康関連の専門チェーン店にはそろって置いてある。

「とにかく節約」なのと、都会などでは人数がさばききれないため、妊婦も出産ギリギリまで病院には来させない。そして産んだらその日、もしくは翌日には帰される。病院食も、イギリス食のフィッシュ&チップスや、インドカレーが出てくる。日本では考えられないと思う。

個人にとって大変なのは、とにかく治療を受けるまでに時間がかかるということ。しかもGPに行っても、たいていのことでは鎮痛剤を処方されて「様子を見ましょう」と帰される。だから代替医療を頼る人が多いということもある。ただ日本のようにすぐ検査したり大量の薬を処方されたりするのも、どうかと思うところではある。風邪ですぐ病院に行き、鎮痛剤、咳止め、鼻水止め、胃薬など、何種類もの薬を処方されて、薬漬けになる。症状を止めて、休まず仕事に行く。あれは治療でもなんでもない。

◆ 利用のしかた

日本のようにすぐなにかしてもらえることはないけれど、制度を知って有効に利用することはできる。たとえば以前住んでいたところのGPでは、予約システムが毎朝8時にアップデートされるため、朝8時に電話をすると前日にキャンセルされたスロットを取ることができる。するとその当日か翌日など、早くGPに診てもらうことができる。また体を見せたりしないメンタルに関する問題などは、女性医限定ではなく男性医も可にすると、予約が早く取れることもある。

腰痛など東洋医学のほうがいいだろうと思った場合は、町の鍼灸や整体に行く。これは個人で行くから有料だけれど、NHSに紹介されたどこか遠くのフィジオより断然通いやすいし効果もある。ロンドンには日本の鍼灸もある。イギリス人の鍼灸師さんや指圧師さんも増えている。

メンタルやちょっとした頭痛などでは、まず休む。イギリスでは有給とは別に病欠が認められているため、月に一度くらいはみんな休む。鎮痛剤で休めてもいいし、ホメオパシーで様子を見てもいい。症状が続いたり、おかしいなと思うようであれば、GPに行く。

Walk In Centre(ウォークイン・センター)がある病院もあって、名前の通り予約なしで、来た順に診てもらえる。日本の病院のように順番待ちが長いけれど、必要なら専門科に回してもらえる。受付けで症状を伝えて、専門医が空くのを待つ。私もこれで喉に刺さった魚の骨を取ってもらったことがあるけれど、終わるまで五時間以上かかった。もっと専門的でないものであれば、早く診てもらえたかもしれないけれど。

もちろんA&E(Accident & Emergency、救急)がある病院もあるので、自力で行くか、救急車を呼ぶ。救急車はかなり待つこともあるので、行けるならタクシーがいいかもしれない。救急車で着いたはいいけれど放置されて亡くなった人の話も読んだことがあるので、本当にまったくもって万全ではない。そういう話がきちんと報道されるところはいいと思うけれど。

◆ 思うこと

「イギリスの医療は無料といっても内容がひどい」「多少お金を払っても日本の病院のほうが断然いい」と言う人が多いと思う。安心して暮らせない。私もそうだった。渡英してきて数年は不安でしかたがなく、NHSでひどい目にあった人の話を読みまくり、不満を吐きまくっていた。

ただ今思えば、基本が「無料」というのは本当に大切なことだと思う。仕事がなくても、収入がなくても、誰にでも必要最低限な医療を受ける保障があるということ、これは全然違う。「健康で文化的な最低限度の生活」のもっとも重要な部分である、「健康」を求める権利が保障されている。これだけで、日本とはまったく違う社会になる。

プライベートの医療保険がある会社もあって、だいたい勤続半年から一年ほどで加入できる。その保険を使えば、もちろん保険によって上限などはあるけれど、すぐにプライベートの病院に回してもらって治療を受けられたりする。どの会社にもあるわけではないけれど、医療保険は個人でも入れる。お金があるなら、これでカバーすればいい。

医療が無料でない国では、「万が一」のためにたくさんのお金を貯めておかなくてはならない。特にアメリカの医療費など、本当に恐ろしい。アメリカに移住した友人が病院からの請求書をSNSに載せていたのを見たけれど、検査入院で一泊何十万という宿泊料を取られる。医療保険がなければ生きていけない国だ。アメリカでは年々ホームレスの人が増えていると聞くけれど、収入のない人などは病気になったり怪我をしたらどうするのだろう。

イギリスでは一文無しでも医療を受けられる保障がある。たくさん問題はあれど、まず生きていていいのだと思える社会だと私は思う。



◆ 薬について追記

処方された薬は有料で、処方箋を薬局に持っていくと、どの薬も一定額で支払いとなる。だから鎮痛剤などその辺で売っている薬の場合、処方箋なしで買ったほうが断然安い。薬局の人も、処方箋なしで買うか聞いてくれることもある。GPも、特別な鎮痛剤でない限りは処方箋を書かずに「鎮痛剤を飲んで下さい」とアドバイスだけで終わることもある。

ただ、日常的に必要な薬は無料のものもある。女性のピルは無料。これは避妊用であろうと、生理痛や月経前症候群のためであろうと、無料でもらえる。だいたい三か月〜半年ごとにGPに行って処方箋を出してもらい、薬局で受け取る。友人から聞いたところでは、喘息用の吸入器も無料とのこと。たしかに、大人も子供もよく持ち歩いているのを見かける。

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就職活動を中止

このころ就職活動を中断して、しばらくカウンセリングに集中することに決めた。

いくつか面接は受けていたものの、いつも最終面接までいって落ちることばかりだった。どの面接でもだいたいそつなくこなせるものの、自分でもなにか足りないような気がしていた。それを証明するかのように、私の経験にどう考えてもぴったりの仕事がひとつも受からなかった。

どれもこれも物理的には可能だったし、できそうなことだからやりたいと思っていたけれど、なぜだかしっくりきていなかった。答えは合っているんだけれど中身のない小論文、のような感じだった。スペックとしてはぴたりとハマるのに、中に人がいない感じだった。

自分がなかったからだ。色がなかった。だから採用されなかったのだ。

不安症の個人セッション3回目」でも言われた通り、「面接」という作業自体も精神的に負担となるものだった。夫の週一の収入でやっと家賃がまかなえる程度だったけれど、とにかく今目の前にある問題を解決しない限り、一生就職できないばかりか、生きていくことすら危うい。

でもこれを解決しさえすれば、就職活動なんていくらでもできるようになる。

お金がまったくないわけではない。貯金を崩せば数年は暮らしていける。どれだけ貯金があったとしても、今ここでこのお金を使わなければ死んでしまうかもしれないのだ。生きていけるようになりさえすれば、いくらでも仕事してお金を稼ぐことはできる。何年かかるかはわからないけれど、よくなってきたらカウンセリングをしながら仕事ができるようにもなってくるかもしれない。でもそれもこれも、すべて自分の回復次第だ。

お金のことはが助かってから考えよう。とにかくよくなることが先決だ。夫とそう話し合って、ものすごいやりたい仕事が出てこない限りは、就職活動をストップすることを決断した。

こんなこと、以前の自分だったら到底できなかっただろう。収入があったとしてもカウンセリングという目に見えないものにお金を払うことは抵抗があっただろうに、きちんとした収入もないのにそれをやろうとするなど考えられない。ましてや私一人のカウンセリングだけではない。夫のカウンセリング、二人のカウンセリング、そして私はヨガもある。交通費もかかる。そんなことをほぼ無収入の状態でやるなんて、狂気の沙汰だ。

でもこれをやらないと死ぬのだ。先がないのだ。お金をケチっている場合ではない。なにはなくとも、自分自身がいなければなんにもならない。

そんなことは当たり前なのだけれど、私たちはすっかり忘れてしまっている。

このころすでに、私は徐々にお金に関する洗脳が解けてきていた。お金をケチってなんになるのか。そんな当たり前の感覚で動けるようになってきていた。日本人の根底にあるのは、「万が一」の恐怖だと思う。その上で、すべての価値を物理的にしか測れなくなっている。だから普段から少しでも安いもの、安いものとなり、それがしっかりしていていいことのように思われているのだ。

でも「メンタルヘルスへ紹介」でも書いた通り、イギリスでは医療が無料だ。もちろん順番待ちがあったりと不便なところはあるけれど、万が一のためにお金を山のように積んでおく必要はない。

この安心感は絶大だ。イギリスの医療制度にもいろいろな問題はあるが、日本やアメリカの自己責任主義と比べると、やはりお金に囚われた人生を送らずに済むだろうと思う。イギリスだけでなく、ヨーロッパには他にも医療が無料の国がいくつもある。今まで不便だ不便だと思っていたイギリスの医療だったけれど、基本的人権の「生存権」の大切さを身をもって知った。

ヨガの先生の師匠

前回のヨガで先生といろいろ話をしたけれど、それに加えて、とてもいいカウンセラーがいるとのことで、紹介してもらった。

実は、二度ほど行ってみた「愛着障害のカウンセラー」は、どうかなと思い始めていた。なぜかわからなかったけれど、なんとなくしっくりきていなかった。模様も形も合っているのに「これここでいいのかな?」というジグソーパズルのピースのようだった。合っているのだけれど、なにか間違っているような。最後まで完成してみればこれが合っているかどうかはわかるのだろうけれど、まだ先も長くて残りのピースもたくさんあるしな…というような。

私のまとめも活用してくれていて、短期間での解決を目指す人で、愛着障害のことも詳しいし、私がまだ知らないことをたくさん知っているような感じで、かなり期待できそうだった。でも、なんだかしっくりこなかった。

これはなんだろうと考えてみたところ、大きなギャップを感じているような気がした。

カウンセラーは駅から離れた一軒家が立ち並ぶプライベートエリアの中に住んでいて、私たちが車がなくてバスで通ってくることを知るとびっくりしていた。こういう上流っぽい人だから、いい教育を受けていてたくさん知識もあっていいことのように思えるけれど、やはり大きなギャップを感じた。

家からはバスで一本で来れるのだけれど、そのバスも30分に一本で、イギリスのすぐ暗くなる冬に、こんな駅から離れた森の中のようなところに通えるだろうかと不安ではあった。しかもそんな大変な思いをして、また高いカウンセリング料を払ってと思うと、なんだか心地がよくなかった。

夫は毎度のごとく「お金じゃない、クオリティだ」と言っていて、駅からタクシーで通ってもいいのだと言っていたけれど、私の中ではそれもしっくりこなかった。料金が高ければクオリティがいいというものではないと思った。

もうひとつ、彼女は私のような外国生まれの外国人と接したことがあまりないような感じだった。文化の違いがあるということも頭に置いて話はしてくれるのだけれど、それがあまりにも「異邦人」と思われているような印象を受けた。もしかしたら彼女もそういうギャップを感じていて、だから初回のあとに「通うかどうかよく考えて」と言っていたのかもしれない。

例えば私が「実家は北朝鮮のようだった」と言っても、ピンときてもらえなかった。普通のイギリス人にとっては南北まとめて「Korea」という国だし、「North Korea」と言っても北と南でなにが違うのかもわからない。北朝鮮が独裁政権であることも知らないし、「Korea」に対して「侵略戦争」をやった日本人が「やばいこと」を言っているような、そんな印象を持ったように見えた。これではカウンセリングは困難を極める。

カップルカウンセリングのカウンセラーは、町なかのrelateのオフィスでカウンセリングを行っているくらいだから、自宅で上品にやっている人よりも、よっぽど庶民的なのだろう。着ているものからしても私たちとそんなに生活レベルも変わらないだろうし、もちろん外国人とも接して生きている感じがある。

あとは身振り手振りも大きいので、知らない単語が出てきてもほぼどんなことを言っているのかがわかった。これは大きいと思った。愛着障害のカウンセラーは、きれいな英語で外国人にもわかりやすく話してくれるのだけれど、調子がすごく平坦で、話の途中で置いていかれてしまうことがよくあった。

考えてみると、こんなにもたくさんのネガティブな気持ちを抱えていた。

早くカウンセラーを見つけて、早く問題に着手して、早く解決していきたかった。けれど、今までずっとそうやって都合に合わせて自分の気持ちを無視してきたがために、こうなってしまっているのだ。前職だって、そうだった。夫が仕事を辞めるからと、早く仕事を見つけなければと思い、焦って安い仕事をつかんでしまい、正社員にしてくれると言われたのにけっきょく一年で辞めることになってしまった。

焦る気持ちはあったけれど、きちんと自分の気持ちを見つめてカウンセラーを見つけないと。そう思い始めた。

ヨガの先生には、私がカップルカウンセリングを受けていること、それに加えて、自分だけのカウンセリングもやらなければならないこと、最近カウンセラーを見つけたことを話していた。いつも「カウンセリングはうまくいってる?」と聞いてくれたので、この愛着障害のカウンセラーにしっくりきてないことも話した。

すると「もしいい人がいるならいいのだけれど」と前置きをして、「すごくいい人を知ってるから、もし必要だったら」と、お勧めのカウンセラーを紹介してくれた。

教えてもらったサイトを見てみると、なんと「ヨガの先生探し」をしていたときに「もうヨガは教えていなくて、今はカウンセリングだけやっている」と返信してきた男性だった。驚いた

二回も出てきたということは、きっとなにかがあるのだろうと思った。

ただ、女性がよかった。でもヨガのように体を触ったりするのではなく、ただ話をするだけだから、いい人なら男性でも大丈夫かもしれないとは思った。カウンセラーの前は40年ほどヨガを教えていた人らしく、心と頭の一致など、より総合的に診てもらえそうな気がした。

のちにわかることだけれど、彼はヨガの先生の師匠だった。

愛着障害のことはサイトに書いてなかったけれど、載っていたレビューには「親との問題が解決されて、自分の子供に同じようなことをしてしまうのが防げた」というのも書いてあったので、親子の問題をやっている人だということもわかったし、トラウマについても書いてあった。

不安もあったけれど、楽しみでもあった。なんにせよ、早く自分に合うカウンセラーを見つけたいと思った。そしてそれはすぐに叶った。