私の「毒親育ちチェック」

毒親チェック —毒になる親の特徴— (ダン・ニューハース『不幸にする親 』より)

◆あなたは子どもの時、

✓①親の言うことに疑問を投げかけたり、同意しないことは許されなかった。
✓②親から過剰な期待をかけられたり、自分には達成できないようなことを基準にされて、強いプレッシャーをかけられた。
✓③親が近くにいると緊張して神経がピリピリした。
✓④親に矛盾することを言われたり、意味が曖昧でよくわからない規則を押しつけられたりして、頭を混乱させられることが多かった。
✓⑤親に励まされたりほめられることはほとんどなく、けなされてばかりいた。
✓⑥親のまえで怒り、恐れ、悲しみなどの感情を表すことを恐れた。
✓⑦親に怖がらせられたり、バカにされた。
 ⑧親にうまく操られて、やりたくないことをやらされていた。
✓⑨無性に悲しくなったり、不安になったり、傷ついたり、必要としていることが奪われた気分になったり、腹が立つことがよくあった。
✓⑩家族の間に愛情の通う温かい雰囲気がほとんどないと感じていた。

✓⑨本当の自分でいるより、親を喜ばせたほうが報われた。

◆過去を振り返ってみると、あなたの親は、

✓①あなたの考えや言うことが自分の望む通りになるよう、指図してばかりいた。
 ②あなたの食事、睡眠、服装や髪型などの身づくろいについて、異常に細かく詮索した。
 ③あなたが学校、仕事、友人、恋人などを選ぶ時に、いちいち介入した。
✓④あなたのプライバシーを侵害した。
 ⑤言う通りにしないと親子の縁を切るといって脅した。
✓⑥機嫌をそこねると、愛情を与えてくれなかった。
 ⑦あなたのことを「バカ」「醜い」などとののしった。
✓⑧あなたを身体的・性的に虐待したり、またはそれらの行為をほかの者がしても手をこまねいていた。
 ⑨いつも自分が人から注目される中心でいたがった。またほとんどの場合において、すべてを支配したがった。
✓⑩世の中のさまざまなことについて、いつも「正しい」「正しくない」と決めつけた。
✓⑪人間的な感情を受け入れず、避けるべきもの、無視すべきものとして扱った。
✓⑫完全主義、ストイック、あるいはいつも何かに追い立てられて行動しているように見えた。
✓⑬自分の誤りを認めようとしなかった。
✓⑭清潔であること、秩序正しいこと、物事の詳細、規則、スケジュールなどに対して、強迫観念的といえるほど異常にうるさかった。
 ⑮自分が批判されることに対して異常に敏感だった。
✓⑯あなたや他の人に苦痛を与えているのに、そのことに気づかないようだった。

◆あなたの親は彼ら自身、

 ①子ども時代に大きなトラウマを体験していた。
✓②家系に身体的虐待や性的虐待をした人や、精神障害、アルコールや薬物の依存症の人がいた。
 ③親から過剰なコントロールを受けて育った。

◆あなたは大人になってからよく、次のように感じることがある

✓①完全主義的で、いつも何かに追い立てられているような気がしていて、めったに安心したり満足することがないように感じる。
✓②まわりにだれもいない時でも、だれかに見られて観察されているような気がする。
✓③他人をコントロールしたがる人間がいると、すぐ反発して腹が立ったり、または逆に怖じ気づいたりする。

 ④人との関係(主に男女の関係)で、相手に依存するのはゾッとするほどイヤだ。
✓⑤自分が育った時の体験のせいで、子どもを作ることに強い抵抗感を感じる。
✓⑥気分がふさぎがちで、むなしさや不遇感などを感じる。
✓⑦本当の自分を知っている人はあまりいないように思う。
✓⑧喜怒哀楽などの強い感情が起きたり、心の平静を失うことを、恐れている。
✓⑨普通の人が子ども時代に体験することの多くが自分にはなかったように思う。
✓⑩自分が批判されることに対して過剰に敏感である。
✓⑪自分は今どういう気持ちなのか、どういう気持ちであるべきなのかについて、よくわからないことがある。

✓⑫他人のことをすぐ決めつける。

◆さらに、大人になってからのあなたは、

✓①人と対立することが心配で、そういう場面を心に思い描いてくよくよ考えることがよくある。
✓②優柔不断で、何かを決めることがなかなかできない。
✓③人との関係ではいつも他人のニーズを優先してしまい、自分を見失うことがよくある。
✓④自分に合った信条や人生観を見つけることに困難を感じる。
✓⑤リラックスしたり、笑ったり、自然にふるまうことが苦手。
✓⑥異性との温かい肌の触れあい、愛のあるセックス、仲むつまじい関係を持つことがなかなかできない。
✓⑦人からほめられても言葉通りに受けとめることができない。
✓⑧摂食障害(拒食症や過食症)やアディクションがある。
✓⑨ストレスが原因の健康障害があり、いつも疲れていて燃えつきやすく、慢性的な身体の痛みがある。
✓⑩仕事や人間関係で、自ら立場を悪くしてしまうことが多い。
✓⑥他の人には自分にない自信があるように感じる。
✓⑩親しい人の愛情を試すようなことをする。
✓⑩友人や配偶者、恋人などに対して、加虐的になったり、コントロールしようとしたり、非礼な言動をする。
✓⑩他人は自分を傷つけたり、利用しようとするに違いないと思う。

◆あなたは大人になってから、親のことで次のように感じることがよくある

✓①感情的に親から離れるのに長い年月がかかった。
✓②親を訪問したり話をするのは自分から望んでのことではなく、義務感からであることのほうが多い。
✓③親は本当のあなたを知らない。
✓④子ども時代、あなたの家にはさまざまな問題があったのに、親はあたかも何事もなかったかのようにふるまい、さも楽しい親子関係があったかのように言う。
✓⑤親を完全に喜ばせることは不可能だ。
✓⑥親は自分(たち)の言動がどれほど強い影響をあなたに与えたかをまったく理解しない。
✓⑦親があなたに会いに来ることを想像すると緊張する。
✓⑧自分が親のように行動していることに気づくとゾッとする。
✓⑨親との接触を、一時的に減らすか断ちたい。

以上の65項目のうち、もしあなたが22項目以上(つまり3分の1以上)にイエスと答えたなら、あなたはたぶん、コントロールばかりする親のもとで育った可能性が高いといえます。精神的に比較的健康な家に育った人でも、いくつかにイエスと答えることはあるでしょうが、3分の1にまでなることはありません。不健康で過剰なコントロールをする親のいる家では、これらのことがよりひんぱんに起こり、程度も強く、子どもが受ける精神的・心理的ダメージもより大きいという、はっきりした違いがあります。

けれども、もしあなたがこれらの項目の多くにイエスと答えたとしても、「あなたは問題のある家で育ったので、人間として欠陥がある」ということではありません。それは単に、「あなたは幼い頃に困難な状況に囲まれ、そのなかを生き延びてきた。そのことは今でもあなたの人生に大きな影響を及ぼしているであろう」という意味にすぎないのです。これを理解することこそ、心の傷を癒し、自分の人生を切り開いていくうえで最初に必要な一歩になります。

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50件のコメント

  1. 私の母親も昔も今も変わらず分からず屋で私のやりたい事や人生を邪魔してきます。私の母親は若い頃から精神病に苦しんできました。そのせいで私のやり方、行動に反対し、反発して自分の思い通りにさせようとします。まるで私は母親の言いなりの操り人形に思えてきて、とうとう私の精神までもが限界まできてしまいました。こんな自分が辛くて、悔しくてそうゆう自分自身が大嫌いです。どうせこの先も、私のやり方や行動や心の声さえも届かないなと思うときっと私の母親は悪魔の生まれ変わりだと感じ取ってしまう。そんな恐怖しかありません。私は母親がとても憎く、大嫌いです。これが私の心の叫び声です。

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    1. > 鈴木絵美梨さん

      お気持ちわかります。苦しい段階にいらっしゃるのですね。解毒していくと親と自分が切り離せるようになるので、親御さんに理解されないということがどうでもよくなり、恐怖から解放されることと思います。私も苦しい当時はそんなこと信じられませんでしたが、現に今そうなっています。ラクになるのでお勧めです。

      先のことが見えていると恐怖も緩和されるかもしれませんので、よろしければこちらの記事も参考になさってみてください。ネットから拾ってきた解毒の段階を載せてあります。

      「毒親からの回復の段階」 http://wp.me/p4AFru-Ml

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  2. このチェック30項目ほど当てはまりました。

    私は実家が遠方にあり、一昨年父が他界し母一人残されて実家にいます。
    子供の頃から母から虐待とも思える言動、行動を受けて育ったとつい最近になって気付きました。
    母は割と若い頃より自律神経を患っていますが、私に対するこれらの事はもっと前から、もしかすると生まれる以前より合ったのかもしれません。妊娠時から逆子で難産で私には苦しめられたような事を言っていましたから。
    しかも綺麗に生まれ皆から褒められた長女とは逆に、醜く仮死状態で生まれ男の子と間違われる次女にがっかりしていたということも、後々の言動で知らされました。

    物心ついた頃から母の言動行動に違和感・恐怖を感じ、様子を伺い、家にいるよりも外や近所の家に行くことを好んでいた為、余計に母の気に障っていたのだと思います。
    私は次女で母からは出来るだけ早く離れたく、自分の夢よりも何よりも結果的にそちらを優先し、その後自立し、離れて暮らしていれば、時折帰省するだけでしたし、母のお気に入りの自慢の姉が親と暮らすことになっていましたし、父は嫌いではなかったので、それで良かったのです。

    しかし、母が頼りにしていたお気に入りの姉が病気になり、母達の2年の看病の後他界。その看病や臨終・葬儀の際から、完璧主義・自己愛の強い母だということに内心気付いたのだと思います。
    後、離れた地で私も結婚しましたが、その関係性はさらに悪化していきました。

    その後色々ありました。。。

    電話すれば愚痴で1時間も拘束されるのが恐怖で、ごくたまに連絡するのみでしたが、父が糖尿病心臓疾患で手術すると知らされ、出来るだけの情報を集め励まし駆け付けた事で、一時初めて心が通じ和解したかと思いきや、電話恐怖症で電話が少ないことで相変わらず礼儀知らずな冷たい娘と思われ続け、ついに一昨年父が他界した後は、依存度が一気に上がり、こちらに連れてきて同居しなくてはいけない圧力に苛まれています。

    母との同居は恐怖でしかありません。離れた地からでもコントロールされていることが無意識に染みついている事にも最近気づきました。
    ここのところ年1~2度の帰省の後は謎の体調不良が起こることもあり、情緒も不安定です。

    しかも、思春期の子供達に対しても自分がこの母と同じように心身に虐待しているのではないかと思う事があり、自分自身に対しても恐怖です。

    母の存在を切り捨てたいが、外面が良く、時々しか関わらない人達や親戚には慕われ頼りにされ、寺の婦人会会長等を任されたりしているのを見ると、向うの人達からみれば私は単なる冷たい親不孝娘でしか見られないだろうということを思うと、切り捨てられません。

    このゴールデンウィークは父の3回忌法要を親戚のみを呼んで行います。
    唯一の家族である我が家の予定優先で日取りを決めたそうです。
    私は出来るだけの事として、案内状作成して送り、忙しい家族にも協力してもらい、行く事になります。

    長いコメントでごめんなさい

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    1. > ぴりかさん

      メンタルの不調というのは本当によく体に出るものなのだなということを、改めて感じました。心屋仁之助さんのブログでちょうどタイムリーな記事が回ってきましたので、興味がありましたら読んでみてください。心屋さんの本も解毒にお勧めです。

      『母を見捨ててみたら…』⇒ http://amba.to/1M5kDpK

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  3. まさしく…読めば読むほど、毒親、、、両親共にその傾向があります。

    母親がいないのに、まだ母親にコントロールされているかのような錯覚に陥り、何をしていても母親の影がちらつきます。

    母親だけでなく、親戚の叔母さん達も、、、

    苦しいですが、母親の影を立ちきらない限り、ずっとこの苦しみは続くのですね。

    やっと山の頂上がうっすらと見えてきました。

    母親は軽度の知的障害もあり、私の情動を受け止められずに、私は精神的虐待を受けました。

    かなり大きなメンタルの波があり、まだまだ道は険しく長い時間がかかると思いますが、挫けずに乗り越えます。

    私だけじゃないのだと思うと、勇気をいただきます。

    母親を許せない気持ち、、、持っていて当然で、それが毒抜きに必要なのだと知り、罪悪感が和らぎました。

    と同時に怒りが増しています。

    この怒り、苦しみから抜け出したい!

    一刻も早く心の安らぎを取り戻したい!

    そんな気持ちでいっぱいです、、、。

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    1. > かなさん

      苦しい状況にいらっしゃるのですね。安らぎを取り戻したいと思えば、必ず取り戻せます。私もそうカウンセラーに言われました。「自分は安らぎがほしいのだ」ということに気づいたところで、もう大きく一歩進んでいると思います。ご自分のペースで無理なく進まれますように。

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  4. 初めまして。
    夫から私には愛着障害があると言われ、気になって色々と調べていたらこちらの記事にたどり着きました。
    毒親という言葉は聞いたことがあったものの、自分の両親を毒親かもしれないと考えたことはありませんでした。しかし、こちらのチェック項目を読んでいくと、ほとんどの項目が当てはまり、今とても驚いています。それと同時に、今まで親の理想どうりにならない自分が悪いと思っていましたが、そうではないかもしれないと思って少し気持ちが楽になりました。
    他の記事もゆっくり読ませていただきます。

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    1. > hibikiさん

      初めまして。愛着障害という言葉が広がっていることを感じました。私も初めてチェックをやってみたときは、こんなことまで親が原因なのかと驚きました。自分が悪いわけではないと知るだけでも落ち着きますよね。気になったものをどんどん読んでみると、ご自分を再発見しておもしろいと思います。

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  5. はじめまして。
    チェックは結構な数が当てはまりました。
    私の父親が毒親にあてはまります。
    完璧主義で自分が一番正しい。全てにおいて厳しすぎるくらいでした。
    父親が家に居る日や早く帰宅したときなどは顔色をうかがって家の手伝いをしたり勉強したり。
    物心ついたときにはそうなっていたと思います。
    父に勉強を見て貰うとき、理解できないと凄く叱られながら問題を解き、泣きながら勉強していました。
    友人と遊ぶときも門限は厳しく、少しでも遅くなれば大激怒。
    未だに父の言葉で覚えているのは「お前達子供に自由なんて一つも無い」と叱られた事です。
    母はさんな父に無関心、というか一応父の顔を立てていたのだと思います。
    なにもしてくれない人でした。
    結果、大人になった今でも人の顔を伺って、自分の判断で何かをすることが大変恐いです。
    仕事にも支障が出るので頑張って進めますが
    怯えながらの業務、自信なんて持てないので虚勢を張って毎日クタクタです。
    そんな父は厳しく当たりすぎたために自殺未遂をした私の妹が結婚し、孫が生まれたとたんに丸くなり、凄く甘くなりました。
    父のことは嫌いではありません。
    母のことも尊敬しています。
    でも、今日の苦しみは消えません。

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    1. > 3110さん

      はじめまして。チェック項目がたくさん当てはまった、親は嫌いではないけれど苦しい、そう認識できていらっしゃるのはとても現実的ですね。人の顔をうかがって生きている人はたくさんいると思いますが、その問題に気づいていない人が大半だと思います。もしかしたら不安症対策についての記事が参考になるかもしれません。たくさんありますのでご興味ありましたらご覧になってみてください。

      不安な考えかたの癖に対処する https://gedokunosusume.wordpress.com/2014/12/28/challenge-unhelpful-thoughts/

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  6. はじめまして。
    毒親との縁をすでに切った者です。
    私は父親の再婚相手の継母に虐待を受けて育ちました。父親は気づかないふりで夜は飲みに出かけ、給料日には夫婦揃ってパチンコに行き、私達(弟妹)は置き去りで、負けた日は私だけに当たりました。金がない、金があれば、お前がいなければ、お前のせいだ、どうして生きているんだ、早く死ねばいいのにと毎日の様に殴られ蹴られ血だらけになりながら、家では両親にアレと呼ばれ汚物の様に扱われて過ごしました。

    親との縁を切ってもう10年以上、一切の接触をしておりません。
    縁を切っても暫くは、親の呪縛というのは消えませんでしたが、自分なりに自分と向き合い、日々を生き、たくさんの人と関わり、叱られたり、嫌われたり、好かれたり、褒められたりしながら自分の歪みを矯正し、あの時の親の境遇や人間的な未熟さを受け入れたつもりです。
    親を憎み、恨んだこともありましたが、毒親自身がが本当の幸せと心の安息を手にする事は一生ないと思うと、なんだか気の毒に思えました。
    でもそれが罰でいいと思っています。

    過去の悲しかった、寂しかった、辛かった、惨めだった、死にたかった、そのような感情も、今ではすっかりなくなりました(生きててよかった!)
    置いてきた弟と妹は心残りですが、父親と継母の子ですし、もう知ったこっちゃありません。
    私は私が幸せになるよう行動するだけです。
    私の側にはもう毒親はいないし、辛かった日々は過ぎ去りました。

    でも、どんなに昇華してもふと思い出してしまう時があります。過去を変えることはできないし、こればっかりは本当にどうしようもないのでその時は一人で泣くだけ泣いて、寝ることにしています。

    私のようにはっきりとした悪意のある毒親ならば
    、決別は簡単なのかもしれません。
    でも愛を隠れ蓑にコントロールしようとする毒親から離れる事は、とても大変で辛いんだろうなと浅はかながら思います。
    一体私は何を言いたかったのか、よくわからなくなってしまいましたが、自分の解毒がちゃんと出来てるか、進んでいる方向が合っているのか今一度確認してみたいと思います。
    気づかせてくれたこのブログに感謝します。

    長い文章を読んで下さってありがとうございました。

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    1. > もつごろうさん

      はじめまして。生きててよかった!という言葉が染み渡ります。本当にその通りだと思います。弟さん妹さんが心残りだというお気持ちを否定されることはないと思います。心残りだけど自分の人生を一番に考える、それで人間だと思います。私もどんな感情でもいい悪いとジャッジせずそのまま受け止めるようにしています。エックハート・トールの本がお勧めかもしれません。もし興味がありましたら読まれてみてください。

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  7. はじめまして
    自分も毒親育ちです。
    父親は毒親から育てられたので典型的な毒親スパイラルで成長しました。
    母親は境界性人格障害と自己愛性人格障害の疑いが非常に高いです。

    中学校時代に不登校になり、父親は少しは変わってくれたのは少しですが、救いです(許すつもりはありませんが)
    母親は何も変わらず、周囲からの目を気にしていました。なので無理矢理学校に連れていかれたり、自分の苦しみを感じようともしませんでした。

    毒親という単語は、今年の6月に知りました。そこからは苦しんでたモヤモヤからの解放と、同時に怒りが湧きました。
    不登校の事を過去の事は過去、前を向いて進め。どう償えばいい?と薄っぺらい言葉を言われました。
    挙句の果てに、ここは私の家だから出て行けばいいとも言われました。

    自分は24歳で、妻と1歳にもなっていない子供がいます。
    自分が毒親になるという不安もありますが、妻と2人で子供を育てて行きたいと思っています。
    その為にも、毒親との対決し、自分の毒抜きをしたいと思っています。

    毒が刺さってるということは、抗体だって出来るはずだと思っています。解毒も必要かと思いますが、毒をそのまま活かす事も必要なのかなと思っています。

    愚痴になってすいません(笑)

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  8. > なめこさん

    はじめまして。毒親という単語を知ったばかりなのですね。きっといろいろな感情が湧いてきていることと思います。お子さんを育てていく段階でも、またいろいろな感情が出てくるのではないかと思います。でもそれはきっと、なめこさんがご自身の中にどんな毒があるのかを知り、その毒をどうするのか、またはどうつき合っていくのかを考える大切なご経験になるのだと思います。大変なこともあるかと思いますが、どうぞご自身のペースで無理なく進まれますように。

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  9. はじめまして。
    プッチともうします。私は最近になって私の母は毒親で、そして私はその環境で育ってしまい私自身も同じ事を彼氏にしてしまっているときがつきました。
    もともと母一人で私と姉を育ててくれていて、ずっと私が母を守っていくと思っていました。
    しかし、いつしか母に洗脳されていたんだなと気が付きました。
    何をしても、文句をいうし。私を認めてはくれない。一日12時間週7日働いて、うちにお金を全額入れています。もういい年で一人暮らしすらした事ありません。出ていく勇気がありません・・・

    私は母を嫌いではないんです。でも離れなければ私はずっとこの人に洗脳され続け生きていかなければならないと怖く思います。

    嫌いじゃないし、自分から離れるのも怖いけどこれもまた毒親の影響なのかなと思います。
    一人にはしていけない、私がすることは良い事なのか。。。自分の答えが出せずにいます。

    あまり言葉にするのが得意じゃないので、説明ができないんですが皆さんの話を見てると
    私も確実に毒親に育てられて、今に至る気がします。

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    1. > プッチさん

      はじめまして。世間で「女手ひとつで」などと言われるのを聞くとますます親に自分の生きづらさの原因を見るのは難しいことと思います。コメントくださるかたみなさんのこういった気づきにいつも勇気づけられます。週7日ということは毎日休みなく働かれているということでしょうか。どうかご自分を大事にされてください。走り続けていると疲れがわからなくなってしまうと思います。一人旅など一人になってゆっくりし、自分がなにをしたいのか、どうしたいのか、そういうところを考えてみる時間を作られるといいのかもしれませんね。

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  10. 私の母も毒親だと思います

    全ての項目が当てはまっていました。小学生一年の授業で『父親と母親どちらが好き?』と先生から訪ねられ私は『父親』の方に手を挙げ、しばらくしてから学校から帰って来るなり、母親が玄関に立ち、上記の事を訪ねられ、当たり前に応えたら、『出ていけ…普通は母親に手を挙げるものよ』と言われて…叩かれたり物を投げられたりしました

    それから20年以上の月が経ち、結婚し、離婚して娘二人居ますが、子供と一緒にたまにショッピングに出かけ…初めて子供が気に入った洋服を買ったんですけど、親にいちいち言わなきゃならないのでしょうか?

    まぁ実家の隣に住まわせてもらっているので、あまり強気では言えないのですが、仕事から帰って来るなり、『言わなかった理由はなんなのか?』と言われ、恐怖で何と言っていいのか分からず、返事が出来ませんでした。『あんたを見てるとイライラするから、向こうに(自分が住まわせてもらっている家)に行って、もう二度と来ないでと言われました』機嫌取りに凄く疲れ、子供達にはご飯は食べさせていますが、私自身食べたり食べなかったりしています。

    私のせいで、子供達に精神的な負担をかけてしまって申し訳なく思っています。

    幼い頃から、この母親みたいには、絶対なりたくないと心に決めていたので、子供達とは仲良く楽しく過ごさせています。

    長々と書いてしまってごめんなさい。

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    1. > 阿修羅さん

      実家の隣に住まわせてもらっているというのは、家賃を払ってもらっているということでしょうか。私も同じことをカウンセラーに言われましたが、どれだけお金を出してもらっていようとお世話になっていようと、自分の人生をコントロールされる理由はないのですよね。私も自分が無職で夫に生活費をすべて面倒みてもらっていたとき、家事をして夫の言うことを聞かないといけないと思っていました。でも本来はそうではない、もちろん感謝はありますが、自由に生きていいのですよね。

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  11. はじめまして。私は両親ともに毒親でした。姉と弟がいましたが私だけがいつも暴力の標的でした。両親、祖父母とも私の事は幼いころから家政婦くらいにしか思っておらず、少しでも役に立たなかったり、思い通りにならないと「価値がないから死ね」と言われたり、暴力を振るわれてきましたが、大人になった今、そのことがどんなに辛かったか話しても「そんなこと言っていない」「夢でも見てたんじゃないの」「妄想が激しい」明らかな証拠を突き付けても開き直り「それを今言ってどうだって言うの?」とキレられます。私は35歳になった今でも社会に溶け込めず、苦しんでいます。進学も、結婚も散々邪魔をした挙句「どうして結婚できなかったんだろうね」「どうしていいところに進学して就職できなかったんだろうね」と言われますが、自分たちが私を家事や農家の仕事を手伝わせるために、それらを邪魔したことをすっかり忘れています。言うとおりにしなかったら「死ね」「殺してやる」のオンパレード。私の家は本当に田舎で、近くに子供が避難できるような場所は一切なかったです。また家の人全員、自分の家族の幸せより世間に対して見栄を張る人たちばかりで、表面上は何も問題なく見えましたが、いつも家の中では泣いていました。子供のころに、こういう家族だって早く気づいて、機能不全家族について理解し、他に助けを求めていたら、今とは違った人生があるのかなと思います。人生やり直せるなら、こんな家族のもとには絶対に生れて来たくなかったです。死んでやり直せるなら、いくらでも死にたい。でも、生きているうちに自分の人生を自分で立ち直らせなければいけないから、非常に今苦しいです。
    人生はきっと楽しいのでしょうね。でも、毒親の元に生れてきた子供はなんでこんなハンデを背負わなければいけないのでしょうか。どうやったら幸せになれるのでしょうか。一度深く傷ついてしまった心はどうやったら修復できるのでしょうか。世界は優しさであふれていることを早く知りたいですし、信じたいです。今はとても辛いです。

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    1. > クレーンさん

      はじめまして。とてもお辛い段階にいらっしゃるのですね。「人生はきっと楽しいのでしょうね」というお言葉、深く染み渡ります。私も親がおかしいと思った時点で家を出ていたら今と違う人生があったのだろうかと何度も思いました。メカニズムは簡単なんです、「人からどう思われても自分はこう」という自己肯定感ができれば、親がなんと言おうとなんともなくなるんです。でもその自己肯定感が普通は親に育成してもらうものだから、大問題なんですよね。私もまだ夫などの近い人からどう思われても大丈夫というところまではいけていないですが、それでも職場やその他関係の薄い人からならなんと言われてもわりと大丈夫になってきました。親はもう何年も会っていないので会ったらどうなるかわかりませんが、今こうして離れていて彼らが私のことをどう思いどう生きていようとなんとも思わなくなりました。人は「こうなりたい」と思えばそうなるよう進んでいけます。ご自分のペースを尊重されゆっくり進まれてみてください。

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  12. こんばんは。
    私は現在、高校1年生の女子です。
    小さい頃から母親の意見が少し変わってる、おかしいなど思っていて最近、「毒親」という言葉を耳にし、もしやと思い調べてみました。
    そして私はこの項目に48当てはまっていて、とても悲しかったです。

    私の母親は小さい頃から「あれしなさい」、「こうしなきゃいけないの」などの命令をしてきました。
    もちろん従わなければ「お前は私の子じゃない」、「縁を切る」、「馬鹿だ」などと罵ってきました。
    父親は一緒に暮らしていて母親のおかしさには気づいているものの波風を立てたくないためか私に対し我慢しろと言ってきます。
    小学校低学年の時には母親が必要なので従っていましたが今はもう従いたくないです。

    また母親は自身が小さい頃に親がネグレクトだったと言っていました。
    母親は起きた出来事を過剰に脚色して伝える癖があるので本当だか分かりませんが…
    他にも母親は言ってることがいつも違く自分の意思を言わなくても汲み取れと言ってきます。
    実際問題、親であろうと言わなきゃ分かりません
    そして感情の起伏が激しいのでさっきまで笑っていたのに、いきなり怒鳴りつけてきます。

    1番、私が嫌だったことは
    私が小学6年生の時にいじめられていた時期のことです。私の小学校はとても荒れている学校でカースト制度があり私は2軍でした。(理由は母親が太っている、地味、母親がモンスターペアレントだからetc)そして私にいじめが回ってきた時に
    全ての責任は私にあると言ってきました。
    「お前がいじめられるのは、いじめられるお前のせいだ」と言ってきました。
    庇ってもくれず、いじめられてる理由を言っても信じず母親は断固として自分の非を認めませんでした。
    喧嘩した時も全てそうです。自分は悪くないという姿勢を絶対に何があっても曲げません。

    他にも私立中学を受験の際に第一志望校を落ち悲しんでいた時、母親は「気にするな」でもなく「それでも良いじゃない」でもなく、
    「私の意見を聞かないからそうなったのよ笑」でした

    もう、この16年間、母親との間の問題があまりにも多すぎて文脈もおかしくなってしまっていて、ほぼ相談というか愚痴みたいになってしまい申し訳ありません。

    とても、このサイトは参考になりましたm(*_ _)m
    ありがとうございました。

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    1. > 瑠璃さん

      こんにちは。16歳で毒親という単語をお聞きになったのですね。毒親に対する認識が広まっていることを実感しました。ほとんどの場合、毒親の親はまた毒親であると思います。私も親のことが大嫌いだったのに、気づいたら親と同じことを夫にしていました。それに気づかず子供が生まれていたら毒親になっていたと思います。「親であろうと言わなきゃわからない」という瑠璃さんは、とても現実的だと思いました。問題をよく理解されているのだと思います。毒親は非現実的でバーチャルです。現実を曲げるようなことを言ったりします。だから彼らは現実を生きることができず生きづらいんですね。きっと瑠璃さんが話していてラクだなと思う人はみんなどこかに現実的なものを持っている人だと思います。そういう人と交流することでご自分の気持ちをシェアできたらいいですね。

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  13. 初めまして。
    学生の頃から感情が余りなく不思議な感じでした。そのまま18歳の頃から安定剤を服用し、その後パニック発作を機に抗鬱剤も服用し14年になります。3ヶ月前に仕事中に身体の違和感を感じ、薬を内服しても効かない状態が続きました。それを機に退職し、減薬を試みています。
    毎日試行錯誤の中、アダルトチルドレンの内容に目が留まり、まさに私はそれだと確信しました。
    親の家庭内暴力団、秘密だらけの家、過保護、兄弟との比較、他人との比較、怒鳴り声、常に世間体を気にして育ちました。
    反抗は尋常じゃないくらいしました。常に愛情を求め、認めて欲しく、人と比較し、失敗を恐れ、完璧主義な人間になりました。この生きづらさを克服するために毎日戦っています。
    結婚しましたが、毎日の感情に不安があり、サイトをしらべたり妻に相談しますが、どこから手をつけていいのかわかりません。本当の自分になるための本、何か最初の一冊があったらおしえて下さい。右も左もわかりません。

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    1. > 考える人さん

      初めまして。アダルトチルドレンという言葉に出会えてよかったですね。私も毒親という言葉に出会えたときの「これだ!」という感覚は今でも忘れられません。これはどなたにも言えることかもしれませんが、やはりカウンセリングが一番の近道であると私は思います。ですがなかなかそれができない場合や取り急ぎ自分でなにかできることはないかという場合、自分で取り組めるものとして「アダルト・チルドレン癒しのワークブック 本当の自分を取りもどす16の方法」(西尾和美著)をお勧めしています。こちらに少し内容が書いてありますのでよろしければご覧になってみてください。

      「アダルト・チルドレン癒しのワークブック」
      https://gedokunosusume.wordpress.com/2015/08/06/ac-workbook/

      いいね

  14. 毒親の親もまた毒親だ。そういうことがよくある。

    2016年の今日、私たちはその親を「毒親」呼ぶ。 

    しかし、その毒親の親(私本人から見ると祖父母にあたる人間)が、今ここでいう私にとっての毒親を育てた時代には、
    その子育てプロセスには、親が子どもを殴るとか蹴るとか家から締めだすとか木に縛りつけて一晩屋外に放っておくとかの折檻は普通の行為であり、
    子どもを人前でバカにするのは他人様の前での謙遜的行為の一種だといずれの親も思ってやっていたことであったり、食事抜きの罰を与えるのもよくあることだった。

    つまり2016年の今日に私たちが言うところの身体的、精神的ほかもろもろの虐待が、当時の子育てプロセスの中ではあたりまえの光景だった。

    今から見れば超ポイズンな育て方が、当時はよくあるあたりまえの子育て行為であり、子どもにとってどんなにひどいことでも、親からすればみな 「しつけ」 のうちだった。

    時代をぐっと昔に遡ってみよう。
    この日本では、経済的理由から子どもを学校に行かせないで働かせるとか他所に奉公に出すことなど、児童労働や食い扶持減らしのための娘の早期結婚は通常のことだったし(たとえばドラマ『おしん』のように)。
    そこから時代が下り、1900年代後半、学校での教師による体罰は先生の愛情からの行為であると世間一般が理解していたり、げんこつで子どもを殴る光景は父親の権威の表れだと理解され、体罰に寛容な時代もあった。
    さらに時代が新しくなり2000年代に至っても、さまざまのTVドラマでは、激昂した状況下で子にビンタをくらわす親が頻繁に描かれたりもした。

    その時代、時代で、子どもに対するその行為は、暴力や虐待とはみなされなかった。

    しかしその間に、
    社会における子育ての考え方が変わり、子育てプロセスもその行為も変化した。

    今日、親である人間が、上述したような、自分の親が自分を育てた時代と状況の中で許容されていた子育て行為を、自分の子どもに対して行うと、それは暴力であり虐待であり毒とみなされる。

    さらに今日では、次の点も指摘されなくてはならない。

    親と子は、通常、同じ家庭の中で暮らしているが、親は自分の子を「育ちの違う人間」として育てていることだ。
    なぜならば、
    親自身、たとえば子ども時代にピアノが習いたくても習えなかった経験があるとき、自分の子どもには習わせようとするし、自分の子ども時代に不十分だと感じた事柄は、我が子にはそういうことが起きないよう十分に与えようとするからだ。

    だが、このことを親は意識できているだろうか?

    今や親は、自分が育ったのとは考え方もなにも異なる時代に、自分とは「育ちが異なる人間」を我が子として育てる。
    したがって、親が自らの”憶え”にもとづいて子育て行為を行ってしまうと、
    それが意識的であれ無意識的であれ、その”憶え”が体にしみこんだものだったり、前時代の親によって大脳辺縁系に刻印されてしまい、当の親本人がほとんどどうすることもできない反射的反応の行為であっても、
    「育ちの異なる人間」=我が子は、親の子育て行為を【毒】というのである。

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    1. > あきのゆうひさん

      私は「そういうことがよくある」ではなく、毒親の親は必ず毒親だと思います。毒親関連の書籍にもそう書いてあると思います。

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  15. 高3女です。当てはまるもので53、そのうちとても強く当てはまるものが33でした。私は「お前なんか産まなきゃ良かった」と1日に2、3度母親に泣かれ、父親はそんな母に愛想をつかして夜中の2時頃まで帰宅しないというような環境で育ちました。
    そのせいもあり両親が大嫌いで、一生顔も見たくないからできればハワイにでも移住して私の見えないところで生活して欲しいなぁと常々思っています。私がこのままニートになったり、犯罪者になったりして親に復讐できるなら面白いものだなぁと思います。親を殺したいとも思います。でもまぁ、捕まりたくないからそんなことしません。だから移住して目の届かないところに行ってくれるくらいが一番いいんです笑
    親から毎日怒鳴られて生きてきたから、先生とか知り合いに怒られてもなーんにも怖くないしなんにも心に響かないです。そういう雰囲気になると、耳が遠くなって心が無になります笑
    あまりに私の心に響かないので先生に泣かせようと怒鳴られ続けたことがありますが、結局泣けなくて申し訳なかったなぁ。気持ち悪いって思われたんじゃないかと思います。
    あまりに心の状態が酷いと、眠れなくて、壁が私に向かって降ってくるような幻覚を見たり…笑
    私の主張なんて全く聞いてくれないくせに、自分の主張ばっかり激しくて「私はあなたのタメを思って…!」が口癖。何かうまくいかなくなると「あんたのせいだよ」と。
    かと言って、自分が責められるのにはめっぽう弱くて、すぐ泣き出しては「私がやってきたことはすべて無駄だったって言うの?あなたのタメにやってきたのに!」って。
    法に触れない程度ならどんなことをしてでも、親から離れたいです。
    この家に妹を1人残していくなんて可哀想すぎるけど、もう限界です。毎日、どこにいても叫んで逃げ出したい衝動がおさまりません。

    ただの愚痴です。ごめんなさい。書くことで楽になりたかったんです。

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    1. > ユキさん

      私も親を殺したいと思っていました。そして「こんなやつらのせいで一生を棒に振りたくない」という思いから実行はしませんでした。今では「自分の人生をラクにしたい、楽しくしたい」という思いで解毒の道を進んでいます。やっと自分の人生に集中できてきたところですが、その前にカウンセリングで山のような愚痴を吐き出しました。前に進むには今抱えている荷物を捨てる場所が必要になると思います。ユキさんにもそんな場所が見つかりますように。

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  16. 親が苦手でもう何年も実家に帰っていません。実家では親の満足する行動をしないと相変わらず駄目だと文句をいわれたり、お酒に酔った父に突然スイッチが入り怒り出します。
    産まれたばかりの子どもを見に来た時も、なかなか泣きやまないと泣かせるなと怒ります。怖いし、もし言い返せばもっと怖くなります。
    母は頼りになりません。父と一緒になって私に文句を言います。
    お父さんを怒らせるなと。
    それでも頻繁に宅急便で食べ物が届きます。
    留守にして受け取りが遅れたり、お礼の電話が遅いと礼儀がなってない、非常識だとお説教が始まります。
    電話の向こうで父が怒鳴ってます。
    この間姉の家で両親と久しぶりに会いました。姉や親、みんなで食べるお菓子を持って行きましたが、親にだけの別のお土産を持って行きませんでした。後日母から電話があり、父が礼儀がなってないと怒ってるから何かお菓子を父親宛に送りなさいと説教されました。礼儀、常識、だらしない、しっかりしなさい、もううんざりです。
    父親は大酒飲み、飲んで暴れて母親と激しい喧嘩、長い間浮気、浮気相手が父と家にいて母親には言うなと口止めもされました。母は仕事に夢中、家では父の浮気もありイライラ、ヒステリック。
    私は親の喜ぶ顔が見たくて、勉強もスポーツも頑張りました。
    私は18才で家を出てから出産も産後も親に頼らず、夫婦共働きで子どもを育てまじめに生きてきました。
    親に頼らず、ずっと頑張ってきました。
    それでも、こんな娘に育って、情けないと。
    実家にも帰らず、親を大切にしてないから私は駄目な娘なんでしょう。
    でも本当に会いたくないんです。実家がとても苦痛なんです。気を使っていい娘をするのは、親が怒りださないかビクビクするのはもう嫌なんです。

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    1. > ひとりさん

      ものを送りたがるのは本当に毒親あるあるですね。私も「化粧水」の記事に書きましたが、Twitterのゆがみちゃんのお話でも、ものを送りつける毒親の話を読みました。私も何年も親とは会っていません。それでも親がなにを言っているかを考えて嫌な思いをしていましたが、カウンセリングを経てもうそれもなくなり、だいぶラクになりました。自己肯定感が身についてきて、たとえ親でも、人が自分のことをなんと言おうと思おうと切り離すことができてきて、影響されにくくなりました。ひとりさんもラクになっていけますように。

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  17. はじめまして
    全部当てはまります。私の場合、友人関係に母が介入して友人ゼロになりました。実家暮らしてで30歳無職の女で先が見えないですが、私のような人が増えないことを望みます。こんな歳になると、誰にも相談できません。何でも若い内にヘルプを求めるべきだと感じました。

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    1. > 毒ヘビライフさん

      はじめまして。友人関係に介入する母親も本当に多いですよね。私も「もっと若いうちに実家から逃げていれば」といつも後悔していましたが、そんなことなかったです。平均寿命90歳を考えたら、あと60年。60年あったらなんでもできます。たとえ解毒に10年かかったとしても、50年は自分の人生を過ごせるようになるわけです。私もつい最近そんな風に考えることができるようになって、いろいろなことを始めてみようと思いたちました。50でも60でもカウンセリングに通う人はごろごろいます。でもそんなこと言われても私も進めないときは進めませんでしたが。もしかしたらこちらのお話がおもしろいかもしれません。よければご覧になってみてください。

      『うつ病で15年間寝ていた方のお話(Beトレ)』
      http://amba.to/24lEA1n

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  18. 初めまして。
    45個ほど当てはまり「やっぱりか…」という気持ちです。

    私と家族の間には何とも言えない壁があると子供の頃から感じてました。
    特に母は兄に愛情を注ぎ、私には建て前での愛を注いでいたように思います。
    世間体や親戚からの評価を気にする人だったので…

    兄からは精神的にはもちろん殴る蹴るなどの身体的な暴力もありました。
    小学生の頃に腰を蹴られ病院に運ばれた時は腎臓が破裂寸前で医者に絶対安静と言われました。
    その時は母から「人には絶対に言うな!転んだと言いなさい」と言われました。

    兄は高校を中退し音楽でやって行くと言い、就職もせず借金をしては親に頼る生活で30歳になるまで自由な暮らし。

    私は兄が中退したせいで望まない高校へ進学させられ、交換条件だった卒業したら専門学校へ通わせるという約束も反故にされました。
    そして兄が作った借金と両親がギャンブルで作った4百万以上の借金を返済するために働かされました。

    「母に内緒で…」「父に内緒で…」父と母が代わる代わる毎日お金を無心してきます。稼いだお金は半分以上持って行かれます。ひと月で30万を渡した事もあります。私は仕事を掛け持ちし家族の為だと必死に稼ぎました。しかし親は渡したお金をギャンブルに使ってました。

    当時の恋人にも愛情を試す事をしたりしました。
    今思えばとにかく愛して欲しかったのだと思います。

    自殺未遂も2度あります。
    その時の母は兄と兄の恋人を病院に呼び私を腫れ物のように扱い、まるで見世物の様な気分でした。

    30代になる頃、鬱病を抱えながら借金を返済する生活に我慢の限界を迎え父親と大喧嘩。
    刃物を持ち出した父に命の危険を感じ、翌日家族の居ない隙に失踪しました。

    行き先はその時に付き合っていた遠距離恋愛中の彼の元です。
    彼は全ての事情を知っても私を受け入れ愛してくれました。
    試すような私の行動にも耐えてくれて、現在は夫となってます。

    しかし義理の両親には「そんな家庭で育った娘で大丈夫なのか?」と反対されてました。
    直接全てを話した結果、許しをいただけて今では実の娘と分け隔てなく接してくれていますが、私の中では申し訳ない気持ちと「あの家族のせいでいつまで苦しまなきゃならないのか」という怒りや悲しみは続いてます。

    一昨年末期ガンで父が入院し失踪後に初めて会いに行きました。
    父は目を潤ませ謝ってきました。
    命の危機を感じる事件はあったものの、母よりは私への愛を注いでくれてましたし、私も父は好きだったと思います。
    父は罪悪感で苦しい日々を送っていたそうで、その姿に長年の呪縛から解放された気持ちでした。
    唯一和解できた父は私と会えた安心感からか、その2週間後に他界してしまいました。

    父とは和解できたものの母と兄は相変わらずです。
    葬儀の日に遺産を放棄しろと迫ってきたり…

    実家からも兄からも離れた場所に住んで主人と二人幸せに暮らしてますが、いつまた奴らに傷つけられるかと思うと…

    子供が欲しくても自分が母のようになるのではないか、主人にもいつか愛想を尽かされるのではないか、自分らしく生きてるのか、私は愛されているのか…
    不安は数え切れないくらいあります。
    いまだに過去に受けた暴力を夢にみて泣きながら目覚める事もあります。

    ここまで私の人生を狂わせ、精神的肉体的に一生消せない傷をつけ、本来持てるはずの自信や愛を奪っておきながら奴らは今も反省することなく生きてます。

    過去を人を呪っても解決しないし、私が主人と幸せならそれでいいとも思いますが、奴ら心から反省するまで許す事はないですし、それは一生来ないと思います。

    長々と失礼しました。
    吐き出せて少しスッキリしました。
    ありがとうございます。

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    1. > ラブさん

      初めまして。ご苦労をされたのですね。本当にみなさんそれぞれ大変な経験をされていて、お話を読む度に胸がつまります。旦那さんとの出会いやお父さんとお話ができたこと、よかったなと思います。今の幸せ、でも許せない気持ち、両方ともきちんと認識されていて現実的だなと感じました。これからどんどん安心してご自分の人生を過ごせるようになるといいですね。

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      1. 今の幸せと許せない気持ち。
        この感情を整理できるまでの道のりはとても辛く苦しいものでした。
        今でもきちんと整理できてはいないけど、死ねないなら生きるしかないし、生きるなら楽しい方がいいですもんね。
        いつかこの苦労が私を輝かせてくれるといいな。

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  19. 初めまして。
    上記の項目にかなり当てはまりました…

    私の父は養子であり、私の祖父の弟が本当の親なんだそうです。
    ですから、私の父は幼い頃から怒鳴られたり、「お前なんかいなくなれ」と祖父から言われていたそうです。
    私は今高校生なのですが、以前に毒親は毒親から生まれると書かれてあるのを見かけました。
    私も幼い頃、父親は仕事もせず1日中家でテレビを観てばかり。夜になればお酒を飲んでの毎日でした。
    私が小学4年生の頃、父親は酒気帯び運転の現行犯で逮捕され、その半年後に刑務所に行きました。
    正直まだ幼かった私にはショックが大きく、周りにバレないか不安でした。
    母親は母親で不安定な部分もあり、出合い系サイトにハマってはお金を騙し取られたり、サクラに騙されて泣いたりしていました。
    その時の私は、それが’’普通’’なんだと思っていましだが、今考えると恐ろしいことなんだと痛感しました…
    母親は出合い系サイトで出会った男と不倫し、夜私たちを置いて外出するようになりました(幸いにも家には祖母が住んでいたので大丈夫なのですが…)
    そして母親は、刑務所に服役している父に手紙で好きな人ができたと書いて送っていました。そしてその1ヶ月後、父親は家に帰ってきました。

    それからというもの、離婚の話がでたりして、家では喧嘩ばかり。最終的には小学6年生のときに、離婚に至りました。
    私は友達と離れたくないという理由で、父親について行くことになりました。しかし、父親も仕事もしていない(祖母の貯金で生活していました)為、中学3年まで父親の家に。その後は母方の祖母の家に住むことになりました。
    私も母親とは大喧嘩したこともあり、正直顔も見たくありませんでした。

    そしてその2年後。私が家を出ていくのが近づくにつれて父は荒れだし、お酒を毎晩飲んでは外に向かって叫ぶ、ベランダの鉄格子を蹴る、とにかく近所迷惑なことをするようになりました。
    また、私の祖母に暴力を振るうようになりました。
    警察をしょっちゅう家にくるようになり、正直高校受験を控えている場合ではありませんでした。

    結局父は、警察の協力のもと、アルコール依存症の治療施設に一時的に入ることになりました。

    そして、私は今母方の祖母と一緒に暮らしています。

    今の私は正直、情緒不安定な部分があります。また父親の影響か、大きな音にも異常に敏感になりました。

    将来がとても不安です。好きな人ができたとして、両親に会わせてほしいと言われた時、私は父とも母ともまともに暮らしていないのにどうしようと悩むこともあります。
    もしその好きな人が、父や母に似ていたらどうしようと…
    こんなことを考えるのもあれなんですがね…

    父や母が毒親に当てはまるかどうかよく分かりませんが、それでも両親には正直迷惑をかけられていました。
    高校1年生が偉そうに。と思うかもしれません。
    でも誰にもこの気持ちを話ようがありませんでした…
    たまたまこのサイトにたどり着いたのが運命だと思います。ありがとうございます。

    長文失礼しました。

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    1. > ぴーちさん

      初めまして。大変な思いをされたのですね。人の気持ちというのは自然に発生するものなので、誰にも否定できるものではありません。「迷惑でなかったと感じろ」と人から言われて、はいそうですかとそう感じることはできないんですよね。ぴーちさんが迷惑をかけられたと感じたなら、その気持ちは現実です。

      余裕があるときに、人の回復の体験談や、以下のような毒親関連の本など読まれてみるといいかもしれません。読んでいて苦しくなったら休みながら、少しずつ。将来への不安をどう解消していったらいいか、なにかしらヒントがあるといいなと思います。

      「毒になる親」
      https://gedokunosusume.wordpress.com/2014/10/16/toxic-parents/

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  20. 機能不全家庭×毒親家系の3代目です。完全に世代間継承してます。
    それを理解しても余りある毒母に潰されそうで『発達障害の人間不信トラウマ持ち』よ~と娘にこぼし、娘から「それがわかっていればダイジョブよ(笑)」とあしらわれています。

    チェックは過干渉以外はほぼ当てはまりました。“ほぼ”というのは、程度がもっとひどかったから質問どおりではなかったことと、障害ある兄弟への偏執と不満の転嫁なのでもっと原因が複雑だったからと思います。
    その状況から自分は逃げられないものの、娘は毒祖母から遠ざけるべく努め現在は干渉されず自立できたのか、先述のように笑ってあしらってくれます。

    毒母は精神科でのセミナーにまで参加して、自分のACは理解しているようですが『毒母』ぶりはみじんも感じていないようです。
    先日も避けていた接触があり、『毒母』全開で全責任転嫁と恨みつらみ、存在否定をされました。
    亭主(自分の父)の人格不全の責任や障害児の不遇の扱いは、物心もつかないワタシに言われても
    いかんともしがたいことです。延々、恨まれ不満をぶつけられ・・・会話になりません。無理です。
    わかっていても落ち込みますよね~(TT)

    この場でガス抜きさせていただいたようで~、失礼いたしました。

    いいね

    1. > 不在焉さん

      セミナーに参加してもわからないものなのですね。私の母親も子育てに関する本をよく読んでいました。きっとみんななにかがおかしいことは無意識にわかっているのでしょうね。それでも自分を見つめることができないというか、見つめかたを知らない、見つけることができないというか。わかっていても落ち込む、本当にそうなんですよね。理解と解消は別なのだなと思います。ただ解消は理解から始まると思います。一歩ですよね。私も最初のころカウンセラーに山のような愚痴を吐き出しました。お金を払っているから遠慮なく吐き出せてお勧めです。

      いいね

  21. 申し訳ございませんが、
    コメントへのメール通知を希望しましたところ「購読確認メール」が来ましたが
    コメントは有料なのですか?

    いいね

    1. > 不在焉さん

      どういうことなのでしょうね。こちら有料なものはないはずです。カード番号などを入力されませんように。

      いいね

    2. > 不在焉さん

      見てみたのですが、デフォルトの「購読」という単語は確かにおかしいなと思ったので「フォロー」に変えてみました。ただこれが確認メールにも反映されるのかわかりません。フォローもコメントも無料のはずです。

      いいね

  22. 思い当たる節が沢山ありました。
    おそらく解毒済み、サバイバーにあたります。
    子供の頃は母の言葉に理解できぬままに振り回され、父のカラカイや体を触られるなどのいたずらに自尊心も傷付けられ、どうして妹と自分はこんなにも差があるんだろう、一家の他の人と心が通わないのだろうと不思議で不安で、ただ耐えるだけの時間が何年も続きました。また友人関係の構築も上手くいくときといかないときの差が激しく、辛い一面が残る子供時代でした。
    学生時代も私生活が窮屈でした。
    社会人になっても、結婚しても実家の両親に監視されている感覚がずっとあり、極力自分からの連絡は避け、義務感からたまに遊びに行くような生活でした。
    大きな転機は、結婚して半年後、忙しい部署に異動復帰してストレスがかかった時にパニック発作を起こしたことです。子供の頃から抱えてた親への心理的不安、不信、安心感が持てない感覚が溢れ出て、自分自身の心は自分で支えないといけないと強く思ったことから、両親が望む自分に近づくことをやめて、安心して自由に振る舞うことが出来るように、悪い方へ考えてしまうクセを治そうと努力を続けることにしました。実際に両親へ苦しい思いをしてきたことを言ってみましたが、この子は何を言ってるんだろう⁇みたいな反応しかなく、愕然とした事を憶えています。父にも体を触られて嫌な思いをした事を伝えましたが、全然憶えてない!おかげでやっと、この人達のことなんて無視して自分のやりたいようにして楽しく過ごしても構わないんだと思えるようになったのですが(笑)
    その後からは出会う人に恵まれて、昔からの付き合いがある人も厳選して、いろいろ友達付き合いを続けながら、励ましてもらいながら、肩肘はらずに自分自身を好きになれるようになってきました。
    パニック発作を起こしてから12年。子供なんて欲しくなかった時代を経て、親と同じことをしないだけの人間力が付いてきたと自覚が出てきた時に、思いがけず子供がやってきました。
    不思議なものですね。過去に縛り付けるのも自分。解放するのも自分なのかな。と今では思います。
    両親に対しては、許す許さないではなく、大人の付き合いで関係を続けるようになりました。悲しい事かもしれませんが、もう本音で話をすることもないと思います。気持ちを語り合い、認め合える瞬間があったら儲けもの位の距離感で丁度良かったんだと思うようになりました。
    以上、長くなってすみません。
    かつて親子関係と、呪縛に苦しみながら楽しい毎日を送ろうと必死だった者の回顧録でした。

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    1. > ねこさん

      コメントありがとうございます。ターニングポイントとなるきっかけはみなさんそれぞれで興味深いです。「過去に縛り付けるのも自分、解放するのも自分」本当にそうですね。多くの人に知っていただきたいと同時に、自分の解放ももっともっと進めていきたいなと思いました。この歳になって思いましたが、本音で話すことができる人というのは本当に少ないのだと思います。そういう人がいたら大事にして人生を楽しんでいきたいです。

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  23. 毒親という言葉を知ったとき、自分がなぜこんな感情になるのか、原因不明の体調不良に悩まされるのかがようやく理解できました。
    長い間、自分のやりたいこと、好きなことがわかりませんでした。
    鏡に映る自分を見ると、これは本当に自分なのか?と思うこともよくあり、悩まされた時期もありました。

    父はわかりやすい機能不全家族で育っており、性格が歪んでいて口を開けば人の批判ばかり。こちらの意見は一切聞かず、普通の会話が成立しない人です。
    無駄に声が大きく、外まで響き渡るほど。
    母とよく夫婦喧嘩するのを目の前で見せられ、
    気に入らないことがあればすぐ母を殴る蹴る。

    なので、子供の頃から父がおかしいことはよくわかっていました。
    母にはいつも、こんなお父さんと知らずに結婚した私ってかわいそう話を聞かされて育ち、
    子供心に私が父から母を守ってやらねば、と思って
    いました。
    ですが、ある時、母もまともな人ではないと気付きました。
    私が高校生の頃、父と離婚寸前にまでなり、結局元サヤ。
    その後くらいから、私が理不尽なことを言われても『お父さんを怒らせないで。あんたのことで、影で私が嫌味を言われてるんだから!』

    『気に入らないなら、私の言うことが聞けないならでていけばいい。ここは私の家』
    顔を合わせればこれを言われるようになりました。

    弟と二人で外食し、帰宅が夜21時頃になったとき、玄関のドアに『こんな時間まで帰ってこない子は、もう私とお父さんの子ではありません』と貼り紙がしてあり、暫く家に入れてもらえませんでした。
    ある時、『私、食事を作ることで家族を支配できるって気がついたんだよね~』と言っているのを聞いたとき、心底ゾッとしました。

    私が友人と話していたとき、会話に割り込んできて一人で喋り続け、友人が『お母さん明るいですね』と言ったのを異常に喜び、まぁそれは良かったのですが
    最近になって『あんたが喋らないから私が代わりに喋ってたら、お母さん明るいって言われちゃったもんね♪』と言われた時、私の中で何かが切れ、『お母さんが一人で喋るから黙ってただけだ』と言ったら、『そっか。』と言いおとなしくなりました。

    でもそんなのは一時的です。
    自分の都合で周囲を振り回し、都合が悪ければ『そんなこと言ってない、忘れた、私は三女だから』
    意味がわからないです。
    彼女の口癖は、『子供のために親が犠牲になるなんてありえない』です。
    そのくせ、私にあんたに介護されたらいじめられそうーとか言ってきます。

    母も機能不全家族で育っており、祖母のことを嫌っていていつも祖母の悪口を聞かされます。祖父のことは大好きだった、そうです。
    知るかという感じです。

    私はいま34歳です。
    職場での経験などを通して少しずつ、いろんなことを学んできました。

    休みの日にためておいた洗濯をし、食事を自分で用意していますが、横から見てきて、それはこうしたほうがいい、と頼んでもいないのに上から言ってきて、私が失敗すれば『私の言う通りにしないからだ』です。
    働いて家にお金を入れていても、母は弟と一緒になって私を馬鹿にし、パラサイトと呼びます。

    以前、仕事を探していたとき、『働きに行かなくていいから、私の下で家事を手伝え』と言われたことがあります。
    当然、断乎拒否しました。いまだにそのことを根に持っており、私を睨み付けながら、『あの時あんたは、私の提案を断った』と言ってきます。
    今は早く家を出て、この人から離れたいです。

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    1. > nogiさん

      お気持ちよくわかります。物理的に離れると解毒も進みますよね。私も実家を出たときに、仕事から帰ってきて誰もなにも言わない環境で心の底からほっとしたことを今でも覚えています。それが不可能な場合、カウンセラーなどに話を聞いてもらって共感してもらうことでも、メンタルから解毒が進んで少しは違うのではないかと思います。nogiさんなりの道が見つかりますように。

      いいね

  24. 初めまして。
    54こ当てはまりました。
    私の母は幼い頃から暴力、暴言がひどく暴力に加えて包丁やバット、モップの柄などのものを使って殴る、髪の毛を引っ張りまわし引きずる、引っ掻く、蹴るなどそれは本当に恐ろしい人でした。
    大人になってからも私が自分の思い通りいかないと怒鳴る、殴る、包丁で脅すなど未だにそれは続いています。
    母は再婚で継父も母の味方で私は1度だって味方してもらったことはありません。
    更に過干渉で、彼氏が出来たら体の関係の事やキスや手はつないだのか、またデートにも平気でついてくるなど異常行動も多々あります。
    とにかく母から解放されたくてずっと苦しんでいますが、離れようとすると職場や自身の携帯、子供の携帯に再三電話があり、繋がらなければ自宅までやってきます。
    お金にもルーズで今まで貸したりあげてきた金額はまぁまぁの額です。
    それなのに、私は何もしてもらってない、お前は金に汚いなど罵声を浴びせられます。
    シングルマザーで金銭的にもそこまで余裕もなく、その中で誕生日、母の日、父の日、結婚記念日など真心でものやお金をプレゼントしてきました。
    わかってもらえるなんて思ってません。
    ただ、私をそっとしといて欲しいんです。
    それは叶わないんでしょうか・・・

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    1. > ゆゆさん

      はじめまして。大変なご実家でしたね。今なら警察に通報するような案件ですよね。「ゆがみちゃん」で職場に電話がきたというような、とても似たお話を読んだことがあります。もしかしたら参考になるかもしれません。毒親から逃げる方法も書かれていました。ご興味ありましたらご覧になってみてください。

      「プロローグ——「ゆがみちゃん」を読む前に」https://cakes.mu/posts/10282
      「毒親から逃げる方法」https://note.mu/yugami/n/n22242ebebcfe

      いいね

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