CBT個人セッション(NHS)

緊急アセスメント

翌日月曜日、さっそく朝に電話が入った。それを別室に行って取った。

不安症の個人セッション3回目」で手配された緊急アセスメントの、前段階の電話だ。本来なら「緊急」アセスメントなので緊急に受けるものなのだけれど、手配できなかったために、まずはある程度どんな状況にあるかを確認する電話が最初に入るとのことだった。

私の精神状態がどんな状況なのかを把握する質問が、次々にされた。友人と過ごして話も聞いてもらって落ち着いてきたということと、夫がトリガーになるので夫がいなければ大丈夫だということで、一人になってもいい、すなわち家に帰ってもいいことになった。

アセスメントの予約が木曜日に取れて、電話を終了した。

友人と別れて自宅に戻った。大丈夫だとは言ったけれど、ベランダが怖かった。それまで普通に出られていたことが信じられなかった。しばらく出れなくなったし、見ることもできなくなった。

それでも家に帰ってこれたことは、ほっとした。洗濯物をして、掃除をして、なんだかすべてがだったのかのようにも感じた。

空っぽの家でぼーっとしながら、「これからどうしよう」とぼんやり思っていた。

水曜日に一度確認の電話がきて、木曜日になってアセスメントを受けに行った。「Mental Health Recovery Service(メンタルヘルス回復サービス)」という団体だった。

スタッフ二人と面接をするということで、びっくりした。ずいぶんしっかりしているのだなと思った。一人がずっと話をして、一人はずっとすべての会話をメモしていた。録音もしていたと思う。

それはそうだ。ここは「私が自殺する危険性があるかないか」を診断するところなのだから。

簡単ではあったけど、どういうことがあって、どういう状況かということを話した。質問のテンプレートがあるらしく、飲酒や喫煙、犯罪歴や違法ドラッグの経験なども聞かれた。主に、私の親のこと、夫のこと、今回の問題などを話した。

その結果がすぐ翌日に出て、CBTの担当者から電話があった。内容は以下の通りだった。

やらなければならないことは、①の回復と、②夫婦の回復。緊急性が高いということで、②にまず着手して、それから①をやったほうがいいということだった。具体的には、以下の通りだ。

1)まずは「Couple Counselling(二人用のカウンセリング)」の資料を送るので、受けてみること。私が自殺せず夫と無事に暮らせるように、ここで二人の間の問題を考えて出口を探す。

2)その間にGPに連絡を入れておくので、予約を取って行き、「Anti-Depression(抗鬱剤)」を処方してもらうことを勧める。

3)1)が終わったら、GPで「Psychotherapy(心療治療)」を手配してもらって、自分の中の問題を治す。

抗鬱剤」が出てきて、怖くなった。大丈夫だとは聞いていたけれど、戸惑った。

夫といなければ安定はしているから、今は飲まなくても大丈夫だけれど、今後また夫と暮らし始めることになったら、そのときは必要になるのではないかと思った。でも私の状態が安定して見えるようになったら、夫は「もう大丈夫なのだ」と思ってしまってまたおかしなことを言い、永遠に夫の問題は治らないのではないかとも思った。

これだけ大変なときに、頼りにならなかったばかりか、逆に私をさらに突き落としてくるような人間だ。もし今後カウンセリングをやって病気が治ったとしても、果たして夫と一緒にいたいと思うだろうか。夫の行動の謎が解けたとして、それで私は夫のことをどう思うのだろう。

いったい、どれだけの時間がかかるのだろうか。そして治ったとしても、夫と一緒にいられるとは限らない。新しい人生を歩んで行かなければならないのかもしれない。私はいったいどうなるのだろう。

空っぽの家で、毎日そんなことを考えながらただただいた。でも、生きていた。

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不安症の個人セッション3回目

なにもできない夫」で話し合った通り、夫をCBTの個人セッションへ連れていった。

たぶん入れてもらえないだろうとは思っていた。ここはNHSで運営されているところだし、「イギリスの医療とメンタルヘルス」でも書いた通り、GPを通して依頼された私のために組まれたプログラムだ。私の問題を改善するためのものであって、夫婦やパートナーの間の問題を解決するカウンセリングとは違う。

でも、私が夫から影響を受けていることは確かだった。だからいくら改善しようと私だけが問題に取り組んでも、解決できるものではないと確信していた。

セラピストに会うと、やはり「二人ではできない」と言われた。これはRelationship(二人間)のカウンセリングではなく、あなたのカウンセリングだからと言われた。

「じゃあ会社に行く」と言い始めたどうしようもない夫を外で待たせ、とりあえず私のセッションを受けることにした。

でもまずセラピストが「どうして今日は旦那さんを連れてきたの?」と聞いてきた。「このセッションに入ってもらって、私がどういう状況でなにが行われているのかを知ってもらいたいと思ったから」と話した。以前のカウンセリングで発見した問題や、ここ一年くらい心が過敏になってきたこと、夫から受ける地獄のようなつらさ、そして先日もう死ななければいけないのだと思ったことなどを話した。

そこでセラピストは上司と相談してくれて、夫を交えて話をしてくれた。

夫の前で現状を私に話させ、それについてどう思うかと聞かれると夫は神妙に話し始めた。待っている間に「アスペルガー症候群」について携帯で調べていたらしく、自分が90%当てはまっていると言い始めた。男性に多く、小さいころに父親がいなくなると「強くならなければいけない」と思って感情に疎くなるらしい。

もっともそれが原因かどうかはわからないし、全体的にイギリス人や男性というのは一般的に相手の感情を読み取ることが苦手ではある。でもやっとそれを認識してくれて、治したいと思ってくれているようだった。なにか自分も受けられるカウンセリングがないかと言って、セラピストからパンフレットをもらっていた。

あんなに私の妥当な主張に激怒していたのに、冷静なときは別人のように自分のことでも考えられるようだった。驚いた。本当に、まさに別人だった。

ただ、ここで夫のカウンセリングもできるわけではない。夫のことは別として、今この状況でどうしたらいいかという話になった。

セラピストは、私の精神状態が危ないから「CMHRT(Community Mental Health Recovery Team)」の緊急アセスメントを手配すると言った。これは、私が自殺したりせずにいられるかを診断するもので、これが終わって大丈夫だという結果が出るまでは、以下の条件でいるように言われた。

  1. 夫と離れていること
  2. 私は一人になってはいけない
  3. GPへ現状を報告しておくので、なにかあったら必ずGPへ連絡すること
  4. 時間外の場合はA&E(緊急病棟)へ連絡すること
  5. アセスメントチームから連絡があったかどうかの確認の電話をするので、それまで待つこと

夫がトリガーになっているので、夫と離れていなければならず、かつ私は一人になってはならないので、私が家を出てどこかに泊めてもらうことはできるかと言われた。

ちょうど数日後に友人がロンドンに来てお泊り会をやることになっていたので、それを伝えると、「今日からそれまではどうするの?」と言われた。もう今日この日から、夫とは離れていなければならないのだと言われた。ことは深刻だった。「自分の問題と夫の問題」で電話した友人に聞いてみたら快諾してくれたので、お世話になることにした。

このセッションのあとにこのまま残って、アセスメントを受けるべきだとセラピストに言われた。しかし「生きたいという気持ち」で行けなかった面接がリスケしてもらえてこのあとに入っていたので、これはどうしても行かせてほしいとお願いした。「面接というのは精神的に負担になるし、今はそんなことができる状態ではない」と言われてかなり説得されたのだけれど、私は夫といるのでなければ普通でいられるし、またこれに行かないほうが心理的に負担になると主張した。

けっきょくアセスメントの予約がこのあとに取れず、最短で週明けになった。アセスメントはまず応急処置として電話で状況確認が行われ、それから対面で行うとのことだった。この日は金曜日だったので、週明けの月曜の朝に電話が来ることになった。週末を友人の家で過ごし、けして一人になってはいけないと念を押された。

許可が出たので面接には行ったけれど、ここは落ちた。けっきょく、このときにいくつも受けた面接はすべて落ちた。どれも私にピッタリの仕事で、最終面接までいったものもたくさんあったけれど、このときはなぜかどうしてもどこも受からなかった。

とりあえず上記の5項目をセラピストに書き留めてもらって、避難生活が始まった。

空っぽな心と信じたい気持ち

家に帰って夫とその話をしてみると、じゃああのときはどうだった、これはどうだ、とサンプルを出して話し合いになった。

最終的に見つかったのが、まだ結婚前に夫が日本にいたころのこと。それまでやっていたことがうまくいかなくなってきて、日本に来たりイギリスへ戻ったりしていた夫が、もうイギリスに帰国して会社勤めの仕事を探さなければならなくなると言うのだ。突然のことに、そのとき人生で初めてお先真っ暗な気持ちになった。

そこでイギリスで一緒に暮らそうということになり、仕事と住むところを見つけて私を呼ぶために夫はイギリスへ帰国していくのだけれど、いつ環境が整うかもわからないし、今までとは違い次にいつ会えるかもわからない。見送りに行った空港で、二人でギャン泣きした。

当時の私には、傾いてきたとはいえ仕事もあったし、友人もいて安定した生活があったのに、夫がいなくなってしまうことが本当に辛かった。だから大丈夫、本当に好きな気持ちはあったんだよ、という結論に達することはできた。

でも、そこまで考えないと出てこない「気持ち」とは。どう考えてもおかしかった。これは大きな課題であり、私の問題の解決における重要事項なのだと思った。

1回目のときもそうだったけれど、セッションの最後に毎回アンケートに答えるようになっていた。内容は、確か「疲れてなにもできないことがある」などの質問に、5段階で答えるというものだった。セッションを受けながらどれだけ変わってきたか、またそのときどういう状態かを見るものだった。

私が「死んだほうがいいと思ったり、自分を傷つけようと思うことがある」にチェックをつけていたので、セラピストから詳細を聞かれた。どういうときにそう思うのか、どれくらいそう思うのか、また実行しようと思ったことがあるのか。

当時の私の場合は、自分を傷つけようと思うことはなくて、ただこうして空っぽで先の心配をしながら生き続けるという、こんなに意味のない時間がいつまで続くのかなと思ったときに、早く終わらせたいと思うことがあるのだと答えた。日本人女性の平均寿命を考えると、あと50年は生きるわけで、こんなことがあと50年も続くのかと思ったら、もう早くやめてしまいたいと思うのだ。

するとセラピストは、「あと50年もだなんて、それはつらい気持ちでしょう」と共感を示してくれた。そして「50年なんてかからない、もっと全然早くよくなるから、私が保証するから」と言ってくれた。「ここにはいろいろなセラピストやカウンセラーがいて、いろいろなことができるから大丈夫よ」と。

それを聞いたときに涙があふれてきて、会って2回目のセラピストの前で泣いてしまった。

たしかにここは心理学が発達しているヨーロッパの病院で、そこの専門家に会えたのだ。GPとメンタルヘルスで連携して、私の問題を把握してくれている。もしかしたら大丈夫なのかもしれない。どうにかなるのかもしれない。そう思えてきた。

「I want to fix this(私も早く直したい)」と言ったら、「Fix(直す)」じゃないのよ、と言われた。人はみんな違っているし、国を出れば文化的な違いもあるし、でも外国に来たからといってそこの文化に完全に染まらなければならないわけではない。その中でどうやって、自分の居心地のいいポジションを見つけるかということなのよ、と。

空っぽに感じるのは気持ちがわからないからで、それはちゃんと取り戻せるから大丈夫、と言われた。本当だろうか。本当かどうかはわからないけれど、本当だったらいいなと思った。

イギリスで出会った友人で、日本で優秀な大学を出てイギリスにCBTの研究をしに来ていた人がいたのだけれど、彼のような優秀な人がわざわざやってきて研究するくらいだから、きっとイギリスのCBTはすごく進んでいるのだと思った。だから私も大丈夫になれるかもしれない。安心して暮らせるかもしれない。

信じたい気持ちで一杯だった。