父親への手紙

(毒父)さんへ

 こんにちは。お元気ですか。私は現在、心理カウンセリングを受けていて、その治療の一環でこの手紙を書いています。書くだけで、送らなくてもいいものですが、もし実際に送ることにした場合、特に返事やそちらからの反応はまったく期待しているわけではないことをご承知おきください。

 なにから書き始めたらいいのかわかりませんが、とりあえずは私とあなたの関係性から考えてみることにします。

 私とあなたは、血縁上は「親子」になり、あなたが稼いだお金で人生の最初の20年ほどを賄ったことになるのでしょうが、私とあなたの間にお金以外の実際の人間関係はほぼなかったと言っていいでしょう。現在あなたは私と会うこともなく、連絡を取ることもなく、私たちは人生においてなにかを共有することもありません。つまり、赤の他人と同じです。

 私がまだ赤ちゃんのころ、あなたは私を好きなときにかわいがるだけで、おむつを替えたことなどなかったと(毒母)さんから何度か聞きました。これはあなたの私に対する気持ちを如実に示しているものだと思います。12歳のころに、突然金のネックレスをプレゼントしてくれたことがありましたが、これも私が欲しいかどうか、必要かどうかは関係なく、自分がやりたいと思ったものを、自分がやりたいと思ったときにやる人間だということを、とてもうまく表していますね。相手がどう思うかは関係なく、自分がやりたいことをやりたいときにやりたいようにやる。ちょうど、口の利けないペットを相手にしているのと同じ感覚です。

 あなたは非常に子供で、自分の娘の気持ちを理解したり考えたりすることはおろか、自分のことをおいて相手の興味のあることに合わせてやることさえもできませんでした。いつも自分が得意なことを得意になってやっていて、私のほうがあなたに合わせて「すごいね!」と喜んであげている状況でしたね。小学校の父兄参観でも、あなたがそういう場所が苦手でやる気がないことがよくわかるので、心配したものでした。あなたの得意なことがあると、ほっとしたものです。でもそういうときも自分が得意になってやってしまっていて、本当に子供でしたね。私も当時は「こういうときには父親を立てるものなのだ」と思っていましたが、今こうして自分が大人になってみると、そんなわけないことが容易にわかります。そんな親、いません。相手に合わせてやることが嫌だったから、いつも自分一人で釣りに出かけ、自分一人で、自分のやりたいときにやりたいようにやりたいことをやって生きていたのでしょう。でも、それなら一生一人で、家庭なんて持たなければよかったんです。

 私がまだ小さいころ、あなたはごくごくたまに近寄ってきては、私を抱き寄せ、かわいいと撫でてきたりしてきましたが、私はそれが非常に気持ち悪かったのをよく覚えています。自分の親が愛情を示しているのに、なぜそれが嫌だったのか。その理由を考えてみろとカウンセラーに言われたとき、それはあなたがいつも自分が近寄りたいときだけ近寄ってくるからだとわかりました。それが愛情でもなんでもないことが、幼い私にはわかっていたのです。私が大変な思いをしていたり、つらい思いをしていても、あなたにはまったく関係ありませんでしたね。「俺には関係ない」というのは、あなたの一番得意な口癖でした。関係ないというよりは、「まったくもって興味がない」というのが正しいでしょう。そのくせに、自分が好きなときだけ近寄ってくるんじゃ、ペットだってあなたを好きにはならないでしょう。ましてや、人間なら、なおさらです。

 私はもちろん血縁上はあなたの娘であることは間違いないだろうと思っていますし、ずっとそう思って生きてきましたが、なぜあなたが自分の娘のことを「俺には関係ない」と言うのかが、当時はまったく理解できませんでした。あなたは末っ子で育ち、きっといつも嫌なことややりたくないことは、自分ではなく誰かがどうにかしてきてくれたのでしょう。今ならそう考えることもできますが、当時の幼い私にはそんなこと思いつくはずもなく、しかもそんなことは小さい子供が考えるべきことでもありません。「俺には関係ない」と言って、(毒母)さんに押し付けたり、子供を突っぱねるようなら、最初から妻も子供も持たなければいいんです。

 私にとってあなたと暮らした20年あまりは、本当に空っぽな時間でした。あなたの中には私の存在がなく、私はなぜただ自分の肉体がこの世にプカプカと浮かんでいるのかもまったくわかりませんでした。 あの家は、空っぽで、全員が「家族」という演劇を演じていて、まったく実態のないものだとずっと感じていました。私は自分が存在することを誰からも示してもらえず、子供という時代に自分を優先してもらうことがなかったために、今では自分の気持ちがわからなくなり、空っぽの人生をただ死ぬまでの時間が過ぎるのを待つのみで、ずっと苦しい思いをしてきました。

 なんでそう感じるんだろうと考えたとき、私はあることを思い出しました。(毒妹)さんが2〜3歳だったので、まだ私が4〜5歳のころです。その日はなぜか(毒母)さんがおらず、本当に珍しく、あなたが私たちと一緒にいました。私たちは車で出かけて、なぜかあなたの同僚の同僚さんの家に行きました。彼女の家は新しいお家で、家族は誰もいませんでした。私はよそのお家なので少し緊張していましたが、あなたはなぜかさっさと上がり込んで、「なにしてんだ、早く上がれ」と私たちに嬉しそうに言い、自分の家のように振舞っていたのがとても不思議でした。

 私たちが上がりこんでテーブルにつくと、同僚さんが「お茶をいれましょう」と台所に立ちました。そしたらあなたは、「俺がいれるよ」と立ち、「あらいいわよ」と言う同僚さんと二人で仲良く並んでお茶をいれ始めました。家ではまったくそんなことをしたことがないあなたが、自分からお茶をいれると立ち、よそのお家のどこにお茶があるのかを知っていて、楽しそうに話が止むこともなく二人でお茶をいれている。それは、私が初めて見る光景でした。初めて、演劇ではなく、あなたに中身があって、家でほっとしたところを見せ、人のことを思いやり、楽しそうにやり取りをし、人生を生きているのを見た瞬間です。それこそが、あなたにとっての現実の世界でした。私の存在しない世界が、あなたにとっての現実の世界だったのです。

 当時の私はなにが起こっているのかまったく理解できませんでしたが、大きな恐怖に駆られました。辺りが暗く感じ、心臓がドキドキして、早くここから出て帰らなければならないと思いました。なぜかはまったくわからないのに、同僚さんが「お母さん」のような感じがして、すごく困惑しました。家に着いてすぐ、あなたが車を止めてやってくる前に、(毒母)さんに「同僚さんがお母さんみたい」と言ったのですが、(毒母)さんは「なに言ってるの、私がお母さんでしょ」と、私がどれだけ一生懸命説明しても相手にしてくれませんでした。でも、私は「どうしてもこれをわかってもらえないと困るのだ」と感じていて、たくさん説明しました。それでも、もうそのときにはあなたが車を置いてやってきて、煙に巻かれてしまいました。

 今なら、なんで私がそんなことを感じたのかはわかります。「自分の父親と仲良くしている女性=自分の母親の位置にいる人」と感じたのです。でも当時はなにが起こっているのかまったくわからず、でもなにかすごく悪いことが起こっていると感じて、とても怖かったです。「自分の父親の人生が、自分のいないところにある」と見せられた子供の気持ちがわかりますか?知らないお家で、見たことのない生き生きとした父親を見せられた子供の気持ちがわかりますか?今までこのことは単にあなたの馬鹿さ加減を表しているだけで、大して気にすることではないと思っていましたが、もちろん大人になった今では大したことではありませんが、まだ成長しきっていない子供のときにこんな経験をするということは大変なトラウマになることなのだということを、カウンセラーから教えられました。

 それを思い出すと、なぜ家を空っぽに感じていたのかがすぐにわかりました。あの家は、本当に演劇だったのです。四人で集まって、「家族」という演劇をして、本当のそれぞれの人生は別のところにある。子供ながらに、というより、子供だからこそ、それを感じていたのです。

 もう少し大きくなってからか、(毒母)さんが何度か「お父さんに言わずに突然会社を訪れる」という行動を取ったのを覚えています。車で出かけているときに、急に「お父さんとこ行ってみようか」と言い始めて、私はなんだか嫌な感じがして行きたくなかったんですが、「お父さん喜ぶよ」と言われて、じゃあ行ってみようと言ったことを覚えています。会社に着くと、あなたは見たこともない恐ろしいくらいの笑顔で出迎えてくれましたよね。なんだか怖い感じがしたのですが、でも当時は、きっと(毒母)さんが言うように、仕事中に思いがけず自分の娘に会えて嬉しいんだと思っていました。でもそのとき、同僚さんの笑顔もまったく同じでした。二人とも、白いプラスチックで作ったような200%の全開の笑顔で、ものすごく笑っているのになぜか怖かったことを覚えています。

 要するに、(毒母)さんはあなたのことを疑っていたんだと思います。でも、そこを解明することはせず、「母親」という役で演劇を続けた。演劇はずっと続いていって、きっと今でも続いている。毒妹さんもそういう家しか知らないから、きっと中身のある家庭を築くことは難しかったでしょう。実際、演劇であることを感知していた私でも、それしか知らないから難しかったし、大変な苦労を何年も何年もしました。今でもこうして心理カウンセリングに通って、大変なお金と時間を費やしています。結婚してもう7年以上、それでも子供を持とうと思えなかったのは、この結婚生活に実態がつかめなかったからです。でも今こうして心理カウンセリングを受けて、中身のある本当の人生を歩めるように治療をしています。幸いにも、私には少しの知恵があり、周りに支えてくれる人も大勢いて、いいカウンセラーにも出会えました。なにより、どれだけつらくても恥ずかしくても悲しくても自分の弱いところを見つめて治そうとする、誰にも負けない輝く勇気があります。これはあなたや(毒母)さんのどちらにも微塵も欠片もない、私の中の宝です。これがあって、やっと今、本当の人生を歩んでいく準備が少しずつできてきています。

 私は最初、(毒母)さんこそ自分のことしか考えていない人間だと思っていました。結婚しても子供がいない私を責める彼女に、「最近は子供ができにくい人が多いんだから、そんなこと私に言って、もし私が子供ができない体だったらどうするの?」と言えば、「それでも頑張るんだよ!!私だってやったんだよ!!」と言っていました。正真正銘の糞人間でした。それまでは、こんな人でも私の面倒を見た人だから、きっと正常な頭もどこかにあるはずと思ってきましたが、ここでもう「この人は自分が欲しいもののためなら実の娘も踏み台にする頭のおかしい女なんだ」と思い、それ以降は私の方から積極的に関係を持つことを辞めました。

 イギリスに来て7年、(毒母)さんから電話がきたことは一度もなく、それを言えば「国際電話のかけかたがわからない」と言っていましたが、なぜか(従妹)ちゃんがタイにいたときは、よく電話していたそうです。いつも私から電話をかけ、「お母さん」と敬い、大事にしてもらうことしか考えておらず、私のことはどうでもいい。私の様子を聞かれたことは一度もなく、いつも自分の話ばかり。まさに、あなたと同じです。それでもきっと周りには「娘が海外にいるのに連絡がなくて」と、娘のことを心配するいい親だと主張しているのでしょう。

 (毒母)さんは周りに、「Kelokoに会えなくても、一度でいいからイギリスに行ってみたい。娘が住んでいる国を、この目で見てみたい。」と、お涙頂戴話をするそうですね。でも周りが「いいじゃん、行って来なよ」と言っても、行かない。そりゃあそうです、(毒母)さんは、それを聞いた周りが私に連絡を取って「Kelokoちゃん、お母さんこう言ってるよ、イギリスに呼んであげなよ」と言い、ある日私がすべてを整えてイギリスにご招待してくれることを期待しているのですから。親御様が自ら飛行機のチケットを取って、子供にご挨拶に伺うなんてことはしないのです。

 でも、(毒母)さんは、昔は私のことをちゃんと考えてくれる母親だったんです。ひとつ覚えているのが、バレエを始めたときでした。当時の私は、紫色が大好きだったんですが、バレエの練習に必要なレオタードとシューズは、ピンクしかありませんでした。でも私は、紫色で、スカートのついたレオタードがどうしても欲しかったのです。(毒母)さんはそこで「ピンクしかないよ」と言わずに、私を遠くのバレエ用品のお店まで連れて行き、紫色のレオタードを一緒に探してくれました。壁一面にピンクしかなく、唯一あったのがスカートなしの赤いレオタードでしたが、赤は二番目に好きだったので、これにしました。(毒母)さんは、「赤しかなくてごめんね」と言っていました。私は、そんな謝ったりしなくてもいいのにと、悪いなと思っていました。

 このように、(毒母)さんは、当初は私のことをちゃんと考えていてくれたこともあったのだと思います。でもそれが、今ではあんなにどうしようもないクズになってしまっている。もしかしたら、あなたと一緒にいて、「子供の気持を考える」ということができなくなってしまったのかもしれません。自分には本当の夫がおらず、その中で自分の幸せを追い求めることにもがき一生懸命になってしまい、そのためには自分の子供さえもいいように使い、自分はなにもない空っぽのまま、今まで生きてきてしまったのかもしれません。

 あなた自身も、そうでしょう。あなたの人生は、あの家にはなかった。でも今は最終的に物理的にあの家にいる。そこで人生を過ごしたい。でも、そこはただの演劇場。(毒妹)さんの結婚や、孫の誕生というお芝居上のイベントはあったけど、自分自身の人生は今更そこにはない。空っぽな劇場です。とはいえ、私にはあなたの気持ちはわかりませんが。もしかしたら、家も手に入れて、好きな時間に好きな仕事をして、大満足しているのかもしれませんし。

 でも私はもうその演劇にはお付き合いしませんし、きっとそれであなたも満足でしょう。去年の正月にお会いした最後に、伯父さんから隠れて私を呼びつけ、「お前がその態度なら次回から歓迎できないからな」と捨て台詞を言いましたね。 2か月も前から祖母が自宅にいる日程を何度も何度も確認して、その日程に合わせてチケットを買い、何十万円もかけて何日もの有給をかけて24時間寝ずに日本に出かけ、昔のように祖母と家で過ごすことを楽しみにして行ったのに、その祖母を私たちの到着前日から施設に入れてしまったことの、どこが歓迎だったのか私にはまったく理解できませんでしたが。

 要するに、「お前が俺の書いた台本通りに演じないのなら、もう俺のステージに上ってくるな」ということなのです。私の気持ちも、私の都合も、そこには存在しないのです。私はあなたの気に入る様に演じなければ、役を降りるしかない。あなたの車を使わせてもらえることをありがたがり、あなたの高くていいカメラを褒め、海外で苦労している娘の前で「日本に住めて幸せだ」と優越感に浸るのに賛成し、24時間寝ずに疲れてお腹もおかしくなっているというのに「大丈夫か」と労りもなく休ませてももらえず、「お前のためにみんなで飯を食わずに待ってたんだよ」と言われ、(毒母)さんの用意した食事をありがたがって食べ、用意した高いワインをありがたがって飲まなければならない。私の欲しかった「祖母と家で過ごすこと」はまるで無視、そして私はそれがなくても怒ることも許されず、疲れきって「寝かせてくれ」と布団に入ってしまった夫と一緒に旅の疲れをゆっくり癒やすことも許されず、着いたところから自分を捨ててあなたの気持ちのいいように振る舞わなければならない。それができないなら、「次回から歓迎できないからな」です。ステージから降りなければならないんです。だって、これはあなたが脚本を書いて監督をやっている、あなただけの演劇なんですから。

 実際あなたは、自分の好きなように勝手に台本を変えましたね。ようやく祖母を最後の1日だけ自宅に泊まらせたあなたは、施設に戻る際に「本当は今週ずっと施設にいる予定だったんですけど、娘が海外から来てるので家に1泊させたんです」というセリフを大きな声で周りの人たちに言い回っていました。自分はいい親ですと、私と周りに必死にアピールしていましたね。とても滑稽でしたね。

 現在、私とあなたの関係がなにもないのは、私が劇場のステージから完全に降りたからです。あなたが稼いだお金で運営していた劇を降りたら、私たちは赤の他人になってしまったのです。私たちの関係は、こんなにも空っぽだったのですね。

 あなたももし本当の人生を生きてみたいのなら、信頼できるカウンセラーを見つけて心理カウンセリングを受け、あなたが作り上げたその舞台を自ら降りることをお勧めします。ただ、あなたは自分の弱いところを見つめられるような器じゃないと思いますが。あなたはきっと同僚さんとの方が話も合い楽しかったのでしょうが、彼女といるには、自分もお茶をいれたりと対等でいる必要があった。でも末っ子で育ったあなたは、そんなことを年中したくない。学のない(毒母)さんは、あなたを頭がいいと持ち上げてくれ、皿洗いでもなんでもあなたのやりたくないことを察してやってくれる。そういう女をあなたが手放せるわけがなかったのです。あなたがそういう弱い人間になってしまったのは、もしかしたら小さい頃に母親を亡くしたりしたことと関係があったりするのかもしれませんが、それはあなたが片付ける問題であって、私には関係ないですね。私の問題が、あなたに一切関係がなかったのと同様に。

 きっとあなたはこの手紙をきちんと読んで理解することはできないでしょう。それは別に私が大学を出ていて難しい文章を書き、あなたにそれが理解できないからというわけではありません。ただ単に、あなたが自分の弱いところを受け入れられない、ありんこのような小さい男だからです。(毒母)さんとよく、私に「お前は悪魔だ」と仲良く言っていましたね。自分の理解できないこと、理解したくないことを「悪魔」と片付けて安心するこの程度の低さ、本当にゴミの中のゴミクズですね。ゴミ箱の中、楽しい人生をお送りでけっこうなことだと思います。

 では、残りの人生もまたずっと舞台の上で楽しく空っぽにお過ごしください。

あなたの娘より

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「不可視の王国<アストラル界>へ行こう」

日本に行ったときに、衝動買いした本があった。

今思えば、このころまでは本など定価で買ったことがほとんどなかった。ほしい本があったとしても、まず中古で探すのが常だった。でもカウンセリングを始めてから、お金を気にせず「興味のあることをやってみる」ようになったとき、久しぶりに日本の本屋に行ったのだから気になったものがあったら買ってみようと決めて、買ってみた。

カウンセリング関係の本も買ったのだけれど、そこでなんとなく目がいった本があった。まったく聞いたこともない出版社から出ている本で、とにかく表紙がカラフルで浮きまくっていた。めちゃくちゃあやしいと思ったのだけれど、なぜかそのハッピーな感じが心に響いて、一度手にとったあと、手放せなくなってしまった。

まったくの直感だけでものを買ったりしたのは、これが初めてだった。それが、右の「ドリームランド<地球>へ行こう」だった。

内容はとにかく飛んでいたのだけれど、私がでよく見ていたことが当たっていて驚いた。また様々な宗教の話が出てきて、「どの宗教も同じことを別のツールを使って言っているだけで、すべての宗教は同じことを言っている」というようなことが書いてあった。これはずっと私が思っていたことだった。同じことを考えている人がいたなんて。

おもしろくなって夢中で読み、他にも何冊かシリーズで出ているということで、一冊従妹に送ってもらった。それが、左の「不可視の王国<アストラル界>へ行こう」だった。

届いて読んでみると、こちらにはもっと当時の私に当てはまることが書いてあった。びっくりした。

これによると、人間は胸にあるハートチャクラの背中側から「プラーナ」というエネルギーを吸い、胸の前から吐いて、呼吸しているとのこと。これはまさしくヨガで習った考えかただった。中国では「氣」と言われる。これはヨガをやっていなければまったく理解できなかったであろう情報だった。それがこんなにもタイミングよく入ってきたことに驚いた。直感で行動するのも大事なことなのだと思った。

胸の前から吐き出すエネルギーは「念エネルギー」と呼ばれていて、人と人との間にはこの「念エネルギー」のやりとりが起こっているとのこと。「なんかあの人ちょっと嫌な感じ」というのは、その人が発する嫌な「念エネルギー」を感じている、ということだと。簡単に言えば、いい念は「祈り」で、悪い念は「呪い」というようなことだった。

夫婦間でも家族間でもこれはあって、たとえば母親が「うちの子大丈夫かしら?」としょっちゅう思っていると、この「念エネルギー」を子供に飛ばしていることになる。「念エネルギー」は放っておけば消えてなくなっていくのだけれど、消化しきれない量の「念エネルギー」が来てしまうと、ちょうど食べものを食べきれずにいたら腐ってしまうように、子供のところにたまったまま腐っていく。これが腐ってたまっていくと、ドロドロの状態で子供の体を包んでいき、蛇が巻きついたようになってしまう。

でも実はこの「念エネルギー」を飛ばしたほうの母親も大変で、自分のエネルギーを子供に送り続けているわけだから、体がだるくなったり、おかしくなったりするとのことだった。

この説明を読んだとき、本当にその通りだと思った。

うちの母親は、体のあちこちがおかしかった。高血圧で、高コレステロール、心臓の問題に加えて、頚椎のつまりに、切開手術もした腰痛。何十年も一年中花粉症で、年中鼻をかみまくるものだから、鼓膜までおかしくなる一方。常に薬を大量に飲み、病院に通い、注射を打っている。体はボロボロだった。

きっと、私や家族に「念エネルギー」を飛ばしまくっているから、自分の体が持たなくなるのではと思った。私が実家を出る前はそこまでではなかったけれど、出てからは数年ぶりに会うたびに、毎回一段とひどくなっていた。自業自得だとは思っていたけれど、まさか本当に自業自得だったとは。

たぶんこれは大まかに言うと、「人のことにばかり首を突っ込んでいると自分がおろそかになる」という当たり前の現象を説明したものなのだと思った。「エネルギー」という単語を使って説明するこの方法は、とても興味深かった。ヨガの先生がそうだったからだ。

先生によると、すべてのものは「エネルギー」でできているとのことだった。私たちのこの体も気持ちも。でもそれをどうやって動かしたり、調整したらいいかが一般人にはわからない。そこで「振動」を使う。つまり、「言葉」のことだ。言葉は「音」なので、体や空気による「振動」だ。

いわゆる「言霊」や「Chanting(お経)」など音の振動によって「エネルギー」を動かし、体や気持ちに作用させるのだと。よく「ありがとう」という言葉の振動がいいなどと言うけれど、こういった振動のいい言葉を発したり聞いたりすることで、自分や世の中に対してポジティブな作用を広げていくのだと説明してくれた。

本によると、「念エネルギー」というのは「周波数」が違えばスルーしていくらしい。どれだけ人から恨まれていても、本人が高い「周波数」で楽しく生きていたら、「念エネルギー」は影響を与えることができないとのこと。

これもなんだかわかる気がした。同じ土俵に立つな、ということだろう。

ただ、たとえばストーカーなどの場合。ストーカーにつけられているような気がすると、気を取られてはいけないとは思えど、どんどん怖くなってしまうのも無理はない。こちらが感知すると、ストーカーは「念エネルギー」が受け取られていることを感知して喜び、ますます「念エネルギー」を送るようになってしまう。

母親もそうだった。「念エネルギー」が私に届いていると感じるから、ますます嫌がらせをしてくるのだろう。そしてそれによって私からも「念エネルギー」が飛んでいってしまっているのだ。

「念エネルギー」というのは、来たものを返すとになって返っていくとのこと。それがまた倍になって返ってきて、それをさらに倍にして返っていく。そういうのを繰り返し、それが何十年と続くと、もう大変なことになってしまう。

そこで、この流れを断ち切ることが必要になってくる。送られてきた「念エネルギー」や、自分から返っている「念エネルギー」の連鎖を、断ち切る。

これをどうするかというと、相手に返っていく前に「燃やす」ということだった。燃えてしまって送り主に返らなくなると、「念エネルギー」が返ってこないから「あれ?」となり、やり取りがそこで途切れる。ストーカーが謝ってきたり、警察が動き出したり、引きこもりの子が学校に行き始めるようになったりと、流れが変わるとのこと。

これはおもしろそうだと思い、本にあった「燃やす」方法を試してみた。やりかたは三つくらいあり、「お経巻き」というのが一般的らしいのだけれど、うちにはお経本はなかった。もう一つ「ひとがた」という方法があったので、それを試すことにした。

これは名前を書いた紙を包んで、見えるところに立てかけておき、目につくたびにその人に対するように話しかけ、一週間たったら燃やす、というもの。「念エネルギー」を本人に返すのではなく、この「ひとがた」になすりつけて燃やしてしまう。話しかける際には「死んじまえ」などなにを言ってもいいらしい。これでもう本人には返らないから、「念エネルギー」のやり取りがここで途絶える。三回くらいやれば、どれだけたまっているドロドロもすっかり燃えてしまうらしい。

ちょうど「アダルト・チルドレン癒やしのワークブック」で、親に手紙を書く前に「親の写真を見ながら言いたいことを言う」というワークがあったのでちょうどいいと思い、この「ひとがた」に対して話しかけることでやってみた。最初は「言葉をかける」という行為そのもので母親とつながってしまうように感じ、なかなか言うことができなかったけれど、だんだんと言いたいことを言うことができた。

燃えかたにも特徴があって、すーっと燃えることもあれば、「念エネルギー」がたまっている場合はなかなか燃えず、周りからジリジリと火が進行していくようなこともあるのだそう。母親に対してやってみたところ、本当になかなか燃えなくて嫌になった。時間をかけて燃やし、トイレに流してほっとした。効果のほどはわからないけれど、子供のころによくやったおまじないを思い出してなんだか懐かしくなった。

この本は、ヨガやスピリチュアリズムを勉強してからまた読んでみるとまたおもしろかった。お金や先入観を気にせず、直感でものを買ってみるというのもおもしろく、また、考えて買ってみるのと同様に大事なことなのだと思った。

新しい過去を作る

アダルト・チルドレン癒やしのワークブック」第七章の「親に言いたいことを言う手紙を書く」作業に取り組めないため、第八章の「新しい過去を作る」作業へ進んでみた。

ここでは、まずトラウマとなった過去のできごとが起こったときのことを心の中で再現し、次に「どうなってほしかったか」をイメージして、記憶を塗り替えていく。

そんなことができるのか、癒やしにつながるのかと思っていたのだけれど、やってみることにした。

「どうなってほしかったか」というのをまず書き出すのだけれど、まったく出てこなくて大変だった。というのも、なんだかもう怒る気持ちもどっかに行ってしまっていたのだ。

というのも、親がああいう人間だった理由が私にはよくわかっていたからだ。古臭い田舎のあのような家に育って、祖父は酒飲みで仕事もせず遊び呆けているような人だった。嫁に来た祖母は祖父の分まで働く働き者だったのだけれど、彼女はそうやって働くことしか知らなかった。これは子供にとってネグレクトになっただろう。

私が会いに行ったときも、「相変わらずの毒一族」で書いた通り最初は「時間がねえ」と言っていたのだけれど、次にはすぐ「うち(実家)に泊まるんだろ?」と言ってきた。顔が引きつったのを今でも覚えている。

祖母は普段はとぼけたフリをしているけれど、私が親と仲良くないことも充分わかっている。なのに、こうして私を親と仲良くさせようとする。実家などもう私の家でもなんでもないし、行ったとしても状況が悪くなるだけでなんにもならない。それでも親子をやってほしいという非現実を求めてくる。

けっきょくこの人も、あの毒母を作った毒親なのだ。

「家族が仲良くしてほしい」という気持ちはわかる。でも私たちがこうなったのは、祖母の責任でもある。なのに私に我慢をさせ嫌な思いをさせて、あの家に行かせたいというのか。こうしてはるばる会いにやってきた私に、楽しい思いではなく、嫌な思いをさせ我慢をさせたいというのか。

私はいったい、祖母にとってなんなのか。悲しかった

私があの家に行けば物理的に家族がそろうことにはなるけれど、そんなことになんの意味もない。やはりこの人も、物理面しか見えない人間だったのだ。

けっきょくのところ、あんなに頭の足りない一家に、こんなに敏感な私が生まれてきてしまったのが運の尽きだったのだと思った。敏い子供が理解できないから、「お前は悪魔だ」と言って子供が悪いということにする。自分が馬鹿なだけなのに、それを認められない。現実を認められない。

父親など、そういう人を最も馬鹿にする人だった。なにも考えずに古い慣習をただ続けて生きているような人のことを、ものすごく見下して馬鹿にしている人だった。そのくせに自分がまるでそうだったのだ。

やはり、そんな馬鹿な親だったからしかたがないということになってしまう。すると「どうしてほしかったか」と聞かれても、なにも出てこなかった。彼らがやってきたこと以外のことが、起こりうるはずがないとしか思えないからだ。1+1がわからない人間に、3+4を聞いてもわかるわけがない。

ということで、とりあえず以下のようなことを書き出してみた。

  • 自分たちの頭の悪さを、私を「悪魔」とすることで解決するのではなく、自分たちの頭の足りなさに気づき、自分自身をかえりみてほしかった。
  • 自分の都合や勝手な思い込み、欲望ではなく、私を優先して、私のために行動し、私のために生きてほしかった。

書き出して読んでみると、こんなにも普通なことができない人は、人の親になる資格はないだろうなとしみじみ思った。

これを、イメージの中で親にやらせてみた。これが意外にもすっとした。

特に、イメージの中で母親に「私が馬鹿で知能が足りないから、あなたのこと理解してあげられなくてごめんね」と言わせたら、なんだか本当にすっとした。本に書いてあるような「感動的な作業」とはならなかったけど、それでもなにかが変わった気がした。「こんなことで」と思ったけれど、こんなにも効果があってびっくりした。

人間のメンタルというものは、意外にも単純なものなのかもしれないと思った。