ネガティブを書き出すワークの効果

なぜ、私がこのワークをやってみようと思ったか。

別居して住み始めたシェアハウスで「落ち着いた日々」を送っていたのだけれど、そこに嫌なシェアメイトが出現した。最初は、よかったのだ。でも、あるとき突然問題が起こった。

うちは一軒に四人のシェアメイトで住んでいて、当時、二人は男性、残りの二人は私とその問題の彼女だった。男性二人は自分の部屋にバスルーム(トイレとシャワー)がついていて、私とその彼女は一階の私の部屋の目の前にあるバスルームをシェアしていた。

今思うと、彼女が越してきたときから、私は違和感を感じていた。最初に入ってきたのが、おじさんだったのだ。それは彼女のお父さんだとわかり、次にお母さんが入ってきた。二人が荷物をどんどん運び入れて、最後に彼女が入ってきた。

大人になっても親に引っ越しを手伝ってもらうということは、私にとっては違和感だったけれど、そこはまだいいだろう。親が車を持っているからなのかもしれないし、実家暮らしから引っ越して来たのかもしれない。問題は、親にほとんどの荷物を運び込ませて、最後に入ってきたこと。子供の引っ越しを、親が率先してやる状態。自分の引っ越しを、親の引っ越しのようにやらせてしまう状態。ここでちょっと違和感を感じてはいた。

引っ越してきてからすぐ、彼女は掃除を始めた。自分の部屋だけでなく、みんなが共有で使っているキッチンや、私とシェアしているバスルームも。共有の場所は毎週クリーナーが入るのだけれど、彼女はクリーナーの仕事が気に入らず、文句を言いながら掃除していた。

そのときはまだ、きれい好きな人が来てよかったくらいに思っていた。しっかりしているのだなと。

問題は、夏だった。

みんなが入っているSNSのメッセンジャーに、彼女から書き込みがあった。いわく、「ホリデーで友達(男性)が二週間来るのだけれど、彼を泊めてもいいですか」とのこと。コソコソすることはしたくないので、大家にも聞いたし、みんなに確認するよう言われたから正直に言ってほしい、とのことだった。

ああ、さすがしっかりした大人な人だなと思い、「知らない男性とバスルームをシェアするのは私は嫌だけれど、その人があなたの部屋に泊まるのはまったく問題ないです」と返信した。そしたら他の男性のバスルームを貸してもらうとか、シャワーだけどこかで浴びてくるとか、なにかするだろうと思っていた。

が、まったく違う答えが返ってきた。いわく、「バスルームを使わずにどうやって泊まるっていうの?!」と。

驚愕した。「正直に言って」と書かれていた。正直に言った。すると激怒。これはいったい????

その後もいろいろと驚愕のメッセージを送りつけてきたので、スクリーンショットを撮って大家に送り、こんな問題はごめんだと伝えた。大家は「自分が簡単にOKしたから悪かった」と彼女と話をしてくれたのだけれど、それも「大家に言いつけやがった」と取られて、彼女の怒りが増しただけだった。ちなみに、大家は「二週間」だと知らなかったらしい。彼女はそこを明言していなかったのだ。

けっきょく彼女はそれを敢行し、その友達は早朝に出かけ夜遅くにコソコソ帰ってくるという一週間半を過ごし、帰っていった。それ以降、私に対する彼女の態度はものすごいことになった。私がなにか書き込めば、必ずそれに対して反抗する回答が書き込まれた。私に会いたくないからか、ほとんど彼氏の家に寝泊まりするようになって(ホリデーで来て同じベッドで寝ていた男友達とは別に彼氏がいた)よかったものの、もうこんな子供が住む家は出ていきたいとずっと思っていた。

他の部屋を探しもしたけれど、けっきょくいいところも見つからず、そこからずっと嫌な思いをしながら住んでいた。いつ彼女が来るかもわからないので、ゆっくり料理もできない。帰宅してすぐキッチンで用事を済ませ、部屋にこもる。別に出くわしてもいいだろうとは思うのだけれど、彼女がそこにいるだけで本当に嫌だった。早く一人暮らしできるくらいの給料が、切実にほしかった。

そして、新年。今年こそはあの家を出よう。そう思って、部屋探しを再開した。

そんなころ、この「「本当のスピリチュアル」への階段」という本に出会った。MOMOYOさんの動画で彼女の摂食障害が終わるまでの話を聞いていて、最後の二年間ほどずっとこのワークをしていたという話が出てきた。ネガティブなセルフイメージを書き出して、冷蔵庫やら壁に貼っておく。二週間くらいそれを眺めながら暮らしていると、それがすーっと消えていくのだと。

シェアメイトのことはもうずっと嫌だと思っていて、もちろんその間何か月も自分で分析はできていた。周りがどうであろうと、自分の好きなときに部屋から出て、自分の好きなように暮らす。それができない自分に向き合うという課題が来ているのだと、わかっていた。

でも、できなかった。カウンセリングでも聞いてもらったけれど、それ以降その話は避けていた。向き合いたくなかったのだ。仕事で大きな変化があったり、夫のことでまたちょっと事件があったり、また自分の中で進んできていることもあったりして、その話はまったくしていなかった。でもずっと心の中には、毎日毎日それがあった。彼女の歯ブラシがなくなっている(彼氏の家に泊まりに行くときには歯ブラシを持っていく)と、「今日は帰ってこない!」とほっとして、歯ブラシが戻ってくると「やつが帰ってくる…」と重い気持ちになる。もうこんな、人の言動に振り回される毎日は終わりにしたいと思っていた。

そんなときにこの本を知り、自分でできるこのワークを知った。とにかくやってみよう、そう思った。

やってみて、本当にその翌日。事件が起こった。

私がキッチンで洗濯物を干していたとき、玄関がノックされた。出てみると、スーパーのデリバリーだった。すると上からダダダダと彼女が階段を降りてきた。あ、彼女宛のデリバリーだったのか、出なきゃよかったと思っていると、彼女が「ああ、いいよ、それ私の」とニッコリ笑ったのだ。

びっっっっっっっっっっっくりした。彼女の笑顔など、もう半年以上見ていなかった。怖かった。

衝撃で固まりつつも、とにかく洗濯物を終わらせ、部屋に戻った。あれはいったい、なんだったのか。まあでももしかしたら、ものすごく待ってたデリバリーが来てご機嫌だったのかもしれない。デリバリーが好きな人なのかもしれない。あの大量のデリバリーを受け取るときに、デリバリーのお兄さんから「荷物の詰めかたうまいね」と言われて、「これが専門だから」(彼女はアパレル系のお店で働いている)と嬉しそうに得意気に言っていたので、自分が得意になれるこういう作業が楽しみだったのだろう、と思っていた。

だがしかし、衝撃は続いた。

彼女が、連続で家に帰って来るようになった。週の半分以上は彼氏の家に泊まりに行っていたのに、急にうちに入り浸るようになった。新しいシェアメイト(女性)とも顔を合わせないようにしていたのに、キッチンで話す声が聞こえてきたりし始めた。彼氏とキッチンで料理したりするようにもなって、なんと一度もやったことがないゴミ出しをしたりもしていた。あれを見たときは、びっくりしてまた固まってしまった。

極めつけは、聞こえてきたシェアメイトとの会話。いわく、「今はここにいるけど、探し続けてはいるんだ」と。

え、引っ越すの?!?!?!?!!!

その瞬間、膜がとれたようにぱあーーーっと部屋の中が明るくなった。

わからない。もしかしたら仕事の話かもしれない。「今はStayingだけど、Keep looking」としか聞こえなかった。なにを探しているのかは、わからない。でも、今いるところから出るために、なにかを探していると。これはもしかして、冬休みの間に、彼氏にプロポーズされたとか、同居を打診されたのでは???

おめでとう!!!早く出てしあわせになって!!!!!

心からそう思った。彼女もハッピー、私もハッピー、みんなハッピー。

ずっと、そうすればいいのにと思っていた。なぜ彼と住まないのかと。なぜいつも、歯ブラシを持って泊まりに行って、なぜ持って帰ってくるのだろうと。友達にその話をすると、「家族がいる人なんじゃない?」と。だから奥さんがいないときに泊まりに行って、自分の荷物を置いておけないのではと。でも、それにしては頻繁だ。

わからない、もしかしたら今だけのことで、またご機嫌が悪くなるのかもしれない。でももう、私は家の居心地のよさを思い出した。本来の、この家の居心地のよさを。彼女が来る前は、空気も明るくて、素敵な部屋だったのだ。好きに料理をして、楽しく暮らしていたのだ。その空気を、身体で思い出した。彼女がいようがいまいが、本来こうであっていいのだ。

今だに、彼女には出くわしたくはない。彼女がキッチンにいるときは避けたいし、なるべく見たくない。でももうすぐ、彼女は出て行く。出て行くということにする。気にする必要はない。なにかが確実に変わっている。私の中の気持ちが以前よりずっと、ラクになっている。

これは、すごい。こんなに効果が、しかもこんなにすぐ出たのは、初めてだった。びっくりした。

もちろん、偶然だろう。でも、偶然でいいのだ。私の中にあったネガティブは、なくなった。それでいいのだ。

「「本当のスピリチュアル」への階段」

最近やったワークで、ものすごい効果が出たものがある。

この本のChapter 3にあった、「(ネガティブな)セルフイメージを書き出す」ワーク。

スピリチュアルの本とはなっているものの、著者のMOMOYOさんは長年に渡り摂食障害を患い心理学も勉強されていて、メンタルの仕組みもものすごく理解されているかた。彼女のYouTubeを見ていても、たくさんのヒントやアドバイスをお話されている。私がカウンセリングでやったことや、心の仕組みのお話がたくさんある。

スピリチュアル系やメンタル系の動画やブログを見ていると、「ポジティブな自分」でいることの重要性について話されているものが多い。「言霊」や「引き寄せの法則」などで言われる通り、ネガティブな言葉を発するとネガティブな現実が実現してしまうので、いつもポジティブな言葉を発し、ポジティブな自分でいましょうというようなもの。

それは、本当にそうだと思う。でも、長い人生で常にポジティブでいられることは絶対にない。どんな人であっても。

ネガティブなときでも、ポジティブな言葉を発することで、空気が変わることもあるとは思う。でも実際、それは一時的なものだ。ポジティブになるには、まず自分の中にあるネガティブを出しきることが先決。ネガティブがあるままでポジティブを演じていると、本当のポジティブになれないばかりか、自分の中に抑圧されたネガティブがいつか爆発することになる。

カウンセリングでも、やってきた。親に対する「ほとばしる怒り」をカウンセラーにぶちまけ十分聞いてもらうことで消化し、「怒りを癒やす」。そこまできて初めて、次の「自分を癒す」段階に進んでいける。親に対する怒りを抱えたままでは、本当の意味で自分に目を向けていくことはできないし、無理やり進もうとしても無駄になる。

生きづらさを抱えている人で、まだ自覚のない場合、最初にスピリチュアルや占いなどに向かう人も多いと思う。無意識の中では、自分の中にあるネガティブに気づいているのだけれど、本能的に向き合うことを避けるから、スピリチュアルや占いとしてふわっとしたものに向かう。解毒の初期段階。ずっと前に江原啓之さんがあれだけ人気になったのは、これだと私は思っている。自分とはまだ向き合えないから、先祖の話、守護霊の話、前世の話として、受け入れやすい形から入る。「ブランド嗜好」で書いた通りだ。

スピリチュアルでも心理カウンセリングでも、行き着くところは同じだと私は思っている。「人生を幸せに生きること」、どちらもこれを目指しているからだ。幸せに生きるには、自分自身と向き合う必要がある。好きな自分も、嫌いな自分も。それを可能にするツールはたくさんあって、スピリチュアルも心理カウンセリングもそうだし、ヨガや鍼灸整体(メンタルの不調は身体に出るので)、ヒプノセラピーに、その他もろもろ。宗教だって、出発点はそこだった。

どれをやっていても、ネガティブな自分と向き合っていない人はすぐわかる。「いつもポジティブ!」みたいなことを言っていても、ネガティブを抑圧しているだけであれば、幸せそうではない。自分を抑圧している人は、人を抑圧したりマウントをとろうとしたりもする。

試しに、「私は素晴らしい!」と言ってみる。心からそう思えていなければ、なにかある。それを無視して、毎日「私は素晴らしい!」を繰り返していても、前には進みづらい。なにがあるのか、掘ってみる。出てきたものを、並べて見てみる。それが、この本に書いてあるワークだ。

なので、まだ親に対する怒りが強い人は、このワークには向かない。「解毒の段階」や「毒親からの回復の段階」でも書いたけれど、解毒はざっくりと下記のような感じで進んでいくと思う。このワークが向いているのは、少なくともの段階にいる人か、4の段階に移りつつある人だ。

1.自分が生きづらいことを認識(否定していたけれどできなくなり認識する)
2.それが育ち(親)のせいであることを認識(否定していたけれどできなくなり認識する)
3.親への怒りを十分ぶちまけ出し切る
4.自分の回復に向かう

自分が3の段階にいるか4の段階にいるかは、毒エピソードに引きつけられるかどうかを見てみるといいと思う。「化粧水」や「化粧水ふたたび」みたいなエピソードを読んでみて、「そうそうこれ!!うちはね、」と文句をぶちまけたくなってきたら、3の段階だと思っていい。私も3の段階にいたときは、いろいろな人の毒親体験談を読み漁り、毎日のように怒りと涙に明け暮れていた。そしてそれをカウンセリングでぶちまける。この段階はとても重要。ここを十分やってから、4に進む。

3の親への怒りは、親だけでなく、日常的に関わる人に対して出てくる。たとえば、上司や同僚、配偶者、友人、子供など。実は出てくる怒り全般がこれに該当するので、怒りが出てきたらなんでも掘ってみるといい。なにが原因かがわかってくる。それがカウンセリング。自分ではなかなか原因に気づけないので、プロの手を借りる。慣れれば自分でもできるようにはなってくるけれど、人の視点、それもプロの視点はやはり大きな頼りになる。同時に話も聞いてもらえるので、ぶちまけさせてもらうことができ、解消が早くなる。

やりかたがわかってくれば、日常的に出てくるものを自分でも消化していく。それがこのワーク。ポジティブではなく、ネガティブに焦点を置いたワーク。これは、スピリチュアル系の本ではほとんど見ない。MOMOYOさんだからこそであると思う。

スピリチュアルが苦手だというような人は、他のChapterをすっ飛ばしてここだけ読んでもいいと思う。自分の中のネガティブなセルフイメージの見つけかたを読んでみて、それをやってみる。

4の段階にいる人に向いているものの、1〜3の段階にいる人でも(1の人がそもそもこのブログに行き着くことはなさそうではあるけれど)、やってできないこともないとは思う。ドMの人や、私のようにOCDで、神経質でとにかくきれいにしないと気が済まないという人は、特に向いているはずだ。表面をきれいにしただけでなく、きちんと根本的にきれいにしないと気が済まない人はすごく向いている。実際、私もそれでここまでやってきた。「嫌いなところも役に立つ」。だめだと思う自分でも、要は使いようなのだ。

実は、以前モニターを募集させていただいた「シータヒーリング」も、このネガティブなセルフイメージを見つけ出すワークになる。クライアントの中にどういうネガティブがあるかを見つけ、それを解消していく。OCDな私は、これを見つけるがとてもうまい。なので、このヒーリングにとても向いていた。本当は、リーディングをしてなにが根っこになっているかを見つけるのだけれど、クライアントの話の中から根っこを見つけていくことはある程度できる。本当に、要は使いようなのだ。

父親への手紙

(毒父)さんへ

 こんにちは。お元気ですか。私は現在、心理カウンセリングを受けていて、その治療の一環でこの手紙を書いています。書くだけで、送らなくてもいいものですが、もし実際に送ることにした場合、特に返事やそちらからの反応はまったく期待しているわけではないことをご承知おきください。

 なにから書き始めたらいいのかわかりませんが、とりあえずは私とあなたの関係性から考えてみることにします。

 私とあなたは、血縁上は「親子」になり、あなたが稼いだお金で人生の最初の20年ほどを賄ったことになるのでしょうが、私とあなたの間にお金以外の実際の人間関係はほぼなかったと言っていいでしょう。現在あなたは私と会うこともなく、連絡を取ることもなく、私たちは人生においてなにかを共有することもありません。つまり、赤の他人と同じです。

 私がまだ赤ちゃんのころ、あなたは私を好きなときにかわいがるだけで、おむつを替えたことなどなかったと(毒母)さんから何度か聞きました。これはあなたの私に対する気持ちを如実に示しているものだと思います。12歳のころに、突然金のネックレスをプレゼントしてくれたことがありましたが、これも私が欲しいかどうか、必要かどうかは関係なく、自分がやりたいと思ったものを、自分がやりたいと思ったときにやる人間だということを、とてもうまく表していますね。相手がどう思うかは関係なく、自分がやりたいことをやりたいときにやりたいようにやる。ちょうど、口の利けないペットを相手にしているのと同じ感覚です。

 あなたは非常に子供で、自分の娘の気持ちを理解したり考えたりすることはおろか、自分のことをおいて相手の興味のあることに合わせてやることさえもできませんでした。いつも自分が得意なことを得意になってやっていて、私のほうがあなたに合わせて「すごいね!」と喜んであげている状況でしたね。小学校の父兄参観でも、あなたがそういう場所が苦手でやる気がないことがよくわかるので、心配したものでした。あなたの得意なことがあると、ほっとしたものです。でもそういうときも自分が得意になってやってしまっていて、本当に子供でしたね。私も当時は「こういうときには父親を立てるものなのだ」と思っていましたが、今こうして自分が大人になってみると、そんなわけないことが容易にわかります。そんな親、いません。相手に合わせてやることが嫌だったから、いつも自分一人で釣りに出かけ、自分一人で、自分のやりたいときにやりたいようにやりたいことをやって生きていたのでしょう。でも、それなら一生一人で、家庭なんて持たなければよかったんです。

 私がまだ小さいころ、あなたはごくごくたまに近寄ってきては、私を抱き寄せ、かわいいと撫でてきたりしてきましたが、私はそれが非常に気持ち悪かったのをよく覚えています。自分の親が愛情を示しているのに、なぜそれが嫌だったのか。その理由を考えてみろとカウンセラーに言われたとき、それはあなたがいつも自分が近寄りたいときだけ近寄ってくるからだとわかりました。それが愛情でもなんでもないことが、幼い私にはわかっていたのです。私が大変な思いをしていたり、つらい思いをしていても、あなたにはまったく関係ありませんでしたね。「俺には関係ない」というのは、あなたの一番得意な口癖でした。関係ないというよりは、「まったくもって興味がない」というのが正しいでしょう。そのくせに、自分が好きなときだけ近寄ってくるんじゃ、ペットだってあなたを好きにはならないでしょう。ましてや、人間なら、なおさらです。

 私はもちろん血縁上はあなたの娘であることは間違いないだろうと思っていますし、ずっとそう思って生きてきましたが、なぜあなたが自分の娘のことを「俺には関係ない」と言うのかが、当時はまったく理解できませんでした。あなたは末っ子で育ち、きっといつも嫌なことややりたくないことは、自分ではなく誰かがどうにかしてきてくれたのでしょう。今ならそう考えることもできますが、当時の幼い私にはそんなこと思いつくはずもなく、しかもそんなことは小さい子供が考えるべきことでもありません。「俺には関係ない」と言って、(毒母)さんに押し付けたり、子供を突っぱねるようなら、最初から妻も子供も持たなければいいんです。

 私にとってあなたと暮らした20年あまりは、本当に空っぽな時間でした。あなたの中には私の存在がなく、私はなぜただ自分の肉体がこの世にプカプカと浮かんでいるのかもまったくわかりませんでした。 あの家は、空っぽで、全員が「家族」という演劇を演じていて、まったく実態のないものだとずっと感じていました。私は自分が存在することを誰からも示してもらえず、子供という時代に自分を優先してもらうことがなかったために、今では自分の気持ちがわからなくなり、空っぽの人生をただ死ぬまでの時間が過ぎるのを待つのみで、ずっと苦しい思いをしてきました。

 なんでそう感じるんだろうと考えたとき、私はあることを思い出しました。(毒妹)さんが2〜3歳だったので、まだ私が4〜5歳のころです。その日はなぜか(毒母)さんがおらず、本当に珍しく、あなたが私たちと一緒にいました。私たちは車で出かけて、なぜかあなたの同僚の同僚さんの家に行きました。彼女の家は新しいお家で、家族は誰もいませんでした。私はよそのお家なので少し緊張していましたが、あなたはなぜかさっさと上がり込んで、「なにしてんだ、早く上がれ」と私たちに嬉しそうに言い、自分の家のように振舞っていたのがとても不思議でした。

 私たちが上がりこんでテーブルにつくと、同僚さんが「お茶をいれましょう」と台所に立ちました。そしたらあなたは、「俺がいれるよ」と立ち、「あらいいわよ」と言う同僚さんと二人で仲良く並んでお茶をいれ始めました。家ではまったくそんなことをしたことがないあなたが、自分からお茶をいれると立ち、よそのお家のどこにお茶があるのかを知っていて、楽しそうに話が止むこともなく二人でお茶をいれている。それは、私が初めて見る光景でした。初めて、演劇ではなく、あなたに中身があって、家でほっとしたところを見せ、人のことを思いやり、楽しそうにやり取りをし、人生を生きているのを見た瞬間です。それこそが、あなたにとっての現実の世界でした。私の存在しない世界が、あなたにとっての現実の世界だったのです。

 当時の私はなにが起こっているのかまったく理解できませんでしたが、大きな恐怖に駆られました。辺りが暗く感じ、心臓がドキドキして、早くここから出て帰らなければならないと思いました。なぜかはまったくわからないのに、同僚さんが「お母さん」のような感じがして、すごく困惑しました。家に着いてすぐ、あなたが車を止めてやってくる前に、(毒母)さんに「同僚さんがお母さんみたい」と言ったのですが、(毒母)さんは「なに言ってるの、私がお母さんでしょ」と、私がどれだけ一生懸命説明しても相手にしてくれませんでした。でも、私は「どうしてもこれをわかってもらえないと困るのだ」と感じていて、たくさん説明しました。それでも、もうそのときにはあなたが車を置いてやってきて、煙に巻かれてしまいました。

 今なら、なんで私がそんなことを感じたのかはわかります。「自分の父親と仲良くしている女性=自分の母親の位置にいる人」と感じたのです。でも当時はなにが起こっているのかまったくわからず、でもなにかすごく悪いことが起こっていると感じて、とても怖かったです。「自分の父親の人生が、自分のいないところにある」と見せられた子供の気持ちがわかりますか?知らないお家で、見たことのない生き生きとした父親を見せられた子供の気持ちがわかりますか?今までこのことは単にあなたの馬鹿さ加減を表しているだけで、大して気にすることではないと思っていましたが、もちろん大人になった今では大したことではありませんが、まだ成長しきっていない子供のときにこんな経験をするということは大変なトラウマになることなのだということを、カウンセラーから教えられました。

 それを思い出すと、なぜ家を空っぽに感じていたのかがすぐにわかりました。あの家は、本当に演劇だったのです。四人で集まって、「家族」という演劇をして、本当のそれぞれの人生は別のところにある。子供ながらに、というより、子供だからこそ、それを感じていたのです。

 もう少し大きくなってからか、(毒母)さんが何度か「お父さんに言わずに突然会社を訪れる」という行動を取ったのを覚えています。車で出かけているときに、急に「お父さんとこ行ってみようか」と言い始めて、私はなんだか嫌な感じがして行きたくなかったんですが、「お父さん喜ぶよ」と言われて、じゃあ行ってみようと言ったことを覚えています。会社に着くと、あなたは見たこともない恐ろしいくらいの笑顔で出迎えてくれましたよね。なんだか怖い感じがしたのですが、でも当時は、きっと(毒母)さんが言うように、仕事中に思いがけず自分の娘に会えて嬉しいんだと思っていました。でもそのとき、同僚さんの笑顔もまったく同じでした。二人とも、白いプラスチックで作ったような200%の全開の笑顔で、ものすごく笑っているのになぜか怖かったことを覚えています。

 要するに、(毒母)さんはあなたのことを疑っていたんだと思います。でも、そこを解明することはせず、「母親」という役で演劇を続けた。演劇はずっと続いていって、きっと今でも続いている。毒妹さんもそういう家しか知らないから、きっと中身のある家庭を築くことは難しかったでしょう。実際、演劇であることを感知していた私でも、それしか知らないから難しかったし、大変な苦労を何年も何年もしました。今でもこうして心理カウンセリングに通って、大変なお金と時間を費やしています。結婚してもう7年以上、それでも子供を持とうと思えなかったのは、この結婚生活に実態がつかめなかったからです。でも今こうして心理カウンセリングを受けて、中身のある本当の人生を歩めるように治療をしています。幸いにも、私には少しの知恵があり、周りに支えてくれる人も大勢いて、いいカウンセラーにも出会えました。なにより、どれだけつらくても恥ずかしくても悲しくても自分の弱いところを見つめて治そうとする、誰にも負けない輝く勇気があります。これはあなたや(毒母)さんのどちらにも微塵も欠片もない、私の中の宝です。これがあって、やっと今、本当の人生を歩んでいく準備が少しずつできてきています。

 私は最初、(毒母)さんこそ自分のことしか考えていない人間だと思っていました。結婚しても子供がいない私を責める彼女に、「最近は子供ができにくい人が多いんだから、そんなこと私に言って、もし私が子供ができない体だったらどうするの?」と言えば、「それでも頑張るんだよ!!私だってやったんだよ!!」と言っていました。正真正銘の糞人間でした。それまでは、こんな人でも私の面倒を見た人だから、きっと正常な頭もどこかにあるはずと思ってきましたが、ここでもう「この人は自分が欲しいもののためなら実の娘も踏み台にする頭のおかしい女なんだ」と思い、それ以降は私の方から積極的に関係を持つことを辞めました。

 イギリスに来て7年、(毒母)さんから電話がきたことは一度もなく、それを言えば「国際電話のかけかたがわからない」と言っていましたが、なぜか(従妹)ちゃんがタイにいたときは、よく電話していたそうです。いつも私から電話をかけ、「お母さん」と敬い、大事にしてもらうことしか考えておらず、私のことはどうでもいい。私の様子を聞かれたことは一度もなく、いつも自分の話ばかり。まさに、あなたと同じです。それでもきっと周りには「娘が海外にいるのに連絡がなくて」と、娘のことを心配するいい親だと主張しているのでしょう。

 (毒母)さんは周りに、「Kelokoに会えなくても、一度でいいからイギリスに行ってみたい。娘が住んでいる国を、この目で見てみたい。」と、お涙頂戴話をするそうですね。でも周りが「いいじゃん、行って来なよ」と言っても、行かない。そりゃあそうです、(毒母)さんは、それを聞いた周りが私に連絡を取って「Kelokoちゃん、お母さんこう言ってるよ、イギリスに呼んであげなよ」と言い、ある日私がすべてを整えてイギリスにご招待してくれることを期待しているのですから。親御様が自ら飛行機のチケットを取って、子供にご挨拶に伺うなんてことはしないのです。

 でも、(毒母)さんは、昔は私のことをちゃんと考えてくれる母親だったんです。ひとつ覚えているのが、バレエを始めたときでした。当時の私は、紫色が大好きだったんですが、バレエの練習に必要なレオタードとシューズは、ピンクしかありませんでした。でも私は、紫色で、スカートのついたレオタードがどうしても欲しかったのです。(毒母)さんはそこで「ピンクしかないよ」と言わずに、私を遠くのバレエ用品のお店まで連れて行き、紫色のレオタードを一緒に探してくれました。壁一面にピンクしかなく、唯一あったのがスカートなしの赤いレオタードでしたが、赤は二番目に好きだったので、これにしました。(毒母)さんは、「赤しかなくてごめんね」と言っていました。私は、そんな謝ったりしなくてもいいのにと、悪いなと思っていました。

 このように、(毒母)さんは、当初は私のことをちゃんと考えていてくれたこともあったのだと思います。でもそれが、今ではあんなにどうしようもないクズになってしまっている。もしかしたら、あなたと一緒にいて、「子供の気持を考える」ということができなくなってしまったのかもしれません。自分には本当の夫がおらず、その中で自分の幸せを追い求めることにもがき一生懸命になってしまい、そのためには自分の子供さえもいいように使い、自分はなにもない空っぽのまま、今まで生きてきてしまったのかもしれません。

 あなた自身も、そうでしょう。あなたの人生は、あの家にはなかった。でも今は最終的に物理的にあの家にいる。そこで人生を過ごしたい。でも、そこはただの演劇場。(毒妹)さんの結婚や、孫の誕生というお芝居上のイベントはあったけど、自分自身の人生は今更そこにはない。空っぽな劇場です。とはいえ、私にはあなたの気持ちはわかりませんが。もしかしたら、家も手に入れて、好きな時間に好きな仕事をして、大満足しているのかもしれませんし。

 でも私はもうその演劇にはお付き合いしませんし、きっとそれであなたも満足でしょう。去年の正月にお会いした最後に、伯父さんから隠れて私を呼びつけ、「お前がその態度なら次回から歓迎できないからな」と捨て台詞を言いましたね。 2か月も前から祖母が自宅にいる日程を何度も何度も確認して、その日程に合わせてチケットを買い、何十万円もかけて何日もの有給をかけて24時間寝ずに日本に出かけ、昔のように祖母と家で過ごすことを楽しみにして行ったのに、その祖母を私たちの到着前日から施設に入れてしまったことの、どこが歓迎だったのか私にはまったく理解できませんでしたが。

 要するに、「お前が俺の書いた台本通りに演じないのなら、もう俺のステージに上ってくるな」ということなのです。私の気持ちも、私の都合も、そこには存在しないのです。私はあなたの気に入る様に演じなければ、役を降りるしかない。あなたの車を使わせてもらえることをありがたがり、あなたの高くていいカメラを褒め、海外で苦労している娘の前で「日本に住めて幸せだ」と優越感に浸るのに賛成し、24時間寝ずに疲れてお腹もおかしくなっているというのに「大丈夫か」と労りもなく休ませてももらえず、「お前のためにみんなで飯を食わずに待ってたんだよ」と言われ、(毒母)さんの用意した食事をありがたがって食べ、用意した高いワインをありがたがって飲まなければならない。私の欲しかった「祖母と家で過ごすこと」はまるで無視、そして私はそれがなくても怒ることも許されず、疲れきって「寝かせてくれ」と布団に入ってしまった夫と一緒に旅の疲れをゆっくり癒やすことも許されず、着いたところから自分を捨ててあなたの気持ちのいいように振る舞わなければならない。それができないなら、「次回から歓迎できないからな」です。ステージから降りなければならないんです。だって、これはあなたが脚本を書いて監督をやっている、あなただけの演劇なんですから。

 実際あなたは、自分の好きなように勝手に台本を変えましたね。ようやく祖母を最後の1日だけ自宅に泊まらせたあなたは、施設に戻る際に「本当は今週ずっと施設にいる予定だったんですけど、娘が海外から来てるので家に1泊させたんです」というセリフを大きな声で周りの人たちに言い回っていました。自分はいい親ですと、私と周りに必死にアピールしていましたね。とても滑稽でしたね。

 現在、私とあなたの関係がなにもないのは、私が劇場のステージから完全に降りたからです。あなたが稼いだお金で運営していた劇を降りたら、私たちは赤の他人になってしまったのです。私たちの関係は、こんなにも空っぽだったのですね。

 あなたももし本当の人生を生きてみたいのなら、信頼できるカウンセラーを見つけて心理カウンセリングを受け、あなたが作り上げたその舞台を自ら降りることをお勧めします。ただ、あなたは自分の弱いところを見つめられるような器じゃないと思いますが。あなたはきっと同僚さんとの方が話も合い楽しかったのでしょうが、彼女といるには、自分もお茶をいれたりと対等でいる必要があった。でも末っ子で育ったあなたは、そんなことを年中したくない。学のない(毒母)さんは、あなたを頭がいいと持ち上げてくれ、皿洗いでもなんでもあなたのやりたくないことを察してやってくれる。そういう女をあなたが手放せるわけがなかったのです。あなたがそういう弱い人間になってしまったのは、もしかしたら小さい頃に母親を亡くしたりしたことと関係があったりするのかもしれませんが、それはあなたが片付ける問題であって、私には関係ないですね。私の問題が、あなたに一切関係がなかったのと同様に。

 きっとあなたはこの手紙をきちんと読んで理解することはできないでしょう。それは別に私が大学を出ていて難しい文章を書き、あなたにそれが理解できないからというわけではありません。ただ単に、あなたが自分の弱いところを受け入れられない、ありんこのような小さい男だからです。(毒母)さんとよく、私に「お前は悪魔だ」と仲良く言っていましたね。自分の理解できないこと、理解したくないことを「悪魔」と片付けて安心するこの程度の低さ、本当にゴミの中のゴミクズですね。ゴミ箱の中、楽しい人生をお送りでけっこうなことだと思います。

 では、残りの人生もまたずっと舞台の上で楽しく空っぽにお過ごしください。

あなたの娘より