72 過去を受け入れ始める

ロックダウンでカウンセリング

コロナで自宅勤務になって二か月。空になったスーパーの棚を見て噴出した不安もなくなり、快適になってきた。

最初のころは、底知れぬ不安に飲み込まれそうになっていた。つい先週まで普通に買えていたものが、突如として手に入らなくなり、つい昨日まで普通だった毎日が、別世界に来たように変わってしまった。同じところに住んでいて、家も自分もなにも変わっていないのに、一度外に出ると、街はゴーストタウン、スーパーの棚はガラガラ。

仕事もあるし、給料がなくなるわけでもない。友達もいなくならないし、同僚も普通に働いている。なのに、確実になにかが変わっている。日常と、非日常の間を、メンタルが瞬間移動しつづけているような感覚。

あれから、二か月。小麦粉など、今だに手に入りにくいものはあるけれど、スーパーはほぼもとに戻った。時間を外せば、入店に並ぶこともない。もともと毎日飲みに出かけるようなタイプでもないし、友達とはロンドンまで出かける必要もなく、オンラインですぐ話ができるようになった。これを機会に、こっちの友達も日本の友達も、いろんな友達にオンラインで話しかけられて楽しい。ロックダウン前より、友人関係は充実しているような気もする。

出かけても人がお互い避けて通るので、非常に快適。いつもなら私ばかりが避けて歩いていたところ、向こうも積極的に避けてくれる。こちらの人に比べたら小柄なのもあるし、今までは「あまり人の目に入っていないのでは」と自虐的に感じることばかりだったけれど、こんな時期だからなのか、ちゃんと人が避けてくれる。本当に快適。

この間になにか取り組みたいと思い、カウンセリングを毎週にした。食料と日用品しか買わなくなってお金も余裕があるし、こんな時期だからこそメンタルの調子を整えることも大事。それに、メンタルが不安定になっているこういうときだからこそ、通常では出てこない奥にしまいこんである不安にもアクセスが可能になる。

カウンセリングでそう話したら、先生に「Kelokoさんらしいですね」と言われた。

こういう不安なとき、それを解消したくてカウンセリングを受けようと考えるのが普通の人。でも私の場合、今は不安を出し切るチャンス。我ながら、ドMの発想だ。

でも本当に、人間、なんにもないときにメンタルを探っても、なにか見つけるのはなかなか難しい。仕事でなにかあったり、人間関係でなにかあったりと、心が反応するイベントがあって、初めて取り組むことができる。だからこそ、通りすがりの他人ではなく、家族や配偶者、近い友人などの心が反応する距離にいる人達といることで、自分の中になにがあるかを見ていくことができる。

今回は、そのどれでもない。対人関係からではなく、一人でいても「不安」というものが出てくるイベント。こんなことはめったにない。今まで出てきたものとは違う、もっと別の引き出しも開けられるのでは。

先生の「Kelokoさんらしいですね」という言いかたにも、ひかれた。けして、「素晴らしい取り組みですね」ではない。「こういうときにこういう取り組みをすることが正しい」ということではないのだ。

これは単に、「」にとっての、正解。「私」が、やりたいこと。他の人には、他の取り組みがある。これが「私」の道というだけのこと、という印象を与えてくれる。さすが。こうやって、言葉の一つ一つで少しずつ、人が持っている思い込みを修正していってくれる。この積み重ねで、アンバランスな思い込みがアンインストールされていって、バランスの取れた考えが身についていく。

ロックダウンが始まったころ、カウンセリングで話しているときに何度も涙が出てきた。不安な話をしていたわけでも、つらい話をしていたわけでも、なんでもない。どちらかといえばいい話であり、素晴らしいと思う人の話だ。いつもとりとめのないことを聞いてもらっているが、自分が思ってもいないところで、涙が出てきて止まらなかった。こんなこともあるのだなと、びっくりした。

たぶんこれも、いつもとは違うこういう状況だからこそ、出てきたものでもあるのかもしれない。本当に、おもしろい。

最近ではそれも落ち着いてきて、涙が出ることもなく、ポジティブな話が続いている。それもちょっともったいない気もする。こういうときだからこそ、だばだばと涙を出しておきたい。今までやったことがないことをして、見たことがないものも見てみる。それをすることで、今までは出たことがなかった自分を出せる。知らない自分を発見して、また自分の枠が広がっていく。

ネガティブなセルフイメージを書き出すワーク

ネガティブを書き出すワークの効果」だけれど、本当に思い違いでもなんでもなかった。ワークをやってから一か月以上がたった今でも、それまで私に対して何か月もすごい態度をとってきた彼女が、家の中ですれ違えばにこっとしてくる。普通に接してくる。そのたびにびっくりして、持っているものを落としそうになる。

それからも、仕事や私生活でなにかあるたびにこのワークをやっている。なにかなくても、気持ちが落ちたりネガティブな思いに振り回されそうになったときに、やっている。何度も同じものが出てくるときもあるし、まったく新しいものが出てくることもある。カウンセリングでやったことが出てくるものだろうと思っていたけれど、これがびっくり、カウンセリングでやったことのないものもどんどん出てくる。すごい。

「本当のスピリチュアル」に出会う階段」を読んでもらうのが一番だけれど、どういうワークなのか、私がやったことを具体的に書いておく。

ネガティブを書き出すワークの効果」で書いた、私とそのシェアメイトの状況。言われのないことで悪人扱いされて、何か月もひどい扱いを受けてきた。家にいるのがつらく、友人のところに泊めてもらいに行ったり、どうにか家で過ごさずにいられるようにしていた。自分の家に、安心して滞在していることができない。これほどきついことはない。

この状況で、このワークをやってみる。

まず、①自分に向き合ったことがなく、メンタルの仕組みを知らない人の場合。そういう人たちは、相手(このシェアメイト)がきちんとしていないことを批判するだけで終わる。こいつ、信じられない。あり得ない。態度を改めるべきだ。謝るべきだ。相手がどうしてそうなっているのかはわからず、とにかく相手を批判し、「こうすべき」を押しつけようとするだけでなにも変わらない。

②多少メンタルの仕組みがわかる人の場合だと、相手がどうしてこうなっているのかがわかる。このシェアメイトの場合、「人から丁寧にお願いされたら必ずOKしなければならない」と学習させられて育ってきたのだろう。だから、たとえ自分が嫌だったとしても、自分の気持ちは無視して「もちろんいいですよ」と言わなければならない。日本人のように。だから自分も人にお願いするときに丁寧に言って、必ずOKがもらえるものと思い込んでいる。OKしないやつは悪人だから、なにをしてもいいと思いこんでいる。そういう、相手の背景がわかる。

③もう少し進んでいると、自分の気持ちが沈んでいることに踏み込んでいく。こんなにきちんとして生きているのに、人から「ちゃんとしてないやつ」と悪人扱いされるのに耐えられない。悲しい。人として尊重されず、「あいつにはなにを言ってもやってもいい」と思われているのが許せない。そういうやつの存在を感じていたくない。消えてほしい。そういう自分の気持ちを認識できる。

④さらに進んでくると、どうしてそういう気持ちが出てくるのかまでわかるようになる。親から悪者扱いされてきて、「I am the world!」や「人間としてつき合う」で書いたように、世界から隔離される恐怖をずっと抱えて生きてきたからだ。人から誤解され、それが正しいと認識されてしまうことに、大きな恐怖がある。誰になにを言っても信じてもらえない、そういう状況に死にそうになる。どういう条件下において、自分はどういう気持ちが出てくるようになっているのかがわかる。

⑤そこからさらに進んで、ではそういう過去から自分は自分のことをどう認識するようになってしまっているのか。自分のことをどういう存在だと思っているのか。それを書き出していくことが、このワークになる。

私が書き出したことは、

  • 私は、人の言いなりにしていないと、人から疎まれ批判される存在だ。
  • 私は、人のしてほしいことを汲んでその通りにしてあげないと、愛されず必要とされない存在だ。
  • 私は、人の都合に合わせなければ価値がない。
  • 私は、人の喜ぶことをし続けていないと、存在する意味のない人間だ。
  • 私は、自分の都合で生きてはならない。

これはもちろん、親からそうされてきたことによる。なので、

  • 私は、親の言いなりにしていないと、親から疎まれ批判される。
  • 私は、親のしてほしいことを汲んでその通りにしてあげないと、親から愛されず必要とされない存在だ。
  • 私は、親の都合に合わせなければ価値がない。
  • 私は、親の喜ぶことをし続けていないと、存在する意味のない子供だ。
  • 私は、自分の都合で生きてはならない。

というところが根っこになる。シェアメイトに八つ当たりされる状況下で、なぜ自分がこんなにもつらいのか。その根っこは、過去の経験から身につけてしまっていた、ネガティブな自己認識に起因している。

というのも、これがなければ、人が自分のことをどう思っていようがなんとも思わないのだ。シェアメイトがどんな態度をとってこようが、私をどう扱おうが、なんとも思わない。大家ならまだしも、職場の上司でもなんでもない、自分に対してなんのパワーもないただのシェアメイトが自分のことをどう思っていようと、なんでもない。私に危害を加えてくるわけでもなく、どちらかといえば私のことを避けて、向こうのほうこそびくびくしている。そのせいで、強がりで私をメッセージ上で叩いてくる。弱いからこそ、叩こうとしてくるのだ。

もちろんこれだけでなく、書き出してみれば次々に多くのネガティブなセルフイメージが出てくる。それをばーっと書いていく。一番いいのは、「私は(   )だから、親から愛されない」というテンプレート。これで頭に思い浮かぶものを次々書き出していく。

なので、最初の「「本当のスピリチュアル」に出会う階段」でも書いたけれど、親への怒りの吐き出しがまだ終わっていない人は、このワークは向いていない。①のように、親を批判するだけになってしまう。でもこの段階はとても重要なので、親への怒りを書き出しまくるワークをやるといい。カウンセラー相手にぶちまけるのが一番ではあるけれど(共感もしてもらえるから回復が早い)、人に話すことができない人は書き出すことでもそれができる。

⑤より手前の段階ではあっても、そのときに思い浮かぶネガティブなセルフイメージでも、ネガティブな思いでも書き出してみていいと思う。⑤の段階で出てくるような根っこのものでなく、もっと表面の部分のものであっても、その段階での効果は確実にある。

⑤の段階であっても、書いているうちにもっと深いものが出てくるようにのなってくる。同じ状況下に陥っても、違うものが出てきたりする。今までに出てきたことがないものが出てくると、テンションが上がる。こんなものがあったのか!!という発見が、だんだん楽しくなってくる。もちろん、違う状況下で同じものが出てくることもある。本当に、おもしろい。

書き出すと、その気持ちが自然になくなっていく。これはどういう仕組なのかわからないけれど、「感情」という目に見えない存在感のない物体を書き出すことによって視覚化し、物質化することによって、その存在が明確に認識できるようになる、という感じ。認識できるようになると、感情は消えていく。

これは、「怒りを癒す」で書いたことと同じ。感情は、認識され、共感されることで癒やされていく。怒りをカウンセラーに聞いてもらい、その気持ちの存在を認めてもらって、共感してもらうと、消えていく。それと同じで、自分の中にこういうものがあるのだと認識することで、それが消えていく。その仕組みを使ったのが、このワークなのだ。

ただもちろん、そのときは消えても、また別の状況下で同じものが出てくることもある。出てくるたびに、書き出していく。あー、ここでも出てきたかと。でも、モヤモヤが出てきたときになにかできることがあるのは全然違う。そればかりをずーっと考えて、ときには寝れずに苦しむようなことがなくて済む。なにか失敗して「うわー!!」となったとき、何年も前の失敗を突然思い出して「うわー…」となったとき、書き出せばそこで消えていく。ノート一冊とペンがあればいい。なければ、携帯に書き出しておいてもいいと思う。

本には、カウンセリングを受けたことがないような人でも書き出しができるように、詳しいやりかたが載っている。例もたくさんあるので、取り組みやすいと思う。悩みがあったときにどう書き出していったらいいかや、親子関係、夫婦関係、職場や友人関係、こんな状況ではだいたいこういう原因があるなど、状況に合わせた見本もある。慣れてくればどんどん自分でもできるし、たまにカウンセラーなど第三者に見てもらっても、また新しい発見ができる。

セルフワークが好きな人は、「アダルト・チルドレン癒しのワークブック」もおすすめ。こちらは解毒を始めたばかりの人から、新しい人生を踏み出そうとする段階の人まで、幅広く使える。

ネガティブを書き出すワークの効果

なぜ、私がこのワークをやってみようと思ったか。

別居して住み始めたシェアハウスで「落ち着いた日々」を送っていたのだけれど、そこに嫌なシェアメイトが出現した。最初は、よかったのだ。でも、あるとき突然問題が起こった。

うちは一軒に四人のシェアメイトで住んでいて、当時、二人は男性、残りの二人は私とその問題の彼女だった。男性二人は自分の部屋にバスルーム(トイレとシャワー)がついていて、私とその彼女は一階の私の部屋の目の前にあるバスルームをシェアしていた。

今思うと、彼女が越してきたときから、私は違和感を感じていた。最初に入ってきたのが、おじさんだったのだ。それは彼女のお父さんだとわかり、次にお母さんが入ってきた。二人が荷物をどんどん運び入れて、最後に彼女が入ってきた。

大人になっても親に引っ越しを手伝ってもらうということは、私にとっては違和感だったけれど、そこはまだいいだろう。親が車を持っているからなのかもしれないし、実家暮らしから引っ越して来たのかもしれない。問題は、親にほとんどの荷物を運び込ませて、最後に入ってきたこと。子供の引っ越しを、親が率先してやる状態。自分の引っ越しを、親の引っ越しのようにやらせてしまう状態。ここでちょっと違和感を感じてはいた。

引っ越してきてからすぐ、彼女は掃除を始めた。自分の部屋だけでなく、みんなが共有で使っているキッチンや、私とシェアしているバスルームも。共有の場所は毎週クリーナーが入るのだけれど、彼女はクリーナーの仕事が気に入らず、文句を言いながら掃除していた。

そのときはまだ、きれい好きな人が来てよかったくらいに思っていた。しっかりしているのだなと。

問題は、夏だった。

みんなが入っているSNSのメッセンジャーに、彼女から書き込みがあった。いわく、「ホリデーで友達(男性)が二週間来るのだけれど、彼を泊めてもいいですか」とのこと。コソコソすることはしたくないので、大家にも聞いたし、みんなに確認するよう言われたから正直に言ってほしい、とのことだった。

ああ、さすがしっかりした大人な人だなと思い、「知らない男性とバスルームをシェアするのは私は嫌だけれど、その人があなたの部屋に泊まるのはまったく問題ないです」と返信した。そしたら他の男性のバスルームを貸してもらうとか、シャワーだけどこかで浴びてくるとか、なにかするだろうと思っていた。

が、まったく違う答えが返ってきた。いわく、「バスルームを使わずにどうやって泊まるっていうの?!」と。

驚愕した。「正直に言って」と書かれていた。正直に言った。すると激怒。これはいったい????

その後もいろいろと驚愕のメッセージを送りつけてきたので、スクリーンショットを撮って大家に送り、こんな問題はごめんだと伝えた。大家は「自分が簡単にOKしたから悪かった」と彼女と話をしてくれたのだけれど、それも「大家に言いつけやがった」と取られて、彼女の怒りが増しただけだった。ちなみに、大家は「二週間」だと知らなかったらしい。彼女はそこを明言していなかったのだ。

けっきょく彼女はそれを敢行し、その友達は早朝に出かけ夜遅くにコソコソ帰ってくるという一週間半を過ごし、帰っていった。それ以降、私に対する彼女の態度はものすごいことになった。私がなにか書き込めば、必ずそれに対して反抗する回答が書き込まれた。私に会いたくないからか、ほとんど彼氏の家に寝泊まりするようになって(ホリデーで来て同じベッドで寝ていた男友達とは別に彼氏がいた)よかったものの、もうこんな子供が住む家は出ていきたいとずっと思っていた。

他の部屋を探しもしたけれど、けっきょくいいところも見つからず、そこからずっと嫌な思いをしながら住んでいた。いつ彼女が来るかもわからないので、ゆっくり料理もできない。帰宅してすぐキッチンで用事を済ませ、部屋にこもる。別に出くわしてもいいだろうとは思うのだけれど、彼女がそこにいるだけで本当に嫌だった。早く一人暮らしできるくらいの給料が、切実にほしかった。

そして、新年。今年こそはあの家を出よう。そう思って、部屋探しを再開した。

そんなころ、この「「本当のスピリチュアル」への階段」という本に出会った。MOMOYOさんの動画で彼女の摂食障害が終わるまでの話を聞いていて、最後の二年間ほどずっとこのワークをしていたという話が出てきた。ネガティブなセルフイメージを書き出して、冷蔵庫やら壁に貼っておく。二週間くらいそれを眺めながら暮らしていると、それがすーっと消えていくのだと。

シェアメイトのことはもうずっと嫌だと思っていて、もちろんその間何か月も自分で分析はできていた。周りがどうであろうと、自分の好きなときに部屋から出て、自分の好きなように暮らす。それができない自分に向き合うという課題が来ているのだと、わかっていた。

でも、できなかった。カウンセリングでも聞いてもらったけれど、それ以降その話は避けていた。向き合いたくなかったのだ。仕事で大きな変化があったり、夫のことでまたちょっと事件があったり、また自分の中で進んできていることもあったりして、その話はまったくしていなかった。でもずっと心の中には、毎日毎日それがあった。彼女の歯ブラシがなくなっている(彼氏の家に泊まりに行くときには歯ブラシを持っていく)と、「今日は帰ってこない!」とほっとして、歯ブラシが戻ってくると「やつが帰ってくる…」と重い気持ちになる。もうこんな、人の言動に振り回される毎日は終わりにしたいと思っていた。

そんなときにこの本を知り、自分でできるこのワークを知った。とにかくやってみよう、そう思った。

やってみて、本当にその翌日。事件が起こった。

私がキッチンで洗濯物を干していたとき、玄関がノックされた。出てみると、スーパーのデリバリーだった。すると上からダダダダと彼女が階段を降りてきた。あ、彼女宛のデリバリーだったのか、出なきゃよかったと思っていると、彼女が「ああ、いいよ、それ私の」とニッコリ笑ったのだ。

びっっっっっっっっっっっくりした。彼女の笑顔など、もう半年以上見ていなかった。怖かった。

衝撃で固まりつつも、とにかく洗濯物を終わらせ、部屋に戻った。あれはいったい、なんだったのか。まあでももしかしたら、ものすごく待ってたデリバリーが来てご機嫌だったのかもしれない。デリバリーが好きな人なのかもしれない。あの大量のデリバリーを受け取るときに、デリバリーのお兄さんから「荷物の詰めかたうまいね」と言われて、「これが専門だから」(彼女はアパレル系のお店で働いている)と嬉しそうに得意気に言っていたので、自分が得意になれるこういう作業が楽しみだったのだろう、と思っていた。

だがしかし、衝撃は続いた。

彼女が、連続で家に帰って来るようになった。週の半分以上は彼氏の家に泊まりに行っていたのに、急にうちに入り浸るようになった。新しいシェアメイト(女性)とも顔を合わせないようにしていたのに、キッチンで話す声が聞こえてきたりし始めた。彼氏とキッチンで料理したりするようにもなって、なんと一度もやったことがないゴミ出しをしたりもしていた。あれを見たときは、びっくりしてまた固まってしまった。

極めつけは、聞こえてきたシェアメイトとの会話。いわく、「今はここにいるけど、探し続けてはいるんだ」と。

え、引っ越すの?!?!?!?!!!

その瞬間、膜がとれたようにぱあーーーっと部屋の中が明るくなった。

わからない。もしかしたら仕事の話かもしれない。「今はStayingだけど、Keep looking」としか聞こえなかった。なにを探しているのかは、わからない。でも、今いるところから出るために、なにかを探していると。これはもしかして、冬休みの間に、彼氏にプロポーズされたとか、同居を打診されたのでは???

おめでとう!!!早く出てしあわせになって!!!!!

心からそう思った。彼女もハッピー、私もハッピー、みんなハッピー。

ずっと、そうすればいいのにと思っていた。なぜ彼と住まないのかと。なぜいつも、歯ブラシを持って泊まりに行って、なぜ持って帰ってくるのだろうと。友達にその話をすると、「家族がいる人なんじゃない?」と。だから奥さんがいないときに泊まりに行って、自分の荷物を置いておけないのではと。でも、それにしては頻繁だ。

わからない、もしかしたら今だけのことで、またご機嫌が悪くなるのかもしれない。でももう、私は家の居心地のよさを思い出した。本来の、この家の居心地のよさを。彼女が来る前は、空気も明るくて、素敵な部屋だったのだ。好きに料理をして、楽しく暮らしていたのだ。その空気を、身体で思い出した。彼女がいようがいまいが、本来こうであっていいのだ。

今だに、彼女には出くわしたくはない。彼女がキッチンにいるときは避けたいし、なるべく見たくない。でももうすぐ、彼女は出て行く。出て行くということにする。気にする必要はない。なにかが確実に変わっている。私の中の気持ちが以前よりずっと、ラクになっている。

これは、すごい。こんなに効果が、しかもこんなにすぐ出たのは、初めてだった。びっくりした。

もちろん、偶然だろう。でも、偶然でいいのだ。私の中にあったネガティブは、なくなった。それでいいのだ。