71 自分の人生を歩み始める

想定外(の素晴らしいこと)を想定する

人を尊重し受容する」で書いた通り、今の仕事ではどれだけ失敗したと思っても受容され、びっくりする毎日を過ごしている。

そしてこのびっくりが、とうとう私生活にも及んできた。

夫のお下がりで使っていたデスクトップのでっかいiMacがあって、引っ越しのときにこれを売って、ノートパソコンを買うという話になっていた。うちでは夫用と私用とだいたい二台パソコン類があって、古くなるとそれを夫がネットで売って、新しいのを買ってきた。それで今回も、引っ越したらハウスシェアで手狭になるし、私のノートを買うという話になっていた。

ところが、なんとなく夫の言うことが変わりだした。最初は普通に「これを売って新しいのを買う」という話だったのに、だんだんと「売れたらお金はKelokoにあげるね」「今自分は困っていないから」などと言うようになってきた。それでもまあ「売って買う」という話だったので、とにかく売るのはいつでも売れるから、私の引越し先も決まったし、先に新しいのを買ってしまおうということになり、どれがいいか検索していた。

「いくらぐらいで売れるかな」という話を再度していたとき。最初は「600ポンドくらいで売れる」と言っていたのが、「150ポンド」と言い始めた。え??どうして???と聞くと、「(二人で住んでいた)部屋の退出時の清掃で200ポンドかかって、残りの300ポンドを二人で割るから、150ポンドだよ」と。流しで作業をしながらこちらに背を向けて、さらっと言った。

え?????このiMacを売って、私のノートを買うんだよね???なんでそこから清掃料を????

サアーーーっと血が引いていった。全身が震えて、心臓がバクバクし始めた。

「清掃ってなに?私が使ってたこれを売って、私のノートを買うって話だったよね?」と言うと、「いつからそのiMacはお前のものになったんだ!!二人のものだろ!!だから売れた金額は二人のものだ!!!!!」と。

すごい顔だった。言葉がなにも出てこなかった。この人は、いったい人間だろうか。

かろうじて、「気が変わったなら、変わったって言っていいんだよ」と言えた。たぶん、目の前のお金が惜しくなったのだ。普通の人なら、それでも「いつもこうして新しいのを買ってきたし、今回はKelokoの番だから」ということがわかるだろう。百歩譲って、やっぱりお金がほしくなったとしても、普通の人なら「こういう話をしてはいたけれど、半分づつにしない?」と言える。

「そうだよ、気が変わったんだ!!!」
「いや、そんなことない、俺は最初から半分と言っていたじゃないか!!!」

夫の言うことは、ぐちゃぐちゃだった。こちらを見ないようにして「150ポンド」と言ったことからも、自分がどこかおかしいことを言っているということは心の底ではわかっている。でもそれを認識して言葉にすることができない。だから怒る。「ほらそうやってすぐ怒る」と言うと、一瞬ぐっとひるんだものの、「お前が理不尽なことを言うからいけないんだ!!!」とやはり怒りをぶつけてきた。

「じゃああなたが今使ってるノートも、売ったら私が半分もらえるの?」と聞くと、「もちろんそうだ、でもこれは売るつもりはない!!!」。

手のつけようは、なかった。やはり、離れることにして正解だった。

最後の最後までこれ。。。本当に悲しくなった。どうしたら穏便にここを切り抜けられるのだろう。あとここだけでいい、穏便にここを去って、自分の人生を始めたいのだ。このどこまでも私を追いかけて絡め取ろうとしてくる、どす黒い蜘蛛の糸から逃れるには。

なにも言い返さず、心を落ち着けて、ゆっくり考えた。すると、とっさにが浮かんだ。そうだ、これしかない。

「じゃあ、売らない
「売らないで、これを使い続ける」

普通の顔が、できていたかどうか。とにかく、全身全霊で平静を装って、そう言った。

すると夫は、「そ、そうか」と。「そうだよ、最初からそれがいいと思ってたんだ」「まだまだ全然使えるんだから」。

先に新しいのを買っていなくてよかった。。!!!!!心の底から、そう思った。これで新しいのを買ってしまっていたら。そう思うと、状況のぎりぎりさに心身が震えてきた。買わなきゃ買わなきゃと思っていたけれど、あれだけうじうじして悩んでいて、本当によかった。データをハードディスクに移したりいろいろやらなければと思っていたけれど、さっさとやっていなくて、本当に、本当に、本当によかった。

夫は、iMacを丁寧に梱包してくれた。買ったときのケースにしまってくれて、タクシーを呼んでくれた。怖かった。

狭い部屋に、どどーんとでっかいiMacがやってきた。果たして、これが売れるのか。不安でいっぱいになった。

とにかくもう、自分で売るしかない。きれいに磨いて写真を撮り、ネットの掲示板に出した。夫も何度も使ったことがあった掲示板だったけれど、たぶんあやしい人もいるだろう。詐欺に引っかかったりしないか、そんな人を見極めて、私がこれを売ったりできるのか。本当に、不安で不安でいっぱいだった。でも、やらなければならなかった。この狭い部屋で、置くところもなく、これを使い続けるわけには到底いかなかった。

ロンドンに行ったとき、ノートパソコンを買った。いつも夫に選んでもらったり、夫のお下がりを使っていたので、こんなに高価な買い物をしかも家のお金でなく自分のお金でするのは初めてだった。本当に緊張した。でも、新しいパソコンにわくわくした。これでまた記事を書いたりできる!!買ったあとにお茶した友人から、彼女のサイトの説明文を書いてほしいと頼まれたりもして、どんどんやる気が出てきた。

掲示板では、何人かから連絡があった。連絡があるたびに、「この人は大丈夫だろうか」「受け渡しのとき、女一人だとわかるやいなや、暴力振るわれて逃げられたりしないだろうか」と、そんな考えばかりが頭に浮かんで、不安で不安でしかたがなかった。ハウスメイトの男性に、受け取りのときに在宅してくれと頼もうかとも思ったりした。

問い合わせをしてきた人の中で一人、「買いたい」という人がついに出てきた。「ディスカウントはあるか」と聞かれたので、「複数の人から問い合わせをもらっているから金額は変えないつもり」と答えると、「じゃあそれでいいからください」と。

なぜか毎回名前が違う人で(同じGから始まる名前だったのだけれど、二つの名前をほぼ交互に使っていた)、アルファベットの大文字やピリオドをきちんと使わない人だったので、ちょっと心配だった。でも文章の内容は普通でしっかりしていたので、この人に売ることにした。

英語がネイティブでないので、会社の同僚にこの人とのやり取りをみてもらった。おかしい人じゃないか、大丈夫そうか。反応が普通だったので、大丈夫なのかもしれないと思った。当時の上司は、趣味でしょっちゅう掲示板やネットで車を売ったり買ったりしている驚きの人だったので、初めて掲示板でパソコンを売るのだけれど大丈夫だろうか、銀行振込と言われたけれど大丈夫だろうか、と相談してみた。

「ほとんどの人は普通の人だから大丈夫」と彼女は教えてくれた。ただ、それだけたくさんやり取りしてる中で一度だけ、変な人に当たったことがあると。現金で支払うと言っていた人が、明らかにコピーで作った偽札を渡してきたことがあって、これはおかしいと言うと、笑ってそのまま帰っていったと。

現金やPaypalもあるけれど、一番いいのは銀行振込だから、それでよかったよと言われた。ただ、相手が携帯で振り込みをしたあと、きちんと自分の口座に振り込まれたことを自分の携帯から確認できるまでは、その場から離れさせるなと言われた。たまに30分とか2時間とかかかるときもあるけれど、それが終わるまでは絶対に帰すなと。そんな、初対面の男性と家に二人きりで2時間もと思うと、ますます怖くなってしまった。

とうとう明日受け取り、という夜。

不安で不安でぐちゃぐちゃだったのだけれど、もうどうしようもない。とにかく明日会ってみてからだ。

なんとなく。ベッドの脇に置いてあった、箱に梱包されたパソコンをなでて、「きっといい人が迎えに来てくれるよ」「大丈夫」「いい人にもらわれて行きなね」と。まるでペットにするかのように、言い聞かせてみた。なにをやっているのだろうなと思いながらも、気持ちをパソコンに託してみた。

そして、引き渡しの当日。

どんな人が来るかとバクバクしながら待っていると、ドンドンドンドン!!!!とドアが叩かれた。びくうっ!!と飛び上がり、ひと呼吸のあと、普通の笑顔を作り、意を決してドアを開けた。

すると、そこには。ファーマーみたいなガテン系の、つなぎのおじさんが立っていた。

警察署が近くて、家の前はしょっちゅう駐禁を取られるので、あっちに車を止めたほうがいいと誘導した。「お、ここが空いてる!ちょうどよかったな!!」とガハガハ明るく笑って車を止め、ドカドカと家に入ってきた。

箱から出して、電源を入れてきちんと起動するか確認し、じゃあ支払いをとなったとき。

パソコンある?」と。

は??????

この人、初対面の私のパソコンで、自分の銀行口座にログインするの?!?!?!?!

びっくりして、声が出なかった。「あ、あります。。。」とやっと言い、買ったばかりのノートパソコンを部屋から持ってきた。

「小さくてよく見えない」と言うので、私がChromeを立ち上げ、おじさんの銀行サイトを開き、ログイン画面に。ログインIDを書いた紙を渡されたので、私がご入力。パスワードジェネレーターでおじさんが出したパスワードを、私がまたご入力。え、ほんと???本当に??????

さすがに金額はと思ったので、そこはおじさんに入力してもらい、私が自分の口座情報を入れて、私がご送金。

着金するまでじゃあタバコ吸っていい?と聞かれて、庭に通した。

私も同行し、自分の携帯ですぐ着金の確認ができた。何度も画面を確認して、ほっとした。

おじさんが一本吸い終わるまで、世間話をした。

業者の人なのかと思って、「パソコンはお店に出すんですか」と聞くと、いやいや自分用だよと。建設会社で働いてたんだけど、足を悪くしてバスの運転手になり、今はそれも退職してゆっくり暮らしているのだと。パソコンもやるのだけれど、画面が小さいとよく見えないから、こういう大きなiMacを使っていて、それが古くなってきたから新しいのがほしかったんだと教えてくれた。

こんなでっかいiMacを使うなんて、アート系の仕事をしている人とか、実際に問い合わせがあった中でも学校の先生がいたりしたので(イギリスの学校ではもう黒板とかでなくプレゼンなどで授業が行われるので)、まさかただ単に「大きい画面」を求めてiMacを買う人がいるとは思いもしなかった。たしかに、そういう需要はある。特に、これからの高齢化社会では。

このiMacをどう使っていたのかを聞かれたので、最初は夫が仕事で一年くらい使っていたけれど、そのあとは私が家でブログを書いたり、画像や動画を編集するのに使っていたと答えると、「一番いい用途だ」と嬉しそうに言った。会社などのヘビーな用途でなく、家で使っていたというのは一番摩耗(?)が少ないと。いい買い物だ、ありがとうとにこにこして言ってくれ、私も嬉しくなった。

本当に、いい人がもらいに来てくれた!!!!びっくりした。

じゃあありがとね!とおじさんが出て行ったあと。パソコンを見て仰天、おじさんはログアウトもせず帰っていっていた。ログインされたまま、おじさんの残高がまるまる見えている画面を前に、もう衝撃も衝撃すぎて呆然とした。

だってこれ、今私が自分の口座にお金をそっくり送金できる。私が悪い人だったら。

でも、おじさんはそんなこと考えてもいないのだ。私がどんな人間か。用途に嘘をつくことだってできたし、電源は入るけれど全然動かないパソコンを売りつけようとしているかもしれない。でもおじさんは、そんなこと心配もしていない。あんなに安心してやってきて、私を見て、大丈夫だと思い、ほしいものを手にして、帰っていった。私が女だというのもあるだろうし、大人しそうなアジア人で、無茶をしなさそうということはあるけれど。

あんなに心配していたのに、こんなに安心感たっぷりの、めちゃくちゃ安全な買い手がやってきて。

本当に、衝撃の衝撃だった。身体から一気に力が抜けた。おじさんの口座からログアウトをして、笑いがこみ上げてきた。

今までずっと、あの親のもとでいつも、どんな悪いことがあるかと最悪の想定をいくつもいくつも常に頭の中に並べて、生きてきた。夫といたときだって、そうだった。いつ話をすればいいか、どう言ったらきちんと理解してもらえるか、こうきたらこう返そう、どうくるだろうと。突然「150ポンドだよ」などと言われるのではないかと、びくびくしながら。

でも私はもう、そこを出たのだ。コミュニケーションにそんな不必要な労力を要し、わけのわからない結果を突きつけてくるような人はそうそういないということがわかったのだ。そして、会社でもこうして私生活でも、考えもしなかった最高の結果がいくつもいくつも現れる。

そうか、結果というのは、想像もしない悪いものばかりではないのだと。

自分では想像もしなかったいいことも、まったく同じ確率で起こりうるのだと。

やっと、バランスのいいものの見かたができるようになってきた。悪い結果は50%、あとの50%はいい結果。どちらも半々の可能性。そう、半々なのだ。なのに今まで、悪いことばかりが必ず起こるような気持ちを抱えて、不安ばかりでずっとずっと生きてきた。

前夜、パソコンに話しかけたのがすごくよかったように思った。自分で自分に「大丈夫だよ」と言い聞かせても、本当に「大丈夫」という気持ちで言うことも難しいし、なかなか安心することはできない。でも「パソコン」という自分の外にある対象に声をかける形式にすることで、なんとなく素直な気持ちで「大丈夫」と言うこともできたし、それをすんなり聞くこともできた。これはいいテクニックだ、そう思った。

これからはこうして、半々を想定して生きていこうと、というかそう生きていくのだと、そう思った。想定外のいいこともあるから、気にせずいこう。本当にもう最悪で死ぬようなことというのは、なかなか起きるものでもない。そればかりを想定して不安に生きるのではなく、「もしかしたら想像もしないようなめちゃくちゃいいことが起こるかもしれない!!」とポジティブに。

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自分自身で生きるということ

新しい仕事が始まって半年以上。変化についていけなくなりそうなほど、なにもかもが違う環境にいる。

メンタル的には本当に何度も何度も波があって、正直なところ今でも落ちることはある。でも以前住んでいた駅を通ったり、夫を思い起こさせるものをなにか見るたびに、夫のことを思い出して凹むというようなことはもうなくなった。

それもこれも、今の仕事に出会えたことで本当に救われたからだと思う。こんなことがあるなんて思いもしなかった。

それまでの私は、「手に職」にものすごいあこがれがあった。会社などに頼らず、自分の能力で稼いでいける人たち。かたや、大学を出て企業に就職した「普通」の自分。だから「デザイナー」である夫がかっこよく見えていた。独立して食べていけるような職業。たぶんそんなところに強烈にひかれていた。自分もそうなりたいと思うようになっていた。

日本語教師の勉強をして、自宅で教えるようになった。でも「次のつまづき」で書いたように、二年でやめてしまった。毎日会社に行けばお金がもらえる会社員。そのよさがだんだんとわかってきた。

それでも通いやすい会社はなかった。日本より日本的な環境で動いている「日本の会社」。解毒しようと思っているのに、それを思いっきりはばんでくる。こんなところでは生きていけないと思っていた。やっぱり自分で仕事をし、生きていくべきなのか。そうすることでしか自由になれないのか。

夫はいつも言っていた。「自分が自分のボスになる環境で仕事をしたい」と。独立して、自分で自由に仕事をしたいのだと。

それがいいのだろうと私も思うようになっていた。儲かれば儲かっただけ自分のお金になる。でも好きなことをやっても、それで食べていこうと思うことはなかった。短期の学校に行ったりと、気になることを片っ端らから試して、ものを作ってマーケットに出店することもやってみた。売れれば嬉しかった。自分の作ったものを喜んでくれる人がいる。それでも、それを毎日毎日やっていこうとは思えなかった。

あのとき気づけばよかったのだ。マーケットに行く朝、いや前日からもう気が重い。なぜかはわからない。好きなことをやっているはずなのに、気が重くて重くてしかたがない。朝、家を出るときなど、もう嫌で嫌でしかたがない。あれはいったいなんだったのか。

今ならわかる。私の潜在意識が「こんなことはしたくない」と叫んでいたのだ。

自分でもよくわかっていなかったけれど、私が自分の好きなことを見つけ、それを仕事にしようとして進めていくと、夫はとてもうれしそうだった。すごく応援してくれた。Kelokoはこんなことができる、こんなこともできると。私がなにか興味を持ってそれをやってみると、「すごい才能だ!」「絶対売れるよ!」と言っていた。

そして言われるまま、マーケットに出したり、オンラインで売ってみたりした。夫からは「みんなが買うようなものをリサーチするといい」「こんなものが売れるんじゃない?」といろいろ言われていた。たしかにそうだと思っていた。

でも、私はそんなものを作りたいのではなかった。私は自分が作りたいものを作りたかったのだ。

だんだんとそれがわかってきて、これは趣味でやっていくべきものだなと思うようになっていた。そうすれば売れるかどうか関係なく、好きなものを好きに作っていればいい。仕事をして給料があれば、これは趣味として自由にできる。お金もかけられる。

そうして、就職活動を再開した。最初は、趣味をやりながらできるパートの仕事を探していたけれど、そのうちフルタイムでも探すようになった。ロンドンへの通勤がいらない、近所の英系の企業で。経理の経験があったので、そういう方面にたくさん応募した。

それでもまったく見つからなかった。地元の企業では、外国人であることが本当にネックだった。何年も経験があったり資格があったら違っただろう。どちらもない私、さらに日系でしか働いてこなかったおかげで、英語にまったく自信のなかった私。人材会社に登録に行くところでもう、こちらの人のようにすらすらとコミュニケーションが取れないことで自信喪失、挙動不審を繰り広げ、落ち込んで帰ってくるばかりだった。

もうあきらめかけていたころ。今の会社のリクルート部から直接コンタクトがあった。

地元で、日本の会社でもなくて、日本人を探していると。そんな会社が本当にあるのか。

でも、本当に、本当だった。日本の部門がものすごく伸びていて、日本語がわかる人をこちらのオフィスにも置きたいのだと。こちらの企業で、オフィスには日本人が一人もいない。お金関係の部門なので、経理の知識か経験がある人が望ましい。日本の企業で働いたことがある人なら、もっと望ましい。まさに私にぴったりの仕事だったのだ。

それでも、迷った。経理の経験を活かしていけば、これで食べていけるようになる、どこでも仕事ができるようになると、当時は思っていたからだ。せっかく少し経理をやったのだから、ここでまた別の道に行ってしまっては、また中途半端な経歴になってしまうと考えていた。

でも正直なところ、もう勉強などしたくなかった。特に会計関連など、まったくもって興味がわかなかった。数字の扱いなら得意だったし、興味はそこそこあった。でも会計経理を勉強したいなどとはこれっぽっちも思わなかった。

大きな会社だったから、三次面接くらいまであるだろうと思っていた。それが一次面接と、10分の面談だけで、ものの二週間で受かってしまった。面接合格ですと言われ、次の採用スケジュールを聞いたとき、「これで終わりですよ」と言われて本当にびっくりした。そんなんでいいのだろうかと思ってしまった。

とにかく仕事に就いて家を出たいと思っていたのもあり、これも縁だと思い、就職した。

入ってみてわかった。本当に、私のための仕事だった。

面接で「会計経理の資格を目指すのか」と聞かれたとき、きっとここで「目指して勉強しています」と答えたほうがやる気を見せられていいのだろうと思っていた。でもやっぱり「はい」と言えなかった。「実際の仕事をしながら経験を身につけていきたい」と、いつも通りに曖昧な答えかたをした。今まで受けた経理系の仕事は、これでどんどん落とされていた。

でもこの会社のこの仕事では、せっかく雇ってトレーニングをしても、そうやって勉強して資格をとったあとに経理に異動してしまったり転職してしまう人がいて、みんなから残念がられていた。実際に、私と同時期に入った資格を持っている人も、試用期間で辞めていった。資格を持つような人がやるような仕事ではないのだ。だから、資格を目指さない私のような人のほうが向いていたのだ。

そしてなにより、私は日本でもイギリスでも企業に務めたことがあり、渡英してからは日本とヨーロッパの間を取り持つ仕事をずっとしてきている。どちらでも生活経験があり、ビジネス環境の特性も理解していて、どういうところでつまづくやすいかもわかっている。今までずっと、なんとなくそのときそのときで見つかった仕事をしてきただけだったけれど、そのすべての経験が一本の線でつながった瞬間だった。

今までのことはすべて、私がしてきた経験はすべて、どれももれなく意味のあったことだったのだ。

それがわかったとき、身震いがした。勉強して新しいことを身につける必要もない。自分の新しい才能を探す必要もない。

このままの自分で、というより、このままの自分が、この仕事にはいいのだ。

そんなものが、しかも会社員で、見つかることなどないと思っていた。みんな会社員から始まって、最初は楽しいけれどだんだんつまらなくなってきて、自分のやりたいことを見つけ、手に職を見つけ、それで独立していく。そんな考えにはまり込んでいた自分に気づいた。

そんなもの、まったくの思い込みだったのだ。みんながみんな、手に職をつける必要はない。「会社員」という形態の中にだって、やりたいことや自分を思いっきり広げられる人もいるはずだ。

と同時に、きっとみんな誰しも、こういうスポッとはまるポジションがあるのだろうと思った。

誰もが、そのときのそのままの自分で、スポッとはまるところがある。

私も、今の自分で今のところはこの仕事がスポッとはまるけれど、これからまた経験を身につけていったら、違うところにこの「スポッ」が出てくるかもしれない。そうしたらそちらに移っていけばいい。そのときのそのままの自分でスポッとはまる場所。それがどこであろうと、常にそこにはまっていけばいいのだ。

これは以前やった「今を生きる」ということだった。この「スポッ」は、この記事でいうところの「充実ポイント」になる。充実ポイントは常に移動している。それに合わせて自分を移動させていく。そうすると常に自分を満たせていられて、将来も満たされたところへ行けるのだ。

今を生きるということ。自分自身で生きるということ。同じことだった。それがわかった。

自分を信頼するということ

落ち着いた日々」を送っていても、引っ越したばかりのころはまだまだ気持ちに波があり、以前お世話になったオンラインカウンセリングのCotreeの先生のセッションを毎週受けていた。

私がお世話になっている先生はアメリカ在住なので、ちょうどイギリスが閉まるころに開く。仕事が終わって帰宅しゆっくりセッションを受けることができるので、以前の英人カウンセラーのところのように日中仕事を休んで電車に乗って行く必要がない。「自分のために仕事を休む」「自分を優先する」という練習も必要だけれど、まだそれができない段階の人や、そこまで深刻ではないけれど話を聞いてもらう必要がある人にはちょうどいい。

夫に対する気持ちは、依存愛情の中で揺れに揺れていた。「親から見捨てられたくない」というインナーチャイルドと、「これが二人にとって適切な進路なのだ」という大人の自分からくる気持ち。

今ならあの「夫ともとに戻るのが一番いいのだ」「夫のすべてを受け入れるべきなのだ」「これが私の愛情なのだ」という気持ちは、私の中のインナーチャイルドが騒いでいただけなのだとはっきりとわかる。当時も、「これはインナーチャイルドなのだろう」「インナーチャイルドが親に見捨てられたくない気持ちを夫にかぶせているのだ」という認識はあったけれど、それでも暴走しそうになることばかりだった。

暴走せずに済んだのは、タイミングが一度も合わなかったからだ。特にお酒を飲んだりすると、「もう夫の家に押しかけて、泣いて謝ってすべて元通りにすればいいのだ」と突如として思うことがあった。これは愛情なのだと、やっぱりこれが正しいのだと。でも出る支度をしようとするとシェアハウスの大家さんがうろうろしていて、夜中に外に出ることがためらわれたり、あるいはそういうときに限って夫は用事で帰宅が遅かったりした。本当に、神様がいるのだと思うほど、あれもこれもタイミングがまったく合わなかった。

ネットでも、依存と愛情についていろいろ読んだ。チェックリストをやってみると、依存よりも愛情のほうが多かった。たしかに今までのカウンセリングと解毒をへて、そこまでひどい依存ではもうなくなっていたのだろう。そもそもこれがもし本当に依存だったら、「これは依存だろうか?」などと考えることも迷うこともないはずだ。

離婚をするべきか迷っている人のために書かれた記事も、いくつか読んだ。こういうときは離婚がいいかもしれないという項目の中に、なんと「タイミングが合わない」というものがあった。「やはり一緒にいよう」と思ってもタイミングが合わずに伝えられない、なにか言っても驚くような受け取りかたをされてしまい意思の疎通ができない、など。まさに私と夫の間で、過去ずっと起こっていたことだった。ここ数年はそれが激しくなり、私が家を出てからはもっぱらそんなことしか起こらなくなっていた。

すべてのことが、「やはりここは離れるのが一番なのだ、そういう時期になったのだ」と言っていた。でもそれがわかっていても、あの暴走しそうになるときにぐわーっと全身からわき上がってくる気持ちは、とてもではないけれど嘘などとは到底思えない。その気持ちを抱えながら「これが嘘なのか本当なのか」と考えを巡らせるも、そのときは判断もつかない。

いったい、自分の中のなにを信じたらいいのか。なにもかもがわからなくなり、世界がぐらぐら回っていた。

Cotreeの先生にも「これってDV夫と別れられない人と同じやつでしょうか」と何度も質問して、笑われた。もちろん先生は回答をくれない。友達も、誰にも正しいことはわからない。先生は回答を出すために私の気持ちを整理する手伝いはしてくれるけれど、回答はくれない。自分で出すしかないのだ。

わかってはいるけれど、本当にきつかった。もう誰か偉い人や神様に「これが正解だ!」と言ってほしかった。なんでもいいから、ズバッと回答をくれる人がほしかった。

そんなアップダウンの続く生活の中で、またCotreeの先生のセッションを受けた。冒頭に先生から「お花ですか?」と聞かれた。私の画面のバックに、スーパーで買ったチューリップが写っていたのだ。

引っ越してから、初めて買ったお花だった。昔は、花など一度も買ったことがなかった。食べられもしないし、水を変えたりなども面倒で、「こんなものにお金を使うなんてもったいない」と思っていた。それがカウンセリングを受けるようになって、「カウンセリングという目に見えないものにお金を使っていいのだ」という大きな意識の変革があり、自分のためにお金を使うことを覚え始めた。

「きれいだな」と思ったものを買うこと、「きれいだ」という気持ちで行動していいのだということ。靴下なんてたくさん持っているけれど、「これかわいいな」と思ったら買っていいのだということ。お花も買うようになり、趣味にお金を使うようにもなった。

そんな話を先生にしながら、「お花いいですよね」という話をした。カラフルなものが好きなので、本当は色の鮮やかなガーベラが一番好きなのだけれど、ガーベラは高かったのと、チューリップが安くて二つで5ポンドだったので、それにしたんですと。

なんでお花が好きなのかという話になったので、なんとなく「時間が動いていることを感じられていいですよね」とポロッと口から出た。

ちょうどこのとき、仕事から帰ってきたらチューリップが開き始めていて「ああ、自分の知らないところでも時間は動いていて、世界は動いているのだな」と思ったのだ。それを話すと先生は、「おもしろい理由ですね」と言っていた。たしかに私も、自分で言ったのに「変わった理由だな」と思った。

セッションでは、気持ちのアップダウンのことを話した。でもそれってしかたがないですよ、人生でもっともストレスがかかることの上位に、離婚引っ越し転職も入っている、だからそれが一度に来ているKelokoさんはアップダウンがあって当たり前だ、それくらいに思っていたほうがいい、と言ってもらった。

たしかに、今すぐなにかできるわけではない。時間がたって、気持ちが落ち着いてくるのを待つしかない。「わかっているんですよね、早く時間が流れてほしいって、いつもいつも思っているんです」と。

そこで、はた、と気づいた。そうか、だから私はチューリップに手を伸ばしたのか!!!と。

ガーベラは最初から開いているから、時間の流れは感じられない。チューリップはつぼみの状態で売っていて、だんだんと花が開いていく。だから時間の流れが感じられる。「自分の知らないところでちゃんと時間は流れている」というところにひかれた自分、その理由は、時間が早くたってほしいと思っていたからなのだ。

衝撃だった。私は自分が必要なものを潜在的にわかっていて、きちんとそれを実行しながら生きている。

なにも考えていなかった。それでもこうして無意識に、必要なものを必要なときに手にして生きている。もしかしたら、気づいていないだけで、こういうことが他にももっともっとあるのだろう。無意識に、自分にとって必要なことをしながら生きているのだろう。

「すごい!!!」そう思った。無意識にこんなことができてしまうなんて、私はなんてすごいのだろうと。どうするべきなのかをたくさんの人に聞きまくっていた。でも私は、ちゃんと自分でわかって行動できていたのだ。

目の前の小さいテレビの画面しか見えていなかったのが、急にテレビがなくなって、視界がぐわんと360度に広がったようだった。テレビの外で、こんなことが起こっていたなんて。

先生は「そういうのって、自信になりますよね」と言ってくれた。たしかにそうだ。

衝撃とともに、急に自信がわいてきた。考えていなくてもこんなことができるということは、考えていなくてもきちんとやっていけているということだ。もっと自分を信頼していいのだ。「こういうときにこうやった」という目に見える案件がなくても、私はきちんとやっていっている。理由などいらない。

「自分を信頼する」とは、こういうことだったのか。なにか理由があるわけでもなく、自分の無意識を信じている、無意識でも自分は大丈夫なのだと信じられている状態。なにをやったかではなく、別にそこにいるだけでいいのだと信じられること。これが、自分を信頼するということなのだ。

急に安心感がわいてきた。感動した。すごい経験だった。