23 変化の表出

ヨガについて

ヨガの先生から自作の説明資料をもらったので、一度ヨガについて勉強してみることにした。

1)ヨガとは

インドで発展した心身の健康のための古代科学で、そのルーツは一万年前にもさかのぼることができる。健康的なライフスタイルや道徳理念、心身の治療といった、人間のすべての面を包括した総合的なシステムであり、心と体、精神の調和を図ることによって、その人の最大潜在能力を引き出すことを目指す。

簡単に言うと、ヨガは人が幸せに生きられるようになることを目的として、心身精神すべての面から多角的に働きかける方法をまとめたものなのだと思う。まさに解毒にぴったりだ。

2)ヨガの八支則

その方法は、大きく以下の八つに分類される。これらを的確に使うことによって、幸福に生きられるようになることを目指す。多くのヨガのセッションで実践するのは①〜③のみだけれど、他にもさまざまなツールがあり、総合的多角的に働きかけられるようになっている。

Asana(座法)=身体的運動
Pranayama(調呼法)=呼吸法
Dhyana(瞑想)
④Pratyahara(感覚制御)
⑤Dharana(精神統一)
⑥Yama(禁戒)
⑦Niyama(勧戒)
⑧Samadhi(悟り)

3)Asanaについて

身体的運動を行うことによって、心身の安定と快適性を得る。ストレッチによって体を調整して強化し、関節や背骨の可動性を向上させる。また神経系、内分泌系、消化系、循環系、免疫系システムの機能を高め、骨格を整える。それによりエネルギーのブロックを除去し、流れを促進する。

例:Vriksasana(木のポーズ)

Vriksasana from Wiki

Vriksasana from Wiki

身体的効果
・もも、ふくらはぎ、足首、背骨の強化
・鼠径部、内もも、胸部、肩のストレッチ
・バランス感覚の向上
・坐骨神経痛、偏平足の改善
・軽度の心臓の運動による、循環器系と呼吸器系への刺激
・呼吸を深くする

精神的効果
・集中
・精神統一
・鎮静効果

その他の効果
・センタリング、グラウンディング

4)Pranayamaについて

呼吸を調整することによって、「プラーナ(=エネルギー)」の流れを調整し、メンタルを整える。ストレスを解消、精神と血液を浄化し、神経システムを刺激することによって、心身の調和を図る。

例:Dandelion Breath(たんぽぽ呼吸法)

やりかた
・鼻から息を吸う
・たんぽぽの綿毛を飛ばすように、口から「フッ、フッ」と短く息をはいていく

効果
・ストレスの解消
・横隔膜の運動
・呼気の増長

5)ヨガと通常の運動の違い

ヨガはライフスタイルや考えかたの教義であり、この世でどう生きていったらいいかという哲学になる。通常の運動では、どれだけ痩せられるかや何回腕立て伏せができるかなど目標重視であり、総合的ではなくなる。それに対し、ヨガはプロセスが目的であり、やっているだけで達成していることになる。

ヨガを実践することによって、自分の行動や環状に焦点を当てて、把握できるようになっていく。これが自分のリミットを知り、受け入れ、自分自身を理解することにつながる。自己認識とメンタル強化を促進し、総合的なアプローチをもって、人生の活動全般へ幸福を波及させていく。

自分を把握し、現実に生きる。まさに解毒ツールだった。

ブランド嗜好

「お金」に関する話の続きで、自分がいかに洗脳されていたかを理解することになった。

これはもう自分でもはっきりと自覚があったし、狙ってやっていたことだったけれど、私はそうしてお金を失うことに対する恐怖心が必要以上に大きい。だから親が嫌でも実家に居座って大学を出たり、有名な会社に勤めたりしていたのだろうとカウンセラーに言われた。中学生、高校生の段階で、自立することを計算に入れて、そんな状況の中でも学費を親に出させるために我慢して実家にい続けたというのは、相当な計算づくめの人生だと。

当時本当に勉強をしたかったのは、語学だった。でもそれではあまりつぶしが利かないからあきらめた。そして経済学部を選んだ。それもこれも、実家を出て一人で生きていけるようになるためだ。これだけの思いをさせられてきたのだから、親のカネを使って大学を出たかった。だから辛抱してそこまで実家にいた。自立してからは、実家に戻るような羽目には絶対になりたくなかったから、できるだけスキルを身につけたかったし、大きな会社に勤められてよかったと思った。もちろん自分の好きな方向性というのも多少あったけれど、これはイギリスに来てからも本当に役に立った。

これが変わるのは、こちらに来て勤めていた部署がつぶれたときだった。私はつぶれる前に早期退職したけれど、「社員というのは会社がなければただの人」ということを思い知らされた。それもあり、手に職をつけたいと思って、日本語教師の勉強をすることになった。

要するに、「会社」や「ブランド」に依存していた。それもこれも、「実家に戻るようなことになったら死ぬ」という恐怖心からだった。「お金」や「社名」という大きなものがなければ、安心して生きていくことができなかったのだ。

そしてそれは、親から刷り込まれた洗脳が原因だった。「お金は大事だ」「お金がすべてだ」…ケチくさい妹を見てアホだと思っていたにもかかわらず、この洗脳は完全に私の心の奥深くに刷り込まれてしまっていた。子供の心というのは恐ろしいものだ。あれだけ嫌だったにもかかわらず、スポンジのように親の考えを見事に吸収してしまっていた。

自分はそういう人間だという自覚はあった。それにもかかわらずだ。

学歴だの、偉い人とのつながりだの、そういう政治政治した小さい人間が嫌いだった。そういうものに頼らず自分の腕一本で生きている人に、いつも魅力を感じていた。夫に魅力を感じたのもこれだろう。でも自分は腕がないから、そういう嫌いな部類の人間みたいに、大学を出たりしてやっていくしかないのだと思っていた。でもそもそもそういう考えがあったというところが間違いだったのだ。

もちろん人間誰しも仕事をしてある程度の収入を得ないと生活していけないし、そのためによりいい仕事に就けるよう努力をすることはいいことだと思う。でもそれが「恐怖心」から来てしまっているというのは、不健康だ。

たとえば、もう中学生のころには死んだような生活を送っていたわけだから、辛抱して大学を出、自力で稼げるようになるまで実家にいなくてもよかったのかもしれない。学歴はつけられなかったにしろ、そこで自分が楽しめる仕事に就けて、幸せな道を進めるようになっていたかもしれない。もしくは後から勉強して大学も出れたかもしれない。辛抱して自分を殺して10年以上も生きてしまったからこそ、今のこういう状態ができ上がってしまったのかもしれない。

そこで思い出したのが、「前世リーディング」だった。5)の、直近の過去生と言われた話だ。若くして家を飛び出し、行き当たりばったりで手に職もなく、住み込みで嫌な仕事をしていたと。だから今度は計画性を持って生きてほしいというのが、現世への願いだった。なんだか本当にここに話がつながってしまったと思った。

これが本当に過去生だかどうかは別として、自分の中にそういう恐怖心があるということは事実だった。それがこの「リーディング」と言われる話に現れたことで、はっきりと把握することができた。心理学ではたぶん「そういう理由でこうなってしまっているのか」と、自分で自分の問題を受け入れられるようになることが問題を解消する鍵となる。自分の問題というのは通常どうしても否定したり拒否してしまうけれど、これを前世療法では「自分ではないけれど自分の状況をよく反映している」と思える「過去生」という形で客観的に物語として見ることで、自然と問題を受け入れ解消していけるのだろう。

私の場合も、まさにこれだった。行き当たりばったりの人生で苦労をしたから、計画性を持って生きなければいけないと思ったのだ。だからしかたがない。自分を責めず、受け入れる。問題の原因がわかれば、治していくことだって可能だ。

ここでまたつながってきたのが、ヒプノセラピーの「江戸時代風過去生の考察」で出てきた「バランス」だ。過去生では計画性がなくて苦労をし、現世では計画しすぎて自分の心を殺してしまった。「計画はほどよく」ということ、「バランスをみて生きましょう」ということではないのだろうか。

たったひとつの親の洗脳に、仕事から結婚から人生のすべてにおいて影響されてしまっている。本当に恐ろしいことだった。

お金に関するトラウマ

興味のあることをやってみる」ことで少しずつ解消してはいたけれど、カウンセリングで「お金」に関する考えかたの問題を掘り下げてみた。

私は渡英後に就職した会社を辞めてから突然が悪くなったけれど、これはヨガでいう「ルートチャクラ」のバランスが悪いとも言えるとのことだった。ルートチャクラはその名の通り「根源的(Root)なもの」を指し、生きていくに必要な衣食住お金などを意味している。なので腰が悪いということは、それを失うことに対する恐怖を表している。私の場合、「お金を失うこと」に対する恐怖感が必要以上に大きいのではないかとのことだった。

結婚と自分の気持ち」でも書いたように、結婚を決めたときも「お金」がキーワードだった。当時働いていた会社が傾いてきて、「この仕事を失ったら実家に戻らなければいけない」と不安でたまらなかったときに、夫が「お金が足りなかったらあげるよ」と言ったのだ。それで、「親でなくても私を助けてくれる人がいる」と思って、この人になら頼ってもいいのだ、結婚してもいいのかもしれないと思った。

それまでの私は、ほぼ一年ごとにステップアップを図って転職するような生活をしていた。もちろん落ち着いて仕事ができる環境があればよかったのだけれど、派遣だったり環境のよくない会社だったりしたので、なかなか落ち着けなかった。それでも仕事を辞めてもそこまで不安にはならず、最長でも二か月もせずにきちんと次の仕事が見つかっていた。

カウンセラーは、大学を出て「ここからが自分の人生のスタートだ」と自立し、どんどんステップアップをしていたような女性が、なぜここで突然にも会社が傾いてきたというだけで心細くなってしまったのかと聞いてきた。なぜそこでも「また次の仕事」と思えなかったのだろうか。その自信にあふれた女性はいったいどこに行ってしまったのか、と。

そんな風に見てみたことがなかったけれど、確かにそう考えてみたらおかしいのかもしれない。

社会人になりたてのころは、社会のことがあまりよくわかっていなかっただろうし、日本は年齢主義だから、20代のうちは仕事の心配を感じなかったこともあるとは思う。でも日本で最後の職場にいたころは30代目前になっており、やっと正社員でいい仕事に就けて安心していたところだったので、それがガラガラと崩れてしまって突然不安になったのだろうと思った。

でもその前も特に自信があったかと言われると、そうでもない。実家もなにも関係のない友人ができて、仕事で初めて自分を認めてもらえて尊重してもらえ、充実した毎日を送ってはいた。それでもなにか埋められないものを抱えていた。今思えばこれは、好むと好まざるとにかかわらずほぼ共依存だった実家の関係から脱したところで、隙間が空いてしまっていたのだろう。そこを夫で埋めようとして結婚したのだろう。

共依存だったのもあるけれど、嫌いだったのに実家に対していらない安心感を抱えていたのは、やはり「お金」が理由だった。衣食住があり、そこに関してはなんの心配もいらないのが実家だった。自立して、実家から離れてとても幸せだったけれど、常に家賃を稼ぎ続けなければならないプレッシャーと不安を抱えていた。そこに夫がお金に関する安心感をくれて、これで大丈夫だと飛び乗ってしまったのだ。

だから夫が仕事を見つけようとしなかったり、考えなくビジネスをしようと簡単に言ったりと、お金に関して馬鹿な発言をするたびに「こいつはだめだ」と必要以上に思ってしまうのだろうというのが、カウンセラーの意見だった。

イギリス人のカウンセラーはお金に関する感覚が私たちとは違うけれど、確かに日本人はお金に関して過剰なところがある。貯めこむばかりでまったく使わずに亡くなる人がたくさんいるし、特に親の世代はお金を持っていて、そうやって働いてお金を貯めたことが偉いと勘違いしているところがある。戦後に育った人たちだから、お金や物理的なもののありがたみを異常に刷り込まれているのは不思議ではない。医療が無料の国で育つイギリス人とは違い、日本人は「いざというとき」のための貯金を持とうとするし、それはしかたのないことだとは思う。でもやはり何千万も貯めて使わず死んでいくのはおかしい。「貯金が趣味」という人は、やはり安心感に問題がある。

妹が親とうまくいっているのはなぜかと聞かれたので、改めて考えてみた。彼女の趣味はまさに「貯金」で、できるだけお金を使わずに生きることを生きがいとしているから、親と意見が合う。大学の教科書代から出かけた際のバス代まで必要経費は一円単位で親に請求、就職活動で必要になるからと、化粧品代まで親に請求したような人だった。親といれば自分のお金を使わなくて済むから、どうしても親のコントロール下から逃れられない。

子供のころから彼女のお金好きは異常で、お年玉を一銭も使わずにすべて貯金していた。結婚式のためということをあとから聞いた。クリスチャンでもないのに、素敵な教会で式を挙げることを夢にしていたらしい。「結婚式」そのものが夢だったということは、確実に親のバーチャル性を受け継いでしまっている。だから自分とは別に育ち別の考えを持った別の人間である旦那さんと一緒に暮らしていくことができず、離婚することになったのだろう。

普通の親なら「他人と暮らすのだからお互い話し合って妥協し合ってうまくやれ」と言うだろう。うちの親はそんな妹のことを「しっかりした子」と言い、彼女の意見を後押し、助長させてしていた。終わっている。

私はというと、たとえば語学学校に60万円使ったりと、お金は使うところで使う。これが親からすると「お金をたくさん使う子」という認識で、「だらしがない子」ということになる。「Kelokoはカネをあるだけ使っちまう」という口癖は、ここから来ている。

普通に考えれば、なんだかんだと親にべったりでお金を出してもらって生きている妹より、自立してから一度も実家に戻ったことのない私のほうが、よほど「しっかりしている」のは明白だ。それなのに、私はこのときまでずっとモヤモヤした気持ちを抱えて生きていたことに気づいた。それはこの親からのお金に関する「洗脳」が解けていなかったからだった。

「お金を持っていることが偉い」
「お金を少しでも貯められることが偉い」
「お金を使わないことが偉い」…

だから「親よりお金を持っていない自分はだめだ」「お金を使ってしまう自分はだめだ」「お金を貯めない自分はだめだ」…と無意識の中に抱えてしまっていたのだ。

夫がだめな人間だと思うこと、結婚を決めたときのこと、妹と親とのつながり…いろいろなことを話していて、そこにすべて「お金」というキーワードがあった。

カウンセラーは、私も夫もお金に対する感覚が「Inaccurate(正確でない)」と言った。私は必要以上にお金に依存してしまっているし、夫は夫で「お金がなくなったら親のところに世話になればいい」くらいの感覚でいた。自立して結婚しているわけだから、これではいけないと。二人とも、二人にとってちょうどいい感覚を見つけなければいけないとのことだった。