23 変化の表出

自分、相手、私たち

この年最後のカウンセリングは最悪な終わりかたで、けっきょく夫は必要のない自分の弁護しかできず、なにも解決せずに時間がきてしまった。

翌日から、私は日本へ行くことになっていた。こんな終わりかたで日本へ行かせやがって、と怒りがわいた。日本へ行ってしまうから、その前にどうにかしようという気持ちがどうして浮かばないのだろうか。最後にカウンセラーが「明日から日本なのだから、このあと二人で出かけるといい」ととりなすように言ってくれたので、そうすることになった。そんなことを人から言われないとできない夫が、本当に嫌になった。何十年も今までいったいどんな人生を送ってきたのだと思った。

なんでも先回りしてやってしまう私といたことで、夫の考える力がどんどん奪われていってしまっていたのは事実だ。日本ではそうしてお互いに先回りしてやってあげることで、成り立っている。社会全体が共依存だ。実家もそうだった。親同士がかばい合い、妹と親がかばい合って見事な依存関係を築いていた。その中で育った私ももちろん、似たようなことをしてしまっていた。

それにしても、夫の私に対する依存度は成人した人間とはとても思えなかった。夫は夫で、そういう人間と一緒になるようになっていたのだ。すべてがからみ合ってこのときの状況が出来上がっていた。

カウンセリングのあとに私はヨガがあったので、ヨガの先生の家に向かった。夫は黙ってついてきた。私が家に入ろうとすると、その手前で「終わったらここに来るから」と言い残して、去っていった。「終わったら」って、どれくらいかかるのか知っているのだろうかと思ったけれど、もうなにも言わずにいた。それは私が考えて言ってあげることではない。が聞くことだ。

ヨガが終わって先生の家から出てくると、夫がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。合流して、ご飯へ行くことになった。私がヨガをしている間、夫はどこか食べるところを調べていたようで、少しバスで行ったところによさそうなお店があると言われた。夫が、あとのことを考えて行動した。そんな当たり前のことですら、このときは成長だと思った。

でもがザーザー降っていた。そんな中を、バスで移動し、そしてまた駅まで戻ってこなければならないなど面倒だった。そんな遠くではなくもっと近いところがいいと言うと、夫は「困らせるな」というようにイライラした様子を見せた。せっかく調べておいたのに、それを無下にされたからだ。

そんなことでそんな簡単にイライラする夫に、頭にきた。

そうやってイライラするのは、いつも私だった。夫はなにも考えないから、私が調べて情報を用意する。私が考えていくつも用意した情報を、なにも考えていない夫は簡単に無下にする。「困らせるな」とは私の言うことだ。「じゃあ自分で考えろ」といつも言いたかった。「いつも私がこうして考えたことを無下にするよね」と言うと、黙った。やっとわかったか、と思った。

面倒だと思った私は、別の店を調べ始めた夫を無視して、適当にその辺の店に入ってやった。

そこでも私はなにもせず、すべて夫から行動を起こさせた。飲み物どうする、なに食べる、どこ座ろうか、etc。こうしてみると、どれだけいつも私がいろいろと考えて夫を動かしてきたかということが、よくよくわかった。

カウンセリング事前ミーティング」でもあった通り、夫は単に私にどうしたいかを聞き、それが叶うように動くだけだった。一見すると、「妻のやりたいようにやらせてくれている優しい夫」となる。夫自身もそう思い込んでいる。でも実際は、自分で考えたり案を出すのが面倒で、すべてを私に押し付けているだけだった。

だから私がどうしたいかを言わないと、イライラしたり、どうにもできずに困り、放置する。私が倒れていても、「起こして」とか「なにか持ってきて」と言わない限り、なにもできない。そして指示を与えない私に怒りをぶつけてくる。「指示を出さないくせに、自分に対応を期待しやがって」と。やはりこいつは病気なのだと思った。

家に戻って、日本へ行く支度をしながら話をした。私がカウンセリングで「夫は自分だけの人生を生きていて、一緒に生きている気がしない」と言った、その理由を教えてほしいと言われた。さっきのカウンセリングでまさに、私が泣いているのにそれをスルーして自分の話をしたではないか。私はそこに存在しておらず、「透明人間」になったように感じると言った。

夫は最初、それを全否定し「ううううう」と頭を抱えてうずくまってしまった。やはりこいつは頭がおかしいのだとはっきりわかった。

私は二人のために自分が好きでもない仕事を見つけて、仕事が嫌でも辞めずに働けるけれど、お前はそういうことができない。しかもそういう思いで働いている私に対して、「いつ辞めてもいいんだよ」とのことを言ってきたりする。それがおかしいと、言ってやった。

夫は買い物をしてきては「自分もこれ買っちゃったからKelokoも好きなもの買っていいんだよ」と言う。夫の週一の仕事しかない状況なのに、そんなことを言われたって私が安心してお金を使えるわけがない。夫はなにも考えていないから、私が「本当に買っていいんだろうか」「私達はいくら持っていて、これからいくらくらいあればこれくらい生き延びれるから、いくらくらいなら使えるかもしれない」と自分で考えなければいけない。

夫の言うことをそのまま信用して動けない。大人が二人いるのに、私が「自分のこと」「夫のこと」「二人のこと」の三つをすべて考えて指示を出していかなければならない。そりゃあ気も狂うだろう。

そう説明すると、「7年間もそんな思いをさせてごめん」と謝ってきた。びっくりした。なにをどう理解できたのかはわからなかったけれど、とりあえずは以前よりも少しなにかをわかってもらえたようだった。「自分は変わる、だから待っていて」と言ってきた。

ここで気づいたことなのだけれど、二人でいる場合には「自分」と「相手」だけではなく、もうひとつ「二人」という概念があるのだ。一人でいる場合、「自分」しかない。それが二人になると「自分」と「相手」の二つになるだろうと思われるけれど、それは違う。実際は「二人(Relationship)」という概念も入ってきて、三つになる。

子供がいる人なら、わかりやすいだろう。「自分」がやりたいこと、「子供」がやりたいこと、「親子」の概念からとるべき行動、この三つがある。子供や自分の意思に沿わなかったとしても、「親子」という概念からやらなければならないこともある。「親子」の概念がなければ、「子供」の概念だけでやりたいようにやらせてやってもいい。でもそこに「親子」という概念が入ってくるとまったく異なってくる。

夫の中には「自分」と「妻」の二つの概念しかなかった。「自分」が好きなことをするか、「自分」の好きなことを抑えて「妻」が好きなことをやってやる。その二つしかない。通常ならもうひとつ「私たち」という概念がある。夫にはそれがきれいさっぱり抜けていた。

意識していなかったけれど、私はこれができていた。共依存的な日本の社会では、グループのために自分がどうするべきかを考えて行動することを、子供のころから訓練されているからだろう。

「夫」に収入がない、「自分」はこの仕事をしたくない、でも「私たち」がやっていくためにはどちらかが仕事を見つけて働く必要がある、だから「私たち」のために、私はその仕事をやってのけた。別にこれは「夫」のやりたいことをやってやるというわけではなく、私も外に出たかったし、二人のために自分がどうしたいかという自分の意思で決めたことだ。私にはきちんと「私たち」という概念があって、帰属感があった。

夫にはそれがなかった。「自分」と「もう一人」という概念しかなかった。だから私はいつまでたっても結婚している感じがなかったし、二人で生きている感じもなかった。子供を持とうとも思えなかった。物理的には一緒に暮らしていたけれど、精神的には独身のときのままなにも変わっていなかったのだ。

やっと理由がわかった。これですべてが変わっていくかもしれないと思った。思って日本へ行って、でも帰ってきてまた傷つくことになった。

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透明人間

12月半ば、年末最後のカウンセリングになる予定だった。

この翌日から、私は一人で日本へ行くことになっていた。祖母の具合が悪くなり、迷ったものの、会いに行く決心をしたのだ。ちょうど一年前に実家へ行き、「予期すらしていなかった大災害」にあったばかりだった。それでもこのときは祖母に会いたかった。

このころ、夫との間は最悪な状態だった。「不安症の個人セッション3回目」に夫を連れて行き、これは私の問題だけではなく夫にも問題があるのだということを初めて認識した。そこからも何度も何度もそれを忘れてカーっとなっては、すべてを私のせいにしたりしていたけれど、「夫とヨガ師匠のカウンセリングへ」行くと、自分の問題をきちんと認識して話すようにはなっていた。それでもやはりこの「否定」は根強く残っていて、今でもカーっとなることがある。

そうなると今でも耐え切れないほど頭にくるけれど、当時は「怒り」ではなく「絶望」だった。だから「あの世とこの世の狭間」で揺れていたし、生きていられなかった。今はそこから抜けて「怒り」になっただけでも、私は大きく成長した。頭のおかしい人に理不尽な目にあわされても、死ななくて済むようになったのだ。

でもこのときはまだ、自己肯定感がそこまでは成長しきれていなかった。危ない状態だった。

夫はなにかを言われるとカーっとなって必要のない自己弁護で私の攻撃に走るため、手が付けられなかった。なにを言っても無駄だし、話はどんどん逸らされていった。とにかく「飛んでくるものをすべて打ち返さなくては」と思い込んでいるようだった。しかも本人にはその自覚がない。やっとわかってくれてきたと思ったのに、また何度も何度も永遠に振り出しに戻されて、私は絶望からさらにまた絶望するばかりだった。

でもこのときは今のカウンセラーがいた。なにがあっても、このカウンセラーのところへ行けばどうにかしてもらえるかもしれないと思えた。それだけが私の希望の光だった。

実家にいたときも、弁護士のようにきちんとした第三者に入ってもらえたら絶対に私が勝てると思っていた。でも子供の私にはそれができなかった。だからなにも変えることができなかった。でも今は違う。専門家に頼り、話を判断し、調整してもらうことができる。アドバイスをもらうことができる。

それでもつらかった。カウンセリングでも言葉につまり、泣き出してしまった。すると夫はそれをきれいに無視して、笑顔でカウンセラーに自分の話をし始めた。

カウンセラーはそれを見逃さなかった。「She is crying(泣いているよ)」と夫に返した。

今までにも何度もこういうことはあった。でも気づかなかった。その事実に愕然とした。

このごくごく最近になって、気づいてきてはいたのだ。「頭のおかしい夫」に書いたことがそうだった。夫には「私が泣いている」という現実が見えない。それが大きな問題であることに気づいた。

化粧水ふたたび」や「毒親対策」でも書いた通り、感情を無視されるということは、存在を無視されるということだ。私はすっかり親と同じことをしてくる人と結婚してしまっていた。

考えてみたら、夫に無視されてきたことはたくさんあった。私はずっと自分の存在を消されて生きてきた。透明人間だった。

たとえば私が「今日変な夢を見たんだ」と言えば、「あ、俺も見た!」とそこから自分の夢の話をしてしまう。私の「夢について話したい」という気持ちが見えず、「夢」というワードから自分の夢につながり、話し始めてしまう。私はそこで、自分の話したいことを抑えて夫の話を聞いてしまう。たとえ自分の夢の話をし始めたとしても、夫がつまらない素振りをするので手短に終わらせてしまう。

それはけっきょく、そうやって親の話を聞いてきたからだった。親の親になって、親のやりたいようにさせてきてしまったからだった。自分の話をしても、きちんと聞いてもらえなかったからだった。いらない突っ込みをされて、自分の気持ちをつぶされるだけだったからだ。

もちろん子供の自分には、それに従うことでしか生きていくすべがなかった。サバイバルテクニックだ。でも大人になってもうそんなことをしなくてもよくなった。それでも子供のころに身につけさせられたこのテクニックを、ずっとやり続けてしまっていた。これはもう必要がないのだ、「無視するな」と言い返していいのだ、そう認識することが必要だった。

夫は私が泣いているのを認識したが、なぜそこで無視をしたのか聞かれてもよくわからないようだった。私が泣いていて、心を乱しているから、自分の話をしようと思ったと言った。

それは私にもよくわかっていた。今まではそれを「笑いにしたり、つらい状況に触れないことで、ポジティブにもっていこうとしてくれている」という夫なりのやりかたなのだと思って、無理やり受け入れていた。でもそれは間違っていた。自分の妻が自殺しようとしたその後に、それを笑いにすることはどう考えても頭がおかしかった。

二人きりでいたら、こんな指摘はできなかった。カウンセリングに行って公平な第三者の目にさらされたことで、問題をズバリ取り上げることができたのだ。

周りの人に相談しているだけでは、これは絶対にできなかったことだ。夫は見た目にはとても優しい風貌をしているし、私のことをとても大事にしているように見える。夫自身にもひどいことをしているという自覚はまったくないし、「自分はポジティブなのだ」と思い込んでいる。周りにもそう捉えられてしまう。それでは問題は解決しない。

夫は、私が見えない。

私は、それがつらくて死にたくなる。

これがわかってきたことだった。「新たにわかってきた夫のこと」や「もっとわかってきた夫のこと」「自分の問題と夫の問題」でも書いた通りだ。

では「どうしたらいいのか」そこが問題だった。それには「どうしてそうなってしまっているのか」を解明することが先決だった。でもこのときはまだそこまで考えることはできなかった。

「こうしてKelokoが泣いて、どう思う?」とカウンセラーに聞かれた夫は、なにも答えることができなかった。ただただ泣いている私を見ているだけだった。その上、あろうことか自分も泣き出した。血の気が引いた。そして思い出した。こういうことは何度もあった。「なにもできない夫」だった。こいつは本当に異常だと思った。死んでくれと思った。

傷ついているのは、だ。夫ではない。泣くのはだ。夫ではない。

なのに夫が泣いて、つらい私を放置し、自分に注目を集めようとしている。信じられなかった。夫がつらければ、私はケアできる。でも私がつらいときでも、夫をケアしなければならない。実家で起こっていたことと100%同じことが起こっていた。まさに地獄だった。

チャクラについて

カウンセリングでもたびたび出てきた「チャクラ」についても、勉強してみた。

心が開いた」でも書いた通り、チャクラとは鍼灸のツボのことで、人体には無数のチャクラがあり、その中でも大きな以下の7つがよく知られている。ネットで様々な説明を見つけることができるが、カウンセラーがヨガの協会の冊子をくれたので、そこに書かれていた各チャクラについての説明を和訳してみることにした。

Chakras

1)ムーラダーラ「I am the physical body(私は肉体である)」

ムーラダーラのバランスがいいと、健康的な肉体と、活力がある。ものに執着したり、不健康にものに頼ることなく、自分の存在そのものの中に安心感を感じていられる。

バランスが悪いと、過食や肥満または低体重、ネガティブな自己像、安心感の欠如になる。ものをためこんだり物理的なものへの依存、必要性や喜びよりも安心感を優先した行動。排泄系器官や骨盤の病気。原因は、幼少期のトラウマ、ネグレクト、物理的ふれあいの欠如、貧困、重病、身体的または性的虐待。

治療としては、肉体と再びつながること。スポーツやウォーキング、ガーデニング、マッサージや、栄養のあるものを食べること。ハタヨガなどの身体的活動。

2)スワディシュターナ「I am a man / woman(私は男性/女性である)」

スワディシュターナのバランスがいいと、自分の性別に落ち着き、性を自分の自然な側面と捉え、罪や罰の意識なく、意識的に自発的に楽しんで性を経験できる。

バランスが悪いと、有害で不健康な性行為、または性に対する恐怖心につながる。低い自己肯定やうつによる、自傷行為や強迫観念。生殖器関連、腰痛や肝臓の病気。原因は、性的虐待、ネグレクト、宗教やモラルによる過度な制約。

治療としては、インナーチャイルドへの取り組み、感情の解放。健康的な快楽を楽しみ、感覚を楽しむこと。ハタヨガ。

3)マニプーラ「I will do/I am able to do(私はやる/できる)」

マニプーラのバランスがいいと、十分なエネルギーと意志の力で、自分を効果的に表現し行動することができる。健康的な自己評価と、自信、そして困難に立ち向かうことを恐れない。強さと繊細さを持ち合わせることができ、人生に喜びと情熱を持てる。

バランスが悪いと、意志が弱く、人からコントロールされやすい。自尊心が低く、自信がなく、すべきことができずに人を非難する。反抗的で、ものごとを最後までやり遂げることが難しく、無力に感じる。感情が抑制され、自発性に欠け、常に周りの同意を必要とする。原因は、幼少期に両親に支配される環境におかれたり、罰を恐れ、正当な理由もなく過剰な罰を受け、感情を操作され、独裁され、両親や権威のある人から身体的虐待や侮辱にあったこと。横隔膜、副腎、消化系の病気から、高血圧や心臓病、糖尿病、潰瘍などになる。

治療としては、ヨガ、呼吸法、瞑想、リラクゼーション、ビジュアライゼーション、身体的運動、カウンセリングや周りの人と話をして感情をサポートしてもらうこと。

4)アナハタ「I love/I feel/I give/I share(私は愛する/感じる/与える/共有する)」

アナハタのバランスがいいと、人を愛し、人から愛され、無条件の愛情を持てる。ものや時間、エネルギーを人と与え合い共有する。思いやりと人を大事にする心。共感と協力、感謝の気持ち。環境を大事にし、ありのままであることを感じることができる。

バランスが悪いと、恋愛関係に陥りやすくなり、嫉妬深くなり、依存状態になる。または愛情に対する自然な欲求を否定し、人間関係から引いて自己愛に走る。自己中心的になり、自分勝手な理由で愛情をコントロールする。愛情行為への恐れや他者への固執、共感の欠如と孤独やうつ状態。心臓や循環器系、呼吸器系、または皮膚やリンパの病気。原因は、幼少期の親からの拒絶やネグレクト、愛情の欠如、感情の否定、侮辱、性的虐待。行動のともなわない「愛している」などの言葉。

治療としては、ハタヨガ、マントラヨガ、バクティヨガ。ビジュアライゼーション、有意義な人間関係、社会奉仕やチャリティの仕事。人と話し合い、感情を許して解放すること。

5)ヴィシュッディ「I communicate(私はコミュニケートする)」

ヴィシュッディのバランスがいいと、どんな環境でも人生に満足できる。健康的で栄養のある食事を摂り、調和に結びつく生活を送り、自分の健康に十分責任を持てる。明快なコミュニケーションができ、深いことも把握できコミュニケーションが取れる。声が明朗になり、聞き上手になり、リズム感がよくなる。

バランスが悪いと、人生が混乱しやすく、空虚で意味のない言葉を多用するようになる。しゃべりすぎ、自分の声だけに夢中になり、ゴシップに溺れる。会話を防衛手段として用いたり、声により人を支配しようとする。常に会話の邪魔をし、人の話を聞けない。また本当の自分を出すと相手を怒らせるのではないかという恐怖に襲われ、嘘をつくようになる。自分の考えや感情を人と共有できず、声が小さくなり、リズム感が悪くなる。過度に潔癖で純度にこだわる。甲状腺や声帯、喉頭、浄化器官の病気。

原因は、幼少期の言葉の虐待、怒鳴られたり過度で不当な批判を受けたこと。親が権威的で、一貫性のないことを言われたり、話すなと脅されたり、要らないものに対する感謝の強要、不当な謝罪の要求、自分を表現することに恐怖を感じさせられたこと。

治療としては、ハタヨガ、マントラヨガ、瞑想、読んだり書いたりすること、沈黙、目標のない創作や話を聞くこと、聞いてもらうこと。正直に自分を表現すること。

6)アージュナ「I know/I understand/I realise(私は知る/理解する/気づく)」

アージュナのバランスがいいと、知能的だけでなく、直感的なものも含んだ、様々なレベルでものごとを理解することができる。外的にも内的にも察しが早くなる。一見するとまったく異なるように見える概念の中に、つながりを見ることができる。夢を記憶するようになり、自然の中の象徴を敏感に察するようになる。

バランスが悪いと、散漫になり、知的に過剰で感情や直感から離れてしまう。考えすぎ、概念に執着し、バーチャルになる。または思考がほとんどなくなり、妄信的になる。記憶力が悪くなり、想像力が欠如し、状況をコントロールするために思考を使い、人を誤った方向へ導く。慢性的不安症や、特異な言動、過度な自己批判。下垂体や脳の病気、精神的障害やストレス、優柔不断など。

原因は、幼少期に能力を否定されたり、尊重されなかったりしたこと。常に批判にさらされ、言語的または非言語的に独断や偏見に従うようプレッシャーをかけられていたこと。

治療としては、ヨガやヨガニードラなどの深いリラクゼーション、瞑想、ビジュアライゼーション。夢の診断や、カウンセリング、アートセラピー。催眠療法や前世療法、音楽。

7)サハスラーラ「I am(私)」

サハスラーラはすべてのチャクラを超越し、すべてのチャクラを中に持っている。

これを見ると、毒親のもとに育つことで、体とメンタル面でどの部分がどのように傷を負わされたのかがよくわかる。カウンセラーがヨガの先生時代に、体のどこにつまりがあるかでその人がどんな人生を送ってきたかがわかったものだと言っていたのは、この通りだった。

カウンセラーいわく、虐待された人はほぼ全員がコミュニケーションを司る5)のヴィシュッディに傷を負っているらしい。声が小さかったり、口をあまり開けずにしゃべるようになる。一番わかりやすいのが扁桃腺をよく腫らす子供で、これはまさにヴィシュッディが傷つけられていることの表れだそうだ。口から出せないから体に出る。私もしょっちゅう熱を出していたので、小学生のときに手術で除去している。

虐待を受けた子供はまた、感情を司る4)のアナハタにももちろん多大な傷を負う。私も小学校に上る前に、胸の病気である肺炎にかかった。それからもずっと、親から感情を無視されて生きてきたわけだけれど、それが「I am here!」で「心が開いた」ことによって初めて、自分(=感情)がここにちゃんと存在しているのだということを感じたのだ。

また「腰痛」は、1)のムーラダーラのバランスが悪いということになり、物理的な安心感の欠如を意味している。私は数年前に突然腰が悪くなったけれど、母親はずっと腰が悪くとうとう激痛で身動きができなくなり、大きく切開する大手術を受けるはめにまでなった。単なる骨格の問題だと思っていたけれど、私がちょうど仕事を辞めて日本語教師になるまで腰痛とは無縁の人生だったことを考えると、やはり安心感と関連していると思わざるを得ない。

メンタルの状態は必ず体に出る。「体は正直」というのは本当だった。