15 自分を取り戻そう

パリの不思議な人

契約満了で辞めると決めた仕事だったけれど、それからはプレッシャーと不安もなくなり、気持ちもラクになって楽しめるようになっていた。

言いたいことも気負わず言えるようになって、最初からこうできていたらもっと違った仕事生活が楽しめたのにと残念な気持ちになった。夫の仕事が安定していなかったとはいえ、「私がこの仕事を失うわけにはいかない」というプレッシャーを感じすぎていたのだと思った。そんな必要はどこにもなかったのだ。

何度も出張で行ったパリでは、仲良くなった人もできた。とても不思議な人だった。深い話をしてみたいとずっと思っていたんだけど、最後の出張のときにそれが叶った。

彼女は子沢山のお母さんで、とてもあたたかい人だった。私がパリに行くようになってよく話すようになったのだけれど、それまでほとんど個人的な話はしたことがなかった。

仕事のあとにオフィスを出てすぐ、「ねえ、子供を持とうと思ってる?」と突然聞かれた。青天の霹靂だった。

「なんでわかったの?!」と思わず聞き返してしまった。はっきりと子供を産もうというところまではいってなかったけれど、そのころはずっと仕事のことや年齢のことを考えていて、子供をどうしたらいいのだろうと思っていた。

仕事はあとからでもどうにかなるだろうけど、年齡ばかりはそうもいかない。でも、かといって準備ができているかと言われると、けしてそうではなかった。ほしいわけでもないし、将来ほしくなったときを考えると今産まなければいけないと思うけれど、精神的にも安定していないし、できれば今はほしくなかった。

そんなときに、このひとこと。どう受け取ったらいいのかわからなかった。なんでこんなことを言い出したのかもわからなかった。

お店に入ってからは、なぜ契約満了で辞めるのかという話や、総務経理部長のセクハラの話、今は日本の会社が合わないことなどを話した。勤続20年の彼女が仕事を始めたときのこと、最近の会社は変わってしまったこと、彼女の家族のこと、子供のこと、これからのことなどもたくさん聞いた。

帰りにまた子供の話になったのだけれど、そのときには私の気持ちが緩んでいて、親のことがあって精神的に不安定で、子供にも同じことをするかもしれない不安もあって、などということを話してしまった。すると、

「大丈夫、あなたはそんな風にはならないわよ」

と事も無げに言われたのだ。

「私のなにを知っているというのだ」と思う間もなく、がぶわーっとあふれてきてしまった。

仕事で半年ほど密に関わっただけで、彼女が私のことをよく知っているとも思えなかった。一度だけ、彼女がロンドンに来たときに、「子供は持たないの?」と聞かれたことはあった。でも「まだわからないんだ」と言って終わりだった。よくある会話だ。こちらの人たちは日本人のようにプライベートな話には突っ込んでこないから、そのときもそこまでだった。

彼女ももちろん普段はそうらしいのだけれど、なにかピンときた人には思ったことを言うのだそうだ。私にはずっとこれを話そうと思っていたらしい。

彼女は自分でも不思議がっていたけれど、なにかを必要としている人がわかるらしい。以前も別の人に「子供ほしいんじゃない?」と突然聞いたことがあって、全然知らなかったのだけれど、なんとその人は子供ができなくて悩んでいたらしい。それで仕事を辞めるよう勧めて、その人は辞めたんだけれど、数か月後にその人から連絡があって、仕事を辞めて本当に子供ができたとのことだった。

またある人が会社の求人に応募してきて、彼女が面接をしたのだけれど、どうもその人の居場所はここじゃないと感じたので、いい人だったけれど「あなたの仕事はここじゃないから、別のこういう仕事を探したほうがいい」とアドバイスをして帰したらしい。すると数か月後にその人から連絡があり、彼女の言う通りにすごくいい仕事に出会えたと感謝されたそうだ。

私にも、もしかしたらそう言ってくれる人が必要だったのかもしれない。突然だったしよくわからなかったけれど、涙が出てきたということは、なにかに大きく刺さったのだと思った。

彼女は、「誰にでもそう言ってるわけじゃないし、会社の別の人は子供がいないけど、その人はまだ自分が子供だから子供を持つのはまだまだだと思う、でもKelokoちゃんは大人だから大丈夫」「Kelokoちゃんはたぶん12歳くらいからもう大人だったんじゃないの」と言ってきた。

たしかに私はカウンセリングでもわかってきた通り、「子供」でいた経験がほとんどない。12歳というより、たぶんもっと早くから大人でいることを押しつけられてしまっていたのだと思う。だから自分がまだまだ子供だし、そんな自分は子供を持つことはできないだろうと思っていた。

彼女が言うには、問題は「母親になりたいか」であって、「子供を持ちたいか」ではないとのこと。母親になる準備ができているか、そこを考えるんだということだった。

どうするかわからないけれど、じゃあもし母親になってなにか困ったことが出てきたら、また相談させてと言ってみた。「今からパリに行くから!」って電話かけちゃうよと。すると彼女は、「みんなそうやって私のところに戻ってくると言うけど、誰も戻ってきたことはないよ」と、楽しそうに言った。「え、なんで?」と聞くと、「みんなハッピーになったからよ、問題がないから戻ってこないの」と。

それで自分はハッピーなんだ、きっとその人たちもまた誰かに必要なことを伝えて、それで誰かをまた幸せにして、そうやって巡り巡って世界は成り立ってるんだよ、と。

小さいころにフランスに移住してきた彼女は、きっと大変な子供時代を過ごしている。でも今はそうやって家族を持って、幸せな人生を歩んでいる。だから人のことを思って、人のことを考えて、人に必要なことを伝えて、その幸せを人に伝えていっているのだと思う。

自分もこれを乗り越えたとき、人に幸せを伝えてあげられるようになりたいと思った。

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それでも落ち続ける日々

契約満了で辞めると決めてからは、落ち着けるものと思っていた。でもそうではなかった。

落ち着けるどころか、毎日毎日「やっていける」と思ったり「駄目だ」と思ったりして、ジェットコースターのように気分が上下して休まることがなかった。朝方の4時ごろに目が覚めてはパニックに陥ったり、電車の中で突然どーんと落ちたりした。死ぬことを考え始めたのも、このころからだ。

食べるためだけに毎日毎日仕事に行って、会社で8時間過ごして帰ってきて、家の片付けをして、また次の日仕事に行って。毎日毎日、体を維持するために食べ物にお金を消費して、また消費するためのお金をもらうために仕事に行って。こんなことをやっていて、なんの意味があるのだろうと思った。こんなことをあと何十年もやるのかと思うと、気が遠くなった。

もう終わりにしたかった。本気で、こんなことを70年も80年もやるために生まれてきたのだろうかと思った。生きている人たちが信じられなかった。

自殺をする人というのは、もちろん悩んで悩んで遺書も書いて意志を持って飛び降りるような人だっているけれど、突然すぎて周りにびっくりされるような人もいる。あれというのは、本当にこうして突然落ちたときに、フとなにも考えずにプラットフォームから一歩出てしまったり、ベランダから出てしまったりするのだと思った。

落ちていたり、そこにまたお酒を飲んでいたりすると、「これをしたら死ぬ」というのがフとなくなるときがある。そういうときにこの世とあの世の境目がなくなって、そこへ落ちるのだと思った。

「正気でなくなる」というのは、そういう一瞬のことだと思う。私はまだそういうのを観察的に考えられていたから正気だったとは思うけど、正気でない一瞬というのは誰にでもある。このあたりはもう、それこそその人の運命そのものなのだと思った。

きれいな光り輝く天気の日でも、「世界はこんなにきれいなのに、なんで私はこんなに眉間にしわ寄せて下がり眉でつらい思いをしてるのだろう」とますますうつになった。健康であるだけで幸せだとも思うのに、仕事なんかなくたって失業手当もらえばいいじゃないかとも思うのに、明日死んでしまうかもしれないのだから、遠い先のことなんて考えずに今やりたいことをやればいいじゃないかとも思うのに、仕事がない、安定してない、家賃どうするのだ、子供どうするのだと浮かんできて、とにかく落ち続けた。

このときは、なぜこんなにも落ちるのかまったくわからなかった。仕事がなくなるから落ちているわけではなかった。でもそうしたらなにが問題なのかわからなかった。

日本では失職で自殺をする人が多いと思う。仕事に就くのが大変で、一度離職したら再就職が困難だからだ。生活保護を受けることに抵抗や問題もあったりするので、収入がなくなることがすぐ死を意味する。そこがクリアできていたとしても、日本人は仕事を通して「自己実現」しようとしたり、「生きがい」にしたりする。人生における仕事の存在が大きい。

仕事というのは、たくさんあることの中のひとつだ。自己実現なんて人それぞれだし、仕事だけがその場とは限らない。もちろん毎日するものだから、生きがいにできたらいいことだとは思う。でも仕事というのは、自分の意志とは無関係に失うこともある。それだけを糧にして生きていたら、人生が危うい。

私は仕事を通して自己実現をしようとしていたわけではないけれど、今思えばこのあたりにヒントがあることがわかる。

私は、空っぽだったのだ。

私には、どこにも自分がなかった。

仕事でも、料理でも、旅行でも、友達との時間でも、夫との生活にも、どこにも自分がなかった。なにをしていても、自分がいなかった。だけはそれをおこなっていたけれど、実質がなかった。

確固たる愛情を感じていたわけでもなく、物理的に一緒にいるのに必要なビザを取るため、夫と結婚して一緒に暮らし始めた。旅行へ行けば、有名な場所へ行って、ただ見て写真を撮った。行ったことを感じるために、切符やパンフレットを持って帰った。そこには味わいが欠けていた。バーチャルだったのだ。

それに潜在的に気づき始めたからこそ、落ちるようになってきたのだ。それまではそれがおかしいこともきっとわかっていなかったし、自分は普通の人たちと同じように生きているのだと認識していた。それがイギリスで生活する中で「実際の自分」を求められたり、夫との生活の中で問題が起きるようになって、だんだんと違和感不都合が出てきたのだ。

そして、ついにもう存在すらしていられないようになった。「空っぽ」という現実に潜在的認識が追いつき、自分の存在がわからなくなってきたのだ。

最初の「私の気づき」から、4年。本格的な崩壊が始まった。

辞めて正解

いろいろ考えていたけれど、最終的には「辞める」という本当に正直な気持ちに従うことになった。

スピリチュアルカウンセリングではなんとなく、「延長しておいて安定を確保してから、夫の仕事が落ち着いてきたら行動する」ということを勧められた気がする。でも最後には「不安」よりもなによりも「正直な気持ち」がまさってしまったのだ。カウンセリングを受けたときは「不安」が一番強いエネルギーだったのかもしれないけれど、それからどんどん「不安」がなくなっていったのかもしれない。

次の話し合いでは仕事内容の詳細が出たので、私の希望を話した。昇給が必須であることと、前の会社ではこれくらいもらっていたという話をしただけで、即座に「それは難しい」ということで話が終わった。

「仕事をこれくらい増やしたいです、だからこれくらい昇給します」という提案をされたのだけれど、昇給額はつけ足したようにわずかだった。それ以上に、たまたまだけれどこの一年はイベントがたくさんあって、かなりの知識経験を得たにも関わらず、「仕事を増やすから昇給」という考えかたがバーチャルだと思った。

リストに書ける「仕事内容」は見えるけど、目に見えない「経験」では仕事ぶりを推し量ることができないのだと思う。

日本の会社」で「仕事ができる」というのは、主に「会社の知識がどれだけあるか」ということだと以前にも書いた。だとしたら「経験」で評価するべきなのに、「仕事内容」でしか評価されない。ここに現実との乖離がある。「勤務時間」で評価する会社も同じだ。

そしてその「目に見えない経験」を無視することは、私にとっては「目に見えない自分の気持ちを無視された」というトラウマの地雷にもなる。やはり辞めて正解なのだと思った。

そう思ったら、気持ちがラクになった。新しい仕事に向かって進もうと、前向きな気持ちになれた。

それを伝えようと夫に電話すると、なんとそこで夫の面接が駄目だったという話を聞いた。明るい前向きな空気から一転して、目の前が真っ暗になった。地雷などいいから、正社員で延長しておくべきだった。今からでも話してそうできないか。なんという考えなしのことをしてしまったんだろう。そう思った。

でも「夫について」でもあったけれど、夫のことと自分のことは切り離しておくべきなのだ。夫がどうであれ、いろいろ考えて決めたのなら、辞めればいい。

もちろん、今日明日にでも貯金が底をつくという話なら別だ。もしそうだったらきっと、自分だって正直な気持ちとしてそこまで辞めようとは思わない。でもそうでないのなら、体調のことも考え、自分の気持ちも考えて、それで決めたなら辞めればいい。それでも当時はそんな風には思えず、後悔を抱えながらハラハラしていた。

すると、もうすぐ辞める総務事務担当の同僚からとんでもない話を聞いた。

なんと、彼女はセクハラいじめに遭っていたと言うのだ。

彼女の上司は、勤続20年の現地の総務経理部長だったのだけれど、とても事務的で一緒に働きやすい人だと私は思っていた。もし正社員として延長するなら、将来的には経理部に入れてもらって、数字やデータを扱うような仕事をしたいと思っていた。その人から被害に遭っていたというのだ。衝撃だ。

しかも以前働いていた人に相談してみたところ、なんと過去にもセクハラ事件を起こしていたことがわかったらしい。なのに会社は役にも立たない形だけの「捜査」をして、そんなことはなかったということにされたとのことだった。最低だ。私だったら絶対お金を取ってやる。

メンタルヘルスへ紹介」されることとなったCBTの話も、彼女から聞いたものだった。私が「一週間の自宅療養」になる前に、二週間ほど突然休んだことがあったのだけれど、それもそのストレスもあって抑うつ(Depression)になっていたのだという。

話してみると、彼女も私と同じで自己肯定感が薄いようだった。たぶんそういう人だからこそ、セクハラやパワハラなどを引き寄せてしまうのかもしれない。日系の会社が採るような事務の女の子だから、きっと代々みんな細やかで大人しい自己肯定感の薄い人なのかもしれない。だからこそ、みんなこの部長の餌食になりやすいのかもしれない。

辞めると決めて本当によかったと思った。あと少しでも夫の面接の話が早かったら、辞めなかったかもしれない。正しい方向へ導かれていると思った。「3度目のSAGB」でも出てきた、見守ってくれているという曾祖母に感謝した。

同僚の中には楽しく仕事ができる人もいたし、すごい優秀で興味のある人もいたし、すべてが悪いわけではなかった。バーチャルなことをせずに現実的に仕事をしてくれる人もいたし、どうしようもない人もいたけど言い返せたりもした。

私がもっとトラウマから回復していたら、細かいことで傷つきもせず、延長して続けていられたかもしれない。自己肯定感がはっきりとあれば、自分の思うことをはっきり言えて、周りがどうであれ自分を持って、普通にラクに仕事していられたかもしれない。

将来的にはそうなって、どんな人とでも傷つかずにコミュニケーションが取れるようになるのが目標だ。でもこのときはまだそこまで到達できていなかった。辞めるという決定は正しかった。そうなるようになっていたのだと思った。