14 どんどん落ちていく

メンタルヘルスへ紹介

このころ、同僚から「CBT(Cognitive Behavioural Therapy)」の話を聞いた。

CBTは日本語で「認知行動療法」といって、「考えかたの癖を変える」という、うつや不安症の治療によく使われる手法らしい。私が初めて受けた「最初のカウンセリング」も、これだった。イギリスでは広く使われていて、その同僚も「Anxiety(不安症)」の治療で全20回ほどのセッションを受けているとのことだった。

というのも、私が「一週間の自宅療養」が終わって会社に戻ってくると、彼女が話しかけてきて、なんで休んだのか理由を聞かれたから話したら、自分も同じだったと教えてくれたのだ。以前に突然2週間の休みをとったことがあったのだけれど、医者から「Depression(抑うつ)」だと言われて休むように言われたのだとのことだった。

この話を聞いたとき、最初は驚いた。彼女は誰に対してもとてもフランクで明るくて、そんな不安症を抱えているなど思えなかったからだ。

でも、考えてみれば「確かに」という感じだった。イギリス人というのは日本人と比べるととても大雑把な人が多いけれど、この同僚はとても几帳面で細かく、日本の会社に非常に合っている人だった。あるとき一度、それほどでもないことで「大きなミスをしてしまった」とひどく心配したようで、謝罪されて驚いたことがあったりした。

たぶん、小さいことをすごく気にしてしまう人なのだろうと思った。それが細かいことによく気がつく日本の会社に入ったことで、さらに悪化してしまっていたのだろう。私とまったく同じだと思った。

聞いてみたところ、このCBTはNHS(国保)で受けているとのことだった。ということは無料だ。

イギリスの医療システムには、

National Health Service=国民健康サービス(無料)
Private Health Care=プライベート医療(有料)

の二つがある。NHSはイギリスに1年以上住んでいる人が加入できるシステムで、登録すると「National Insuranceナンバー」がもらえ、そのNIナンバーで国民健康保険料や雇用保険料、年金、GPの登録などがすべて管理されている。

NHSは無料だけど、手術や処置の順番を待ったり、できる施術が限られていたりする。そこで会社の福利厚生でプライベート医療があったりして、順番を待たなくても手術ができたり、NHSでカバーされない施術を受けられたりするようになっている。歯医者も、NHSでは銀の詰め物だけれど、お金を払うと白い詰め物をしてもらえたりする。

当時の私は1年の産休カバー契約だったため、会社のプライベート医療には加入できていなかった。収入も少なく毎月赤字なのに、全額負担で個人のカウンセリングへ行くこともためらわれた。なので、NHSで無料で受けられるものがあると知って食いついた。

同僚の説明では、

①まずGPへ行って「不安症」の診断をしてもらい
②そこから専門部署(メンタルヘルス)へ回すレターを書いてもらい
③そこで相談してCBTのセッションを受けることになった

とのことだった。

自宅療養のあと、3回目の血液検査の結果を聞きに行ったときに、GPに話をしてメンタルヘルスへ回してもらうように頼んでみた。これだけ検査をしてもなにも異常がなのに、こんなにも疲れて起き上がれないということ、また仕事での心労も激しいことを話して、レターを書いてくれることになった。

よかった。ついに本格的な解毒ができるのだと思った。

GPに手紙を書いてもらってからがきっと長いのだろうとは思ったけれど、ついにここまでこれたのだと思った。数か月かかるのかもしれないけれど、早く順番が来るのを楽しみにしていた。

また、一応ビタミンDの値が低いとのことで、ビタミン剤を飲むようにも言われた。ビタミンD値が低いと、うつや疲労症になるらしい。正常な数値は75〜200らしいけど、私は35だった。でもイギリスの冬を超えた人は通常みなこれくらいだとのことで、私が特別低いわけではないとのことだった。

このころ健康把握のために基礎体温を測り始めたのだけれど、普通なら女性は高温期と低温期になんとなく分かれるはずなのだけれど、私の体温はなんだか一定で変化があまりなかった。生理はきちんとあったのだけれど、ホルモンバランスが崩れているのかもしれないと思った。

リハビリとして、ビタミンD生成のために、天気のいい週末はベランダに出て日光にも当たるようにした。そのころ友人がハマっていたスプレーペイントにも、チャレンジしてみた。絵はけしてうまくはないんだけれど、好きなものを壁にスプレーするのはおもしろかった。

そうしてなるべくリラックスするように心がけながら、メンタルヘルスから連絡が来るのを待っていた。

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一週間の自宅療養

ぼろぼろの体」のところで書いたGP(かかりつけ医)の予約がついにやってきて、ようやく診てもらってきた。特に体に異常がなかったので血液検査をすることになった。

GPの処置室でも血をとってもらえるけれど、それだと予約が必要で、2〜3週間後の日程でないと空いていないとのことだった。でもすぐ裏にある病院で、通勤者用に早朝7時から予約なしで先着順でやってくれるサービスがあるとのことで、翌日すぐに血をとってきた。

血液検査依頼書を見てみたところ、調べた項目は以下の通りだった。

ESR(赤血球沈降速度)
Full Blood Count(全血球算定)
Fasting Lipid Profile(血中脂質)
Fasting Glucose(空腹時血糖値)
Liver Function Test(肝機能)
Thyroid Screening(甲状腺スクリーニング)
Renal Profile(腎臓)

一週間後に検査結果が出て、電話で聞いたところ「再検査の必要がある」とのことだった。急いでGPをまた予約して詳しい結果を聞きに行ったところ、以下の2項目が再検査とのことだった。

Full Blood Count(全血球算定)
Liver Function Test(肝機能)

肝臓癌なのかもしれないと思って、怖くなった。それだったらこれだけ体調が悪いのも頷けた。

結果が出るまで怖い一週間を過ごしたが、「異常なし」とのことだった。最初の検査では血球が正常値より高く、肝機能の数値もおかしかったらしいが、再検査では数値が正常に戻っていたそうだ。肝臓癌でなかったのはよかったが、ではいったいこの体調異常はなんなのだ。けっきょく安心できず、ますます怖くなった。

GPが言うには、なんらかのInfection(感染症)でもすぐ疲れる症状は出るとのことだった。わかりやすく言うと、風邪を引くと歩いただけでも疲れたりするし、体がだるくなる。三度目の血液検査をすることになり、感染症を含めた以下の項目を調べてみることになった。

Bone Profile(骨代謝)
Infections Mononucleosis Glandular Fever(伝染性単核球症)
25-Hydroxycholecalciferol (Vitamin D)(ビタミンD)
Coeliac Screen – Tissue Transglutamine(セリアック病)

その間、疲労がひどいから休みなさいと言われ、一週間のDoctor’s Noteを書いてくれた。これは医師の診断書のようなもので、通常一週間以上の病欠を取る際に必要となる。

こんなにしょっちゅう血液検査に来ると、もう看護婦さんにも覚えられてしまい、呼ばれて処置室に入ると「あらまたあなた?」と言われ、なにも言わずに椅子を倒して寝かせてくれるようになった。

私は注射が大の苦手で、特に血液検査のように血を抜く作業のように長時間針を刺していなければならないものがだめだった。すぐ抜いてもらえるものならまだいいが、「体の中に異物が入っていて、それが針のようなもので、少しでも動くと体を傷つける」というのが耐えられない。だからも苦手だ。

なので少しでも体の力が抜けるように、になって血を抜いてもらう。イギリスではなにかあるとすぐ血液検査をするけれど、必ず椅子が倒せるようになっているのでいい。日本の健康診断ではそんな設備があまりなく、みんなが見ている中で別室に移されたりして恥ずかしかった。

三回目は、3本も血を取られてすごく時間がかかった。永遠に続くかと思った。あと数秒続いていたら発狂していたかもしれない。

結果は、また「異常なし」だった。これはもう絶対に精神的なものだと思った。

友人の来英

夫が短期の仕事を始め、私も精神的に少し落ち着き、体調もしばらく安定しているようだった。

また三連休があり、今度は海辺のほうの町へ行って、少しビーチの周りを歩いたりもした。以前のような長いウォーキングはせずにいたものの外に出れるようになり、回復してきたかのように見えていた。

腐りきった毒親」で書いた、実家の近くに住む仲良しのおばさんがまた仕事でイギリスに来たので、会って話を聞いてもらった。年始に会ってから、その後なにがあったのかを聞いてもらい(「10 大災害に見舞われる」参照)、よくわかってもらえて嬉しかった。

化粧水ふたたび」で書いた化粧水をなくされた話をしたら、「浴衣と送ったって言ってたやつ?」と言われた。あれだけ「送るな」と言ったのに、やはり送っていた。「送らずに置いておいたんだけどなー」とすっとぼけていたけれど、やはり送っていたのだ。

この人たちとコミュニケーションを取ることは「難しい」とか「用心が必要」などではなく、完全無欠に「不可能」なのだと、改めて体中で実感した。日本語を解しているような雰囲気はあるけれど、あの人たちが話しているのは別の惑星の言語なのだ。英語で話しかけても理解度は変わらないだろう。

おばさんが言うには、母親は一緒に来たそうな顔をしていたという。「絶対に連れて来ないで」と言ったけど、仮に一緒に来るかと聞いたとしても、母親は腰を切開する手術をしたばかりで、あの身動きできない状態では飛行機にも乗れなそうだ。しばらくは心配しなくていいだろう。

しかも親は、万が一にも「一緒に連れて行って」などとは言えない。なぜかというと、馬鹿だからだ。

父親も母親も、私から「お父様お母様、ぜひいらっしゃってください」と飛行機のチケットが送られてくるのを待っている。私が渡英したときから。ホテルも全部手配してもらって、いろいろ案内してもらっていい気分にひたり、それを帰国して人に自慢したいのだ。うちの娘は海外に住んでいて、この前呼んでもらったんだよと。それがやりたいのだ。

一生待ってればいいと思う。

過去に何度か、母親が人を使ってそれを実現しようとしたことがあるのを、私は知っている。「Kelokoに会えなくてもいいから、Kelokoがどんなところに住んでいるのかだけでも見たいわ」と、イギリスに行ってみたいと人に言うのだ。こういうお涙頂戴なことを言えば、その人が私に「Kelokoちゃん、お母さんこんなこと言ってたよ、イギリスに呼んであげなよ」と言ってくれるだろうというのが狙いだ。

典型的な毒親的やり口だ。

でも周りは、そんな魂胆をよそに「今じゃたくさんツアーもあるし、ぜひ行ってきなよ」と勧めたそうだ。本当にありがたい。もちろん、そう言われて毒親がツアーでやってくるようなことは一切ない。だんだんとそのやり口が通用しないことが理解できてきたのか、もう「イギリスに行きたい」などとは言わなくなったようだ。素晴らしい。

私もそこまで鬼じゃないので、そんなに来たいならチケットを送ってあげてもいいかなとも思った。私がイギリスを出てるときに。空港に着いて放置されたら、少しは海外生活の大変さもわかるのではないかと思った。でも親の教育に子供がお金を払うのもおかしいと思い、やめた。

というより、私が親の立場だったら、まず仲良くもない私が突然にこにこしてチケットを送ってきたりしたら、今までの歴史を振り返れば「おかしい」と思わずにはいられないだろう。なのにそれを「Kelokoも大人になったのだ」「心を入れ替えたのだ」と勝手に思える人たちが、信じられない。お金をもらったってそんな毒親旅行のツアコンなんかしたいと思わないのに、逆にお金を出せなどあり得ない。

という楽しい話をしながら、1日おばさんたちを案内した。翌日も、またその翌日も会うつもりだった。でも、また体調がおかしくなった。

ロンドンまで行ったのはいいけれど、頭から血の気が引くようにふわふわして、前に進めなくなった。それでも地下鉄に乗ってしまえばと思ったけれど、全体がホワイトアウトするような感覚に襲われ、だめだと思った。泣く泣く帰宅し、寝込んだ。けっきょくおばさんとは一度しか会えず、毒親の呪いなのではないかと思った。

疲労がひどくて、起き上がれなかった。脳天に違和感があり、視界が白く濁ったようにふわふわしている。体の周りに膜が張られたように、身の回りのものが遠くに感じる。心臓に負担がかかっているようにも感じた。1日に20km以上もウォーキングしたことがあるような人間が、たった1日友人を案内しただけで寝込むなんて、どう考えても異常だ。

1日中ずっと横になっていたのに、翌日の月曜日も半日で早退せざるを得なかった。これは本当にいったいなんなのだろうと、怖くなった。