13 ついに問題の核心に迫る

「不幸にする親」抜粋:私ができること

そして最後に、自分ができることについて。毒親をどうにかしないとしたら、なにをするのか。

自分の過去に意味を見いだすこと。
そのためには、自分の生い立ちのなかの「助けになる部分」と「傷つける部分」を統合することが必要。
過去に意味を見いだすというのは、単に「あれでよかったんだよ」と言ってただ過去を肯定することではないし、過去に起きた出来事の事実を否定することでももちろんない。
「過去に負った心の傷を、自分の強さとともに認識する」ということ。

私は心に傷を負わされた時ですら、強さを見せた。
私はその出来事から強さを引き出したのだ。
その強さは、今でも私と共にあるはずである。
誰も助けてくれなかったにもかかわらず、理不尽で傷つく状況に何とか対抗することによって、私は親の不健康なコントロールから辛くも生き延びてきたのだ。
「自信」も「プライド」も、間違いなく私の一部なんだということを忘れないように。

私は子供の時、全てをコントロールしたがる親の下で「洗脳」され、真実を知らされず、助けてくれる仲間もほとんどいなかったにもかかわらず、生き延びてきたのだ。
このことをはっきり認識すれば、これからの人生で正面から受け止められないことなど、ほとんどないに違いないのだ。
私にはできるはず。

本には「あなた」で書いてあったところを、「私」に変えて書いている。

今のカウンセリングでも言われているけれども、過去を否定していては解決にならない。インナーチャイルドを否定することになるからだ。ではどうするかというと、インナーチャイルドを「よくやったね」と癒やし、「もう大丈夫だよ」と受け入れる。すると、だんだんと大人の自分と統合していく。

たぶんなんのこっちゃわからないと思うので、また今のカウンセリングの話のところまできたら、私が学んだ方法などを含めて詳しく書きたいと思う。

ただひとつ思うのは、否定していたければ思う存分否定していていいのではないかということ。もちろん否定している限り前には進めないけれど、そういう段階は絶対に必要だと思う。起こったことを否定して、「自分はそうじゃない、自分は普通だ」と思うこと。それをしていてしんどくなってきたら、「どうしたらいいだろう」「変えたい」と前に進んでいけばいいと思う。

しんどいと思わなければ進まなくてもいいし、いつ進み始めても、一度進んでからまた戻ってもいい。自分の問題なのだから、自分のペースで、じっくりと。急かしてくる人がいたら、それはその人に問題があるので聞かなくていい。そこが一番大事だと思う。

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「不幸にする親」抜粋:ゲームから抜ける

次に、毒親をどうするかについて。

私は彼らを変えることはできないし、彼らのゲームに勝つこともできない。
たぶん、彼らに間違いを認識させることもできないだろう。
けれども、私は彼らから独立した存在でいることができる。
彼らのゲームとは「勝って相手をコントロールする」というゲームであり、
「人間同士がお互いに相手を必要としあう」ゲームではない。
そんなゲームに参加して勝とうとしたり、彼らを変えようとしても、自分の目標を失うだけである。

人生を自分の思う通りに完全にコントロールする方法はない。
それが生きているリスクというもの。
子供を不健康なやり方でコントロールばかりする親は、
人生のリスクに対して、自分が強く賢くなることで対応しようとせず、
単に感情的に反応するだけの人生を生きてきたのである。

私はそんな人生を生きる必要はない。
私はより強く、賢く、柔軟になり、人と良い関係を築き、自分を愛し、
遭遇する人生のリスクにうまく対処できるよう準備することができる。
私は幸福な人生のスタートを切ることができなかったかもしれないが、
これからそれをハッピーエンドにもっていくためにできることはたくさんある。

親の毒に気づいて怒りが出てくる段階になると、毒親に謝らせたり罪を償ってほしいと思ったりする。当然、殺したいと思うかもしれない。その気持ちはとても大事なので、まずはじっくり怒りを放出する。時間がかかるだけかける。

その段階が終わりに近づくと、毒親をどうにかしたり毒親について考えるよりも、自分が心地よく生きられるようになることが大事に思えてくる。受けた毒のせいで生きづらい自分に気づき、そこから解放されたいと思うようになる。

そして自分の回復に向けて動き出していくと、だんだんと親はどうでもよくなってくる。回復がとても難しかったり、どこまで毒されていたんだと問題の大きさに嘆いたりして、今の自分に集中するようになるからだと思う。「土俵から下りる」というものだ。

するとそのうち、「自分の人生の大切さ」が向こうからじわじわとやってくる。

たぶん最初は「そんなことを言われても親を殺してやりたい気持ちは変わらない」と思うだろうし、そう思っていていい。私もそうだった。でも「親がどうにもならなくても生きていける」という道が存在するのを、なんとなく聞いておくだけでいいと思う。

「不幸にする親」抜粋:許すということ

次に、「許し」について。

「許す」とは、

①自分がひどいことをされたことを認識し
②そのために沸き起こったひどい感情と苦しみを味わい
③私だけが長さを決めることのできる一定の期間を通り抜け
④その後でようやく、ひどいことをした人に対して憎しみなどのネガティブな感情を持つことを放棄する

ということ。

復讐したい気持ちを捨て去ることは大切だが、
ひどいことをして自分を苦しめた人間から理由もなく罪を免除したり
許してあげなければならないということは全くない。
許せるかどうかは時が来ればわかってくる。
いつそれを決めるかは私が決めることであり、他人がとやかく言うことではない。
相手に言わずに黙って「許す」こともできる。
大切なのは、相手がその言葉を聞くことではなく、「私が」聞くこと。

「許し」とは寛容の精神による恩赦を与えるようなものであり、「罪を免除すること」ではない。
許したからといって、相手の罪がなくなるわけではない。
充分に時間をかけ、心の奥に隠れてしまった感情までじっくり探索すること。
決められるのは私だけ。自分を信頼すること。

「許さなければいけない」というプレッシャーや罪悪感は持たなくていいのだということ。「許し」というのは自分の心の中から自然と出てくるものであり、相手が謝ってこようが周りからプレッシャーをかけられようが、強制されて行うものではない。強制してくる人がいたとしたら、それはその人に問題があるので、言うことを聞かなくていい。

自分のペースで、自分のために解毒を目指し、その先に自然とやってくるものが「許し」だということ。