12 起き上がろうと試みる

現代風の過去生二つ

前世療法の最後。

昔風の話が2つ続いたところで、次は現代風の話を2つ見た。おもしろいのは、以前に「前世療法のCD」や「前世療法の対面セッション」をやったときは、西欧や中央アジアなどすべて外国の話だったのに、今回はすべて日本の話だというところだった。

3つめの過去生:新入社員のときの自分

前世ではなくて、現実の自分の過去が出てきてびっくりした。でもこういうこともないわけではないらしい。

太陽に輝く東京の高層ビルと、スーツを着た自分が見えた。新卒で入った会社だった。いい上司たちで、素晴らしい会社だと思ったけれど、あまりよくないということが明らかになって、最後はがっかりした。でも思えば、なんとなくおかしいかなということは最初からなんとなく感じていた。

次に、いくつか後の会社のオフィスが見えた。ここは今までで一番気に入っている会社で、楽しくておもしろい同僚たちと毎日を過ごしていた。でも最長で3年の派遣契約で、3年経ったら辞めなければならなかった。ここも、いいと思ったのにけっきょく安住の地にはならなかった。

人生を終えての感想は、「いいと思ったのに、違った」ということ。そして、いいとは思っていたけれど、なにか最初にちらっと不安感があり、でもそれを無視していたことも、共通していた。

考察としては、「過度の期待をしない」ということ。上司も会社も、いいところもあれば悪いところもある。これも「江戸時代風過去生の考察」でもあったように、白黒で生きていてバランスが必要だというところにつながる。また、少し変だなと感じたところは無視をせず、そこに目を向ける訓練をして、直感を信じて行動することも必要だということも入っている。

4つめの過去生:どうしょもない父親を持った娘

80年代くらいだろうか。のび太くんが暮らしているような時代が見えた。

私は10歳くらいの女の子で、警察の取調室に入っていく。そこには警官に囲まれたお父さんが私を待っていて、「おお」とこっちを見た。気弱そうな感じで、よく捕まる人だった。私はいつも、それを迎えに行く。「もう本当にしょうがないなあ…なんでこんなお父さんなんだろう、最悪だ」と思っていた。

その人生でまだ生まれてくる前、空の上から住宅街を見下ろしているところが見えた。リッチなお父さんもたくさんいるのだけれど、そういうお父さんは「私が生まれたくらいでは喜んでくれない」と思っている。その中で見た一人に対して「このお父さんが私が生まれたら一番喜んでくれるな、ちょっと頼りないから私が支えてあげよう」と思って、この情けないお父さんのところへ降りて行った。

人生を終えての感想は、あまりしっかりした親からいろいろ言われ続けるよりも「情けないくらいの親がちょうどいいかもしれない」ということだった。こんな小さい娘なのに世話をかけられて「最悪だ」とは思っていたものの、考えてみると、今の親のようにあまりにも金銭的にも社会的にもしっかりしていると、精神的に窮屈だった。

考察としては、「自分で選んだ人生」だということ。情けないお父さんだけれど、このお父さんが一番喜んでくれると思って選んだのだ。これはとてもスピリチュアル的な考えかただけれど、実際に多くの子供がそういう記憶を有して生まれてきているらしく、最近ではその研究も進んでいるらしい。

四つの話を通して、以下の二つのことが考えられる。

①自分を責めない
②直感を信じる

自分の失敗を受け入れられないのは、自分を責めているからだった。

1つめの過去生=自分が直感を信じて動かなかったこと
2つめの過去生=自分が女だったこと
3つめの過去生=自分が最初にいいと思ったこと
4つめの過去生=自分が選んだ人生だったこと

私は、常に自分を責めていた。けして自堕落で駄目な、4つめの過去生で出てきたお父さんのような人生は出てこない。人生には運が悪いだけのことだってあるし、人類の半分は女性に生まれるし、人間だから判断を誤ることだってあるし、そもそも受け入れるしかないことだってある。それについて自分を責めても、自分が苦しい思いをするだけだ。

たぶん自分の失敗を受け入れられないのは、自己肯定感がないことが問題だった。普通は生育過程で親から肯定されて身につけていくものだけれど、それができなかったために自己肯定感が育たなかった。これを自分で身につけていかなければならない。

こうしてこの前世療法で確認できたことはあったが、「それをどうしたらいいか」というところまではいかなかった。人や場合によっては、こうして過去生として客観的に問題を見て体験することで、ほどけていくものもあるのかもしれない。でもそれには何度もやる必要があるのかもしれない。

日本で体験した退行催眠では、見えたものに対して「潜在意識に働きかける」という作業をして、記憶の塗り直しというか、癒やしを行った。これが潜在意識からヒントをもらってそれに働きかけるという、「ヒプノセラピー」の完成形なのではないかと思う。前世療法でもこの作業を取り入れることで、もっと解決に向けて進めるのではないだろうかと思った。

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昔風の過去生二つ

前世療法の続き。

前回の考察から、二回目は「なぜこんなに今でも自分の失敗が受け入れられないのか」にテーマを決めてセッションを受けた。

この日は、なかなか思うようなものが見えてこなかった。2回目だからすんなりいくと思ったけれど、そうではなかった。セラピストの誘導で、短いストーリーをいくつも見た。最終的には、全部で4つ見た。最初の2つが昔風の話で、後の2つが現代風の話だった。しかもひとつは、今の自分の過去だったのがおもしろかった。

1つめの過去生:飛脚

江戸の町のようなところで、私は飛脚で、夜に誰もいない町の川沿いを通りかかる。すると、大きな屋敷が燃えている。赤ん坊と女性が犠牲になったかもしれない。

前の夜に、川岸の屋敷の前を通りかかったときに、二人組の男が火を投げ入れるのを見た。一人は悪そうな黄土色の羽織の男で、もう一人は普通そうな無口の男。次に同じ場所を通った時に、屋敷が大火事になっていたのだ。でも、足がすくんで動かなかった。

この火事の濡れ衣を着せられて、私は牢屋へ入れられた。悪そうなほうの男にボコボコにされて、「自分がやった」と言わされる。無口なほうの男に逃がしてもらえたけど、騙されて毒を飲まされ、芦の茂る浅い川まで逃げてきてそこへ倒れ込み、死んだ。

無口なほうの男は、優しい人だと思ったけれど、最初に見たときに冷やっとするような「冷たい目」を一瞬していたのを思い出して、信用したことを激しく後悔した。

人生を終えての感想は、「なんで自分がこんな目に?」という思いだった。二人組が火を投げ入れているのを見たときに、直感を信じてすぐに行動していればよかった。無口なほうの男も、いい人だと思ったのに、最初に見た冷たい目を信じて行動しておけばよかった。そういう後悔だらけで、自分を許せなかった。

考察としては、自分はとても責任を感じているが、たまたま通りかかったところで犯罪が行われてたり、たまたま悪いやつと関わってしまったりと、人生には「ただ運が悪いだけ」ということもある。自分を責めず、直感を信じて行動していればいいのではないかということだった。

2つめの過去生:お屋敷の女性

それほど昔ではないけれど、まだ着物で暮らしているような時代。

私は宴会の末席で給仕をしている女の子で、白い花の柄のいい着物を着ている。大きな広間に、赤い空気。この宴会で上座に座っていた男に手を出されそうになり、それに反抗したために地下に閉じ込められる。ネズミが出る、水が漏れている暗い荷物置き場。普通の女中が着る、黒と白の着物を着せられている。

60歳くらいになって、厚手の黒地に白い花の散った着物を着て、広間を抜けて歩いているところが見える。脇の部屋を開けると、夫が昼間から浮気をしている。娘はいるけど、世継ぎがいないので、軽んじられている。あきらめの人生。

死んで、土の中に埋められている。地上には、現代風のピンクの服を着た10歳くらいの女の子がいる。孫か、子孫かもしれない。

人生を終えての感想は、「自分がだから、こんな周りに振り回される人生になってしまった」という無念の思い。もうずっとこのまま土の中でいいかもしれないと、死んだような人生だったと思っていた。

考察としては、自分が女だからなどと「自分を責めない」ということだった。女の子に手を出そうとしたり、浮気をするような人が悪いわけで、女であることはちっとも悪くなどない。これも、以前に「女性性と男性性」で学んだことそのままだった。

江戸時代風過去生の考察

前世療法の続き。

母親との関係性」は見れたものの、父親はまったく出てこなかった。セラピストにも「父親と思われるような人はいませんでしたか?」と聞かれたけれど、感じるものはとくになかった。第一幕に出てきた男二人も、どちらも現実の誰と思われる人はいなかった。

いつも「目はいつの人生でも同じなので、を見てみてください」と言われるのだけれど、私は目を見てもあまりよくわからない。目よりも雰囲気でわかるほうなのか、姿形がなくなって雰囲気だけになる、要するにの状態になって出てくると、誰かということがわかりやすいかもしれない。

私はこのとき、もう「親との関係性」は見なくてもいいのだということだと解釈した。もうこれに関してはなにもない、終わってしまったことなのだと、潜在意識が言っているのだろうと。母親のことが少し見れたのは、毒親のメカニズムの一種を見れたということで、それ以外はもう必要がないのかもしれないと思った。

第一幕から三幕まで通してうっすらと見えてくるテーマが、「バランス」なのかもしれないとセラピストに言われた。私もそんな感じを受けていたので、そう言われてとても納得した。

まず第一幕で、男二人が出てくるけれど、この二人が両極端だ。一人は頼りがいのある正直な男、でもそれを貫いて処刑されてしまう。かといって、もう一人のお調子者の男も、やがてボロが出て処刑される。それを見た過去生の私は「どうしたらいいのだろう」と思っているわけだけれど、「なにごとも極端ではいけない」ということなのではないか。

この後に「毒親」という単語に出会い、毒親のもとに育った人が「白か黒かの両極端で生きるようになってしまう」というのを読んで、ここで出てきた「バランス」の意味がよくわかるようになる。世の中のほとんどのものは、白でも黒でもないグレーでできている。それを知らせるために見たものではないか。

第二幕でも、ご主人にばかり極端に気持ちを傾けて生きた結果、妻の嫉妬をかぶってしまうことになった。仕事も完璧を求めすぎて、9割できても残りの1割のミスが許せない。それが原因で、心残りのある人生を送る。確かに極端すぎる。要はバランスが大事だということなのだろう。

第三幕でご主人にもらったアドバイス、「そのままでいろ」というのも大事だ。わかっていても、このころはまだまだ全然できていなかった。世話になったご主人の娘さんだからといって、すごく好きでもなかった人を妻にもらったりなどしなくていいのだ。たったひとつの失敗に、そこまでこだわらなくてもいいのだ。

そんなことをしなくても、そのままの私をご主人は拾って、愛情を持って育ててくれた。そこを大切に思うことが必要だ。

それでも、毒親育ちにはそれは本当に難しい。生まれてからこのかた一度も、そのままの自分を受け入れられたことがないからだ。実の親にも受け入れられないと、「ではいったいこの世で他の誰が自分のことを受け入れてくれるのか」と子供は思ってしまうことになり、それを一生体の奥底に抱えて生きる。でも、このときはまだそこまでわかっていなかった。

なので、二回目は「なぜこんなに今でも自分の失敗が受け入れられないのか」を見てみることになった。

ちょうどこのころ、電車の中や友達の家で子供を見たりして、「子供とはあんなに親に甘えるものなのか」ということを知って驚愕することがあった。日本とイギリスでは違いがあるのかもしれないし、年代の違いもあるのだろうとは思うけれど、私はあんなにママママ言ったり、両親にくっついたりなどあり得なかった。

あんなに親にぴったりくっついて、「疲れた」とかなにも考えずに言う子供を見て、本当に衝撃だった。疲れた自分を親が気づかうことに、なんの疑問もない。確かに親の立場になってみれば、そんなことは当たり前なのだけれど。

そういう子供を見て思うのは、自分と違ってちゃんとケアされてて羨ましくて悲しい思いもある反面、この子の好きなようになんでもしてやってほしい ということだった。自分とはなんの関係もない電車の中の子供でもそう思うので、とても不思議だと思っていた。

特に、夫が友達の娘と遊んであげていたり、優しくしていたりするのを見ると、なぜかとても嬉しかった。女の子だと自分を投影しやすくて、小さかったころの自分に重ねているのだろうと思った。子供と過ごすことで、子供である経験をして、解毒につなげると聞いたことがあったけれど、子供が夫や他の人から優しくされて大事にされているのを見ても、こうして癒されるのだなと思った。

きっとあのように親から受け入れられてこなかったから、こうなってしまっているのだろうということは、うすうすわかっていたのだ。