07 カウンセリング終了

カウンセリングが終了

ここで、全18回のカウンセリングが終わった。

もっと続けるかどうかの話し合いが一応あったけれど、私はここで一旦終わりにすることを決めた。このときまでに出てきていた問題は、なんとなく見えてきていたからだ。あのときそのまま続けていても、もうそれ以上出てくることはなかったと今でも思う。きっと、死ぬまで人生に終わりはない。ここで得た知識と経験を活かして、次の段階へ進んでみて、またなにかあったときに解決を模索するしかない。人生はその繰り返しだ。

最後に、カウンセラーとまとめをした。

①今までの自分と今の自分

それまでの人生で、自分がこんな状況になるなんてことは思いもよらなかったし、人生というのは経験したことがないことの連続なのだなと、改めて思った。今後ももっともっと知らなかったこと、それまでの概念を覆すようなことが起こるんだろうなと、心構えみたいなのができた。きっとこれが、私の「次の30年」の幕開けになるんだと思った。「第一章完」という感じだった。

②今後なにかあったときどうするか

Make sense(意味を理解)してカラクリを知り、Enlightenment(気づく)こと。」

人と話をしていたりになにか引っかかったり違和感があったら、それを流すのではなく、少し立ち止まって、そこにどんな意味があるのかを考えてみること。特に自分が大きな反応を示した場合、それは「投影」である可能性もあるので、自分の言っていることが「相手」に向かって言っていることなのか、「自分」に対して言っていることなのかを考えてみる。自分と同じものを相手も持っていたとき、自分に対して言いたいことを相手に対して言ってしまっていることがある。

またお先真っ暗になってしまった場合も、夫を含めいろいろな人と話をしてみて、もちろんすんなり解決できればそれでいいけれど、そこで引っかかることがあったら、それにどんな意味があるのか考えてみる。もしくは光が差してくるまで待ってみて、見えた光を頼りに考えてみることもできる。またなにかあったら、このカウンセリングに続きとして来て考えることもできるし、またスピリチュアルカウンセリングに行ってみてもいいと思う。

③「今」を生きる

夫の夢に変化」のところで書いた通り、夫の夢の中の私が帰ってきたというのは、私が「今」に帰ってきたということかもしれない。夢というのは、もちろん本人の状況もだけれど、本人の周りの状況も映し出すので、夫が「私が今に帰ってきた」と感知した可能性がある。

そのあとまた同じ夢を見たときは、私が帰ってこなかったらしいけれど、一度戻ってくる夢を見たということは、一度なにか変化があったということ。いつも見る夢に変化があったときは、たとえその後にまた元に戻ってしまったとしても、そのときになにかが変わったという判断材料になる。

ハッピーノートを続けて、「今」の充実ポイントを追っていくこと。これが「今」を充実することで、それが「未来」の充実につながる。

ということで、カウンセリングが終了。

カウンセラーの補助のもと、②の「Make sense + Enlightenment」ということをいくつもいくつもやって、本当にたくさんの大事なことに気づけた。これだけいろいろやったから、これからもなんかあったら自分でやっていけるといいなと思った。が、そう簡単にはいかないのが人生。でもこうして、なにか問題があったときに、「どうしたらいいか」というツールを知っていることはとても大事。これが得られただけでも、私にとってはとても意味のあるものだった。

ただ、最後になにかお勧めの本がないかと聞くと、「そんな簡単によくなろうと思ってもそうはいきませんよ」と言われた。急にそんな突き放されたようなことを言われて、びっくりした。どういう意図で言われたのかはわからないけれど、自分が得た知識を人が手に入れようとするのが気に入らないというようにしか取れなかった。

ここで学べたことはたくさんあったけれど、また戻ってくる場所ではないような気がした。そしてそれは正解だった。「日本人でないと細かい心の機微が理解してもらえない」と思い込んでいたけれど、そうではないのだということが後にわかってくるようになった。

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今を生きる

では、「今を生きる」とはどういうことなのか。

今を生きるということは、過去でもなく未来でもない、「今のため」に、「今生きる」こと。今自分が置かれている状況に、「意味」を見出すこと。「今持っているもの」で、楽しむこと。今まで頑張って手に入れたものが今の幸せで、これを維持していくことが、「今へ力を注ぐ」こと、すなわち、「今を生きる」ということ。

だから、「今の幸せを認識する」ということ。

なので、「未来」は「今」の積み重ねであり、「今の充実」が「未来の充実」につながる、と言われた。これは、びっくりして固まってしまった。本当だろうか?という感じ。「将来こうなりたいから、今これをやる」というならわかる。「後でラクしたいから、今は大変でも頑張る」というような。でも、そうではないのだとのこと。

「今の充実が未来の充実」にはならないのではないかと言うと、では「昔は充実してたけど、今は充実していないこと」はどんなことか、と聞かれた。

私が一番充実していたと思うのは、最後に東京で働いていたとき。とても忙しい職場だったけれど、いいチームの中で次から次へとやってくる無理難題をみんなで協力してこなし、とても充実感を感じていた。でも、このカウンセリングを受けていたときは、日本語教師の仕事もどっちつかずで、充実とはかけ離れていた。過去は充実していたのに、今は充実していない。

では、その過去が充実していたのはなぜか。

そのときは、信頼し合える仲間がいて、自分の役割りにも自信を持って働けていた。きちんと評価をしてもらえる上司で、仕事の面でも評価の面でもとてもやりがいがあった。会社もおもしろい会社で、やりたいことを言えば任せてもらえた。

では、今そのときの仲間と同じ会社に戻って同じ仕事をしたら、どうなのか。

あれからみんなそれぞれ別の仕事をしたり違う経験を得て、当時とはすっかり変わってしまっているし、会社もいろいろあってすっかり変わってしまっている。独立してもっと充実した仕事をしている人だっているし、今当時と同じ仕事をしても、まったく同じ充実感を得られることは絶対にない

これは、どういうことか。

状況というのは、毎日毎日少しずつ変わっていくのだ。だから、今日は充実感を得られても、明日またまったく同じことをしても、同じ充実は得られないかもしれない。このように、充実するポイントは毎日変わっていく。
jujitsu point 1
ということは、毎日その動いていく「充実ポイント」に合わせて、自分もアップデートしていく必要がある。充実ポイントが右にズレたら、同じように右にズレる。左にズレたら、左に。そうしていくことで、毎日が充実し、さらに、充実ポイントからの乖離が防げるため、将来も充実し続けていくことができるわけだ。
jujitsu point 2
これは驚きの発見だった。「今の充実」は、本当に「将来の充実」につながっていた。

たとえば、今日カレーを作って満足したとする。次の日も作って、まあまあおいしかった。でも3日目にもなると、なんだかちょっと製作過程にも味にも飽きてくる。確実に、充実ポイントは動いている。毎日同じことをしていても、同じ充実感は得られないことは明白だ。でもここで、毎日ずっと同じカレーを作って食べていたら、確実に充実ポイントからどんどん乖離していってしまう。

仕事も、同じ。経験がついてくれば、同じ仕事はあきてくる人もいる。同僚が変わったり、組織が変わったり、会社の状況が変わったり、まったく同じ日は一度もない。充実ポイントは、毎時毎日刻々と変化しているのだ。

なので、その「今」の状況の中で最大の充実を見つけて、その日その日を充実しようと生きることで、未来の充実につながっていくのだ。

このころ私は、「ハッピーノート」というのを知った。友人がブログで勧めていたもので、毎日ひとつ、よかったことをノートに書いていくこと。このことをカウンセラーに話すと、書きとめる時間がなくても、1日1回自分の中で、その日によかったことをまとめてみたり、せっかく同居人(夫)がいるのだから、それを話してシェアしてみたらどうでしょうと。夫のよかったことも聞ければ、よりお互いの理解も深まる。

禅問答のようでまったく理解できなかったことが、解明できた。これはとても大きな発見だった。

今を見つめる

カウンセリングを通して、なんとなくいろいろなことがわかりかけてきたものの、では今自分はなにをしたらいいのかがわからなかった。

空っぽな人生」のところで書いた通り、「なにをしたいか」と聞かれても答えることができず、でも現状はつらくて、どうにか抜け出したかった。でも、目標を持つということは、今ここにない「なにか」をほしがっているということで、現状に満足していないということだから、よくないということは勉強した。

でも、「目的を持って生きること」と「ほしいと思うこと」は違うのではないだろうか。新しい目的を持つことで、私は復活できるのではないだろうか?と思った。

するとカウンセラーは、 

「目的」「目標」って、「」のことしか考えてませんね。「」を見つめましょう。
人間には、「過去」も「未来」もない、自分が生きてる「今」しかない、

だから今を生きることが重要です。

と。

理解不可能だった。

「今」を「見つめる」…?しっかりと目標を持って行動することは、いいことではないのだろうか。確かに人間は「今」を生きているけど、過去もあったし未来もある。そりゃあ人間いつ死ぬかわからないから、未来がどれくらいあるかはわからないけど、過去はちゃんとあったはず?

このときはこんな感じだったので、詳しく解説してもらった。

①「今」について

実は、人間には「今」しかない。過去も未来も存在していない。というのも、自分が生きているのは「今」であって、「過去」にも「未来」にも存在することはできない。「未来にどうなりたいから今どうする」ではなく、「未来」は「今」の積み重ねだから、今を見つめて今を生きることが大事。

確かに、自分が存在するのは「今」しかない。「過去」は、「経験」として「今」の私の中に存在はしているけど、でも確かに私は「過去」には存在できない。「未来」が、「今」の積み重ねだということは、すぐ理解できる。でも、「今を見つめて今を生きる」とはどういうことなんだろうか。だって、将来を考えないと、今を生きられなくはないだろうか。将来どうしたいから、ではこの時期までにこれをやって、今はこれをやって、と考えられるわけで、そのは難しいのでは?

②それには「足元を見る」

童話「青い鳥」で、チルチルとミチルという兄弟が、幸せの青い鳥を探しに旅に出る。家を出て、暗い森を彷徨い、世界中を旅したけれど、青い鳥は見つからなかった。がっかりして家に帰ってくると、なんと自分たちの「家」に青い鳥はいたという。これが、「足元を見る」ということ。

だと言われたけれど、まったくわからなかった。言ってることはわかるけど、では具体的に自分はどうしたらいいのか。自分の家を見ればいいのか、自分のパソコンでも見ればいいのか。「遠くばかりを見てるけど、答えは自分の中にあります」と言われた。

③ネガティブな燃料からポジティブな燃料へ

今までは、「実家から逃げる」という「目標」を持ってそこに向かっていたが、これがまったく違う方法に変わるときなのかもしれない。「実家から逃げる」が達成されて、人生の最初の30年を終えて、そろそろ今を楽しんでもいい時期になってきているのではないか。今までは「逃げる」というネガティブな燃料だったけど、そういう生き方ではなくて、もっと「ポジティブな燃料」で生きるのが本来なのかもしれない。

確かに、毒親のもとに育つと、そこから抜け出すところにエネルギーを使い果たしてしまい、本来の人生のスタートが人より大幅に遅れてしまう。自分の人生をスタートしたと思っていても、「親のもとでできなかったこと」や「親が嫌がるからこれをやる」といったように、実はまだまだ毒親の影響下にあることに気づいてしまったりもする。

だからこの影響をなくして、「本来の本当の自分の人生を歩み始める」ということは大事だ。これはよくわかるけれど、では「ポジティブな燃料」とは?「目標」がだめだとしたら、なにがポジティブな燃料になるのだろう。

このときは本当に禅問答のような感じで、クエスチョンマークが飛び交い、カウンセラーが言っていることが未知の物語のようだった。今でも、②番はまだよくわからない。どういうことなのかというのはわかるけれど。今のカウンセラーにも、まったく似たようなインドの話をつい先日されたけど、やっぱり「これだ!」というものには出会えなかった。ここはまだまだ勉強が必要なところ。