04 カウンセリングを始める

喉に問いかける宿題

カウンセリングの中でやった「喉に問いかける手法」を、時間があるときに家でもやってみるように言われたので、何度かやってみた。夢をよく見る私は、このヒプノセラピー的な手法が合っているのか、家で横になってやってみると、単語ではなく、夢のような映像で出てきた。

1)小学校

女性の同級生二人と、通った小学校に久しぶりに訪れた。同級生なのに、現実では知らない人たちだった。勉強した教室を見に行くために、昇降口を上がったところだった。二人はお葬式のような黒いおばさん服を着ていて、「年を取っちゃったなー」と思っていた。

2)引っ越し

白い壁の、明るくすてきな開放感のある平屋に、夫と引っ越した。でもよく見ると、あちこちに巨大なマッシュルームが生えていて、それが床を押し上げている。布団で隠せばいいかと思ったけど、だめだった。さらに、が壁を突き抜けて生えてきていた。これを除くのは大変そうだ。床が剥げているところもあって、そこにはいちご白菜が詰まっていた。

3)下駄箱

shoe rack白くて細長い、ドアのついたCDラックのような下駄箱が出てきた。でも、仕切りがあれば靴がたくさん入るだろうに、ないから一番下に一足しか入らない。その下には、毛虫が三匹ついている。きれいな下駄箱なのに、毛虫がついてるのががっかりだった。
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4)「コ」の字

ko「コ」の字の変形のような、こんなものが見えた。「コ」が鏡文字のようになっていて、中に引いてある線の数が、左右で異なっている。
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これを、カウンセリングで吟味した。

1)カウンセラーに「何年生のときの教室を見に行こうとしていましたか?」と聞かれ、小学校五〜六年生のときの教室だと答えた。そのころになにかあったかと聞かれたので、ちょうど歯の矯正を始めたときだったのと、そういえば喉の手術をしたときだった。両方とも喉や口に関することがあったときで、びっくりした。

喉の手術は、前にも書いた通り、扁桃腺とアデノイドの摘出手術だった。出てきた二人の友人は、もしかしたら摘出した扁桃腺の象徴だったのかもしれない。切った扁桃腺は、真っ黒だったと聞いた。

2)白は、なにも色がついていない無垢な状態を表す。夫と結婚してやっと新しい人生を始められたと思ったのに、いろんなところに欠陥があって大変だということだろうか。または、今までの自分の殻を破って変わっていくということだろうか。

でもそれが「手抜き工事」のようなものではなく、木や食べ物という自然でかわいらしいものが欠陥となっている。自分でも、木は自然でいいし、いちごや白菜、マッシュルームも、食べれていいなと少し思っていた。対処できそうな欠陥、ということだろうか。

3)この毛虫は両親と妹を象徴しているのではないかと思い、カウンセリングで話したところ、カウンセラーもそうだろうと思っていたとのことだった。

 カウンセラー「毛虫って、あなたにとってどんなものですか?」
 私「触るとかぶれちゃうから、触りたくないって感じです」
 カ「下駄箱にくっついてると…どうですかね」
 私「いつか知らない間に靴の中に入っちゃって、知らずに履いちゃうかもしれなくて嫌ですね」

靴を入れるにも、段がないから一番下の底に一足置くしかできない。でもその近くには、毛虫がいる。靴を出し入れする際に、うっかり触ってしまいかねない。

確かに、私にとって実家の家族は、まさにそういう存在だ。靴を高いところに置きたいんだけど、なぜかそうできないみたいになっていて、低いところにある毛虫に近い底に靴を置くことしかできず、うっかり触ってしまってかぶれてしまう、といった感じ。結婚して遠くにも来たし、もう関わることもないし、忘れて自分の人生を送ろうとしているし、そうしているのに、妙な罠があってどうしても関わってしまって、また傷つく羽目になる、といったようなことだ。

 カ「じゃあ、毛虫をどうしたいですか?」
 私「ゴミ拾いの棒でつまんで、外に出したいですね」
 カ「外に出したら大丈夫ですか?」
 私「うーん…出しても、また入ってきちゃいそうです」
 カ「困りますね」
 私「はい…」

つまみ出せばいいと思うんだけど、確かにこの毛虫はまた入ってきてしまいそうな感じがする。どうしたらいいのだろう。

 カ「じゃあ、毛虫はずっとここにいるんですかね」
 私「ずっとここにいられたら、ほんとに嫌です。安心して暮らせない
 カ「でも毛虫って、例えばちょうちょとか蛾になりますよね」
 私「え…あ、はい」
 カ「だから毛虫には、そういう『変身する』っていう比喩的な意味もありますね」
 私「なるほど!じゃあ成長したら、飛んでいきますかね」
 カ「その可能性もありますよね」
 私「どうしたらいいんだろう、キャベツとかあげればいいのかな」
 カ「まあ、そしたらまゆになって、しばらく眠って、それで蝶になりますよね」

これがどういうことかはわからないけど、毛虫は毛虫のままではいないということだ。出てきたのが成犬などだったら、これ以上変化もないだろうけど、出てきたのが毛虫というところに意味がある気もする。

あとは、白い下駄箱に白い家と、が二度も出てきたのも気になる。のちにもまた白が夢に頻出する時期が来るんだけど、それもまた問題に対して取り組みを始めたときだった。「一度すべてをリセットして、また一から始まる」というような感じの意味だろうか。

4)最後のこれは、女性性と男性性のリストのように、バランスが取れていない状態を表しているのかと思った。カウンセラーは、喉の詰まりに左右で違いがあるのかと思ったとのことだった。確かに、右のほうに偏っている気がする。となると、右が表しているものを考えると、

 未来
 左脳
 男性性
 陽
 受動的
 客観的
 論理的

というようなものが挙げられる。やはり、男性性に偏っているということだろうか。今考えると、客観的すぎていて自分自身がないということではないかと思う。

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喉に問いかける

前に書いた「喉が狭く感じる症状」が悪化してきて、医者に行ったことをカウンセラーに話してみた。

思えばこの問題はもう何年も前からあって、東京に住んでいるころもあった。でも渡英してから重くなった気もするし、さらにはこの2〜3年前くらいからは、歯磨きをするときに「おえっ」となる程度にはおかしかった。さらに年末に日本に行ってからは風邪をひいたようにひどくなり、その後はもううがいすらできなくなったのだ。

「不安症によくある症状」だとネットで読んだので、もしかしたら心理的な要素がなにか関係しているんじゃないかと思ったのだ。そしたら、「では、少し瞑想みたいなものをやってみましょうか」と言われた。

カウンセリング室のソファに座ったまま、目を閉じて、何度か深呼吸をして、簡単なリラクゼーションを誘導してもらった。この辺りは以前ヒプノセラピー(前世療法)でやったことがあるので、理解はしていた。だけどそのあと、

 「では、なにが詰まっているのか、喉に聞いてみましょう

と言われたとき、「へっ??」となってしまった。「え、聞くの?喉に?」みたいな。まあ確かに、直接話しかけて回答がもらえたら一番だろうけど…ちょっとびびった。

ともかく、カウンセラーに言われるままに、「喉さん、気管さん、どうしたんですか?なにが詰まっているんですか?」と心の中で問いかけた。しばらくして「どうですか?」と聞かれたので、「なんか苦しい感じです」と答えたところ、感じるものをすべてリストアップするように言われた。

 くるしい
 きもちわるい
 にごった空気
 ひりひりする
 重い
 かたまり
 つまっている

これだけじゃよくわからないけれど、とにかくなにかが引っかかっているような感じだった。ちょうどその数年前に肺の感染症にかかったんだけど、そのときみたいに、ほこりみたいなものがひゅっと喉に入りこんで、そこから取れなくなっているような感じだった。こんなになにかが詰まっているように感じ、うがいもできないほど喉が狭くなっているように感じるのに、物理的になんの問題もないことが本当に不思議で怖かった。

そうしたらまた唐突に、カウンセラーから「感情」をリストアップするように言われた。読んでいるかたも、やってみるといいかもしれません。嬉しい、悲しい、寂しい、好き、嫌い、イライラする、ドキドキする、怖い、楽しい…思いつく限りの感情を挙げてみた。

 カウンセラー「それだけですか?」
 私「え、他にもありますか?」
 カ「人にとって一番大きな大事な感情が、二つ出てきてないですけど」
 私「えっ」

びっくりした。そんなわかりやすいものを忘れてわけがないと思った。一番大きな感情二つって、「好き」と「嫌い」じゃないんだろうか。

 私「『面倒くさい』とかですか?」
 カ「『しんどい』ってことですか?それもまあ感情ですね。でも、それがあなたの感情の大部分を占めるほどの大きな感情ですか?」
 私「うーん、違いますかね…」

まったく出てこなかったので、正解を教えてもらった。

ひとつは、「不安」。でも、これはカウンセリングを始めたときに、治したい問題として把握していたことだったので、まだよかった。それでも、目的としてかかげたものを、こんなにも忘れてしまっているというのはひどい。

もうひとつは、「怒り」。これには唖然とした。こんなにもメジャーでわかりやすい感情が、あんなに全然思いつかなかったなんて。

カウンセラーが言うには、たぶん「不安」と「怒り」が喉に詰まっているのではないかと。特に、「怒り」。私が毒親や毒妹の話をするとき、必ず笑っているんだそうだ。確かに、「ここにお父さんがいると思って、言いたいことを言ってみてください」と言われても、「そうですね…『あんた本当に自分のことばっかりだな』とか?ははははは」などと言っていた。

でも、これはしかたのないことだった。前にも「毒親対策」のところで書いた通り、怒りをぶつけても相手に口実を与えるだけで、さらに自分がやられるだけなのだ。そういうところで生まれ育てば、誰だって怒りを飲み込むようになり、自分の感情を無視し始めるようになる。

確かに、昔から口周りは弱かった。3歳のころに肺炎で入院、地震でも起きない夫さえ起こす歯軋りも、2〜3歳のころから止まらない。よく扁桃腺を腫らせて熱を出していたので、小学校6年生のときに手術で切除した。よく扁桃腺の熱を出す子供は、言いたいことを言えなかったり、自分を抑圧していたりすることが多いらしい。

喉の異常が出始めたのは、就職してから数年だったと思う。ちょうど仕事も軌道に乗ってきたころだったけれど、確かにそのとき実家関連でいろんな問題があって、打ちのめされたときでもあった。結婚して自分の気づきがあり、そこからの変化にともなって以前は大丈夫だったことがどんどんだめになっていき、喉も悪化していたんだと思う。さらには実家に行って自分を殺して振る舞ってきたために、もう収拾付かないほど悪化したわけだ。

今ではもう普通に理解できるけれど、このときはまだ「心理的な問題が体に影響をもたらす」ということが衝撃だった。もちろん「ストレスでハゲる」とか、そういうのは聞いてて知ってはいたけれど、なかなか実感レベルで理解することはなかった。それでも現に、こうして喉が大きく腫れてうがいもできないのに、医者が「いたって正常です、どこも腫れてません」とか言う。信じられなかったけど、本当にそういうことがあるのだとここで知った。

カウンセラーが言うには、心理的なことというのは「エネルギー」と言うとわかりやすいとのこと。「体」と「エネルギー」。たぶん、鍼灸なんかでは「」と言うんだと思う。

人間は、なにかを考えると、脳の中で反応が起こってエネルギーが出る。ストレスを受けると、出てくるエネルギーがおかしくなる。体から出てくるエネルギーがおかしいと、体そのものに影響が出る。そう考えれば、心理的なものが体に影響を与えることが理解できる。それでもまだ当時は「うーん」という感じだったけど、でもそうでないとストレスでハゲることのメカニズムが説明できない。

もっと簡単な例で言えば、「危険な状態にある」と脳が認知すると、アドレナリンが放出されたりする。これによって肉体にも影響が出てくるのは、明らかだ。

この心理要素が体に影響を与えるメカニズムは、のちのちさらに悪化することで実証される。さらにはヨガを始めることによって、想像もつかなかった形でこの仕組を実感するようになる。

女性性と男性性

では、女性と男性に対するコミュニケーションに違いがあるのはなぜか。

男性に対しては緊張することなく、嫌われても平気だし、気にしない。でも女性に対しては、嫌われたくないあまりに気をつかいすぎ、挙動不審になってしまう。これはいったいどういうことなのか。

ということで、私が考える「男性性」と「女性性」について、思いつくイメージをリストアップするという宿題を出された。これをもとに、男性と女性に対するコミュニケーション方法の違いを見るのだ。
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これだけ見ても、私が「女性性」に対するイメージはすこぶる悪いことがうかがえる。私の中の「女性性」とは、ほぼこんな感じの嫌な部分ということだった。ただ「男性性」でも、「結論を早く出したがる」などのように、好きではない部分もあるにはあるけれど。

しかも、たとえ男性が上の「女性性」に挙げられていることをしても、「女みたいなやつ」とか「女の腐ったやつみたい」とかいう表現をする。「女らしいこと」が、かなりネガティブなイメージなのだ。

どういうことなんだろう、と思っていたところで、カウンセラーからひとことが。

 「このリストはこれでいいと思うんですけど、問題は、この二つがぱっきり分かれてしまっていて、対話していないってことなんですよね」

これを聞いたときは、頭が真っ白になってしまって、まったくよくわからなかった。なぜって、この二つは私の中では相容れないものだったし、「対話」なんて考えられなかったからだ。でも普通なら、この二つが自分の中で対話してネゴして、着地点を決めるということらしい。ちょうど、自分の中の「天使と悪魔のささやき」みたいな感じで。でも私の場合はぱっきり分かれてしまっていて、まったく歩み寄っても話し合ってもいない

たぶん普通は、男性性と女性性でまったく違うようなことを書くのかもしれない。たとえば、

 男性性=強い
 女性性=気が利く

とか。私の場合は、

 男性性=強い
 女性性=弱い

と、相反する二つを並べて書いていた。別に、強いのが男性的だと思っても、では強くないのが女性的なのかといったら、そうではない。でも私の場合はきっぱりと、「男性性の反対=女性性」となっていて、大半は女性性の方がネガティブなものを並べている。ぱっきりと分かれてしまっているのだ。

これを聞いたときに、なぜかが出てきてびっくりした。衝撃だった。自分ではまったく泣く理由もわからず、どのタイミングでなにが刺さったのかもわからないのに、なぜか涙がどばどばあふれて止まらなかった。カウンセラーは、「頭では理解できなくても、なにか深いところで感じるものがあるんでしょうね」と言っていた。

今思うに、たぶん私の中の女性性が、自分にちゃんと認められてうれしかったのだ。

つまり、今まで私は自分の中の女性性を否定していたのだ。女性であることが、嫌だったからだ。男の子と遊んでいても、周りからは変な目で見られる。子供のころからセクハラにも何度もあった。私の外見が女の子だからだ。

 「でも、それって違いませんか?悪いのは、そのセクハラしてくる男性ですよね?」

カウンセラーにそう言われて、びっくりした。確かに、変な目で見てくるやつらや、セクハラしてくるやつらが悪い。私はちっとも悪くなかった。でも、私は自分を責めていたのだ。

 ・女性であることで、嫌な思いをしている
 ・それについて、外に怒りを向けず、女性である自分に怒りを向けている
 ・さらに、男性っぽくしようと努めることで、自分の中の女性性を消そうとしている

女性性に対してネガティブなイメージを持っていることで、対外的にも女性に対して臆病になり緊張してしまう。これが、男女に対するコミュニケーションの違いだった。自分の中にあるものが、外にも出てきてしまう。これを、「投影」というらしい。

そして同じく「投影」の現象で、自分の中の女性性を否定し消そうと攻撃することで、外からの攻撃も呼び込んでしまい、セクハラを受けるようになる。この辺りは今だに明解ではないんだけど、どうも心理学ではそういうことらしい。確かに、私はなぜかそういうものを呼び込んでしまうことが多い。ここでもあそこでも、となって、ますます女性性を消そうと務めることになる。

でも、そうしてさらに自分の中の女性性を攻撃することでは、外からの攻撃も増やすだけなのだ。自分の中の女性性を認め、大切にし、自信を持つことが、それを解決する手段になるんだと思う。