06 変化の訪れ

スピリチュアルカウンセリング

引っ越しの前後、通常カウンセリングも続いている中、「スピリチュアルカウンセリング」と思われるものに行ってみた。日本人ですごくいい人がいるという話を、友達から聞いたのだ。

本当に落ちて煮詰まっていて、わらをもつかむ思いで行ったんだけど、行ってみて本当に救われた。このセラピストの素晴らしいところは、例えば「気にしないように」というアドバイスでも、「どうやって気にしないようにしたらいいか」というところまで話してくれるところだ。「気にするなよ」なら、誰でも言える。でも、「気にしない」ことができないから、にぶつかっているのだ。そこを解決しないことには、アドバイスの意味がない。

今までいろいろなスピリチュアルセッションを受けたが、観えたことをただ伝えるだけではなく、この一番重要なところまで掘り下げてアドバイスをくれる人は、今でもこの人しか知らない。

「じゃ、始めますね。わかりにくところとかあったらおっしゃってくださいね」という前置きのみで、こちらからの情報は一切なく、少し目をつぶられてからすぐ話が始まった。

あることがらについて、けして不可能でも無理でもないんだけど、いざ進むというときに不安になってしまう。確実にそうしたくてする場合は、疑問に思わずに進んでいるはず。でも進まずに止まってしまうというのは、きっと『自分がそうしたいかどうか』が問題になっているから。可能にしようと思ったら、可能にできることはたくさんあると思う。でも、これをしてまであれをしてまで向かいたいかというと、考えてしまう。今悩んでいることはそういうことだと思う。なんについてだか、関連していることお分かりですか?

びっくりしたけれど、まさに仕事のことだなと思った。当時していた日本語レッスンは、確かに努力すれば教材を全部作ってそろえて生徒さんをたくさん持てるだろうし、現地の学校でも教えたりできただろう。でも、そこまではできないでいた。そこまでの努力をしてやりたいかといえば、そうだとは言えなかったのだ。でも、学費も払って勉強したし、やらなくてはならないような気がしていた。

レッスンを辞めて会社勤めに戻るとしても、どんな仕事をすればいいのかまったくわからなかった。IT、メーカー、金融と経験が活かせる業界はたくさんあるし、職種も、営業も事務もコーディネーターもできる。できることを考えたらきりがない。でも、どれも「これをやりたい!」というものはなく、努力をしてまでやりたいことでもなかった。CVとにらめっこしても、途方に暮れるばかりだった。

しかし、普通は「仕事のことで悩んでますか?」とか「どんなことですか?」などと聞かれそうなものだけど、「このような心情が観えますがなんに関してかピンときますか?」というのは斬新だった。大枠から入って小枠につめていくのではなく、ピンポイントで小枠から入るなんて。びっくりした。

たぶん、『じゃあこれをやろう』と決めることはできるんだと思う。でも決めると気持ちはラクになるが、現実的になるわけで、すると『あれもしなきゃいけない、これもしなきゃならない』と、そこに向かうエネルギーが必要になってくる。でも、今すぐ進めるエネルギーがある状態ではない。でもだからとって『じゃあやらない』とすると、なにも変わらない気もする。だからどうしたものかと思っている。エネルギーが作れたら向かって行けるのか、それとも向かわないほうがいいのかを決めたいんだと思うが、決めるまでに少し時間が欲しい感じもある。

人が行動する際には、エネルギーが必要になる。

 ①エネルギーがすでにある場合:すぐ行動できる
 ②エネルギーがない場合:エネルギーを作る→行動できる

私の場合は、②のエネルギーが現状ない状態だった。なので、作れば行動できるのか、それとも行動しないほうがいいのかを決めたいみたいだと。

まさしくその通りだった。日本語教師に真剣に取り組もうと思えばできることだけれど、気持ちがなかった。無理矢理でも気持ちを作れば取り組んでいけるのか、それとも取り組まずに違うことをしたらいいのか、悩んでいたのはそこだったのだ。驚いた。私の頭の中がそんなにクリアに見えるのか。

なにか「変化」は必要なんだと思う。長い距離(期間)ではないけれども、風向きを変えるというか、変化を起こすというか。ただ、「どういう変化なのか」ということが悩みになっている。

今は動いていて、動いてはいるんだけどもちょっと止まりかけていて、止まらないようにキープをしてはいるんだけど、止まっていきそうな感じもするし、どうしたものかな、というところ。でもそこになにかセンセーショナルなことがあると、気持ちが変わったりする。

今のままだと、気持ちが詰まってしまっている。せっかくの私の人生なのに、『どうしようかなあ』と気弱になってしまっている。いろんな人にいろんなことを言われると、『私は本当は勇気があって元気なはずなのに、そんな私はどこに行っちゃったんだろう?』となってしまう。今はそんな自分を「取り戻したい」時期。これから次の段階ですることは、そのための、人生の風向きを変えるための一時的なもの。だから、やっている途中で『ちょっと待って、これだ』という別のものが出てきたら、そっちに移っていってもいい。

人の言動に傷つくようになってきたのも、このころだった。いろいろな人にいろいろなことを言われて、アップアップだった。停滞したうつ状態の日々を変えたかった。でもどうやって変えたらいいかわからなかった。そこに「引っ越し」がやってきた。セラピストの言う「センセーショナルなこと」はこれだった。

引っ越しを皮切りに、変化が訪れる。そこから始めることは、一時的なことで、だから真剣に悩んで決めなくてもいい、そういうことだった。そして、実際にその通りになったのだ。

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夫の夢に変化

ちょうどこのころ、よく夫が見る悪夢に、変化が出てきた。

夫の悪夢とは、「私と連絡がとれなくなって困る」というものだ。いろいろなバージョンがあるものの、大筋はだいたい同じ。私と一緒にいたのに、いつの間にか私が消えていて、携帯で連絡しようとするのに、携帯がつながらなかったり、もしくは携帯から私の番号がなくなっていたりして連絡がとれず、ものすごく焦るというもの。連絡がとれるバージョンもあって、私につながるのだけれど、私がのらりくらりとかわして居場所を教えなかったり、電波が悪くて聞き取れなかったり、途中で切れてしまったりする。

本人いわく、ものすごく焦ってイライラするらしい。起きたときに、「なんで逃げるんだよ!」と怒られたこともある。

その夢に、変化が出てきた。なんと、私が帰ってきたのだ。

このときも、携帯で連絡しようとするのに、番号がなくなっていて、連絡がとれなかった。ものすごく困って焦っていると、私が普通に帰ってきた。「どうして連絡とれなかったの?」「携帯どうしたの?」と問い詰めてくる夫を無視し、私がいつも旅行から帰ってきたらやるように、いそいそと旅行先で買ってきたものをテーブルに並べ、楽しそうに写真を撮り始めたらしい。

同時にもうひとつ見た夢があって、こっちはなぜかひどかった。

遊びというか、ふざけて、旦那が私を追いかけていたそうだ。それで最後に、私が「あっ」と言って崖から落ちるという夢。なんという夢をこの人は見るのだと思った。

悪夢のほうは、以前もカウンセラーに話したことがあって、そのときには「逃げ出したいけれど現実の自分は逃げられないから、夢の中で人を使って逃げる体験をしているのではないか」ということだった。でも今回この帰ってきた話をすると、もしかしたら現実でも私がいつかいなくなるのではないかという不安を抱えていそうだということだった。夢はいろいろなものが複雑に絡み合っているから、一概になにがこうとは言えないけれど、その中に「変化」があったということだけは、やはりなにかが変わったのだろうということだった。

たしかにこのとき、「引っ越し」という変化があった。今から思うと他にもいろいろな変化があったけれど、その変化の予兆だったのかもしれない。

突然の引っ越し

そんな右にも左にも行けない苦しい停滞した毎日を送っていたある日、一通の手紙が届いた。なんと、当時の町に越してから1年後の更新時期に、大家が退去通知を出してきたのだ。

「今日こそなにか変化がないともう死ぬ」と思っていたところに、本当に変化がやってきた。こんなことがあるのかと心底驚いた。

大家はまず、更新の3か月前に突然連絡を取ってきて、内見したいと言ってきた。こんなことは、今まで住んだどこのアパートでも一度もなかった。もちろん契約書にも、「1週間前にテナントに連絡をすれば、大家が内見できる」となっていたし、特に断る理由もなかったので、来てもらった。全部の部屋を見せて、普通に帰っていった。と思ったのに。

不動産屋いわく、大家は「改装したいから」という理由で、退去願いを出してきたとのことだった。でも、なにが本当の理由だったのかは、今だにわからない。いろいろ考えたけれど、改装期間もなくすぐにネット上で「即入居可能」の募集広告が出たから、とにかく私たちのなにかが気に入らなかったから追い出したかったのか、テナント入れ替えで手軽に賃上げしたかったんだと思う。

それは全部あとから知った話になるわけだけど、とにかく、ある日突然、ポストに物件管理会社からの手紙が入っていた。更新の連絡だろうと思った私は、それをきちんと読まずに、帰宅した夫にただ渡した。

それを読んだ夫は固まり、うんともすんとも言わずただ手紙を見つめた。

なんなんだろうと思っていると、「これはすごく重要だ」と、手紙の内容を話し始めた。いわく、契約書の条件に則り、手紙を受け取った時点から2か月内に退去しなければならないとのことだった。

日本では考えられないことだろうけど、イギリスでは普通にある。大家とテナントは単なる契約で結ばれた関係で、通常2か月前の通知を持って、退去退去願いもできる。人に家を貸して海外に住んでいた大家が、ロンドンオリンピックを見るためにこの年だけ帰国したいからと退去願いを出してきたという話も聞いたことがある。それくらい賃貸というのは軽いものなので、みんな自分の家を持ちたがる。

しかも、テナントが退去したい場合は、2か月前に知らせ、その2か月の間家賃を払って退去しなければならないが、大家が退去してほしい場合は、2か月前に退去願いを出し、それより早くテナントが出たとしても、その2か月分は家賃をもらえるという仕組みだ。これは納得ができない。貧富の差が激しく、金持ちが自分たちの利益のために法律を作るこの国では、大家のほうが守られている。日本も最近は似たような社会になってきているので、こうならないように気をつけるべきだと思う。

とにかく、こうして突然の引っ越しが決まった。

最初は呆然としてしまったが、私はこの引っ越しが大歓迎だった。周りは「大変だね」「かわいそうに」という同情的な人が多かったが、私自身はまったく苦労だとは思わなかった。確かに大家のその「にこにこと会いに来ておいて実は追い出す」という、庶民を虫けら同然に扱う態度には腹が立ったが、退去自体に関しては大歓迎だったのだ。

それまでの鬱々とした毎日を、大きく打ち破るための引っ越しだと思った。長年続いた曇り空の間から突然光がこぼれ、それがさーーーーっと広がっていく感じがした。これで、いろんな停滞していたものが大きく動き出すような感じがしたのだ。その手紙こそが、変化の光だった。

でも、これをわかってくれた人は本当に少なかった。周りはみんな「ひどいね」「かわいそう」と誤解していた。ちゃんと説明すればわかってくれた人もいたが、「無理して前向きに捉えようとしている」と決めつけた人が圧倒的に多かった。これにも傷ついた。みんな私に「お前はかわいそうなんだよ」と言っているように聞こえた。人というのはそんなものかと、いらないところで失望した。毒親育ちの境界線のない、「人は人」と思うことができない私だった。

それでも、この引っ越しは「チャンス」だと思った。ダムやが決壊するように、停滞していたものが地響きを立てて流れ出すように感じた。

そして、思った通りに、引っ越し先がすぐ決まったのだ。

当時住んでいた町はきれいではあるんだけど、古い町で、家も古いものばかりだった。古い建物は寒く、暖房費がかさむので、新しくて断熱性の高い家がよかった。夫が電車通勤をしなければならなくなるけれど、隣の新しい町を見てみると、ちょうどズバリ私たちが引っ越さなければならないときに、新しくできたマンションが完成し、部屋がいくつか賃貸で出始めていたのだ。

かなり狭くはなるものの、家賃もかなり安くなり、新築の大きいマンションなので壁が厚く保温性は限りなく高く、駅から徒歩5分、しかも8階の最上階真南を向き、一階には小さいスーパーが入っていて、毎日朝の6時から夜の11時まで開いているという、本当に便利なところだった。

イギリスを知らない人にはわからないかもしれないが、この国では日曜日はお店が夕方にすべて閉まる。そんな国で、日本と変わらぬ生活を手に入れたのだ。これはすごいことだった。このときこれ以上の理想があるかという部屋だった。こんなにいいタイミングで、ドンピシャの物件が出てきていたのは、もう本当に引っ越すべくして引っ越すことになったのだと、今でも思う。

下見をして、即決。すぐ査定に入ってもらい、すぐ決まった。通知の2か月より、1か月も早く出れることになってしまったので、残りの1か月は住まないのに家賃を払うことになりそうだったが、「自分から出て行けと言っておいて、こっちの都合で出ることが許されないのはおかしい、早く出て行けるんだから、その分家賃を二重に払わないで済むように早く契約を切らせろ」と言ったところ、管理会社が話をつけてくれて、了承してもらった。金持ちの大家からすれば、たかだか1か月分の家賃くらいでいらぬ問題をかわせるなら万々歳だろう。このように融通が効くところも、この国の特徴ではある。

こうして、新しい家での生活が始まった。季節はちょうど、だった。