03 つまづき

腰痛

先にも書いたけど、学校に通い始めてから腰痛も始まっていた。

もともと坐骨神経痛(足の付根)はあって、日本にいたときに鍼に通っていたこともあった。イギリスに来てからも、原因を知るために、日系の指圧の先生に見てもらったこともあった。そこで言われたことは、たぶんずっと昔におしりを強く打ったことがあるはずで、筋肉を使って体の流れをよくすれば、神経痛も軽減してくるだろうとのことだった。

確かに、私は中学生のころに、階段を踏み外して、呼吸ができないほどおしりを強く打っていたことがあった。それで骨盤が歪んでしまったために、神経を圧迫して痛みが出るんだろうということだった。でも女性の場合、お産をして骨盤が一度大きく膨らむので、そこから戻すときにきちんと戻すと、腰痛がなくなる人が多いとも聞いて、それほど心配をしていなかった。

当時はIKEAの安いソファーを使っていて、それが、すのこ状のフレームに敷布団を敷いたようなものだった。倒せばダブルベッドにもなるし、半分倒せば、脚を伸ばした状態で座れる低いソファーになった。

半分倒した状態にして座って、ラップトップで毎日作業をしていた。先生から聞いた話では、椅子に座るよりも、脚を伸ばした状態で座るほうが腰に負担が大きいんだそうだ。さらに、作業に集中していると、姿勢も腰の痛みも忘れてしまうので、ひどく悪化した。作業をしなきゃいけないのに、痛みがあって座れなくなってしまった。

ひどくなると指圧に行って軽減してもらい、また悪くなって指圧に行って、というのを何度か繰り返した。先生がストレッチを教えてくれたんだけど、それも続けられなかった。さらにはこのソファーを倒してベッドにして、そこに寝ていた。固い木の板の上の、敷布団一枚敷いた状態のところで。これもいけなかった。

風邪を引いて、明け方に咳をしたときに、ぎっくり腰をやってしまった。初めてだったので最初はなにが起こったのかわからなかったけど、ぎっくり腰だった。まったく体を動かせなくて、少しでも動かすと、激痛が腰から膝に走る。会社も休み、大変だった。

それまでは、IKEAの激安マットレス(4ポンド)を敷いて寝てたんだけど、それからベッドを買った。クッションも買って、気をつけるようになった。それでもまた卒業式前日にぎっくり腰をやって、死ぬ思いで式に出たりした。

指圧の先生によれば、私は腹筋が恐ろしいほどなくて、それが腰や背中、首に、常に影響を与えてしまっているとのことだった。でもぎっくり腰になるまでは、自分が腰が弱いなどとは思いもしていなかったのだ。脚は確かにおかしかったけど、腰は問題なかったし、肩こりなんて感じたことがなかった。でも、イギリスに来て初めて、首から頭にかけてが重苦しくなることがあって、これは重症な肩こりだと言われて、衝撃だった。

腰が弱いといえば、私の母親だった。背骨や首のつまりを伸ばすために、毎週病院へ行って首をつっていたのを覚えている。それでもだめだったのか、数年前に腰を切開する大手術もしたらしい。

のちにヨガを始めてわかることだけど、腰が弱いということは「安心感」の欠如とヨガでは解釈する。鍼灸の表でも、腰痛と不安感は対応している。ヨガと鍼灸はもともと同じところから来ているから、当然なんだけど。

喉の異変が始まるずっと前から、すでに「安心感がない」という精神的な問題は体に出ていたのだ。

母親にも安心感がない理由はのちのちわかってくるけど、私のは毒親による幼いころからのもので、母親のはごくごく後になってから起こった理由だった。これは、私は三歳かそこらの小さな子供のときから歯軋りという問題を抱えているんだけど、母親にはそういう問題がないところからもうかがえる。それでも、精神的に同じ問題も抱えていたのだ。

身体的に見てみても、私と母親が同じ問題を抱えるというのは、親子で骨格が似ているだろうから当然だ。ということは、私もこのままいけば、あんな風に首をつったり、大手術をしたりするようになってしまう可能性が高い。それは嫌だ。

親と同じ道を辿らないためにも、ヨガウォーキングを始めたことはよかったと思っている。神経痛も、変な寝かたをしたときなどたまには出るものの、体を動かすようになってからはなくなった。そして安心感の構築にもつながっていけたら、さらにいいなと思う。

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喉が狭く感じる症状

私は、日々日々落ちていった。でも、当時はなにが起こっているかわかっていなくて、なんでこんなに気持ちが晴れないんだろうと思っていた。うつのようだった。

当時の気持ちを今考えてみると、常に不安で、「これでいいんだ」という実感がなかったんだと思う。いつも、次のところに行くまでのつなぎであるような気がしていて落ち着かず、毎日はそのためにただただ流れる時間であり、でもその「次のところ」はどこなのか、いつなのか、まったくわからなかった。

学校に行って勉強したかったことを学んで、やりたかった仕事を始めたのに。夫の会社のある町にも引っ越して、夫は通勤徒歩10分になり、日没が夜9時にもなる夏の間は、仕事のあとに一緒にウォーキングも始めた。フラットはきれいで広くて、自分の書斎もあって、そこで毎日日本語のレッスンを作っていたんだけど、冬は暖房を少し入れただけでとてもあたたかく、お花なんかも飾って、すてきなところだった。町の中心部だったので、週末に出るマーケットまで徒歩1分で出て、パンを買ってきて朝ご飯にしたりした。

それでも、気持ちはいつも暗かった。出口のないトンネルに入り込んだようだった。お菓子作りを始めたり、Zumbaも始めたりしたけど、全然気持ちは晴れていかなかった。それがなぜだかまったくわからなかった。すべていい状況のはずなのに。

そんな中で、喉が腫れたように感じて苦しくなり、呼吸がうまくできなくなることがあるようになってきた。窓を開けるんだけど、それでも苦しい。喉が狭まって、呼吸ができなくなる感じだった。

ところが、医者に行っても、なんの異常もなかった。不安症の人にこういう問題が見られると医者は言い、なにか不安なことやストレスがあるかと聞かれた。でも当時はなんと、自分が不安だなんて、まったくわかっていなかったのだ。なんか気持ちは沈むけど、それがなんなのかはまったくわかっていなかったのだ。

自分の気持ちや状態がわからないのは、毒親育ちに多い問題だと思う。自分がなくなってしまっていて、常に周りに合わせて動いているだけになっている。自分がない。

これはあとで知ることになる話だけど、小さいころから自分を否定されたり無視されたりして育つと、こうなる。人間というのは、最初は抵抗していても、何度も繰り返し否定されていくうちに、抵抗が無駄だと学習してしまう。そのうち、否定されなくても最初から自分の存在を主張しなくなり、自分の気持ちや存在がなくなっていき、自分でさえも自分という人間がいないものとして行動するようになっていく。

どういうことかというと、子供が「このおもちゃがほしい」と言うとする。でも親は「すぐ飽きるんだからそんなものは必要ない」と黙らされるとする。毎回こうだと、子供はそのうち「ほしい」と言わないほうがいいんだと学習し、または親を困らせたくないと思って「ほしい」と言わなくなり、「ほしい」という気持ちもわからなくなっていく。すると「なにがほしいの?」と聞かれても、自分がほしいものがわからないので、親が買いやすそうなものや、その場に相応しいようなものをほしいと言うようになる。そうすると、ますます自分がほしいものがわからなくなっていって、自分を見失っていく

ただ、これも子供による。すぐ「ほしい」と言わなくなってしまう子供と、親がいくら言ってもそんなことは関係なく「ほしい!ほしい!」と駄々をこね続ける子供がいると思う。うちの場合も、私はすぐ学習してしまったが、妹はよくスーパーの床に座り込んで駄々をこねていた。それを私は「なんで人の言ってることがわからないんだろう」と、いつも不思議に思っていた。でも、人の都合がわかる子供のほうがおかしいのだ。

そうやって育つと、自分がなくなり、周りの都合や状況から「自分がすべきこと」を判断して、それをこなしていくだけになる。

でも、日本では「自分を殺して周りに合わせて動く」ことが美学とされているため、大人になってそこに問題があっても気づくのはほぼ不可能になる。ちゃんと自分がある上で、周りに合わせて動いているのか、それとも自分がまったくなくて、周りに合わせているだけで生きているのか。この二つは非常に重要な違いなんだけど、外から見たらまったくわからないし、だから周りも自分もそこに問題があるとは気づけない。

けっきょく医者では、胃酸が上に上がってくると、喉の辺りに異変が出てくることもあるとかで、胃酸を整える薬が処方された。でも、それで喉が落ち着くことはなかった。歯磨きやうがいのたびに、「おえっ」となっていた。これは結局、ここから2年以上も続く。今だにたまに、この症状は出る。

人の言動にも傷つく日々

それと同時に、友達や他人の言動にも傷つくことが多くなっていった。

以前は、厳しい内容のことを言ってくれる人を、自分のことを大事に思ってくれているんだと思い、ありがたく思い、信頼していたのに、それが、「ただ厳しいことを言って自分がスッキリしたいだけ」のように感じることがたびたび出てきた。

人の言動の中に、私を思っているわけではないものが見えてきて、それにひどく傷つくようになっていった。自分は相手のことを思っているのに、相手にとって私はどうでもいいのがつらかった。そして、ほぼまるきり自分と同じ考えや同じ認識の人としか、一緒にいることができなくなった。

思えば、「自分のことが大事だから厳しいことを言ってくれる」というのも、傲慢だ。本人がどう思って発言しているかなんて、本人にしかわからない。それは、私が決めることじゃない。

判断しなきゃいけないことは、「人がどう思って発言しているか」じゃない。「自分がどう思うか」だ。

人が自分を大事に思って発言しようと、スッキリしたいために発言しようと、それが自分のためになるのかどうかを決めるのは、自分だ。相手じゃない。人は誰でも、その人の経験の中でしか、発言できない。だから、自分にとってはトンチンカンなことだって言ってくるのは、もちろんあり得ること。それをすべて「自分のためなのだ」と思って、受け取らなきゃいけないわけがないのだ。

だいたい、「人がみな自分のためを思って発言している」と思っていたことのほうがおかしい。みんな、話したいから話すだけだ。その中にはたまたま私のことを思ってしてくれている発言だってあるだろうけど、誰だって人は自分が話したいから話す。それだけのことだ。

たまたまそれが自分のためになると思ったら、「ありがとう」と感謝すればいいし、そうじゃなければ、「ちょっと違うんだよね」と自分の意見を言えばいい。相手は、「あ、なんだ、そういうこと」となるかもしれないし、「いやでもそれはね、」となるかもしれない。そしたらまた自分の意見を言って、それを繰り返していくことで、最終的にお互いの考え方がわかり、そこからお互いでなにかを得ていく作業が、コミュニケーションだ。

でも私の場合、以前にも書いたように、自分がなくなってしまっている。だから、「自分はこう思う」の部分がないか、もしくはそこへのアクセス回路が絶たれている。そしてただ相手の話を聞いて、「厳しいことを言っている=私のために発言をしてくれている」と、勝手に最初からいきなり結論を出して終わる。本当に自分のことを思って言ってくれてたとしても、内容を無視して感謝するだけで、ちっとも役に立っていない。言ってくれた人の気持ちも、丸ごと無視することになってしまっている。

以前、私のことを「人の話をちゃんと聞かない」とよく言う人がいた。でも、実際私は聞いていた。アドバイスをしてくれる人に対して、「そうだね」「ありがとう」ととりあえず言う。でも、それが本当によかったか、役に立つかどうかは、その後に自分の中で決めていた。そのため、自分の決定がアドバイスと合っていたときはいいんだけど、逆の決断をした場合は「そうだねって言っただろ!」と相手を怒らせることになる。

このように、私の場合、意味のない言動ばかりとる。内容ではなく、。形のやり取りだけだから、ちゃんとした友人関係もないし、もっと言えば、ちゃんとした人間関係もできない。夫婦という人間関係でさえも。だから、バーチャルなのだ。

普通ならきっと、夫婦のうちで普通に育った方が、毒親育ちのバーチャル性に疑問を持ち、崩していって、普通の人間関係に持っていくんだと思う。でも、うちは私と夫のどちらも毒親育ちだったために、バーチャルなままずっときてしまっていた。それぞれ実家でもそうだったし、普通の家を知らない。だから、問題が解決せずに、ずっとここまできてしまっていたのだった。

それがここで、気づきを経て、私が夫の言動に傷つくようになり、友人の言動に傷つくようになりと、変化が出てきた。

「厳しいことを言ってくれているから感謝しなきゃいけない」場面で、感謝できなくなってきた。自分の中で、「その意見はなにかしっくりこない」というところまで、できてきたのだ。でも、そこからさらに進んで「自分はこう思うんだよね」を言えるようになるまでには、まだいかなかった。だからなおさら、「感謝しなきゃいけないのに、なんかしっくりこない」自分に自己嫌悪も出たりと、よけいな問題まで出てきて大変だった。

ただただ、「自分はどう思うか」がわからなかったのだ。毒親育ちの特徴である、「自分の気持ちがわからない」。だからもちろん、人に示すことだってできない。ただ傷ついて終わりだった。傷つきたくないから、とりあえず疎遠にするしかできなかった。