01 気づき

モラルハラスメント

夫が爆発する前後だと思うけど、私はこの「モラルハラスメント」という単語に出会っていた。簡単に言うと、「家庭内いじめ」とか「職場内いじめ」というような感じになる。友達が言っているのを聞いて、なんだろうとネットで調べた結果、うちの親にドンピシャで当てはまり、体験談を読みあさっていたことがあった。

この「モラルハラスメント」で特徴的なことは、それが精神的・心理的なことであるため、まわりに被害が見えにくく、「証拠を示すことが難しい」ということです。そのため、他の人に説明してもなかなかわかってもらえません。

また、加害者は被害者のほうに問題があるとか、「自分こそが被害者である」などの主張をします。被害者は、まわりの人からも「あなたにも悪いところがある」と言われ、加害者に抵抗することも、加害者から逃げることもできない状況に追い込まれていきます。

(「NPO法人 こころのサポートセンター・ウィズ」より抜粋)

モラルハラスメントの特徴としてまず挙げられているこの「見えにくい」というところが、もうドンピシャだった。家庭・学校・職場など密室性のあるところで行われ、証拠が残らない。ひとつひとつは、人に説明しても暴力だと信じてもらえない。加害者は外の人に向けてはいい顔をしていて、被害者面をして同情を誘う。教育や指導という名のもとに行われることがあり、被害者に秘密を守らせようととする。なにもかもが、当てはまった。

でも、夫が爆発して、自分の中に連鎖していた毒に気づいたとき、まさに自分もこれだと気がついた。

「まさか自分もこれじゃないよな」「違う、私は夫に対してこんなにひどくない」と思って読んでいたんだけど、最終的には、自分もこれなんだということがわかった。絶望的なショックだった。たしかに、自分で気づくくらいだから、他の人の体験談のようなもう治しようもないものではなかったにせよ、あんな親と同じ種類なのかと思うと、それだけでもう絶望的だった。

こんなことはやめなければ、と思った。

このときはまだ「毒親」とう単語も知らなかったけど、実際には、私の親は「毒親」であって、「モラルハラスメント」ではなかったことになる。モラルハラスメントと毒親には決定的な違いがある。この違いは、二つの問題の解決方法の違いに大きく関わってくる。

モラルハラスメントの被害者が、「夫婦」や「上司と部下」などの「大人」になるのに対して、毒親は「親子」という、被害者がまだ生まれたばかりの赤ちゃんから大人になる前の、「子供」になる。

モラルハラスメントの場合は、被害者が成長した大人であるため、人格形成に影響が出ることはなく、人格の歪みにまでなることはないし、なっても一時的な混乱状態だと思う。解決には、加害者に対してどういう対応をしたらいいかという、対応策が主になる。夫婦なら離婚するとか、職場の場合は人事に訴えたり。体験談を読む限り、ひとことで済むような簡単な話ではないけど。それでも、対応策が機能すれば、混乱していたものも解けていく。

毒親の場合は、生まれたばかりのころからこの問題を抱えさせられるため、人格形成そのものに影響が出てくる。そうなると、もちろん相手に対してどうするかという対応策も必要になるけれど、アダルトチルドレンやうつなどのように、自分の中に入り込んでしまっている問題の解決も必要になってくるというところが、大きな違いだと思う。

私の場合、私が夫にしていたのは「モラルハラスメント」になり、私が親から受けていたものが「毒親」問題になる。

夫に対するモラルハラスメントは、連鎖していた毒に私が気づいた時点で止められたけど、毒親育ちからくる自分の中の問題のほうは、そんなすぐに解決できるものではなかった。最初のカウンセリングを受けた時点で、「もう大丈夫だ」と思っていたけど、実際にはそこからがスタートで、ここからが長かったのは、これが理由だった。

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私に連鎖していた毒

私が夫に対して行っていた毒は、主に

 ①人に夫のことを悪く言う(家の外)
 ②夫をスケープゴートにする(家の中)

の二つ。

まず、①に関して。

日本人には、謙遜して身内を悪く言う習慣があるために、一見すると毒になんてまったく思えない。これが難しいところ。

私の場合、「白人と結婚」ということに対して好ましく思わない日本人の前では、夫のことを悪く言うとよく笑ってもらえた。また、愚痴を言うことで、外国や外国人というものに特別感を抱いているような人の前では、「別に特別なことじゃないんですよ」と示せて、共感を得ることができた。夫(彼)が外国人ということで、変に思われたり、意識されたりすることが極端に嫌だった私*は、これを大いに利用していた。

たしかに、日本人には「外国人」に対して変な意識があるけれど、それをそんなに極端に嫌がる必要もないし、たとえ理解の悪い人がいたとしても、なんとでも言いようはある。それを私は、夫の悪口を言うことで、笑いと共感を得て、自分の不安を解消していたのだった。

②について。

しかも、当時はイギリスのことが大嫌いで、イギリス人が大嫌いだった。安全で便利で未来的な国から来た私にとって、イギリスは蓋を開けてみるとひどい後進国で、イギリス人はそんなことにも気づいていない、先進国民ヅラした井の中の蛙だった。まあ、当たっていないこともないけど。悪く言えるところは、ゴマンとあった。

そんなイギリスにとって、日本が後進国と思われていることが気に食わなかった。日本のほうがよっぽど進んでいる、日本にいたときはこんなことあり得なかった、携帯が石器時代、食べ物が高すぎてまずすぎる、なにもかもが一度で通らない、正しいことをしてる人間が馬鹿を見る…こんな国に住んでる人間から、日本を下に見られていることが、心底いやだった。

それを、夫に当たった。毎日毎日あるいろんな不満を、夫がしたかのようになじって、見下した。そうすることで、嫌いな国で生きていくために自分を保っていた。①も同様だけど、自分の不完全さを、夫に当たることで、補っていたのだった。

その①も②も、まさに実家で私に対して行われていたことだった。

①に関して言えば、「日本人はみんなそうだよ」と言うと思う。じゃあたとえば、「謙遜」ではなくて、自分をよく見せるために使ったとしたら、どうか。

親戚や知り合いには、「娘から音沙汰がなくて心配だ」「あいつは親に連絡なんかしてきやしない」とふれ回る。そうすればみんな「お父さんお母さん心配してるよ」と、私に言うようになるからだ。周りには、子を心配する心優しい親のように振る舞い、私が親の心配を無下にする悪い娘だと刷り込み、周りを使って私から連絡をさせ、自己憐憫と優越感を満足させようとする。

私は実家にいるときから親と話をすることはなかったし、自立してからも連絡なんて数える程度しかしたことないので、もちろん事実と違うことは言っていない。でも、現実とはかけ離れた話である。ただ自分を満足させるために、娘のことを悪く言う。

本当に子を心配する親ならば、自分から子供に連絡をしてくるはずだ。だけど、渡英してからも、向こうから電話をかけてきたことは一度もない。これが現実。でも、普通の人はそこに「自分の親」や「普通の親」を重ねるために、「口にしなくても親っていうのは心配をしてるんだよ」と、現実を無視したことを言ってくる。こうして、問題は表面化しない。

②については、私の場合は、妹を含む家族三人からスケープゴートにされていた。

家で気に入らないことがあると、すべて私のせいだった。私のせいにしておけば、他の誰も悪くならずに済むからだ。「あの子は部屋が汚いし、だらしがないし、お金を使ってしまうし、悪い人間だ、だから、あの子が悪い」という、理由のない感じだった。

他の三人に共通することは、誰も「自分の悪いところを認められない」というところだった。私は、部屋が汚いし、片付けが嫌いだし、そういうところはそうだと認めている。逆に、自分は「だらしがない」わけでもないし、「お金を使ってしまう」わけでもないこともわかっている。でも、自分の悪いところを認められない人間たちと一緒にいると、私の悪いところばかりが自他ともにどんどん認識されていって、他の三人の悪いところは存在しないことになっていく。細かいところはどうでもよくなり、三人のうちの誰かと話が合わなくなると、「なにがあったのか」ではなく、「なぜあの子が悪いのか」というところから話がスタートするようになる。

そうすると次第に、私に対して、三人が口裏を合わせたり、ついには事実とは違うことも言い始めるようになる。そうやって、私ばかりがどんどんどんどん悪い人間になっていき、ますます三人に口実を与えていく。その上、①のように他人にも言い始めるわけだから、私はどんどんどんどん罠に嵌っていく。

実は、*のところに書いたように、人から誤解されることや変に思われることが極端にいやなのは、このためもある。少しの誤解でも、そのあとの底なし沼に続いていると感じてしまい、異常な恐怖を感じる。

そして、同じことを夫にしていた。もちろん、私に認識はなかった。うちの毒家族にも、そんな認識はまったくなかったと思う。でも、まったく同じことをしてしまっていた。家族とはそういうものだと、潜在的に学習してしまっていたからだ。毒の連鎖だ。

カウンセリング後

カウンセリングから戻って、夫にも内容を話した。これをやってみて、頑張るから、変わるからって。夫はこのとき、たぶん信じてなんかいなかったと思う。でも、私が悪いと思っていることは理解していたと思う。

カウンセラーから教わったことはけっきょく少ししかやらなかったけど、このときは、これに気づくことができただけで、人生最大の一歩だった。

たぶん、気づかない人は、気づかない。というか、今までのカウンセラー全員に「よく気づいたね」と驚かれた通り、ほとんどの人はこんなことでは気づかないのかもしれない。

私の場合は、まず自尊心が異常に低くて、自分の中に悪いところを見つけるのが得意だったのと、「実家に戻る」という選択肢が死んでもあり得なかったために「ここでこの場をどうにかしなければ死ぬ」と思ったところから、出てきた答えだった。①夫がどうにかできることではない、②実家には絶対行かない、③そしたら変わるのは私しかいない。これだった。

自分の家がおかしいことには気づかないことが多いみたいだし、ましてや自分もその異常に染まってしまっていることは、なかなか気づかない。私の妹は気づかなかったために、離婚した。離婚の原因をきちんと聞いたことはないけど、のちのちいろんなセラピーやカウンセリングをして、あの家のしくみがよくわかってきて、すると妹の離婚も当然と思うほど、理解できるようになった。

そう思うと、逆に気づかないほうが幸せかな、とも思う。妹のように、自分も毒に染まって、気づかず人生を送れたら、それはそれで幸せじゃないかな。離婚になったり、いろいろとうまくいかないことはあるだろうけど、それが許容できるなら、そうやって生きていくのもありだと思う。もちろん、気づいても、それをただ忘れ去って生きていくのもあり。自分の中の問題も、気づかずに過ごしていくのもいいし、気づいても適当にごまかしながら生きていくのも、ありだと思う。

でも、私は気づいてしまったし、解決しないと生きていけなかった。どうにかしなきゃいけなかった。

それまでの人生ずっと、だめなのはであって、自分ではなかった。自分は「虐げられてきた人間」であって、「かわいそう」なはずだった。でも、自分も同じことをしていた。「家庭」という密閉された空間で、夫を虐げていた。

毒が連鎖するのは、ここにある。どんだけ嫌だと思っていても、その家庭に育てば、その家庭しか知らない。「家庭」という概念そのものがそうなってしまっているため、家庭とはそういうものだと無意識に認識しており、無意識に同じことをしてしまう。

ましてや妹のように、嫌だとも思っておらず、染まりきってしまっていた場合は、無意識にも意識的にも、親と同じことをしてしまうのはどう考えてもしょうがない。そんな家庭に育っていない普通の人と結婚すれば、もちろん離婚もするだろう。

今までさんざんひどいことをしてきたのに、こうしてチャンスをくれた夫に対して、感謝の気持ちがあふれた。これからは、いい人間になろうと思った。

でもそのときは、「これに気づけて本当によかった」だけで終わっていて、ここからが本格的な道のりになるんだとは思いもしなかった。