作成者: keloko

ネガティブを書き出すワークの効果

なぜ、私がこのワークをやってみようと思ったか。

別居して住み始めたシェアハウスで「落ち着いた日々」を送っていたのだけれど、そこに嫌なシェアメイトが出現した。最初は、よかったのだ。でも、あるとき突然問題が起こった。

うちは一軒に四人のシェアメイトで住んでいて、当時、二人は男性、残りの二人は私とその問題の彼女だった。男性二人は自分の部屋にバスルーム(トイレとシャワー)がついていて、私とその彼女は一階の私の部屋の目の前にあるバスルームをシェアしていた。

今思うと、彼女が越してきたときから、私は違和感を感じていた。最初に入ってきたのが、おじさんだったのだ。それは彼女のお父さんだとわかり、次にお母さんが入ってきた。二人が荷物をどんどん運び入れて、最後に彼女が入ってきた。

大人になっても親に引っ越しを手伝ってもらうということは、私にとっては違和感だったけれど、そこはまだいいだろう。親が車を持っているからなのかもしれないし、実家暮らしから引っ越して来たのかもしれない。問題は、親にほとんどの荷物を運び込ませて、最後に入ってきたこと。子供の引っ越しを、親が率先してやる状態。自分の引っ越しを、親の引っ越しのようにやらせてしまう状態。ここでちょっと違和感を感じてはいた。

引っ越してきてからすぐ、彼女は掃除を始めた。自分の部屋だけでなく、みんなが共有で使っているキッチンや、私とシェアしているバスルームも。共有の場所は毎週クリーナーが入るのだけれど、彼女はクリーナーの仕事が気に入らず、文句を言いながら掃除していた。

そのときはまだ、きれい好きな人が来てよかったくらいに思っていた。しっかりしているのだなと。

問題は、夏だった。

みんなが入っているSNSのメッセンジャーに、彼女から書き込みがあった。いわく、「ホリデーで友達(男性)が二週間来るのだけれど、彼を泊めてもいいですか」とのこと。コソコソすることはしたくないので、大家にも聞いたし、みんなに確認するよう言われたから正直に言ってほしい、とのことだった。

ああ、さすがしっかりした大人な人だなと思い、「知らない男性とバスルームをシェアするのは私は嫌だけれど、その人があなたの部屋に泊まるのはまったく問題ないです」と返信した。そしたら他の男性のバスルームを貸してもらうとか、シャワーだけどこかで浴びてくるとか、なにかするだろうと思っていた。

が、まったく違う答えが返ってきた。いわく、「バスルームを使わずにどうやって泊まるっていうの?!」と。

驚愕した。「正直に言って」と書かれていた。正直に言った。すると激怒。これはいったい????

その後もいろいろと驚愕のメッセージを送りつけてきたので、スクリーンショットを撮って大家に送り、こんな問題はごめんだと伝えた。大家は「自分が簡単にOKしたから悪かった」と彼女と話をしてくれたのだけれど、それも「大家に言いつけやがった」と取られて、彼女の怒りが増しただけだった。ちなみに、大家は「二週間」だと知らなかったらしい。彼女はそこを明言していなかったのだ。

けっきょく彼女はそれを敢行し、その友達は早朝に出かけ夜遅くにコソコソ帰ってくるという一週間半を過ごし、帰っていった。それ以降、私に対する彼女の態度はものすごいことになった。私がなにか書き込めば、必ずそれに対して反抗する回答が書き込まれた。私に会いたくないからか、ほとんど彼氏の家に寝泊まりするようになって(ホリデーで来て同じベッドで寝ていた男友達とは別に彼氏がいた)よかったものの、もうこんな子供が住む家は出ていきたいとずっと思っていた。

他の部屋を探しもしたけれど、けっきょくいいところも見つからず、そこからずっと嫌な思いをしながら住んでいた。いつ彼女が来るかもわからないので、ゆっくり料理もできない。帰宅してすぐキッチンで用事を済ませ、部屋にこもる。別に出くわしてもいいだろうとは思うのだけれど、彼女がそこにいるだけで本当に嫌だった。早く一人暮らしできるくらいの給料が、切実にほしかった。

そして、新年。今年こそはあの家を出よう。そう思って、部屋探しを再開した。

そんなころ、この「「本当のスピリチュアル」への階段」という本に出会った。MOMOYOさんの動画で彼女の摂食障害が終わるまでの話を聞いていて、最後の二年間ほどずっとこのワークをしていたという話が出てきた。ネガティブなセルフイメージを書き出して、冷蔵庫やら壁に貼っておく。二週間くらいそれを眺めながら暮らしていると、それがすーっと消えていくのだと。

シェアメイトのことはもうずっと嫌だと思っていて、もちろんその間何か月も自分で分析はできていた。周りがどうであろうと、自分の好きなときに部屋から出て、自分の好きなように暮らす。それができない自分に向き合うという課題が来ているのだと、わかっていた。

でも、できなかった。カウンセリングでも聞いてもらったけれど、それ以降その話は避けていた。向き合いたくなかったのだ。仕事で大きな変化があったり、夫のことでまたちょっと事件があったり、また自分の中で進んできていることもあったりして、その話はまったくしていなかった。でもずっと心の中には、毎日毎日それがあった。彼女の歯ブラシがなくなっている(彼氏の家に泊まりに行くときには歯ブラシを持っていく)と、「今日は帰ってこない!」とほっとして、歯ブラシが戻ってくると「やつが帰ってくる…」と重い気持ちになる。もうこんな、人の言動に振り回される毎日は終わりにしたいと思っていた。

そんなときにこの本を知り、自分でできるこのワークを知った。とにかくやってみよう、そう思った。

やってみて、本当にその翌日。事件が起こった。

私がキッチンで洗濯物を干していたとき、玄関がノックされた。出てみると、スーパーのデリバリーだった。すると上からダダダダと彼女が階段を降りてきた。あ、彼女宛のデリバリーだったのか、出なきゃよかったと思っていると、彼女が「ああ、いいよ、それ私の」とニッコリ笑ったのだ。

びっっっっっっっっっっっくりした。彼女の笑顔など、もう半年以上見ていなかった。怖かった。

衝撃で固まりつつも、とにかく洗濯物を終わらせ、部屋に戻った。あれはいったい、なんだったのか。まあでももしかしたら、ものすごく待ってたデリバリーが来てご機嫌だったのかもしれない。デリバリーが好きな人なのかもしれない。あの大量のデリバリーを受け取るときに、デリバリーのお兄さんから「荷物の詰めかたうまいね」と言われて、「これが専門だから」(彼女はアパレル系のお店で働いている)と嬉しそうに得意気に言っていたので、自分が得意になれるこういう作業が楽しみだったのだろう、と思っていた。

だがしかし、衝撃は続いた。

彼女が、連続で家に帰って来るようになった。週の半分以上は彼氏の家に泊まりに行っていたのに、急にうちに入り浸るようになった。新しいシェアメイト(女性)とも顔を合わせないようにしていたのに、キッチンで話す声が聞こえてきたりし始めた。彼氏とキッチンで料理したりするようにもなって、なんと一度もやったことがないゴミ出しをしたりもしていた。あれを見たときは、びっくりしてまた固まってしまった。

極めつけは、聞こえてきたシェアメイトとの会話。いわく、「今はここにいるけど、探し続けてはいるんだ」と。

え、引っ越すの?!?!?!?!!!

その瞬間、膜がとれたようにぱあーーーっと部屋の中が明るくなった。

わからない。もしかしたら仕事の話かもしれない。「今はStayingだけど、Keep looking」としか聞こえなかった。なにを探しているのかは、わからない。でも、今いるところから出るために、なにかを探していると。これはもしかして、冬休みの間に、彼氏にプロポーズされたとか、同居を打診されたのでは???

おめでとう!!!早く出てしあわせになって!!!!!

心からそう思った。彼女もハッピー、私もハッピー、みんなハッピー。

ずっと、そうすればいいのにと思っていた。なぜ彼と住まないのかと。なぜいつも、歯ブラシを持って泊まりに行って、なぜ持って帰ってくるのだろうと。友達にその話をすると、「家族がいる人なんじゃない?」と。だから奥さんがいないときに泊まりに行って、自分の荷物を置いておけないのではと。でも、それにしては頻繁だ。

わからない、もしかしたら今だけのことで、またご機嫌が悪くなるのかもしれない。でももう、私は家の居心地のよさを思い出した。本来の、この家の居心地のよさを。彼女が来る前は、空気も明るくて、素敵な部屋だったのだ。好きに料理をして、楽しく暮らしていたのだ。その空気を、身体で思い出した。彼女がいようがいまいが、本来こうであっていいのだ。

今だに、彼女には出くわしたくはない。彼女がキッチンにいるときは避けたいし、なるべく見たくない。でももうすぐ、彼女は出て行く。出て行くということにする。気にする必要はない。なにかが確実に変わっている。私の中の気持ちが以前よりずっと、ラクになっている。

これは、すごい。こんなに効果が、しかもこんなにすぐ出たのは、初めてだった。びっくりした。

もちろん、偶然だろう。でも、偶然でいいのだ。私の中にあったネガティブは、なくなった。それでいいのだ。

「「本当のスピリチュアル」への階段」

最近やったワークで、ものすごい効果が出たものがある。

この本のChapter 3にあった、「(ネガティブな)セルフイメージを書き出す」ワーク。

スピリチュアルの本とはなっているものの、著者のMOMOYOさんは長年に渡り摂食障害を患い心理学も勉強されていて、メンタルの仕組みもものすごく理解されているかた。彼女のYouTubeを見ていても、たくさんのヒントやアドバイスをお話されている。私がカウンセリングでやったことや、心の仕組みのお話がたくさんある。

スピリチュアル系やメンタル系の動画やブログを見ていると、「ポジティブな自分」でいることの重要性について話されているものが多い。「言霊」や「引き寄せの法則」などで言われる通り、ネガティブな言葉を発するとネガティブな現実が実現してしまうので、いつもポジティブな言葉を発し、ポジティブな自分でいましょうというようなもの。

それは、本当にそうだと思う。でも、長い人生で常にポジティブでいられることは絶対にない。どんな人であっても。

ネガティブなときでも、ポジティブな言葉を発することで、空気が変わることもあるとは思う。でも実際、それは一時的なものだ。ポジティブになるには、まず自分の中にあるネガティブを出しきることが先決。ネガティブがあるままでポジティブを演じていると、本当のポジティブになれないばかりか、自分の中に抑圧されたネガティブがいつか爆発することになる。

カウンセリングでも、やってきた。親に対する「ほとばしる怒り」をカウンセラーにぶちまけ十分聞いてもらうことで消化し、「怒りを癒やす」。そこまできて初めて、次の「自分を癒す」段階に進んでいける。親に対する怒りを抱えたままでは、本当の意味で自分に目を向けていくことはできないし、無理やり進もうとしても無駄になる。

生きづらさを抱えている人で、まだ自覚のない場合、最初にスピリチュアルや占いなどに向かう人も多いと思う。無意識の中では、自分の中にあるネガティブに気づいているのだけれど、本能的に向き合うことを避けるから、スピリチュアルや占いとしてふわっとしたものに向かう。解毒の初期段階。ずっと前に江原啓之さんがあれだけ人気になったのは、これだと私は思っている。自分とはまだ向き合えないから、先祖の話、守護霊の話、前世の話として、受け入れやすい形から入る。「ブランド嗜好」で書いた通りだ。

スピリチュアルでも心理カウンセリングでも、行き着くところは同じだと私は思っている。「人生を幸せに生きること」、どちらもこれを目指しているからだ。幸せに生きるには、自分自身と向き合う必要がある。好きな自分も、嫌いな自分も。それを可能にするツールはたくさんあって、スピリチュアルも心理カウンセリングもそうだし、ヨガや鍼灸整体(メンタルの不調は身体に出るので)、ヒプノセラピーに、その他もろもろ。宗教だって、出発点はそこだった。

どれをやっていても、ネガティブな自分と向き合っていない人はすぐわかる。「いつもポジティブ!」みたいなことを言っていても、ネガティブを抑圧しているだけであれば、幸せそうではない。自分を抑圧している人は、人を抑圧したりマウントをとろうとしたりもする。

試しに、「私は素晴らしい!」と言ってみる。心からそう思えていなければ、なにかある。それを無視して、毎日「私は素晴らしい!」を繰り返していても、前には進みづらい。なにがあるのか、掘ってみる。出てきたものを、並べて見てみる。それが、この本に書いてあるワークだ。

なので、まだ親に対する怒りが強い人は、このワークには向かない。「解毒の段階」や「毒親からの回復の段階」でも書いたけれど、解毒はざっくりと下記のような感じで進んでいくと思う。このワークが向いているのは、少なくともの段階にいる人か、4の段階に移りつつある人だ。

1.自分が生きづらいことを認識(否定していたけれどできなくなり認識する)
2.それが育ち(親)のせいであることを認識(否定していたけれどできなくなり認識する)
3.親への怒りを十分ぶちまけ出し切る
4.自分の回復に向かう

自分が3の段階にいるか4の段階にいるかは、毒エピソードに引きつけられるかどうかを見てみるといいと思う。「化粧水」や「化粧水ふたたび」みたいなエピソードを読んでみて、「そうそうこれ!!うちはね、」と文句をぶちまけたくなってきたら、3の段階だと思っていい。私も3の段階にいたときは、いろいろな人の毒親体験談を読み漁り、毎日のように怒りと涙に明け暮れていた。そしてそれをカウンセリングでぶちまける。この段階はとても重要。ここを十分やってから、4に進む。

3の親への怒りは、親だけでなく、日常的に関わる人に対して出てくる。たとえば、上司や同僚、配偶者、友人、子供など。実は出てくる怒り全般がこれに該当するので、怒りが出てきたらなんでも掘ってみるといい。なにが原因かがわかってくる。それがカウンセリング。自分ではなかなか原因に気づけないので、プロの手を借りる。慣れれば自分でもできるようにはなってくるけれど、人の視点、それもプロの視点はやはり大きな頼りになる。同時に話も聞いてもらえるので、ぶちまけさせてもらうことができ、解消が早くなる。

やりかたがわかってくれば、日常的に出てくるものを自分でも消化していく。それがこのワーク。ポジティブではなく、ネガティブに焦点を置いたワーク。これは、スピリチュアル系の本ではほとんど見ない。MOMOYOさんだからこそであると思う。

スピリチュアルが苦手だというような人は、他のChapterをすっ飛ばしてここだけ読んでもいいと思う。自分の中のネガティブなセルフイメージの見つけかたを読んでみて、それをやってみる。

4の段階にいる人に向いているものの、1〜3の段階にいる人でも(1の人がそもそもこのブログに行き着くことはなさそうではあるけれど)、やってできないこともないとは思う。ドMの人や、私のようにOCDで、神経質でとにかくきれいにしないと気が済まないという人は、特に向いているはずだ。表面をきれいにしただけでなく、きちんと根本的にきれいにしないと気が済まない人はすごく向いている。実際、私もそれでここまでやってきた。「嫌いなところも役に立つ」。だめだと思う自分でも、要は使いようなのだ。

実は、以前モニターを募集させていただいた「シータヒーリング」も、このネガティブなセルフイメージを見つけ出すワークになる。クライアントの中にどういうネガティブがあるかを見つけ、それを解消していく。OCDな私は、これを見つけるがとてもうまい。なので、このヒーリングにとても向いていた。本当は、リーディングをしてなにが根っこになっているかを見つけるのだけれど、クライアントの話の中から根っこを見つけていくことはある程度できる。本当に、要は使いようなのだ。

嫌いなところも役に立つ

人を尊重し受容する」や「感謝が勝るようになってきた」でも書いたように、ものごとは白黒どちらかではなく、二面あるということを日々学んでいる。

これは、数年前から興味を持って本を読んだりし始めたホロスコープで、はっきり頭で理解した。たとえば、火星というのは「情熱」とか「勢い」といういい面もあるけれど、同時に「猪突猛進」のような、危険な面もある。天体も、星座も、どれがいいというのはまったくなくて、それぞれにいい面と悪い面がある。場面によって使い分けたり、バランスが重要だということだった。

これは以前やっていたヨガで勉強した、チャクラの考えもそうだった。「チャクラについて」で書いたけれど、たとえば第一チャクラのムーラダーラ。これは物質的な肉体を表す。バランスがとれていると、健康で活力がある。簡単な例で言えば、ここのエネルギーが過小であれば低体重、過剰であれば肥満、など。

就職活動のときにやった、自己分析でもそうだ。細かいところまで正確に仕事をやろうとするのはいいところだけれど、それが過剰になれば不安で何度も何度も確認して仕事が進まなかったりもする。いいところは悪いところにもなりうる。ものごとは必ず二面ある。

そんなことは言っても、自分で嫌なところは嫌だった。たとえば、うまく話ができないところ。きちんと考えて話さないと、特に英語となると、なにを言っているかわからなくなってしまう。自分がセッティングした会議で、なにから話していいかわからなくなり、みんながシーンとしているところでさらに焦り、必要もないことを話し始めてしまったりして、ものすごく落ち込んだことも何度もあった。

キョドる自分が、恥ずかしくて、許せない。スマートに対応できない自分、相手に居心地の悪い思いをさせてしまう自分。でも、なんとそれが役に立ったと感じられた事件が起こった。

一緒に仕事をしている人が、人の言いたいことを汲み取ったりうまく話をすることが本当に上手で、私がうまく話せないこともすぐ理解して言い換えてくれたり、いつも会議をリードしてくれたりしていた。人に教えるのもとても上手で、考えもせず順序立てて話をするし、忍耐強く、「じゃあこっちを見てみましょう」などの合いの手もうまい。お子さんがいる人なのだけれど、きっといいお母さんなのだろうと思ってしまったりする。小学校の先生とか天職なのではないかと思う。

そんな彼女が、新しく入ったイタリア人の男の子にめちゃくちゃ好かれたようだった。彼は声が大きく目立つのだけれど、感情的で、境界線がなく、すごく繊細な人で、彼女のようにいい対応をしてくれたり、上手に自分の話を引き出してくれる人にどんどん依存してしまっていた。しょっちゅう彼女に話しかけに来ては、けっこう言いすぎなことまで言うようになっていった。

しばらくして、その二人が接触厳禁になった。詳しいことは知らないけれど、どうも彼のほうがプライベードで彼女にメッセージを送りまくったりしてしまったようだった。人事まで話がいって、大変だったようだった。

だけど、周りはなんとなく、「彼女のほうがもっとしっかりしなければいけない」というような空気になっていた。なぜ?!?!?!!と思う。ひどい話だ。

彼女はこの会社で長く、管理職ではないにしろ、リーダー的な役職についていた。彼のほうは私と同じように去年入社したばかり。それもあって、「彼はまだ若いんだし」「イタリアの田舎から出てきた人だし」と周りは言う。

そんなの、おかしくないか???イタリアも田舎も馬鹿にしているし、若いって言ったって、彼女とほぼ同じ歳。彼女が「プロフェッショナルに対応しなきゃいけない」というのなら、彼のほうだって「プロフェッショナルに仕事しなければならない」ではないか。同僚にしつこくメッセージを送ったりするような社員に、「若いんだし」で済ませるとはいったい???

私も、彼はちょっと苦手だった。イタリアの話をしたり、おいしいものの話をするのは、いい。でも境界線がないところに、本当にイライラさせられたりしていた。

たとえば、チームのみんなで旅行に行こうという話があったとき。彼がプランを立てて仕切ると言い、みんなに出欠の確認がきた。私は一人暮らしを始めたばかりでお金を使いたくなかったので、飲みに行くとかなら行きたいけれど、旅行はちょっとと思い、返事をためらっていた。

数日後、彼から社内メッセンジャーで話しかけられて、どうするか聞かれた。ちょっと言いにくかったけれど「お金を貯めてるから今回はやめとく」と正直に返すと、「そんなにお金かからないよ!」「楽しいよ!」「Kelokoにも絶対来てほしい」と。

ぞぞぞ、ときた。

「No」と、言った。でも、それがわからない

自分の話を、無視されている。自分が言っていることを、なかったものにされている。「化粧水ふたたび」で書いたような、親のトラウマが蘇る。

もちろん、今はもうこの程度では、心臓がキューッとなったりバクバクしたりすることはない。ただ、ものすごくイラっ!!!!とする。

彼は境界線がないから、人は自分と別の人間だということを知らない。人はみんな、自分と同じ考えだと思いこんでしまっている。だから、人がなんと言おうと自分のやりたいようにしようとしてくる。人を尊重できない。

イラっとしたこともあり、丁寧な対応をやめ、別の話をして逃げた。よっぽどいろいろ言ってやろうと思ったけれど、とにかく離れた。

それでも彼は追ってこなかった。なぜか。私と長くいると居心地が悪いからだ。

私は、キョドる。彼はいろいろな人に話しかけるけれど、私は途中でキョドって話がつながらなくなる。お互い笑顔が引きつって、「じゃあまた」と彼が離れていくことになる。そういうところで、たとえば前出の彼女だと、上手に話をしてあげるのだろう。だから彼はそれに依存する。

でも彼は、キョドる私に対しては手に負えなくて、「じゃあまた」と離れるしかない。長々とそこに居続けても、自分が居心地の悪い思いをして、どう離れようかと計算し始めるだけだから、あとを追いたくないのだ。

天地を覆す、画期的な発見だった。「すごい!!!!!」そう思った。

キョドる自分が、嫌いだった。恥ずかしかった。許せなかった。上手にできない自分が嫌だった。

でも、嫌なやつが追いかけてこない。なんて使えるテクニックだろう!そんなすごいテクニックが、なんの努力もなしに天然で身についている。自分はなんて素晴らしい能力を持っているのだろう!!

びっくりした。衝撃だった。

相手にナイスに上手にいろいろしてやれなくていい。そんなことをしていたら、彼のような人が、ヒルのように群がってひっついてくる。キョドっていいのだ、「変なやつ」と思われていいのだ!!!!!

ものごとには、必ず二面ある。いいところもあれば、悪いところも。嫌いなところでも、いい面もある。それをお腹の底から体感した。