作成者: keloko

自分を信頼するということ

落ち着いた日々」を送っていても、引っ越したばかりのころはまだまだ気持ちに波があり、以前お世話になったオンラインカウンセリングのCotreeの先生のセッションを毎週受けていた。

私がお世話になっている先生はアメリカ在住なので、ちょうどイギリスが閉まるころに開く。仕事が終わって帰宅しゆっくりセッションを受けることができるので、以前の英人カウンセラーのところのように日中仕事を休んで電車に乗って行く必要がない。「自分のために仕事を休む」「自分を優先する」という練習も必要だけれど、まだそれができない段階の人や、そこまで深刻ではないけれど話を聞いてもらう必要がある人にはちょうどいい。

夫に対する気持ちは、依存愛情の中で揺れに揺れていた。「親から見捨てられたくない」というインナーチャイルドと、「これが二人にとって適切な進路なのだ」という大人の自分からくる気持ち。

今ならあの「夫ともとに戻るのが一番いいのだ」「夫のすべてを受け入れるべきなのだ」「これが私の愛情なのだ」という気持ちは、私の中のインナーチャイルドが騒いでいただけなのだとはっきりとわかる。当時も、「これはインナーチャイルドなのだろう」「インナーチャイルドが親に見捨てられたくない気持ちを夫にかぶせているのだ」という認識はあったけれど、それでも暴走しそうになることばかりだった。

暴走せずに済んだのは、タイミングが一度も合わなかったからだ。特にお酒を飲んだりすると、「もう夫の家に押しかけて、泣いて謝ってすべて元通りにすればいいのだ」と突如として思うことがあった。これは愛情なのだと、やっぱりこれが正しいのだと。でも出る支度をしようとするとシェアハウスの大家さんがうろうろしていて、夜中に外に出ることがためらわれたり、あるいはそういうときに限って夫は用事で帰宅が遅かったりした。本当に、神様がいるのだと思うほど、あれもこれもタイミングがまったく合わなかった。

ネットでも、依存と愛情についていろいろ読んだ。チェックリストをやってみると、依存よりも愛情のほうが多かった。たしかに今までのカウンセリングと解毒をへて、そこまでひどい依存ではもうなくなっていたのだろう。そもそもこれがもし本当に依存だったら、「これは依存だろうか?」などと考えることも迷うこともないはずだ。

離婚をするべきか迷っている人のために書かれた記事も、いくつか読んだ。こういうときは離婚がいいかもしれないという項目の中に、なんと「タイミングが合わない」というものがあった。「やはり一緒にいよう」と思ってもタイミングが合わずに伝えられない、なにか言っても驚くような受け取りかたをされてしまい意思の疎通ができない、など。まさに私と夫の間で、過去ずっと起こっていたことだった。ここ数年はそれが激しくなり、私が家を出てからはもっぱらそんなことしか起こらなくなっていた。

すべてのことが、「やはりここは離れるのが一番なのだ、そういう時期になったのだ」と言っていた。でもそれがわかっていても、あの暴走しそうになるときにぐわーっと全身からわき上がってくる気持ちは、とてもではないけれど嘘などとは到底思えない。その気持ちを抱えながら「これが嘘なのか本当なのか」と考えを巡らせるも、そのときは判断もつかない。

いったい、自分の中のなにを信じたらいいのか。なにもかもがわからなくなり、世界がぐらぐら回っていた。

Cotreeの先生にも「これってDV夫と別れられない人と同じやつでしょうか」と何度も質問して、笑われた。もちろん先生は回答をくれない。友達も、誰にも正しいことはわからない。先生は回答を出すために私の気持ちを整理する手伝いはしてくれるけれど、回答はくれない。自分で出すしかないのだ。

わかってはいるけれど、本当にきつかった。もう誰か偉い人や神様に「これが正解だ!」と言ってほしかった。なんでもいいから、ズバッと回答をくれる人がほしかった。

そんなアップダウンの続く生活の中で、またCotreeの先生のセッションを受けた。冒頭に先生から「お花ですか?」と聞かれた。私の画面のバックに、スーパーで買ったチューリップが写っていたのだ。

引っ越してから、初めて買ったお花だった。昔は、花など一度も買ったことがなかった。食べられもしないし、水を変えたりなども面倒で、「こんなものにお金を使うなんてもったいない」と思っていた。それがカウンセリングを受けるようになって、「カウンセリングという目に見えないものにお金を使っていいのだ」という大きな意識の変革があり、自分のためにお金を使うことを覚え始めた。

「きれいだな」と思ったものを買うこと、「きれいだ」という気持ちで行動していいのだということ。靴下なんてたくさん持っているけれど、「これかわいいな」と思ったら買っていいのだということ。お花も買うようになり、趣味にお金を使うようにもなった。

そんな話を先生にしながら、「お花いいですよね」という話をした。カラフルなものが好きなので、本当は色の鮮やかなガーベラが一番好きなのだけれど、ガーベラは高かったのと、チューリップが安くて二つで5ポンドだったので、それにしたんですと。

なんでお花が好きなのかという話になったので、なんとなく「時間が動いていることを感じられていいですよね」とポロッと口から出た。

ちょうどこのとき、仕事から帰ってきたらチューリップが開き始めていて「ああ、自分の知らないところでも時間は動いていて、世界は動いているのだな」と思ったのだ。それを話すと先生は、「おもしろい理由ですね」と言っていた。たしかに私も、自分で言ったのに「変わった理由だな」と思った。

セッションでは、気持ちのアップダウンのことを話した。でもそれってしかたがないですよ、人生でもっともストレスがかかることの上位に、離婚引っ越し転職も入っている、だからそれが一度に来ているKelokoさんはアップダウンがあって当たり前だ、それくらいに思っていたほうがいい、と言ってもらった。

たしかに、今すぐなにかできるわけではない。時間がたって、気持ちが落ち着いてくるのを待つしかない。「わかっているんですよね、早く時間が流れてほしいって、いつもいつも思っているんです」と。

そこで、はた、と気づいた。そうか、だから私はチューリップに手を伸ばしたのか!!!と。

ガーベラは最初から開いているから、時間の流れは感じられない。チューリップはつぼみの状態で売っていて、だんだんと花が開いていく。だから時間の流れが感じられる。「自分の知らないところでちゃんと時間は流れている」というところにひかれた自分、その理由は、時間が早くたってほしいと思っていたからなのだ。

衝撃だった。私は自分が必要なものを潜在的にわかっていて、きちんとそれを実行しながら生きている。

なにも考えていなかった。それでもこうして無意識に、必要なものを必要なときに手にして生きている。もしかしたら、気づいていないだけで、こういうことが他にももっともっとあるのだろう。無意識に、自分にとって必要なことをしながら生きているのだろう。

「すごい!!!」そう思った。無意識にこんなことができてしまうなんて、私はなんてすごいのだろうと。どうするべきなのかをたくさんの人に聞きまくっていた。でも私は、ちゃんと自分でわかって行動できていたのだ。

目の前の小さいテレビの画面しか見えていなかったのが、急にテレビがなくなって、視界がぐわんと360度に広がったようだった。テレビの外で、こんなことが起こっていたなんて。

先生は「そういうのって、自信になりますよね」と言ってくれた。たしかにそうだ。

衝撃とともに、急に自信がわいてきた。考えていなくてもこんなことができるということは、考えていなくてもきちんとやっていけているということだ。もっと自分を信頼していいのだ。「こういうときにこうやった」という目に見える案件がなくても、私はきちんとやっていっている。理由などいらない。

「自分を信頼する」とは、こういうことだったのか。なにか理由があるわけでもなく、自分の無意識を信じている、無意識でも自分は大丈夫なのだと信じられている状態。なにをやったかではなく、別にそこにいるだけでいいのだと信じられること。これが、自分を信頼するということなのだ。

急に安心感がわいてきた。感動した。すごい経験だった。

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落ち着いた日々

引っ越しをしてひと月以上。荷物も全部移せて、なんとか落ち着いてきた。やっと人と会う気持ちにもなってきて、友人と出かけたり、話を聞いてもらったりもするようになった。

家を出たころのことを書いていこうと思ったのだけれど、気持ちが落ちてきたのでやめた。10以上も記事を書いたけれど、どれもまとまらなくなってしまった。気持ちが新鮮なうちにと思っていたのだけれど、焦っていたのかもしれない。少しずつ時間をかけて書いていけばいい。そう思った。

夫と離れて、生活はとても落ち着いた

わけのわからないところで激高して、コミュニケーションに尋常ではない忍耐を要する人がいない。会社の人も友人も、周りの人はみんなきちんとコミュニケーションが取れる。変な受け取りかたをする人がおらず、みんな普通に話して普通に理解してもらえる。安心して働き、暮らすことができる。それがこんなに心に平穏をもらたすものだとは。今までどれだけおかしな環境にいたのだろう。出てみて初めてわかった。実家を出たときと同じだ。

トイレも洗面所もシャワールームも、汚されない。夫はどういうわけか便が便器にへばりつく人で、毎日のようにブリーチをまかないとだめな人だった。日本にいるときに夫の滞在先のトイレが汚れていることはなかったので、イギリスの硬質な水のせいもあると思う。夫が汚すのに、夫は気にならないので、私が掃除をする。なのにきれいにした直後にトイレに入られて、きれいにしたことなど我関せず汚されたときなど、この人は本当になにも考えていないのだと落ち込んだ。

紙を置いてから用を足すように言うと、恥ずかしかったのか慌てていたけれど、それをしてもらってもまったく汚れないことはなかった。いつも私が掃除をしていた。今は毎日きれいなトイレで、毎日きれいなシャワールーム。それだけのことがこんなにも、心に平穏をもたらすことだとは思わなかった。

部屋もいつも整理されていて、気持ちよく過ごすことができる。私も子供のころから部屋が散らかっている人間だったのだけれど、思えばこの二年ほど、とにかく整理された生活をしたくなっていた。ものであふれた、乱雑な家での生活が嫌になった。

片づけない人にもいろいろ理由はあるけれど、その一つに「ネグレクト」があると読んだことがある。自分で自分の面倒をみられない、自分に対してネグレクトの状態にある。私の場合はまさにこれだったと思う。部屋をきれいに保つほど、精神的に余裕がなかった。それが解毒が進み、身の回りをきちんとする余裕が出てきたのだと思う。

もう一つは、解毒によって日々の生活こそを楽しみたいと思うようになったことだ。部屋をきれいに保つようになったのには、この理由がとても大きい。

夫は「目標」がないとだめな人だった。「自分のビジネスをする」だったり「好きなことを仕事にする」だったり。私も昔はそうだった。なにか目標があって、そこに向かって生活する。親から離れて自立すること、イギリスで生活を整えること、海外で仕事をした次は、自分のやりたいことを見つけること、それで生活できるようになったりすること、そうやって次々動いていった。

でも目標があると、そこに向かっている間は満たされない。満たされるのは、達成した一瞬のみ。すぐ次が必要になる。

そもそも、こういう動機で向かっているときというのは、なかなか達成しないようになっているものだ。夫もけっきょく、失敗するか、終わらないうちに次に興味が出てきてどんどん移っていく。「本物」でないからなんとなく興味が薄れてきて、その右肩下がりの空気から、どんどん気持ちが離れて次に目が向いていってしまう。

夫は普通に生活している人たちを「なんの目標もなくただただ毎日すべきことをして時間を過ごしているだけ」と言って、見下していた。人と違うことをしなければ、そう焦っていた。本人に自覚はまったくないけれど。毎回なにか目標を持って、そこに向かっていく。「成功する(かもしれない)」という考えがないと、生きていけない。そうやって自分をどうにか支えていた。

それが苦しい人生だと、私はようやくわかったのだ。

目標を持って生きていることが、いいことなのだと以前は思っていた。でも夫を見ていてわかることだけれど、けっきょくその目標というのも、人がやっているのを見て「自分もやりたい」と思ってやっている。自分の中から出てきたものは、一つもなかった。

バンやボートで世界中を旅したり、オフグリッドで生活したり、自然の中でサバイバルをしたりして、その動画を上げて生活している人たち。脱サラして都会の中で野菜を作り、それをレストランに売って生活し始めた人たちの話も。そんな動画を次々あさって、毎日毎日動画漬けになっていた。

「普通のつまらない生活」をしているくせに、そういうエキサイティングな人たちの動画にお金を払ってサポートして、自分もそこに参加している気分になっているだけのやつらになりたくない、自分も動画を上げるほうの人間になりたい。自分の生活をみんなが見て、いいなと思われるほうに自分もなりたい、と。夫はいつも言っていた。

私も、昔はその部類の人間だったと思う。世界中を旅行したり、いろいろなことをしたいと思っていた。でも私はもう、そんな生活はだった。

イギリスへの不満ばかりだった私」でも書いた通り、そんなことをしていても自分を満たしていくことはできないのだとわかってきた。海外ばかり行っていたのが、国内で自然の中をウォーキングするようになり、グランピングで火をおこして食事を作ったり、薪ストーブの前で暖をとりながら火を眺めたり、自然の中でただゆっくりしているだけで満たされるようになってきた。

ずっと、感じていた。ホリデーに行かなければ満たされないのであれば、年に数回しか満たされないことになる。人生の大半が、満たされない時間となる。生きていく上で、それはおかしくないだろうか。

私はどこかへ行くと必ず、お土産を持って帰ってくる。写真も大量に撮ってくる。そのときの感覚を、環境を、雰囲気を、エネルギーを、少しでも日常生活へ持ち込みたい。「ホリデーから帰ってきても満たされた感覚を感じ続けていたい」ということの現れだった。

でもそんなことは不可能だった。ホリデーはホリデー。買ってきたお土産も、毎日毎日出して眺めているわけにもいかない。

日常生活を思いっきり楽しんでいる人たちこそ、幸せな人たちなのだ。そんな風に日常で満たされているには、どうしたらいいのだろう。

家を買いたい。落ち着ける場所がほしい。もう引っ越す必要もない、追い出される必要もない、自分だけの家を買いたい。そこで趣味をしたり仕事をしたり料理をしたりと、落ち着いて日々の生活を楽しんでいきたい。家を好きなように改修したり、庭をいじったり、植物や野菜を育てたりしながら、毎日を楽しみたい

今はシェアハウスだけれど、それが叶えられている。整理された部屋で、システマティックな生活ができている。ハウスメイトはみんな自立していて、キッチンなどの共同エリアは使ったらきちんと片づけられている。ルールもないけれど、ゴミも気づいた人が出して、うまく回っている。週に一度クリーナーが来て、共同エリアは掃除をしてもらえる。庭もあるので、さっそく料理に使えるハーブを植えた。夏にはBBQもできる。

前のようなマンションではなく一軒家が並んでいるところなので、周りは家族連れが多く、若い人が騒いでいるようなこともない。偶然にも警察署が目の前なので、パトカーと警察官がしょっちゅう行き来しているせいか、治安もよさそうだった。

ここにいると、ほっとする。安心感を感じた。おもしろいのが、引っ越しする前日、前のシェアハウスで寝ていたとき、今のこの部屋で寝ている夢を見ていた。起きたらまだ引っ越していなくて、時間の前後がわからなくなった。それほど感覚的に訴えかけていた部屋なのかもしれない。引っ越してからも、習慣でたびたび部屋探しのサイトをチェックしていたのだけれど、ここよりいいと思う部屋はついに出てこなかった。前回は、部屋を決めた直後にもっといい部屋が出てきて、失敗したと思うスタートだった。やはりここは合っていたのだと思う。

徐々に料理もするようになって、英国スーパーとアジアスーパーで材料を買ってきて、お弁当を作ったり晩酌のおつまみを作るのも楽しくなってきた。まだ趣味を再開するところまでは回復していないけれど、これからここでやりたいことがたくさんあって、毎日が楽しい。

仕事も充実していて、ますますできることも広がり、ますます頼りにされることもできてきた。自分にぴったりの仕事で、こんなところがあるとは思いもしなかった。ここにこれたのも、解毒が進んだ自分にふさわしい場所がやってきたということなのだ。

私が夫と結婚したように、人は自分と似たような人がいるところに入っていく習性がある。だから今まで、どうしようもない上司のもとに就職してしまったたびに、がっかりしてきた。またこんなところに来てしまった、自分はまだこんな状態なのだと。でも今の会社に来れたことで、そしてここで尊敬できる人たちと働いていることで、自分もこの人たちと同じところにいる人間なのだと思うと、本当にうれしかった。そして、感謝でいっぱいになった。

やっと、普通の世界に来れた。そう感じる日々。それだけのことが、なんと素晴らしいのだろう。

引っ越しに心を躍らせる

ところが、部屋探しは難航した。

毎日毎日内見に行く中で、日本好きで、三週間かけて日本を縦断したという大家さんがいたりして、これはもう決まったかなと思うこともあった。条件を満たしていたので引っ越したい旨を告げたのだけれど、それから連絡が途絶えたりした。他にもいくつかよさそうな家はあって、でもしっくりこなくて、同じところに二回も内見に行ったりもしたのだけれど、やっぱりしっくりいかない気持ちが拭えず、あきらめることにしたりしていた。

なんで見つからないのだろう。こんなにたくさん部屋はあるのに。

不安でたまらなくなった。このまま見つからなかったらどうしよう。夫には私の引っ越し先が見つかるまではそこにいてくれと言ってあるので、見つからなかったら一度夫のところに戻ることもできた。でも不安で不安でしかたなくなった。あんなに日本が好きな大家でも、だめだったのだ。このまま一人でこの国で生きていけるのだろうか。

そんなころ、お米のストックが残り少なくなってきて、隣町のことをふと思い出した。

隣町は、今の町に引っ越してくる前に、一年ほど住んでいたところ。「突然の引っ越し」で書いた、退去願いをもらって慌てて引っ越したところだ。

隣町は城跡や大聖堂があり、この辺りでもっとも古い町になる。お金持ちが多いので、私の好きないいスーパーもあり、お店が一通りそろっている。大きなアジア食品店もあり、手芸のお店もあるので、ロンドンに行かなくても食材も趣味のものも一通りそろう。ないのは納豆くらい。客層も全然違う。ロンドンのいいところにいるような体型やファッションの人たちがたくさんいる。健康に関心のある人も多いから、ナチュラルフードのお店もある。

ここは今の町よりロンドンから数駅奥まったところにあるので、ロンドンに通うなら今の町がいい。今の町は南からくるたくさんの路線が集まってロンドンに向かうため、本数がぐんと増えるのだ。

でも。もうロンドンに通うことはない。念願の、地元の仕事を見つけたのだ。地元の企業の。ロンドンの日系企業に通う必要はない。

それならば、隣町に住んだほうが断然便利なのではないか。休みの日にわざわざ駅まで20分歩き、そこから電車に数駅乗ってお米を買いに行くのなら、隣町に住んでいつでもお米が買えたり、毎日いつでもお豆腐が買えたり日本ハムのソーセージが買えるほうがよくはないか。手芸のお店に毎日通って、いいハギレが出てないか見ることもできるし、お気に入りのスーパーで様々な食材を買って料理を楽しむこともできる。

なぜ、これを思いつかなかったのだろう!!

それまでたぶんまだ、夫に対する依存心が抜けきっていなかったのだと思う。一人で暮らしていくことの不安、「親(夫)に見捨てられる」ことに対するインナーチャイルドの恐怖。夫にすぐ会える距離だから、今の町を出ることを思いつかなかったのでは。でも夫が家を出ることになってきた今、その依存が抜けてきたのでは。

難航して苦しくなってきていた家探しも、ここで一気にやる気が出てきた。それまでは、今の家よりいいところなんて見つからないだろうと思っていた。手入れの行き届いた広くてきれいなおうち、天窓のあるお風呂。でも隣町に引っ越せば、電車に乗らなくても必要なものがなんでも手に入る環境になる。今の家より断然いい暮らしができる。

猛烈に、隣町での部屋探しを始めた。仕事のあとに、5軒の内見を入れた日もあった。隣町はやっぱり大きいから、駅からすぐ近くに家がない。最低でも15分は歩く。それで五軒も歩いて回ると、クタクタになった。

それでも。最初に行った内見でまず、すごい好印象を受けた。大きな家が並ぶ、お金持ちが住んでいるところで、B&Bもやりながらマダムが運営しているシェアハウス。今の家も、今の町の中ではそういう場所にあるし、お金持ち。でも格が違った。家の大きさも、大家さんも。全然違う。

今の大家さんでもお金持ちだとびびっていたけれど、隣町のマダムはそんなものではなかった。格の違いは、メンタルの違いだと思った。今の大家さんはやはり毒々しくて、その程度という感じになる。でも隣町のマダムは毒が抜けていて、その分視野が広かった。遺産が入って必要がなくなったから一度はシェアハウスを畳んだのだけれど、なんだか寂しくなってまた再開したのだと言う。だからお金にはまったくこだわっておらず、部屋も小さいけれど駅近なのに安かった。

趣味で手芸をやっていると言うとどんなものを作っているのか見せてと言われ、写真を見せた。すると「まあああなんて素敵なの!!」と感激してくれた。こういうものの良さを見れる人というのも、毒の抜けている人だと感じた。毒のある人は効率で生きている部分があるので、手作りのものに興味や敬意を示さない。今の時代、なんでも買ったほうが安くて効率がいい。毒のない人は、そうではないところに価値を見い出せる。

これも趣味を通じて、自分が変わってきたことからわかったことだった。買ったほうが断然早く、安く済む。でも自分で作る楽しみや、好きなものを作る楽しみ。効率ではなく、そういうものにも意味を見い出せるようになってきた。「私もやったことあるけれど、あんなに時間をかけたのに買ったほうが安くて嫌になってやめちゃった」と言われることがとても多い。効率は大事だ。でも重視しすぎていると、自分の好きなこと=自分の気持ちは見えてこない。

もちろんいろいろな人がいるとは思うけれど、隣町にはこういう感覚の人がもっと多いだろうなと感じた。古い町だから様々なイベントもあるし、アートも充実している。今の自分の感覚にマッチしていると確信した。今の町はエネルギーが合わなくなっていたのだ。だから部屋が見つからなかった。そういうことだったのだ。

そう納得して、隣町で探し回って部屋を見つけた。

そこはそんなにきれいでもなく、大して期待していなかった。一階だし、お風呂もなく、荷物もたくさんは置けなそうだった。見た目も大してよくない。なのに。なぜか。部屋に入ったときにものすごくひかれてしまったのだ。

別に住んでいる大家さんが案内してくれたのだけれど、この人のひと言もピンときてしまった。いつ引っ越す必要があるのかとか、どういうところを探しているのかと話していて、最後に「早くいいところが見つかるといいわね」と言ってくれたのだ。

この人は、自分の持ち物と同化していない。自分の持っている家と私に合う家は別、ということがわかっている。その上で私がこの家を選ぶ可能性もあるけれど、選ばないこともある、そしてそれは自分が嫌いなのだということではない、ということがよくわかっている。普通だ。

大家さんと二人暮らしになるけれど、もっときれいでお風呂のある家もあった。アート系の仕事をしている大家さんで、興味深かった。でも家で仕事をしているからいつも家に大家さんがいて、リラックスできそうになかった。

なによりそういう人たちは、家や町をほめるととても嬉しそうだった。今の家は荷物を置けないし、今の町もなにもなくて不便だしと言うと、そうだろう、うちはいいところだろう、うちの町は自分もすごく気に入って子供のころからずっと住んでいるんだ、と誇らしげに語る。「帰国報告」で書いたうちの親と同じだった。私にほめたつもりはない。正直な感想だ。でもそれをPersonalにとっていた。自分がほめられたように感じている様子だったのだ。

以前の私なら、こういう人たちにひかれていたかもしれない。扱いやすそうだし、お家をほめておけばきれいな部屋に住める。おもしろそうな仕事もしているし、そういう世界に自分も足を踏み入れられるのではと思ったりする。

でも、私は学習したのだ。こういう人たちは、突然機嫌を変えることがある。私の言っていることが本当かどうか疑い始めて、途端に態度を変えてくることがある。私の思う通りに反応してくれなくなったり、私が「ほめた」ことをとんでもない方向に受け取って暴走したりする。そうなったとき、私はとても苦しくなる。親と一緒に住んでいて、まさにそうだったではないか。

どれだけ素敵な家でも、こういうところは却下することにした。中には、住むとひとことも言っていないのに、私が自分の家を気に入っていてここに住むのだと思い込んでいた人もいた。恐ろしい。ものごとを一般的にとれずPersonalにとってしまう人たち。どれだけ面倒か。

決めた部屋は、「いつ来てもシーンとしているのよね」と大家さんが言っていた。その通り、内見に行ったときも誰もいなくて真っ暗だった。夜の8時、ロンドンに通っている人でもとっくに帰宅していていい時間だ。

大家さんいわく、看護師で夜シフトの女性や、博士号の学生さんが住んでいて、なぜかあんまり家に人がいることがないのだと言っていた。それに強烈にひかれた。今の会社はフレックスで、早く出社すれば4時に退社することが可能なのだけれど、買い物をして家に着いて3時間以上も誰もいないなんて。自由に料理をしたり、ゆっくりすることができる。

あれだけこだわっていたお風呂がなくても、全然気にならなかった。なんだ、お風呂はそこまで重要ではなかったのだ。それよりも、誰もいないところに住みたかったのだ。一階で引っ越しがラクで、キッチンにも庭にもすぐ出れて、ゆっくりできるところ。そういうところがよかったのだと、わかってきた。

なにより衝撃だったのは、駅から徒歩9分というところ。この町でいいところに住みたかったら、もしかしたら今のところよりもっと歩かないといけないかもしれないと思っていた。それが、今の半分以下。町には5分で出れる。全然便利になる。

大きい町だから、イベントも多い。今まではそういう趣味や友達づくりのイベントを見てもなかなか参加できなかったけれど、歩いて行ける。

引っ越しと、それに続く新しい生活、新しい人生。やっと楽しみになってきた。