想定外(の素晴らしいこと)を想定する

人を尊重し受容する」で書いた通り、今の仕事ではどれだけ失敗したと思っても受容され、びっくりする毎日を過ごしている。

そしてこのびっくりが、とうとう私生活にも及んできた。

夫のお下がりで使っていたデスクトップのでっかいiMacがあって、引っ越しのときにこれを売って、ノートパソコンを買うという話になっていた。うちでは夫用と私用とだいたい二台パソコン類があって、古くなるとそれを夫がネットで売って、新しいのを買ってきた。それで今回も、引っ越したらハウスシェアで手狭になるし、私のノートを買うという話になっていた。

ところが、なんとなく夫の言うことが変わりだした。最初は普通に「これを売って新しいのを買う」という話だったのに、だんだんと「売れたらお金はKelokoにあげるね」「今自分は困っていないから」などと言うようになってきた。それでもまあ「売って買う」という話だったので、とにかく売るのはいつでも売れるから、私の引越し先も決まったし、先に新しいのを買ってしまおうということになり、どれがいいか検索していた。

「いくらぐらいで売れるかな」という話を再度していたとき。最初は「600ポンドくらいで売れる」と言っていたのが、「150ポンド」と言い始めた。え??どうして???と聞くと、「(二人で住んでいた)部屋の退出時の清掃で200ポンドかかって、残りの300ポンドを二人で割るから、150ポンドだよ」と。流しで作業をしながらこちらに背を向けて、さらっと言った。

え?????このiMacを売って、私のノートを買うんだよね???なんでそこから清掃料を????

サアーーーっと血が引いていった。全身が震えて、心臓がバクバクし始めた。

「清掃ってなに?私が使ってたこれを売って、私のノートを買うって話だったよね?」と言うと、「いつからそのiMacはお前のものになったんだ!!二人のものだろ!!だから売れた金額は二人のものだ!!!!!」と。

すごい顔だった。言葉がなにも出てこなかった。この人は、いったい人間だろうか。

かろうじて、「気が変わったなら、変わったって言っていいんだよ」と言えた。たぶん、目の前のお金が惜しくなったのだ。普通の人なら、それでも「いつもこうして新しいのを買ってきたし、今回はKelokoの番だから」ということがわかるだろう。百歩譲って、やっぱりお金がほしくなったとしても、普通の人なら「こういう話をしてはいたけれど、半分づつにしない?」と言える。

「そうだよ、気が変わったんだ!!!」
「いや、そんなことない、俺は最初から半分と言っていたじゃないか!!!」

夫の言うことは、ぐちゃぐちゃだった。こちらを見ないようにして「150ポンド」と言ったことからも、自分がどこかおかしいことを言っているということは心の底ではわかっている。でもそれを認識して言葉にすることができない。だから怒る。「ほらそうやってすぐ怒る」と言うと、一瞬ぐっとひるんだものの、「お前が理不尽なことを言うからいけないんだ!!!」とやはり怒りをぶつけてきた。

「じゃああなたが今使ってるノートも、売ったら私が半分もらえるの?」と聞くと、「もちろんそうだ、でもこれは売るつもりはない!!!」。

手のつけようは、なかった。やはり、離れることにして正解だった。

最後の最後までこれ。。。本当に悲しくなった。どうしたら穏便にここを切り抜けられるのだろう。あとここだけでいい、穏便にここを去って、自分の人生を始めたいのだ。このどこまでも私を追いかけて絡め取ろうとしてくる、どす黒い蜘蛛の糸から逃れるには。

なにも言い返さず、心を落ち着けて、ゆっくり考えた。すると、とっさにが浮かんだ。そうだ、これしかない。

「じゃあ、売らない
「売らないで、これを使い続ける」

普通の顔が、できていたかどうか。とにかく、全身全霊で平静を装って、そう言った。

すると夫は、「そ、そうか」と。「そうだよ、最初からそれがいいと思ってたんだ」「まだまだ全然使えるんだから」。

先に新しいのを買っていなくてよかった。。!!!!!心の底から、そう思った。これで新しいのを買ってしまっていたら。そう思うと、状況のぎりぎりさに心身が震えてきた。買わなきゃ買わなきゃと思っていたけれど、あれだけうじうじして悩んでいて、本当によかった。データをハードディスクに移したりいろいろやらなければと思っていたけれど、さっさとやっていなくて、本当に、本当に、本当によかった。

夫は、iMacを丁寧に梱包してくれた。買ったときのケースにしまってくれて、タクシーを呼んでくれた。怖かった。

狭い部屋に、どどーんとでっかいiMacがやってきた。果たして、これが売れるのか。不安でいっぱいになった。

とにかくもう、自分で売るしかない。きれいに磨いて写真を撮り、ネットの掲示板に出した。夫も何度も使ったことがあった掲示板だったけれど、たぶんあやしい人もいるだろう。詐欺に引っかかったりしないか、そんな人を見極めて、私がこれを売ったりできるのか。本当に、不安で不安でいっぱいだった。でも、やらなければならなかった。この狭い部屋で、置くところもなく、これを使い続けるわけには到底いかなかった。

ロンドンに行ったとき、ノートパソコンを買った。いつも夫に選んでもらったり、夫のお下がりを使っていたので、こんなに高価な買い物をしかも家のお金でなく自分のお金でするのは初めてだった。本当に緊張した。でも、新しいパソコンにわくわくした。これでまた記事を書いたりできる!!買ったあとにお茶した友人から、彼女のサイトの説明文を書いてほしいと頼まれたりもして、どんどんやる気が出てきた。

掲示板では、何人かから連絡があった。連絡があるたびに、「この人は大丈夫だろうか」「受け渡しのとき、女一人だとわかるやいなや、暴力振るわれて逃げられたりしないだろうか」と、そんな考えばかりが頭に浮かんで、不安で不安でしかたがなかった。ハウスメイトの男性に、受け取りのときに在宅してくれと頼もうかとも思ったりした。

問い合わせをしてきた人の中で一人、「買いたい」という人がついに出てきた。「ディスカウントはあるか」と聞かれたので、「複数の人から問い合わせをもらっているから金額は変えないつもり」と答えると、「じゃあそれでいいからください」と。

なぜか毎回名前が違う人で(同じGから始まる名前だったのだけれど、二つの名前をほぼ交互に使っていた)、アルファベットの大文字やピリオドをきちんと使わない人だったので、ちょっと心配だった。でも文章の内容は普通でしっかりしていたので、この人に売ることにした。

英語がネイティブでないので、会社の同僚にこの人とのやり取りをみてもらった。おかしい人じゃないか、大丈夫そうか。反応が普通だったので、大丈夫なのかもしれないと思った。当時の上司は、趣味でしょっちゅう掲示板やネットで車を売ったり買ったりしている驚きの人だったので、初めて掲示板でパソコンを売るのだけれど大丈夫だろうか、銀行振込と言われたけれど大丈夫だろうか、と相談してみた。

「ほとんどの人は普通の人だから大丈夫」と彼女は教えてくれた。ただ、それだけたくさんやり取りしてる中で一度だけ、変な人に当たったことがあると。現金で支払うと言っていた人が、明らかにコピーで作った偽札を渡してきたことがあって、これはおかしいと言うと、笑ってそのまま帰っていったと。

現金やPaypalもあるけれど、一番いいのは銀行振込だから、それでよかったよと言われた。ただ、相手が携帯で振り込みをしたあと、きちんと自分の口座に振り込まれたことを自分の携帯から確認できるまでは、その場から離れさせるなと言われた。たまに30分とか2時間とかかかるときもあるけれど、それが終わるまでは絶対に帰すなと。そんな、初対面の男性と家に二人きりで2時間もと思うと、ますます怖くなってしまった。

とうとう明日受け取り、という夜。

不安で不安でぐちゃぐちゃだったのだけれど、もうどうしようもない。とにかく明日会ってみてからだ。

なんとなく。ベッドの脇に置いてあった、箱に梱包されたパソコンをなでて、「きっといい人が迎えに来てくれるよ」「大丈夫」「いい人にもらわれて行きなね」と。まるでペットにするかのように、言い聞かせてみた。なにをやっているのだろうなと思いながらも、気持ちをパソコンに託してみた。

これが、想定外の結果を呼ぶことになるとはつゆ知らず。

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