部屋探しを再開

せっかく見つけたシェアハウスだったけれど、ミニマム契約の三か月で出ることにした。

というのも、夫が家を出て、勤務先があるロンドンの安いところに引っ越すと言い始めたので、私の荷物をすべて引き取る必要が出てきたのだ。今のシェアルームは広くて素敵でいいのだけれど、半屋根裏部屋で壁が斜めになっているので、うちにある棚を持ってこようとすると入らない。

という理由は半分で、もう半分はもう少し自由な家に移りたいというのがあった。

ここはもちろん大家さんの家なので、ほぼいつも大家さんがいる。旦那さんのほうは家で仕事をしているので、毎日いる。奥さんが帰ってくると食事を作ってキッチンにあるテーブルでご飯を食べたりしているので、そこで料理をしずらい。たまに息子さんや娘さんが家族づれでやってきてみんなでご飯を食べていたりするので、そういうときはなかなかキッチンに入りづらい。

他にいる三人のシェアメイトはどうしているのだろうと思っていたけれど、やはり時間を外して料理をしているようだった。大家さんの食事が終わった夜8時や9時ごろに部屋から出てきて、翌日のお弁当を作ったりしている。

もちろん、大家さんが一緒に住んでいることで便利なこともある。たくさんある。うちは特に使った食器の片づけがいらないところが本当にいい。流しに置いておくだけ。きれいになったものは大家さんが棚に戻してくれるし、自前の食器はその辺に置いておいてくれるので、自分でしまうだけ。

天窓つきのお風呂も最高で、月を眺めながら湯につかり、お湯にうるさくないから毎日でも好きにお風呂に入れる。コントロールフリークな大家さんが選んだだけあって、他のシェアメイトも大人しくてお行儀のいい女性ばかりでやりやすい。もちろんパーティーアニマルもいない。

でも。なんとなく。どうしても出たくなってきた。無性に。もっと自由で、荷物が持ち込めて、大家さんが一緒に住んでいないところ。

だって、大家さんが泊まりで出かけた週末など、本当に開放的リラックスできるのだ。いつでも料理ができるし、なんでも作れるし、気を使う必要がまったくない。ウキウキしてくる。たぶん自分が気を使わなければいいだけの話なのだけれど、でも今はこういう自分なのだからしかたがない。

なんとなく部屋探しを再開し、とあるところに内見に行った。荷物を置けるスペースもあって、棚も持ち込める。でも大きな道路のわきだから、車の音がする。ここでいいのかな、どうなのかな、そんなことを思いながらそこをあとにすると、少し出ただけで人が歩いている通りに出た。それが妙に大きな安心感をもたらした。心の底から、ほっとしたのだ。

少し出れば、人が歩いている。町の中にある。駅からも近いし、スーパーも近い。それが強烈な安心感を醸し出した。

今まできっと、これがかなり引っかかっていたのだろう。駅からなにもない方向へ徒歩20分の家。なにか足りないものがあったら15分以上歩かないとお店がない。みんな車ばかりの、町から外れたところ。これでどれだけ不安な思いを抱えていたのか、それがよくわかった。

荷物を置ける部屋は見つかりそうだと確信して、大家さんに契約終了の旨を申し出た。旦那さんのほうは私の境遇に同情してくれて、いつでも出ていいからと言ってくれた。

しかし。奥さんのほうはそうではなかった。旦那さんのほうから、詳細は奥さんとつめてと言われたので話に行くと、体を斜めに構えて顔を背けながらなにか汚いものでも見るように眉根を寄せて、私の話を嫌々聞いていた。この人はいったい、なんなのだろう。そう思った。

彼女は以前から、私が家についてほめると、ものすごく嬉しそうにしていた。駅から離れているからか、夜が静かでびっくりしたと言うと、そうでしょう、いいところでしょうと。これだけ静かでいいところなのに、駅からも徒歩圏内だから、というところが彼女の自慢、というか自信のようだった。

そう、彼女は家と自分を同化させていたのだ。だから家を出て行こうという私のことを、「家が気に入らない=自分を気に入らない、自分をけなされている」ととってしまう人だった。

こういうのを英語では「Personal(個人的)にとってしまう」と言う。一般的な話をしているのに、自分のことととってしまう。

こういう面倒な人はもう嫌だなと思った。夫もそうだったし、日本は全体的にそうだと思う。だから、どう取られるか細心の注意を払って発言しなければならない。そういう窮屈な人生にはもう疲れ切っていた。もちろん、相手がどう取ろうと自分が気にしなければいい。でも一緒に暮らす人がこれだと、しかもそれが大家だと、かなりきつい。そういう人がいない環境を選べるのであれば、それが一番いい。そして、今回はそれが可能だった。引っ越せばいいのだ。

旦那さんはいつでも出ていいと言っていたけれど、奥さんのほうは「最低三か月と言っていたわけだから」と、三か月は家賃をもらうと言われた。このときちょうど、二か月まるまる住んだところ。三か月目に入ってすぐ新しい家が見つかっても、三か月の終わりまで家賃は払わなければならないと。

たしかにそういう話ではあった。でもここは契約書もなにもない。ただの口約束。だから、融通が利くだろうと思っていた。イギリスは日本と違って話して融通が利くことが多いので、契約書もないここはきっと、そういう感じなのだろうと思っていた。思っていただけの自分が悪い、それはそうなのだけれど。

でもこの弱っている状態で、これは堪えた。こんな大きな家があって、私がいつ出ようとなんの不自由もない人が、私みたいな家賃一つでどん底に突き落とされるような貧乏人からお金をむしろうとする。が出てきて止まらなかった。

こういう人と一緒に暮らしていて、心が休まるわけがなかったのだ。こういう人の家は、悪いエネルギー(気)で満ちているだろう。きれいで素敵な家なのに、なぜか落ち着かないのはこういうことだったのだ。そんなところに住み着くわけにはいかない。さっさと出て行ってやる。出たいと思った気持ちは、正しかったのだ。

棚ならきっと入る、測ってみるからなにがいくつあるか棚の写真を送って、と引き止められたけれど、もうここにいるわけにはいかなかった。棚が入ろうと、ここにはいられない

決意を胸に、部屋探しに邁進することになった。

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