感謝が勝るようになってきた

新しい職場で衝撃のポジティブ経験をしながら毎日を過ごす中で、自分にも変化が現れてきた。

実は今、夫と別居をしている。仕事も始めて収入もできたので、部屋を探して家を出た。イギリスでは若い人はシェアルームに住むことが多く、お金のある人が投資で一軒家を買って中の部屋を一部屋ずつ貸していたり、家族で住みながら余っている部屋を人に貸したりしているところに、光熱費や水道代、ネットに税金など全部込みで月いくらで借りて住む。

最短で一週間や一か月から借りられたりするので、ロンドンでは数週間のホリデーの人だったり、あとは学生さんはよくこれで滞在している。私も家を出てみてどう感じるか様子を見たかったので、数か月からOKで、契約書もリファレンス(「この人はきちんと家賃を納めていました」と証明する手紙を前の大家からもらう)もいらないところにした。

というよりも、ここがとても気に入ったのだ。駅から遠いのだけれど、治安のいい静かなところにあって、庭が大きく、川が流れていて、最上階の私の部屋から緑の景色が広がる。半屋根裏の部屋は斜めの壁に囲まれていて、白い壁に茶色の柱がかわいく、広くてとてもくつろげる。北と南の両側に窓があり、光も入るし換気もいい。暖房も効いていて、いつもあたたかい。お風呂とトイレは共同だけれど、最上階には私ともう一人しか住んでいないので、バッティングすることもない。お風呂はお湯につかりながら、天窓から月が眺められたりする。

なにより、イギリスだというのに土足厳禁なのが本当に気に入った。玄関で靴を脱いで、一階のキッチンエリアはタイル張りの上をスリッパで過ごす。二階に上がる階段からカーペットなので、みんな階段の下でスリッパを脱いで上がっていく。家はどこも手入れがされていて、いつもきれい。お金儲けでせかせかした感じがなく、定年間近のオーナー夫婦がやっている、余裕のあるお家というのがよかった。

駅から遠いので迷ったけれど、とにかく落ち着いてゆっくりしたかったので、ここに決めた。とりあえずのものだけを、週末にレンタカーで数往復して運び込んだ。車を返して戻ると、居心地のいい空間にほっとした。

大家さんが家の説明をしてくれたのだけれど、そのときに少し気になることがあった。

食洗機には大家さんが食器を入れるから、自分で入れずに流しの横に置いておくように言われたり、ごみも大家さんが出すから自分たちではやらないように言われたのだ。

気持ちは、なんとなくわかる。夫がやるより私が食器を入れたほうが、きちんと整頓して入れられるからより多くのものが入る。私も最初のころは、夫が入れたのをわざわざ直して入れなおしたりしていた。でも、こういうのは人それぞれ。なんでもかんでも自分でやらなきゃならないと自分で自分を追い詰めるのではなく、「人を尊重し受容する」ということ。夫のやりかたも受容して、ありがとうと感謝してやってもらえばいい。

もちろん、使った食器を置いておけばいいというのは、本当にラクでいい。通常のシェアルームであれば、誰が洗い物を置きっぱなしにするということでもめるわけだが、置きっぱなしにしておいてくれというのだから、助かる。それはありがたい。

でも、みんなの食洗機やごみ出しまで自分でやらなければ気が済まない大家さんというのは、なんかちょっとおかしいのでは。そう、うっすらと感じていた。

そして、それは当たっていた

週末が終わり、仕事をして帰宅すると、大家さんに呼び止められた。部屋に行って話しましょうと言う。なんだろうと思っていると、昼間私の部屋に入ったとのこと。「雨が降ってきたから窓を確認に」と言っていたけれど、言いわけだろう。新人の私が部屋をどう使っているか、確認しに入ったのだ。

部屋に鍵がないのはわかっていたけれど、まさか自分がいないときに入ってくるとは思わなかった。怖くて固まってしまった。

私はお茶をよく飲むので、電気ケトルを部屋で使っていた。これでお湯を沸かすたびに一階まで降りることなく、部屋で熱いお茶が飲める。それを、湯気で壁やカーテンが痛むから、部屋でケトルを使わないでくれと言われた。棚の上に並べておいたお茶やコーヒーなども、ここに置かずに一階のキッチンに置いてくれと。

嫌だったけれど、ケトルはまだわかる。でも、なぜお茶を部屋に置いておいてはいけないのだろう。

やはりコントロールフリークだった、と思った。すべてが自分の思う通りになっていないと耐えられないタイプ。人に貸している部屋の中まで、コントロールしてこようとする。こういう人は、親を思い起こさせる。怒りでどうにもならなくなる。

ところが大家さんは、部屋の中のいちゃもんをつけるだけでは済まなかった。

テーブルの上に大きな三面鏡があったのだけれど、これが窓からの光をさえぎってしまっているのと、テーブルで化粧をするのではなくパソコンを使ったりしたかったため、この三面鏡を床に下ろしてしまっていた。それについて大家さんが「鏡を壁掛けのにするわね」と。見ると、床に置いておいた三面鏡がなくなっていた

自分がいない間に、自分の部屋に人が入って、ものをいじっている。ゾゾゾーっとした。

こういうことは当然、自分の領域を侵食してくる毒親を思い起こさせる。怒りと恐怖を一気に呼び起こされて、大家さんが部屋から出て行ってからも立ち直ることができなかった。せっかくいいところを見つけたと思ったのに、またこんな人がいるところにやってきてしまった。もうこんなところは無理だ、早く出よう。そう思って、また部屋探しのサイトに飛び戻った。

翌日仕事から戻ると、壁掛けの鏡がついていた。やはり、自分のいない間にまた入ったのだ。

でも、怒りと恐怖は続かなかった。なんと、鏡が、とてもよかったのだ。

髪の毛を乾かすときや、朝服装をチェックするときに、さくっと見える大きな鏡がほしいと思っていた。部屋の外にある鏡では、裸で服を並べて見てみることはできない。部屋の中に鏡がないと不便だな、と思っていた。それを、取り付けてもらえたのだ。

こういうとき、以前の自分ならもちろん、大家さんが私の部屋を自分の部屋のごとく好きなようにしただけだから、感謝することではないと思っていただろう。実際、そうではあると思う。使わない鏡がそこにあるのが耐えられない、部屋をちゃんと使ってほしい、そのように鏡を変えたい、というコントロール心からやったことだろうと思う。

でも、それであっても

使わない鏡が床の上に邪魔くさく放置してあるのより、使える鏡に変えてもらったほうが、全然よくないだろうか。理由はどうであれ、私が使いやすいように部屋を合わせてくれたというのは、とても親切ではないだろうか。出会って数日の私に、こんなにもすぐやってくれたなんて、ありがたくないだろうか。

家を出て、これからどうなるかわからない自分。そこに、親切にしてくれる人がいる。一度会っただけなのに、信用して家に住ませて。私が部屋を使いやすいように、部屋を直してくれた。「テーブルを机にして使うなら三面鏡は確かに邪魔だからね、壁掛けにしよう」と。下見に来たときよりも部屋があちこち直されているのも、気づいていた。ぶわっとが出た。

どちらも本当だと思う。コントロールフリークの大家さん。でも、親切ともとれる大家さん。

どちらを選ぶかは、自分次第なのだ。自分次第で、人を嫌ったり、感謝したりできるのだ。

今まではきっと、嫌うことしかできなかった。同じような状況が、今までの人生の中できっと何度も何度もあったことだろうと思う。ああいう親の元に育っているから、同じようなことをしてくる人が嫌だった。だから感謝できる場面であったとしても、強制的に「嫌うコース」行きになってしまっていた。

でもこうして、新しい職場で感謝することを覚え、心細い状況でもろくなっている今。すべてがよく見えてきた。こんなことは初めての経験だった。これを経験するべきタイミングに、こういう環境が用意されたのだとすら思った。

毒とは」でも書いた通り、毒があるとものごとをニュートラルに捉えることができない。少しのことで激昂したりと、必要のないところで過敏な反応をしてしまう。ものごとの両面を捉えることが難しくなり、色眼鏡がかかったようになる。今まではずっとそうだった。ネットでなにか読んでも、怒りにばかりなっていった。

だけど今、こんなにも完璧な、絶対に毒親を思い起こさせる環境でさえ、感謝の気持ちが出てきた。

毒が抜けてきている。そう実感した。うれしくなった。自分で感動した。

部屋をノックする音がしてドアを開けてみると、大家さんだった。「くつろいでいるところごめん、ヒーターがつかないという話を聞いたから」と。直してちゃんとつくようになったから大丈夫と、わざわざ伝えに来てくれた。いいタイミングだったので、鏡のお礼を言うと、照れながらものすごく喜んでくれた。「悪くないだろ」と言うので、悪くないどころかめちゃくちゃいいですと。

ポジティブの連鎖だ。

私は今までの人生で、どれだけのポジティブ連鎖のチャンスを逃してきたのだろう。

これからどうなるかは、今はわからない。また大家さんが嫌になることもあるかもしれないし、感謝なんてクソ食らえと思うときがやってくるかもしれない。今はたまたま心細く、なんでもいいように受け取って感謝にひたりたいだけなのかもしれない。それも事実だと思う。

でも、今までずっとネガティブで生きてきたのだ。その真逆ができたのだ。

この大きな変化は、私にとって大きな自信になった。本当に私は、今までとは違う人生に足を踏み入れたのだ。

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2件のコメント

  1. Kelokoさん、明けましておめでとうございます。新しい仕事と新しい暮らし、良いですね。私も夫を日本に残して海外へ娘と2人で来てから、心細さもあり現地の人々の親切がいつも身にしみます。でも孤独になることで解毒を進めることが出来たように思います。私の場合、小さな娘がいてくれたので一人ではありませんでしたが、kelokoさんは本当にbraveですね。ポジティブの連鎖、大切にしていきたいです。

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    1. > のびままさん

      あけましておめでとうございます。コメントありがとうございます。本当に、孤独になるということの効能をしみじみと感じている毎日です。迷うこともありましたが、必要な時間だったのだと思います。ポジティブの連鎖、いいですよね。人生がひらけてきているなと感じます。

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