あんこ事件、その2

夕食の支度を止めて、「なんでそういうことするの?」と言った。

夫が立ち上がり、こっちにやってきた。

いつもなら夫はここで話を聞いてくれるようになったのだけれど、このときはどういうわけか夫はDefensive(ディフェンシブ)になり、過剰防衛に走った。なにがそうさせたのかはわからない。怒った顔をしてぎゃーぎゃー言い始めた。Defensiveになったときの顔だった。

こういうときはなにを言っても、とんでもない理屈をつけて言い返してくる。「やられないように反撃すること」のみが目的になっているので、お互いの考えを話し合うなんてことはできない。だからまずはこの「Defensiveモード」をどう解くかにかかってくる。それがないと、なにを言っても無駄になる。

夫は普段なにも考えていないくせに、この「Defensiveモード」が発動したときだけはやたらと賢くなる。反撃に全身全霊をかけるからだ。相手の言うことを拾って、とにかく突けるところを突きまくる。これを英語でしてくるから、こちらは本当に疲弊する。昔は「私のことを考えてくれていない」ということで、死にたくもなった。

でもカウンセリングをやって、私も賢くなった。問題がどの辺りにあるのかがわかるようになっただけでも、突破口になる。さらにカウンセラーのやり口も自分で体験しているので、どういうことを言えば夫の「Defensiveモード」が解除されていくかという経験もつんでいる。

ただ、これを英語で、しかも自分が怒っているときに、淡々と分析しながら話をしていくのは至難の技だ。しかも相手からはどんどん矢が投げつけられてくる。それをかわすのではなく、問題点を探すためにそれを注意深く聞いていなければならない。それをしつつ、言わなければならないことも忘れずにいなければならない。これを英語で。死ぬ思いだ。

私はまず、「冬休みも最終日だから嫌なことを言いたくなかった」と伝えた。この休みの間中、夫が遅くまで起きていれば「そろそろ早く寝るように戻したほうがいい」だったり、家事を指示したり、いろいろなコントロールをしてきたような感覚があった。「言いすぎかな」という思いもあった。だから最終日くらい嫌なことを言わずに、楽しく過ごさせてやりたかった、その気持をわかってほしいと伝えた。

すると夫は、「自分が嫌な思いをするかどうかはわからないではないか」とアホなことを言ってきた。そうやって「こんなことを言ったら嫌な思いをする」「夫は怒るだろう」という思い込みがおかしいと。以前の自分とは違う、もうそんなことで怒るような人間ではない、言ってみて自分がどう反応するか見たっていいじゃないか、どうしてチャンスをくれないのだ、だいたいどう思われようと自分の意見を言うべきだと。まさにカウンセリングでやったことを使って、自分のいいようにすべて私のせいにしてくる。

だいたいため息を何度もついたりして、「怒っています」アピールをするくせになにも言わない、こうやって自分が「どうしたの?」と話しかけてきてやらないとなにも言い出さないではないか、と更なるダメ押しをしてきた。こういうときは本当にクソ男だ。

なにを言っても返してくる。こういうときは、わざとらしく夫の意見を復唱する。

「そうね、じゃあ全部私が悪いね」
「チャンスをあげない私が悪いよね」
「自分の意見を言わない私が悪いよね」
「冬休み最終日に嫌な思いをさせたくないっていう私が悪いよね」

すると夫が嫌な顔をして一瞬黙る。そこを突く。

「何時間もかけて作ったものを台無しにされたのは私だ」
「怒るのは私だ」
「『意見を言うべきだ』の前に、『どうして私が言えなかったのか』を理解するべきだ」
「そうでなければそこから進めない」

「あなたのことが好きで大事だから、嫌な思いをさせたり怒らせたりするようなことが言えなかった、その気持ちをわかってほしい、それが怒りの下に隠れている」分析した通りにそう言った。

「怒り」というのは二次感情で、ある感情が膨れ上がりすぎて手に負えなくなったときに「怒り」に変換するとカウンセリングで習った。このとき私の「怒り」の下にあったのは、「悲しみ」だ。ここまでリアルタイムで認識していた私は、本当に素晴らしいと思う。夫が同じ状況でここまで分析できることはない。素晴らしい、私。素晴らしい、自分。

そうして自分を褒め、自己肯定感を持ちつつ、夫になにを言われても「気持ちをわかってほしい」と繰り返し続けた。これからどうするかは次の話、まず言えなかった私の気持ちがどういうものだったか、そこを理解しないと先へは進めない。なにを言われても、そう返し続けた。

だが突然、夫は泣き始めた。「自分のことが好きだから怒らせたくない」というのが、あまりにも残酷なように思えたらしい。「そんな人生はつらすぎる」「そんな風に一生を過ごすなんてやめてくれ」と泣いた。夫の中にも同じような経験があったのだろう。両親か義理のお父さんか、はたまた家族の誰かか。その人たちに迷惑な思いをかけたくない、そういう気持ちで自分を押し殺してきた経験があるのだろう。だからそこで涙が出てきたのだろうと思った。

じゃあそこは共感できるはずだ。だったら私が自分の気持を言いやすいように、こうして自分の気持ちを発表した際には、ぎゃーぎゃー言わずにきちんと聞け。

するとやっと夫が謝った。「ちゃんと話してほしい」、そう言ってきた。

それでもまだ「自分は変わったのだから、もうそんなことを言われても怒ったりしない」「チャンスをくれないのが悪い」と言ってきた。

チャンスをあげたからこうなったのだ」と私は言った。こういう衛生面に関することは、今までにも何度も話した。口をつけたスプーンをジャムの瓶に突っ込まない、あなたもわかってきてくれていると感じていたから、どうかなとは思ったけれど、チャンスをあげようと思った。

そう言うと、夫は「そしてそのチャンスを俺は無駄にしたわけだ」と言って、謝った。やっと、全面的に謝った。「Defensiveモード」が解除されたのだ。

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