子供の自分への手紙

親に「手紙を書く宿題」をカウンセラーから出されていたものの、なかなか手がつけられていなかった。そして少しずつ進めていた「アダルト・チルドレン癒やしのワークブック」もついに七章目に入り、ここにも「出さない手紙を親に書く」という課題が出てきてしまった。

この「親に手紙を書く」という作業について、このころ何度もカウンセラーと話し合っていた。「相手の反応を気にせず自分の言いたいことを言う」という練習なのだそうだけれど、一向にできる気配がしなかった。カウンセラーも、確かに最初は難しいから、心の準備ができたらいつでも書いて持っておいでと言っていた。

この宿題は、(自分のクライアントの間では)男性よりも女性のほうが時間がかかる傾向にあるようだと、カウンセラーは言っていた。男性はわりとすぐ書くらしい。あるクライアントは、彼女自身もセラピストで、セラピストとしてこの作業がどれだけ重要で癒しにつながるということを知り尽くしているにもかかわらず、ずっと書けないでいるという話も聞いた。

毒親育ちにとって、それほど取り組みがたい宿題なのだ。でも、それだけやりづらいということは、きっととても大きな一歩になる宿題ということだ。

Wordを開けて、親の顔を思い浮かべてみた。思いつく言葉は、「早く死んでください」。以上。

どうしても、やつらに投げかける言葉はなかった。目に見えない「言葉」という物体でも、向こう側へ投げてみることができなかった。こちらと向こうをつないでしまうような感じがするのだ。「思い浮かべる」という作業で頭の中にやつらの顔が浮かぶことさえ、頭の中が侵食されているようで気持ちが悪かった。

今すぐ死んで、やつらが生きていた証拠のすべてがこの世からなくなってほしい。存在のすべてを抹消してほしい。そうでないと、すべてがきれいにはならない。

カウンセラーにそれを話すと、「死んでください」だけでも最初はいいのだと言われた。本当に手紙を出すわけではなく、自分が書いて自分が読むだけなのだから、親がどう思うとかどう言い返されるかなど考えなくていいのだということだった。そういう相手の反応に煩わされず自分の言いたいことを言う、ということがポイントなのだからと。

でもどうしても、髪の毛ひと筋も、息のひと息も、ただの思念でさえ、関わりたくなかった。何十年とかけて積み上げられた呪詛は、私の爪の足の先にまで染み込んでいて、そう簡単にはなくなってくれなかった。

この作業の仕組みを聞いていたときに、以前も出てきた「子供の自分と大人の自分」の話になった。

この話はアダルトチルドレンの説明でよく出てくるのだけれど、このときはあまりよく理解できていなかった。なんでそのように、自分の中に「大人の自分」と「子供自分」の二人が存在するようになってしまったのか。不思議に思ったので聞いてみた。

するとカウンセラーは、「子供のときにきちんと子供の経験ができないまま時間が経過してしまったために、子供のままで大人に育ってない自分が存在してしまっている」と説明してくれた。なるほどと思った。

その子の気持ちに寄り添い癒すことでその子を育て、今の「大人の自分」と統合させるという作業がアダルトチルドレンの回復ということだった。

具体的にどういうことかまだよくわからなかったけれど、その「子供の自分」に宛てた手紙なら書けそうだったのでそう言ってみたら、「最初の一歩としてそれはいい」とぜひやってみるようにと言われたので、やってみることにした。

「Kelokoちゃんへ」から書き始めて、あとは心に浮かぶ言葉をそのままタイプしていった。少し考えたら変だなと思ったことや、順番がちょっと変ではないかと思ったこともあったけれど、あとで直せばいいと思い、本当に思いつくままタイプしていった。すると驚くことに、どこも直さなくてもきちんとした一枚の手紙になった。びっくりした。

書いている間は、特に後半、が出てきて止まらなかった。変な気持ちだった。

「大人のKeloko」として、人の痛みが痛いほどわかる気持ちと、「子供のKeloko」が人から理解してもらえた気持ち。両方同時に私の中に存在していた。

「子供のKeloko」が理解してもらえたのは、もちろん「大人のKeloko」という自分自身によってだ。でもこうして手紙にすることで、自分による単なる慰めではなく、きちんと「人から理解された」という感じがした。驚いた。本当に、「二人の人間によるやりとり」のように感じた。これはどういうことなのだろうと思った。

このときはこれがどう今後の進歩につながっていくかはわからなかったけれど、でもなにかが変わったような感じは確実にした。

ワークブックを見てみたら、この「インナーチャイルド」に宛てた手紙を書くという作業も十章目にあった。この第十章は、「自分を受け入れる」という作業になっていた。

その前の第九章が「インナーチャイルドを癒やす」になっており、そこにインナーチャイルドの絵を描いたり、ぬいぐるみやクッションを相手にインナーチャイルドを慰めるという作業があったので、を描いてみることにした。

描いたのは、幼稚園生のころの私だった。絵が描けたら、周りに「ヒーリングカラー」で輪を書くようにと書いてあったのだけれど、私はどうしてもひまわりが描きたくなったので、ひまわりで周りを囲った。

我ながらよく描けたと思ったので、夫に見せたところ、ひまわりの向きも、傘の具合も、スカートの具合も、長靴の立体感もちゃんと出来てて上手だとほめられた。ものすごく基本的なことだったけれど、プロにほめられると嬉しかった。嬉しい気持ちを大事にしようと思った。

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5件のコメント

  1. 初めまして。
    去年の暮からkelokoさんのブログを拝見しています。

    kelokoさんと同じく、私もいわゆる毒親に育てられていたことがここ数年でわかってきました。

    毒親の言動は私の体や記憶に染み付いており、それらは無意識に顔を出し、私の気持ちを逆撫でしたり暗くさせます。

    どうやって毒親との関係や自分の気持ちを処理するのか、カウンセリングや方法に挑戦されているkelokoさんのブログを拝見しながら考えていきたいと思います。

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    1. > メランコリコさん

      コメントありがとうございます。「逆撫で」という表現、すごくわかります。人によって、また回復の段階によっても方法は変わってくると思います。なにかが参考になりましたら幸いです。メランコリコさんに合ったものが見つかりますように。

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  2. > mimiさん

    親が死んだらどう感じるのか、私も何度も考えたことがあります。このときは親が死んだらきれいになるというように感じていましたが、実際のところはそうはならないだろうと私も思います。正確には私の場合、私が「死んでくれ」と思っていることを親が認識したら、ではないかと思います。私の気持ちを存在を親が理解したとき、ということですね。

    でも実際にはそれは起こらないということと、親がどうかということではなく、自分の中から毒を出すことがラクになるということなのだと思います。このあとしばらく手紙は書けませんでしたが、私にも書けるときがちゃんとやってきました。またそのときのことを記事にします。

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  3. 初めまして。「子育てしたかった 毒親持ち」で検索中にであいました。数時間、むさぼるように拝読いたしました。私は「愛着不安が高く、対人関係に敏感」な不安型でした。(a2 b10 c2)

    16年前、母がアレンジした見合いでの結婚のため 仕事を辞め、実家のある(毒母のいる)町に住むようになり、すぐ、うつを発症しました。精神科に行くも寛解せず。数年前、アダルトチルドレンという言葉に出会い、西尾和美さんの「癒しのワークブック」のステップ6で止まっています。なかなか進みませんね。。。特に一人では難しいです。境界線がないからか、自分の感情へのアクセスをしてこなかったからか、「自分の気持ち」をきかれても、「??」です。

    今年になってから出会えたカウンセラーさんのおかげで「心の傷を描く」ことができました。
    書いたのは、小さかった時の寂しかった自分、でした。その子に必要なものとして、花と太陽の光を描きました。カウンセラーさんからは「子供の自分への手紙も、書けるなら」と優しくおすすめ頂いてますが、まだ、書ける気がしません。
    だから、kelokoさんが実際、手紙をかけたこと、書いてるうちに泣いたこと、書いた後、すべてにこころが動かされました。私も書いてみたい(変わりたい、すっきりしたい)、と思えました。

    感謝をお伝えしたくて、コメントさせていただきました。

    今のカウンセラーさんは3人目で、今までで一番良いと思え一番続いている方なのですが、6月からなぜかお休みしていました。自分でもなぜだろう、と思いつつも疑問を放置。
    kelokoさんのおかげでお休みした理由がわかったかもしれません。カウンセラーさんが「母を許したほうがいい」とおっしゃったからだと思います。「その方が自分が楽になれるよ」「自分のためだよ」と。私は、その考えが頭で理解できても、からだがこころが拒否したのだと思います。kelokoさんの「親を許さなくてもいい」という言葉に光をみました。そしていま、またそのカウンセラーさんにカウンセリングを受けようと思っています。「母を許したほうがいい」という考え方は、とりあえず今は拒絶したい、と告げて。

    愛着障害、という言葉に初めて出会いました。これも、私を救うヒントになってくれると思います。

    主人と結婚したのは、当然の成り行きだったと今、思えます。
    主人の家庭は「穏やかで安定型」で、その兄弟たちの家庭もまた「穏やかで安定」です。私は、主人と結婚して初めて、自分の家庭の異常に気づきましたし、義母はとても優しい母でした。義母に色々教えていただきました。
    結婚して16年、40歳過ぎて初めて「子供をもちたい」「子育てをしたい」と思えるようになりましたが、諦めています。気付くのが10年早かったら。

    長々と書かせていただきました。
    書くことは癒し、といいますが、なかなか書こう、という気にならず、無気力な毎日をすごしております。だんだん、無気力にも慣れてきて罪悪感も減っているのですが、それがいいことなのかどうか不明ですが。とりあえず今日は、kelokoさんを知り、色々教えていただき、自分の事を吐露させていただきました。
    kelokoさん、ありがとうございます。

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  4. > kuroroさん

    初めまして。その通りだと思います。「いつかできるかもしれないけれど今はできない」でいいと思います。過去にできていたかもしれないし、将来できるかもしれないしできないかもしれないけれど、とにかく今できないことははっきりしているのですから。将来できるかできないかを今決めることはできませんし。今現在のご自分のお気持ちを大切になさってください。もっと早ければと思うこと、私にもたくさんあります。でもきっとその時間は自分に必要な時間だったのだと思います。過去にできなかったことよりも今やりたいことに目が向き始めたら進めるだろうなと思うのですが、まだ自分の気持ちの把握が上手ではないです。でもこれも今はできないけれどいつかできるようになるかもしれないですよね。kuroroさんもご自分のペースで進まれますように。

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