大騒動から学んだこと

そして、新年になってすぐカウンセリングへ行った。

まずは二人で行って今回の騒動について話をし、翌日に私だけのセッションもおこなった。

この件ではまず、私が親のような人間と出くわしたときに必ずぶち当たってきた問題が浮き彫りになった。このときの夫のお姉さんのように、「Bossy(偉そう)」で親分風や先輩風を吹かせてくるような人が、私は苦手なのだ。親と同じだからだ。

カウンセラーいわく、親=「Authority(権威)」に対するトラウマということだった。

たとえば夫のお姉さんだったり、お母さんもそうだし、また上司や社長や、年が上で権威的な態度を取る人。そういう人に遠慮なくがーっと批判されると、私はまず「自分が悪いのだ」と自分の中に原因を探し、必要もないのに謝ってしまうのだろうと。

このときもけっきょく最初は「あんなによくしてくれた義理の家族をDissapoint(がっかり)させてしまった」と、三日間も泣き続けた。でも本来ならそうではないと。あんなによくしてくれて、「いつでも話においで」などと言っておきながら、いざ話が持ち上がると突き返してきたのだから、「向こうが私をDissapoint(がっかり)させたのだ」と言ってくれた。

そうか、たしかにそうだ。たしかにがっかりだ。

でも完全に自分は悪くないにもかかわらず、批判されると謝ってしまう。これは簡単に言うと、小さいころから親から批判されて育ったので、それが内在化されてしまっているということらしい。

カウンセラーがいつも言うには、私の中には「Little Girl(小さい女の子)」と「Adult Woman(大人の女性)」が存在してて、「Adult Woman」としての私は、「私には新しい夫が必要だ、具合が悪いときにそばで見てて声ひとつかけてこないやつなんて嫌だ」と、堂々と自分の声を上げる。

でもそれを批判されると、同じように批判されて生きていたころの「Little Girl」が出てきてしまって、「私が悪いんだ」と自分の中に原因を作って傷つき、謝ってしまう。

この、今は完全に分離してしまっている「Little Girl」と「Adult Woman」を、統合させることが必要だとのこと。

このことは、どんな心理学の本にも書いてあった。でもこのときはまだ意味がよくわからなかった。カウンセラーに「なぜ二人に分かれてしまっているのか」と聞いたところ、自分自身を守るためだと言われた。「つらい思いをしているのは自分ではない」ということにすれば、傷つかずに済むからだと。なんだか昔に読んだビリー・ミリガンの世界のようだと思った。

次に、夫とのことを話した。

自分、相手、私たち」で話したように、夫には「私たち」という概念が欠けている。私ばかりが二人のことを考えて動いていて、二人で乗っている船を一人で漕いでいる。これはどうしたらいいのかと。

ではたとえば、旅行の計画。私が計画を立ててすべてを手配する。夫は自分はなにもしないで、人の組み立てたスケジュールに乗っかるだけ。なのにその上で文句を言われるからたまらない。「Kelokoの好きなところでいいよ」と「自分は自分の妻のやりたいようにさせてやる寛大な夫だ」と思っているけれど、要は面倒なことが嫌なだけ。これではいけない。

カウンセラーは、

夫:行き先(飛行機)を決める
私:ホテルを決める

というように、分担するのはどうかと提案してきた。

でもそうすると、行き先が決まらないとホテルも決められないのに、夫が「旅行は二か月先だよ」などと言っていてなかなか決まらない。それで二週間一週間前になってあわててやり始める。するともうホテルもフライトも高い。逆の担当にしても同じだ。

するとカウンセラーは、夫に「まだ二か月もある」と言われても、「私はすぐ決めないとUncomfortable(落ち着かない)だから、10日以内に決めて」と言えばいいと言ってきた。

え…「Uncomfortable」って、理由になるの?

びっくりした。「自分が落ち着かない」ということが、早く決めるべき理由になるのか。早く決めないと「私が不安ですっきりしない」ということが、夫を急かすちゃんとした理由になるのか。

それを聞いたとき、がぶわーっと出てきた。そうなのか…と思った。

今までは夫や親に対して、私は「なぜ10日以内でないといけないか」という理由をどうにかこうにか考えて言わなければならなかった。たとえば「それ以降になると仕事が忙しくなって旅行のこと考えていられなくなるから」だったり、物理的な理由が必要だった。

それでも夫からは「でも旅行だし、面倒だから後でいいよ」と言われて終わりだった。それで不安で落ち着かないままギリギリまで過ごし、選択肢も少なくなった直前になって私が全部決めなければならなくなるのが常だった。

でも、「落ち着かないからやって」と言っていいのだ。自分が不安なこと、居心地が悪いことを理由に、「自分はこうしたい」「これがしたい」ということを言っていいのだ。

これは衝撃だった。

今まで常に「自分の気持ち以外の理由」を言わなければならなかった。「単なる自分のわがままではないのだ、こういうちゃんとした理由があるからやってもらわないと困るのだ」と。

でも、私の気持ちそのものが立派な理由になるわけだ。これが健康な家族というものなのかと、カルチャーショックを受けた。

このとき、以前ヨガで涙があふれて止まらなくなった「I am here!」のときと同じ感情が出てきた。「私も存在しているんだ」「ちゃんとここにいるんだ」という感覚だ。親からの否定を内在化して自分でも自分を否定していた自分が、自分の存在を自分に認めてもらえて嬉しかったのだと思った。

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7件のコメント

  1. こんばんは。

    今回の話はすごく理解できます。どこか自分や周りの中に正しいことを言わないといけないみたいな部分があるというか・・・世の中ってやっぱり正論だけでは生きていけないんですね(汗)私の中では「感情があるから」って考えてます。感情があるからすべて正論では生きていけないのかな、って。
    時にはぜんぜん非合理な選択が正解だったりしますし感情って難しいです。

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    1. > マーゴットさん

      コメントありがとうございます。そうなんです、考えてみたら人間なんだから感情も入れないと現実的な判断はできませんよね。私は面倒だという夫の感情は考慮していたのに、自分の感情は考慮していなかったということに気づきました。夫の感情が考慮されるなら自分の感情も考慮されて当然ですよね。

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  2. いい事に気づいていると思います。
    今回の記事で気づいたんですがここに書いてあるカウンセラーの人の発言は個人的にすごく良いと思ってます。外側からkelokoさんの感情の捉え方とかをよく見ているなー、って。私も森田療法ってのを書籍でちょこちょこ読んでるんですが基本的に言葉は違えど感情への見方は同じなんだな、と考えてます。

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  3. > マーゴットさん

    カウンセリングってなにをするところなのかよくわかりませんでしたが、要するに客観的に見てこういう自分では気づかない思い込みをひっくり返してくれるところなのかなと思いました。森田療法、私もいいなと思います。こちらでいうマインドフルネスと似てる気がします。日本にいたら受けてみたかったです。

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  4. こんにちは。
    今回のお話を読んで、また何か自分の中で変化を感じました。
    私の家がご主人の家庭ととても近かったからだと思います。
    空っぽな家族、という表現が身につまされました。

    義理のお母さんは私の母とそっくりです。
    これまでは、それでもまだ「中程度の毒親」だと考えていましたが、客観的に我が家そのもののようなエピソードを目にして、「やっぱりあいつらは異常なんだ」と確信しました。

    私自身の愛着障害は(恐らく)だいぶ良くなっているため、以前ほどの煮えたぎるような怒りは感じません。
    しかし、これはもう看過していい問題ではないと気持ちを新たにしました。
    こんな身近なところに狂気が転がっているのは恐ろしいことですね。

    また、実は先日まではご主人の方に感情移入していたため、kelokoさんの激しいご批判には正直反感すら持っていました。
    しかし、今は不思議とその気持ちも消えています。
    kelokoさんの主張の正しさをようやく実感できたからかもしれません。
    自分でもまだ理由がよくわからないので、じっくりと心と対話してみようと思います。

    お辛い経験を書いていただき、ありがとうございました。
    果敢に戦い続けるkelokoさんを尊敬しております。

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  5. こんばんは。
    連投ですみません。
    考えた結果、なぜご主人に感情移入できなくなったのかわかりました。
    どうやら、kelokoさんのことをないがしろにする姿が、父と重なったからのようです。
    さぞお辛かったでしょうね…

    先日、「心の中で親に謝らせる」というイメージをしたところ、父に関してはとても効果がありました。
    母でやってみた時は「実際にはこんなこと言うはずがないし」と嘘くさく感じただけでしたが、ほとんど触れ合いのなかった父でやると、予想外に感じ入るものがありました。
    しかも蓋を開けたように父への怒りが吹き出してきました。

    まるでカウンセリングを受けているような体験でした。
    これでまた先へ進めそうです。ありがとうございました。

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    1. > ラダさん

      コメントありがとうございます。自分の経験によって誰に感情移入するかが変わってくる、というのがおもしろいですね。私もカウンセリングを受けてから、日々の生活の中で自分がイラッとしたときや嬉しかったときに目を向けるようになりました。すると自分の中のどの経験からきているのかがわかるんですよね。強い感情が湧き出てきたとき、その感情をよーく感じてみて、過去のどういうときに同じ感情が湧いてきたかを考えてみる、ということをカウンセリングでよくやらされました。イラッとするものはイラッとするんですが、これがわかると必要以上に相手を責めたりどうにかしようとせずに済むのでその分ラクになりますね。

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