大騒動から見えてきたもの

夫には、カウンセラーからメールが送られるより前に、

「カウンセラーに、私はなにも悪いことをしていないと言われた。夫が自分のことをちゃんと見てくれないなら、私はそれをみんなに知ってもらえるように声を上げて当然だと言われたよ。」

と連絡しておいた。

そのうち携帯に何件もメッセージが入っていた。

「いつも自分が悪い、Kelokoが苦しんでいるのにどうしていいかわからない、自分は本当に使えないひどい人間だ、感情面の障害だ」と。「自己中でどうしようもないクズだ、今まで苦しめて本当にごめん、もう自分と一緒にいるべきじゃない、逃げてくれ、自分は一人で生きていく、そして一人で死んでいくから」と。そう書いてあった。

いやいやそんな携帯のメッセージなんてもので簡単に終わらせてたまるかと思い、「ここに来て謝れ、私にはお前の謝罪を全部聞く必要がある、家族にも話して誤解を解け、私はなにも悪いことをしていないとわからせろ」と返してやった。

家に着くなり、夫は私の足元にうずくまってわーわー泣きながら、謝りまくった。

とにかく、お母さんとお姉さんの誤解を解けと言った。私はなにも悪いことをしてないし、夫がすべて悪かったのだと。それまで許さないと言った。するとすぐその場でお母さんに電話をかけた。

しかしお母さんは、よりいっそう私のことを悪く思ったようだった。私が息子を丸め込んでいると思ったようだ。

息子は一生懸命やってるのに、私が家にずっと一人でいるから息子の頑張りが実らないのだと思い込んでいた。私は外に出て仕事をしたりボランティアをしたり友達を見つけたりするべきだなどと、まったく関係ないことを繰り返すだけだった。

お母さんはけっきょく、自分の話をしていた。自分も結婚して海外で暮らしていたときに、お父さんに構ってもらえずつらかったため、ボランティアをしたりして友達を作り、頑張ったのだそうだ。だから私も同じ問題だと考えたようだった。

この人も、人の話を聞かないのだと思った。私はイギリスでボランティアどころか仕事もしていたし、友人もいて、生活の基盤がある。当時のお母さんの状況とは、まったく異なる。知っているはずなのに、お姉さんと「Kelokoはこうだ」と勝手な話をしていたからなのだろう。夫がなにを言ってもまったく聞いてもらえなかった。

聞いてみると、なんとはじめ夫はお母さんに「自分が悪いことをした」と言ったらしい。私が出て行ったとき、お母さんはちゃんと理解した様子だったと。でもそこにSNSの書き込みことをお姉さんが大騒ぎし始めて、お母さんもそれに同調してしまったとのことだった。

そして最後はそこに夫も同調してしまったわけだ。だから一度そうして「Kelokoが悪い」という意見になったのに、私に会ったものだからすっかりKelokoサイドになってしまって、きちんと母親が言ってやらなければいけないと思ったのだろう。

こうして、夫は生きてきたのだ。自分の意見もわからなくなって、周りに流されて。言われたことをそのままやって。こうやって生きてきたから、自分がないのだ。空っぽなのだ。その仕組みがよくわかった。

さらにわかったことは、夫の家族全員が空っぽだということだ。

みんなで集まるといつも楽しい話題で盛り上がり、意味のない会話を繰り返す。お姉さんも妹もお母さんも、それぞれがメンタルの問題を抱えている。妹は一番ひどく、パニック障害で車の運転ができない。久しぶりに会うなら、お互いの状況を話し合えばいい。でもいつも、そんなことはまるで存在しないかのように全員が振る舞う。

義理の家族」で書いた通り、泣いてボロボロの顔だった私に対して、なにも聞かずに笑顔で迎えてご飯を出してくれた。そのときは、思いやりのある人なのだと思った。でも果たしてそうだろうか。

私のことを「家族だ」と言ってくれるなら、泣いている私を見て「どうにかしてあげたい」とは思わないのだろうか。「なにがあったの?」と聞かないのだろうか。「いつでもおいでね」と言うならば、やってきた私を助けたいとは思わないのだろうか。

お姉さんも「いつでも話しにおいで」と言うならば、「あなたたちが早く問題を解決するところが見たい」と言うのはどうしてか。どう考えても「話して聞かせて」ではなく、「自分たちで解決しろ」と丸投げしている。自分たちには見えないところでどうにかしろ、問題をこっちに持ち込むなということだ。

本当に「いつでも話してほしい」と思っていたら、カウンセリングに通っている、すなわち明らかに問題を抱えて四苦八苦している弟夫婦のこんな状況を見たら、「どうしたの?なにがあったの?」と聞くところだ。

家族として「話して」と言うのが正解だということはわかっているし、助けになりたいという気持ちもあるのだろう。でも正直なところは、なにもなかったかのように問題を無視してやりすごしたいのだ。自分たちもそうしてきたし、本当に話してこられても対処方法がわからないからだ。だから問題を持ち上げる私をつぶしてくるのだと、カウンセラーは言っていた。

イギリス人にはこういうところが多分にある。問題をどうにかするのではなく、「時間が癒してくれる」と放置する。それがタフな人だという風潮がある。でも本当に強い人間というのは、つらい部分もきちんと受け止めて見つめられる人間のことだ。つらいことを放置するというのは、タフなようでいて実はものすごく弱い

義理の家族」で書いたように、クリスマスディナーだ、プレゼントだといろいろやったけれど、けっきょくはそれだけだ。仕事はどう?という会話はある。でも弟夫婦が専門家から別居させられていて、仕事の話以外に他になにも出てこないとは、考えてみたらいったいどういう神経をしているのだろう。どういう状況なのか、これからどうしていくつもりなのか、そんなことを何一つ聞かないまま、仕事がどうかなんて。

メンタル的なことは一切無視。見かけだけのハッピーファミリーだったのだ。

これは夫が私にしてきたことそのものだった。私のことをさも愛しているかのように振る舞い、優しい風貌で、優しいようなことを言う。でもその実はものすごい問題を抱えていて、それに苦しめられている私を無視する。

それもこれもすべて、あの空っぽな「そういうことは口にしない」という環境で育ったから、なにもできないのだろうとカウンセラーも言っていた。お母さんやお姉さんはあたたかいのに、なんで夫だけ、と思っていた。でも真逆だった。夫こそが被害者だったのだ。

こういう家族の中で生きてきたからこそ、夫は問題を察知してもスルーすることしかできなかった。私が助けを求めていても、なにもすることができなかった。そしてできない自分に対して泣くしかできなかったのだ。

メンタル的に苦しんでいる人に対して、どうしたらいいかがそもそもわからないのだ。自分もされたことがなかったし、そういう場面に出くわしたこともなかったからだった。信じられないことではあるけれど、それが原因だったのだ。

夫になにがあったのか、私もよく知らなかった。何度聞いても明確な答えはなかったので、思い出したくないのだと思っていた。でも夫は家族になにがあったのかなにも知らなかったのだ。この実家に滞在していた二か月あまりの中で、すべてのことを生まれて初めて妹から聞いて、驚いていた。

もちろんみんなも隠してきたわけではない。夫が聞けば教えてくれただろう。でもそういうことは聞いてはいけないという空気があったのだ。夫は妻である私に対しても「個人的なことは聞かないほうがいいと思って」などと言ってくることがある。そうやって育ってきたからだ。

でもその息子は、将来いつかパートナーと出会い、結婚して家庭を築いていくことになる。家庭で起こりうることを見せずに育てておいて、将来その子が見たこともないものに出くわしたときにスルーするのでは、子供のためとはとても言えない。

現にお姉さんは「甥っ子たちにこんなものを見せて」と、私を責めた。彼らも夫と同じように育てているのだろう。また同じ間違いを繰り返しているのだろう。

お姉さんの気持ちはわかる。自分たちが離婚再婚の家庭にいたから、子供たちには理想の環境を見せてやりたい、できるだけ悪いものは見せたくない、そう思うのはよくわかる。でも実際、人生はきれいなものだけで成り立っているわけではない。ある程度の年齢までならまだしも、15〜6歳の子たちだ。自分たちで判断できないと思うのは、どう考えても過保護だろう。

夫の家族はうちと違ってあったかくて優しくてと思っていたけれど、蓋を開けてみたらとんでもない問題だらけの一族だった。

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4件のコメント

  1. 初めまして、いつも読ませていただいています。
    ご主人の家族のこと、まるで私の姉のようでびっくりしました。
    そして、私の姉がからっぽなんだと今まで全く考えたこともなかったのに、ストンと腹に落ちて納得できました。
    私の父母ともに毒を持った人たちで、今でも私に害を加える母にはその都度反撃しています。
    私と母のことも、姉は、いつかあなたとお母さんが分かり合えるといいなと願っているよと言いますが、まさにそう口にするだけで、それ以上のことは何もしません。
    こともれを読んで、ああ、うちの姉も静かに毒に侵されていたのだなと思いました。
    すごい気づきでした、ありがとうございます。

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    1. > めぐみさん

      コメントありがとうございます。「静かに毒に侵されていた」というフレーズが心に響きます。みんなそれぞれ毒を受けていて、それがどう悪影響を及ぼしているかは人それぞれ違うんですよね。なんで姉妹で違うのかも分析してみると、また新たな発見がありそうですね。

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  2. こんにちは、とてもびっくりです、うちの夫の家と本当に一緒で!!
    そっくり!というか、夫実家のことを解説して頂いたようです。今は別居して静かですが、誕生日やクリスマスやひな祭り会や、ほんとーーーにイベントは楽しくやる家族で、最初はいい人たちだなーって思っていたんです。でも、「大切な話」がまったく共通認識されない。理由は大人だから、それぞれだから。

    いやいや、違うでしょ。

    kelokoさんとこと同じように、スルーして考えることすらしない。出来ない。

    私も言われました。「なんで問題ばかり見つけるのか、他人に優しいのに身内に厳しすぎる」

    だって他人は仕方ないですよね、関わるのにも限界がある。家族だから、改善できる可能性があるわけで。

    けれど、「もうこの話はこっちには持ち込まないで。そっちでやって」
    と、最終的には投げられました。

    そして「こんなこと子供たちに話して!」とも。

    本当に問題だらけ、気がつかないから直せない、でも「私たちって仲良しの一家なのよ〜事あるごとに集まるから」そこで中身のない会話しかしなくても。
    問題だらけを放置しつづけても。
    怖いことだと思います。どうしたら気がつくのでしょうね…

    私はどれだけあなたたちの問題に付き合って、問題解決に奔走したかわからないんですけど。

    そういう人たち。

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    1. > asahinaaoiさん

      やはり他にも似たような家庭があるのですね。問題があるときに、それを放置するしかない人と、どうにかしようと思う人。いろいろな人に話を聞いていますが、どの人にも特に共通事項も見い出せなく、今だに最大の疑問です。強いて言うならば、「死」や「殺人」を考えたことがある人のほうが、問題をどうにかしたいと思う傾向があるようには思うのですが。手を付けなくても回ってしまうと、それでいいやと思うのが人間なのかもしれませんね。実際にはまったく回っていないのですが。だから大病を患ったり生命の危機に瀕した人に、気づきが多いのかもしれませんね。たぶん外からいくら言っても気づきにはならないのですよね。カウンセラーは、「正直に思ったことを言うだけ言って、あとは愛情を持って本人に任せる」と言っていました。私もまだそれはできませんが、とりあえず放置することはできるところまできたのでまだラクになりました。難しいところですよね。

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