大どんでん返し

そうして、ようやくカウンセリングの日がやってきた。

もうどうしたらいいかわからなかった。なにも考えず、ただカウンセラーが言う通りにしようと思った。カウンセラーが言うなら、お母さんのところへ行って謝ろう。とにかくもう自分ではなにもまったく考えつかなかった。こんなことは、人生で初めてのことだった。

カウンセリングでは、前回のカウンセリングのあとに夫と「自分、相手、私たち」という概念について話したことや、それでも夫が全然わかっておらずに絶望したことを話した。それで私がSNSに書き込んだこと、それによって夫の家族に起こしてしまった「大騒動の襲来」を話した。もうどうしていいかわからない、行って謝ればいいのだろうけど、それもできないと言った。

するとカウンセラーは、こう言った。

「なんであなたが出向かなければならないんだ?まるで悪いことをしたみたいじゃないか」

え…???

「なにも悪いことしてないだろう、よくやったよ!」

カウンセラーは立ち上がって私に近寄り、私の膝をぽんと叩いて興奮気味にそう言った。

しばらく時がフリーズした。なにを言われたのかわからなかった。

カウンセラーいわく、自分の夫が自分に対してきちんと対応しないなら、私はみんなに聞いてもらう必要があると。それで怒る人がいるとしたら、それはそいつ自身に問題がある。私に問題があるわけではない。本当に夫の家族であるならば、夫に「お前なにをしたんだ!」と怒るべきで、私に怒るのはまったくのお門違いだと。

あなたはきちんと自分の立場の意思表示をした、これは大きな進歩だと。

今は自分の意見を表現し始めたばかりだから、あまりうまくは表現できないかもしれない。でもこれからどんどん出せるようになっていけば、どんどん上達するだろうと。今回のように煮詰まる前に、常日頃から自分の意見をうまく出して生きていけるようになるだろうと。

「夫が私のことをきちんと見てくれない、私は新しい夫がほしい、こんなやつはいらない」

これは人間として、として、当然のこと。お姉さんは「10代の甥っ子たちにこんなものを見せたくない」などと、いかにも正しそうなことを言うけれど、SNSを利用してるような男の子なら、こんなのよりもっとひどいのをいくらでも見ていると。自分が見たくないものを見せられたからといって、子供を使って批判してくるのはお門違いもはなはだしいと。

お姉さんは私の書き込みに、「お母さんが面倒みてくれるわよ」とコメントしてきた。けれど、それはどうだろう。自分が病気になったときに、自分の夫が面倒みてくれずに、お母さんが面倒をみに来てくれるからいいわけがない。自分だってお兄さんがなにもしてくれずに、ばかみたいにそこに突っ立ってたら怒るはずだと。

私がやったことは普通のことで、当然のことだと。

そうか…当然のことなのか。

それはそうか。ひどいことをされたのはだ。それなのに私が責められるのは、やはりおかしいか。

息子だからかわいい、弟だからかわいい。でもそうやって夫をかばってばかりいたから、あんなになにも考えない空っぽの人間になったのではなかろうか。ああしろこうしろと言ってきてしまったから、自分でなにも考えずに周りが言うことだけやってる人間になったのではなかろうか。

このときだって悪いのは夫なのに、周りが騒いでかばうものだから、「Kelokoがこっちに来て謝って」とまで言い出すくらい、おかしくなってしまっている。

でも夫がこう言ってるとカウンセラーに話したら、「じゃあ彼にメールを書くよ」と言ってくれた。びっくりした。

日本へ行く前の私の状態と、日本で危篤の祖母を見てさらに疲弊した私。そのまま休むこともなく夫の実家へ行って、もうぎりぎりのところにいたことは予想するに難くない。そこに来て理解の得られない仕打ちをされて、完全につぶれてしまっている。私には日本にもこっちにもサポートしてくれる家族もいないのに、夫は自分の家族の言うがままになっていて。得られない理解と孤独感によって、SNSに書き込んだことは私の心の叫びであって、当然のものだと。そう書くと言ってくれたのだ。

こんなにも。

私のために誰かが誰かになにかを言ってくれるってことなど、私の人生で一度もなかった。

普通は、家族がやってくれることだ。それを、私の場合は家族自らに同じように責め続けられてきた。私は本当にたった一人だったのだとしみじみ思った。これを「一人」と言うのだなと。

このときが、人生で初めてだった。人が私のために動いてくれる。たった一本のメール。それがこんなにも涙が止まらないほど嬉しくて。どれだけ今まで自分が一人だったかということが、身にしみた。そこに入ってきてくれたカウンセラーに、感謝してもしきれなかった。

カウンセリングが終わったあとに、メールのドラフトが送られてきて。読んでまた、涙が出た。それを承認して、夫に送ってもらった。

夫へのメールの最後に、「新年というのは、日本では特に大事な家族行事だと聞きました。この新年を夫婦で一緒に過ごせることを、Kelokoさんも望んでいるでしょう。」と書いてあった。ただただ、耐え難いまでにありがたかった。

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