大騒動の襲来

疲れ果てて絶望した私は、翌日に帰ることにした。

こんな状態で、にこにこ笑いながら、お母さんや妹とテレビを見たりなどできなかった。できないと思ったら、やらなくていいんだと思った。ここで自分の気持ちを隠してにこにこすることは、間違っている。私は私の気持ちに沿って行動する権利がある。そう思った。

これも、カウンセリングとヨガの成果だった。以前の私だったら、体裁を考えてそのままいただろう。でも自分は仕事もせず、こんなにお金と時間を費やして解毒に取り組んでいる。その成果を出したい。変わりたい。それが原動力となった。だからお金や時間をかけることは、けして無駄ではない。

起きてしばらくベッドの上で考え、シャワーを浴びて、荷物を整えた。夫の小さいスーツケースが置きっぱなしになっていたから、それに荷物を詰められるだけ詰めた。家の鍵のそばに、電車のチケットが置いてあった。日付を変えて使えるだろうか。そんなことを考えていた。そうしたら夫が入ってきた。

まとめられた荷物を見るなり、「行かないで」と言ってきた。

なにが「行かないで」だ。誰のせいだと言うのだ。どうせ家族になんて言ったらいいかわからないから、引き止めたいのだろう。私の気持ちもなにもない。クソ男だった。

新年を私と過ごしたいとかいろいろ言ってきたけれど、私が「早く帰って今週中にカウンセリングを入れたい」と言ったところ、しばらくうずくまり、「そっか…Kelokoのためにはそれがいいんだよね…」とあきらめた。

なにが「New Yearを一緒に過ごしたい」だ。けっきょくこいつにとって、私は単なる人形なのだと思った。気持ちの入った人間だと思っていない。ただ楽しいことを一緒に過ごすための入れもの。本当に空っぽだった。見た目も中身も空っぽ。なんにも入っていない。私のことを空っぽ扱いするし、自分自身も空っぽ。こいつの人生、中身がなにもない。

私が出てくと言えば「そうか」で終わり、私が離婚すると言えば「そうか」で終わり。結婚だって私がビザのことを話して始まっただけ、指輪を買ってと言いえば買って、イギリスに住むと言って渡英の準備を始めた。思えばなにもかも空っぽだった。

私が食べていなくても、ご飯がいるかどうか聞いてこない。お母さんが食事を作り始めて「Kelokoにご飯いるか聞いてきて」と言われて聞きにくる。それがなければなにもない。人に言われることをやってるだけの空っぽ人生

駅まで荷物を持って行くと言われたけど断り、じゃあタクシー呼ぶからと言われたのも断り、駅までの道わからないだろうというのをさえぎり。お母さんはいなかったけれど、妹に「ありがとう」とやっと挨拶だけして出てきた。電車のチケットは日付けが変えられなかったから、新しく正規の金額で買い直す羽目になった。でももうどうでもいい。

私が言うままに送り出しやがった夫、ついてもこない夫、問題なかったことにして実家でぬくぬくしてる夫。すべてに絶望して、これで終わりにしようと電車の中で決意した。

帰ってからもご飯も食べられず、日本で買ってきたカップラーメンばっかり食べていた。でも次の日にランニングを再開して、やっと居心地がついた。お腹も空いてきたから、テイクアウトでも取って食べようとしてたところに、お姉さんからメッセージが来た。

「こんにちは、具合はよくなりましたか?言いたいことがあります。一つ目、SNSに『あなたの夫』について書くときは、『夫』のティーンエイジの甥っ子たちや姉妹、母親もそれを見れるということを忘れないでほしい。書くときは日本語で書くか、もしくはできれば今後一切書かないでほしい。二つ目は、泊めてもらった人に対してなにも言わずに出て行くことは、常識的に考えて大変失礼なことです。母が怒っています。どうにかしてください」

見てすぐ、頭が真っ白になった。もうなにも考えられなかった。

お姉さんから連絡が来るということは、弟がひどいことをしてごめんとは言わずとも、私を心配したメッセージなのだろうと直感的に思った。でもその真逆だった。

「なにも考えられずにごめんなさい、お母さんの番号を教えて下さい」とすぐ返した。「私のしたことはやっぱり悪いことだったんだ」という思いがひどすぎて、空いてたお腹もどこかへ飛んでいった。涙がドバドバ出てきて、夫にはこうしてなにをしても守ってくれる家族がいて、私には一人もいなかったことが悲しくて悲しくて、何時間も泣き続けた。お姉さんにも「私には誰もいなくて悲しい、二度とそちらには行かないと約束します」と返した。

お母さんの番号とともに返ってきた返事は、「またあなたに来てほしいわよ、家族じゃない!あなたたちが問題を早く解決するところが見たい、誰にも悲しい思いをしてほしくない」とのことだった。それに対して「ありがとうございます、私が悪いことをしてるときに教えてくれてありがとう」と返そうと思ったのだけれど、迷った末にそれはしなかった。そう返せば見栄えがいいと思ったのに、なぜかしなかった。

従妹に「夫の悪口を書いて騒動になった」と言ったら、「行って謝って来い」と言われた。でも、どうあってもそれだけはできなかった。それが筋が通ることだとわかっていても、できなかった。夫と電話で話したときも、「Kelokoが来て謝るのが一番いい」と言われたけれど、それだけは嫌だった。どれだけ悪く思われてもいい。なぜかそれだけはしたくなかった。夫と別れてしまえばそんなことはしなくていいわけだし、早く別れようと離婚届けをネットでダウンロードして書き込み始めた。

何時間も何時間も泣いた。また自分の実家であったことのくり返しだった。みんなが私を責める。私が悪い。どこに行っても同じ。泣きすぎて頭がガンガンした。いろいろなところが痛かった。このまま病気になって死んでしまいたいと思った。

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