祖母の容態

祖母の具合が悪くなったと聞いて日本行きを決めたのだけれど、私が日本に着いてすぐに危篤状態となり、すごいタイミングの来日だった。

祖母は体が骨を圧迫して痛むようになり、一か月ほど入院したのちにリハビリセンターに移ったとのことだった。そのセンターでは、年をとって筋力が弱まり自分で出せなくなった便秘の人に、センブリ茶を飲ませてお腹を下させるというマニュアルがあるらしく、祖母も飲まされていた。それがひどすぎたらしい。

あるとき話しかけてもいびきをかいて寝込んでしまい、全然起きていられなくなった。様子がおかしいと思い医者に見せたところ、下痢のしすぎで脱水症状低血糖になり、起きていられず常に眠り込んでしまっている状態だったとのこと。さらには腎不全も併発。病院へ連れてきたのが、ちょうど私が日本に着いた日だった。そして次の日にはもう、一両日中に回復しなかったら年を越すのは無理でしょうと言われたのだ。

祖母は変わり果てていて、よく病院で見る、動けなくなってしまっているお年寄りそのままだった。それが祖母だということが、ものすごく変な感じだった。でもそういうお年寄りを見ても近寄れなかったけれど、いざ自分の祖母がそうなると、普通におむつも見れるし、よだれも拭けた。不思議なものだなと思った。みんなこうして家族に世話をされているのだなと思った。

行った初日は祖母は緊急患者で、私がいた間にも三本のブドウ糖を注射されており、点滴もたくさんしていて、心音も常に取られていた。翌日行ったときは血糖値も上がってきて起きていられるようになり、おかゆ系のご飯を食べ始めていた。初日はあまりの変貌にショックだったし、こういう身動きもとれないお年寄りってこうやってできるものなのだというのを目の当たりにしてつらかったけれど、何度か見舞いに行くうちにみるみる回復してきて、最後にはいつもの祖母を見れた。本当によかった。

祖母を殺しかけたリハビリセンターは、それでも「マニュアルでそうなっている」「医師が常駐している」「対応に問題はない」と突っぱねてきたそうだ。恐ろしい。叔母が気づいて病院へ連れて行かなかったら、どうなっていたことか。人ひとりを殺しかけて、それでも問題はなかったと言う。マニュアルにそうなっていたからだと言う。恐ろしいまでのバーチャル性だ。

マニュアル通りにすることが目的なのではない。医師は常駐していればいいというものではない。入居者に適切に対応することが本来の目的であり、マニュアルや医師はそのためのツールだ。「マニュアルがある」「医師がいる」と、チェックボックスに「✓」を入れて終わりではない。それらがきちんと機能しているかが問題だ。

親は安かったので祖母をそのセンターに入れることにしたらしいのだけれど、こんなところに入っていたら殺されてしまうとのことで、もうずっと月一でお世話になっていた施設に入れることにした。お金がすごくかかるらしい。でもには変えられない。

日本の老後は怖い。お金がなければ殺されて文句も言えない。これが日本人の安心感を根こそぎ奪っていて、自分の人生を歩む邪魔をしているのだと思う。

経済成長期でお金を貯めることができた私の親の世代は、いいだろう。でも今の苦しい世代、共働きをしても十分なお金を貯めることができない世代、その私たちはどうなるのだろう。親の世代が今の政治を回していて、自分たちに有利な日本を作っている。あとの世代はいったいどうなるのだろう。

祖母は従妹のことはけっきょく最後まで認識できなかったけれど、私のことは最初からすぐわかって名前を言ってくれた。祖母はどうもと、私のの名前を連発するらしい。私は一緒に暮らしていたから思い入れがあるのだろうけれど、妹にはそれがなくて、なぜかその娘に思い入れがあるというのはおもしろいと思った。

私と姪は、たしかに似ているところがある。どちらもあの一族の中で育った毒親育ちで、そこから出ようともがいている。まだ小学校へ入学したばかりの姪は登校拒否になり、カウンセリングを受けたと聞いた。母親と祖父母と三人の毒に囲まれて生活をしている彼女は、相当きついと思う。それでも妹のように順応してしまうことなく、拒否反応を出し始めているというのは、やはり私と似ているところがあるのだと思う。

妹が残した解毒の課題は、その娘の問題として出てくることになった。それを妹自身と両親がどう受け止めるのか。

祖母に「また来るね」と言うと、つれなく「どうぞ(お好きに)」と返された。従妹には「ご苦労様」と遠くからやってきたことをねぎらっていたのにだ。祖母は「祖母の帰宅」でも書いた通り、婿に入った私の父のことをねぎらい、とてもできた人だった。でも私にはこうしてを出すことがあった。

祖母は温泉が大好きだった。でも年をとってからは「温泉は面倒だから嫌いだ」「行きたくねえ」となぜかわざわざ言っていた。それはたぶん、自分が温泉へ行くとなったら面倒をみることになる周りが大変だからだ。現に私には一度も「行きたくない」「嫌いだ」などと言ったことはなく、いつも「温泉行きてえなあ」と言っていた。きっとそれが祖母の本音だ。

周りの毒たちは祖母の言うことを真に受けて、「ばあさんは年をとってからなんでも面倒くさくなってだめだ」と言っていた。どうせ毒に「温泉に行きたい」と言ってみたところで、「そんな状態で行けるわけないだろ」と非難されて終わりだ。それなら言わないほうがいい。

あれだけ人付き合いのうまい祖母だから、直感で私と毒たちの違いをわかっていたのかもしれない。私には本音を言えたということは、私が毒ではなく、きちんと人の気持ちを受け止められる人間だと思っていてくれたということかもしれない。姪に対しても祖母が同じように思っているとしたら、姪はこれからきっと大変な道を歩んでいくことになる。

毒に囲まれて、文句も言わず世話をされているだけの祖母。このときはそんな祖母がかわいそうでしかたがなかった。夫とお金を出して、施設の人を一日借りて、温泉へ連れて行ってあげようかと思った。でもそんな急にどうにかなるものでもなかった。日本で一緒にいてあげたいと思った。

でも実際、そんなことをしなくてもよかったのだ。共依存から抜けてくると、だんだんとそれがわかるようになっていった。

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