自分、相手、私たち

この年最後のカウンセリングは最悪な終わりかたで、けっきょく夫は必要のない自分の弁護しかできず、なにも解決せずに時間がきてしまった。

翌日から、私は日本へ行くことになっていた。こんな終わりかたで日本へ行かせやがって、と怒りがわいた。日本へ行ってしまうから、その前にどうにかしようという気持ちがどうして浮かばないのだろうか。最後にカウンセラーが「明日から日本なのだから、このあと二人で出かけるといい」ととりなすように言ってくれたので、そうすることになった。そんなことを人から言われないとできない夫が、本当に嫌になった。何十年も今までいったいどんな人生を送ってきたのだと思った。

なんでも先回りしてやってしまう私といたことで、夫の考える力がどんどん奪われていってしまっていたのは事実だ。日本ではそうしてお互いに先回りしてやってあげることで、成り立っている。社会全体が共依存だ。実家もそうだった。親同士がかばい合い、妹と親がかばい合って見事な依存関係を築いていた。その中で育った私ももちろん、似たようなことをしてしまっていた。

それにしても、夫の私に対する依存度は成人した人間とはとても思えなかった。夫は夫で、そういう人間と一緒になるようになっていたのだ。すべてがからみ合ってこのときの状況が出来上がっていた。

カウンセリングのあとに私はヨガがあったので、ヨガの先生の家に向かった。夫は黙ってついてきた。私が家に入ろうとすると、その手前で「終わったらここに来るから」と言い残して、去っていった。「終わったら」って、どれくらいかかるのか知っているのだろうかと思ったけれど、もうなにも言わずにいた。それは私が考えて言ってあげることではない。が聞くことだ。

ヨガが終わって先生の家から出てくると、夫がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。合流して、ご飯へ行くことになった。私がヨガをしている間、夫はどこか食べるところを調べていたようで、少しバスで行ったところによさそうなお店があると言われた。夫が、あとのことを考えて行動した。そんな当たり前のことですら、このときは成長だと思った。

でもがザーザー降っていた。そんな中を、バスで移動し、そしてまた駅まで戻ってこなければならないなど面倒だった。そんな遠くではなくもっと近いところがいいと言うと、夫は「困らせるな」というようにイライラした様子を見せた。せっかく調べておいたのに、それを無下にされたからだ。

そんなことでそんな簡単にイライラする夫に、頭にきた。

そうやってイライラするのは、いつも私だった。夫はなにも考えないから、私が調べて情報を用意する。私が考えていくつも用意した情報を、なにも考えていない夫は簡単に無下にする。「困らせるな」とは私の言うことだ。「じゃあ自分で考えろ」といつも言いたかった。「いつも私がこうして考えたことを無下にするよね」と言うと、黙った。やっとわかったか、と思った。

面倒だと思った私は、別の店を調べ始めた夫を無視して、適当にその辺の店に入ってやった。

そこでも私はなにもせず、すべて夫から行動を起こさせた。飲み物どうする、なに食べる、どこ座ろうか、etc。こうしてみると、どれだけいつも私がいろいろと考えて夫を動かしてきたかということが、よくよくわかった。

カウンセリング事前ミーティング」でもあった通り、夫は単に私にどうしたいかを聞き、それが叶うように動くだけだった。一見すると、「妻のやりたいようにやらせてくれている優しい夫」となる。夫自身もそう思い込んでいる。でも実際は、自分で考えたり案を出すのが面倒で、すべてを私に押し付けているだけだった。

だから私がどうしたいかを言わないと、イライラしたり、どうにもできずに困り、放置する。私が倒れていても、「起こして」とか「なにか持ってきて」と言わない限り、なにもできない。そして指示を与えない私に怒りをぶつけてくる。「指示を出さないくせに、自分に対応を期待しやがって」と。やはりこいつは病気なのだと思った。

家に戻って、日本へ行く支度をしながら話をした。私がカウンセリングで「夫は自分だけの人生を生きていて、一緒に生きている気がしない」と言った、その理由を教えてほしいと言われた。さっきのカウンセリングでまさに、私が泣いているのにそれをスルーして自分の話をしたではないか。私はそこに存在しておらず、「透明人間」になったように感じると言った。

夫は最初、それを全否定し「ううううう」と頭を抱えてうずくまってしまった。やはりこいつは頭がおかしいのだとはっきりわかった。

私は二人のために自分が好きでもない仕事を見つけて、仕事が嫌でも辞めずに働けるけれど、お前はそういうことができない。しかもそういう思いで働いている私に対して、「いつ辞めてもいいんだよ」とのことを言ってきたりする。それがおかしいと、言ってやった。

夫は買い物をしてきては「自分もこれ買っちゃったからKelokoも好きなもの買っていいんだよ」と言う。夫の週一の仕事しかない状況なのに、そんなことを言われたって私が安心してお金を使えるわけがない。夫はなにも考えていないから、私が「本当に買っていいんだろうか」「私達はいくら持っていて、これからいくらくらいあればこれくらい生き延びれるから、いくらくらいなら使えるかもしれない」と自分で考えなければいけない。

夫の言うことをそのまま信用して動けない。大人が二人いるのに、私が「自分のこと」「夫のこと」「二人のこと」の三つをすべて考えて指示を出していかなければならない。そりゃあ気も狂うだろう。

そう説明すると、「7年間もそんな思いをさせてごめん」と謝ってきた。びっくりした。なにをどう理解できたのかはわからなかったけれど、とりあえずは以前よりも少しなにかをわかってもらえたようだった。「自分は変わる、だから待っていて」と言ってきた。

ここで気づいたことなのだけれど、二人でいる場合には「自分」と「相手」だけではなく、もうひとつ「二人」という概念があるのだ。一人でいる場合、「自分」しかない。それが二人になると「自分」と「相手」の二つになるだろうと思われるけれど、それは違う。実際は「二人(Relationship)」という概念も入ってきて、三つになる。

子供がいる人なら、わかりやすいだろう。「自分」がやりたいこと、「子供」がやりたいこと、「親子」の概念からとるべき行動、この三つがある。子供や自分の意思に沿わなかったとしても、「親子」という概念からやらなければならないこともある。「親子」の概念がなければ、「子供」の概念だけでやりたいようにやらせてやってもいい。でもそこに「親子」という概念が入ってくるとまったく異なってくる。

夫の中には「自分」と「妻」の二つの概念しかなかった。「自分」が好きなことをするか、「自分」の好きなことを抑えて「妻」が好きなことをやってやる。その二つしかない。通常ならもうひとつ「私たち」という概念がある。夫にはそれがきれいさっぱり抜けていた。

意識していなかったけれど、私はこれができていた。共依存的な日本の社会では、グループのために自分がどうするべきかを考えて行動することを、子供のころから訓練されているからだろう。

「夫」に収入がない、「自分」はこの仕事をしたくない、でも「私たち」がやっていくためにはどちらかが仕事を見つけて働く必要がある、だから「私たち」のために、私はその仕事をやってのけた。別にこれは「夫」のやりたいことをやってやるというわけではなく、私も外に出たかったし、二人のために自分がどうしたいかという自分の意思で決めたことだ。私にはきちんと「私たち」という概念があって、帰属感があった。

夫にはそれがなかった。「自分」と「もう一人」という概念しかなかった。だから私はいつまでたっても結婚している感じがなかったし、二人で生きている感じもなかった。子供を持とうとも思えなかった。物理的には一緒に暮らしていたけれど、精神的には独身のときのままなにも変わっていなかったのだ。

やっと理由がわかった。これですべてが変わっていくかもしれないと思った。思って日本へ行って、でも帰ってきてまた傷つくことになった。

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