自分を受け入れる

また、自分の都合と気持ちを無視されても感謝をしありがたがらなければならないということは、自分をないがしろにするということだった。

自分の存在がなくなっていき、自己肯定感が欠けていく。

無条件に親から存在を受け入れてもらって育った人は、「自分はなにもしなくても存在していていい」という概念が身についているので、安心して存在していられる。でも私のような毒親育ちは、「自分は人にとって有用でなければ存在してはならない」という概念が身についてしまっている。親にとって有用でなければ家に置いてもらえない、受け入れてもらえないという経験があるからだ。

子供が健康的に育つための親の愛情というのは、ただ「かわいい」と慈しまれ面倒をみられることだけではなかった。親と考えや意見が違ったり、親の気に入らないことをしたとしても、親から受け入れられるかどうかというところが一番のポイントだった。人に迷惑をかけても自分は受け入れられている、生きていていいのだという概念。自己肯定感というのは、生きていく上でなければならないものだ。

私に対する親の扱いを「ペットを飼う」のと同じように感じていたのは、これだった。「祖母のいない実家」で飼い犬がされていたように、親の言いなりになっていれば「いい子だ」とかわいがられるが、少しでも違うことを求めれば「親不孝」と放り出される。人間として認められていない。ペットはものを言わないから、嫌なことをされても言い返せない。だからペットがかわいかったのだろう。

こうして自己肯定感が育たなかった人は、人の親切や愛情を受け入れられなくなる。きちんと愛された経験がないため、自分が「Lovable(愛される要素がある)」であり、「Acceptable(受け入れられる)」ことを信じられないからだ。

自分を産んだ親に受け入れられていなかったのだから、自分でも自分を無条件に受け入れることができない。ましてや実の親にも愛され受け入れられていなかったのに、血もつながっていない他人から愛され受け入れられるとは思えない。これは親からかけられた「呪い」だ。

義理の家族」と過ごしたときに、夫のお母さんにも「またいつでもおいでね」と言われ、涙が出るほど嬉しかった。それでも、半分くらいは社交辞令だと思っていた。夫なしでもいつでも来るようにと言ってくれたけれど、口ではそう言っても、もちろん本当に夫なしで私だけ行くなんてあり得ないだろうと思っていた。

夫のお母さんからすれば夫は「息子」だから、もちろん受け入れられているし、いつでも実家に行っていいと理解できる。でも私は「息子の妻」だし、「息子」がいなければ赤の他人だ。その私が夫なしにお母さんのところへ行くことはできないし、とてもではないけれど夫なしに好かれているとは思えるわけがない。イギリス人は建前や社交辞令を言わないことは知っていても、それとこれとはだと思ってしまう。

たとえば自分の好きな食べ物について、人が「これおいしいね」と言ったら、「だよねー!」と同意できる。でも自分がおいしいと思ってないものを「おいしいよね」と言われても、「そうかな?」と思うだけで、おいしいとは信じられない。

同様に、自分が自分を好きでなければ、自分のことを好いてくれる人がいるということが信じられない。無条件で褒められたり、いいことを言われることも苦手になる。

そういう人たちは、なにか人から有用だと重宝される「条件」がないと自分を支えていられない。

人よりしっかりしていること、人より仕事や勉強ができること、メールは必ずすぐ返信してもれがないこと、毎日子供にお弁当を作って勉強を見てあげて家計もやりくりして完璧なお母さんであること、毎日遅くまで仕事をして人よりも昇進すること。そうして自分を追いつめ続けることで、自分を支えようとする。そうでなければ安心できない、そうあり続けることでしか安心できない、そうあり続けていてもなにかわからない不安を抱えて生きている。

人よりできる自分であることを実感していないといけないから、持ち上げられることが好きだし、先輩風を吹かせがちになる。人の足りないところを見つけると「チャンス」とばかりにひとこと言わずにはいられないし、人が自分よりできていると許せず、負けず嫌いになる。自分よりできる人なんてこの世界にいないわけはないのに、誰にも負けてはならないから苦しい

人はそれぞれ違う。人よりできなくても、安心して生きていていいのだ。でもそれができない。人よりできていなくてはならない。上でなければならない。でなければ存在できない。

この「呪い」から抜け出さなければ。

自分はなにができなくとも、そのままの自分で存在していていい。カウンセラーは、「赤ちゃんがお手本だ」と言った。赤ちゃんは一人ではなにもできないばかりか、人が24時間常に見張っていないと生きていけない面倒な存在で、物理的には誰のなんの役にも立たない。でも役に立たないなら存在するななど誰も言わないし、赤ちゃんもそれで「申し訳ない」などとは思わない。赤ちゃんは存在しているだけで周りを幸せにしている。誰もが本来、これだけの自己肯定を持っているはずなのだと。

そんな自己肯定感を取り戻したい。生まれたときは私も持っていたはずのものだ。

私は血のつながった家族ではないのだから、夫の親に頼るにも限界があるとは確実に思っていた。でも一度行ってからというもの、夫がお母さんのところに泊まっているときにネットで話すたびに、後ろで「またおいで」と私に言ってくれたり、「猫が寂しがってるよ」と連絡がきたりして、もしかしたら本当にまた来てほしいと思ってるのかなと少しずつ感じ始めた。

カウンセラーにも、実際に自分の親のように血のつながった親でも満足な愛情をくれないのだから、血のつながりと愛情は関係ないだろうと言われた。確かにそうだ。血のつながりではなく、愛情そのものを見つめること、それがバーチャルではなく現実に生きるということだった。

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10件のコメント

  1. はじめまして。
    一昨日、偶然こちらに辿り着き、2日かけて全部読ませて頂きました。
    娘と、主人に対してイライラがコントロールできず、悩んでどうにかしたくて、調べていたらこちらに出会いました。
    直ぐに毒になる親と不幸にする親を購入、寝ないで読みました。
    不幸にする親が、まさしく、うちの両親でした。一人娘で一度も意見する事なく、今まできました。
    意見を言おうとしても泣いてしまい未だに伝えられません。
    次の世代への連鎖を断ち切るために、今、こんなにも苦しんでいる事にきづき、頭はすっきりしました。体はだるくて動かず、痛みだらけ、胃腸障害あります。
    昨日から体のケアも通い始めました。
    心のケアは時間がかかると思いますが、既に成長している娘との関係は、まったなし、なので全力で向き合います。自分に合うところ探します。

    とにかく一歩踏み出すきっかけを頂けた出会いに感謝をお伝えしたかったです。
    本当にありがとうございます。
    これからも読ませて頂きます。

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  2. > ギャビーさん

    コメントありがとうございます。参考になるものがあったようでよかったです。どうにかしたいというお気持ち、素晴らしいことだと思います。そう思えない人が多いと思います。私も勇気をいただきました。ありがとうございます。

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  3. こんにちは 通りがかりですみません。

    私は日本でカウンセラーをしています
    私が担当するクライエントは皆、愛着障害を持っており、訳ありで強制的に連れてこられる方達です。元々私の専門ではないのですが勉強していたところ、たまたまこのブログに辿りつきました。
    かくいう私も不安定型の愛着スタイル、アダルトチルドレンです。 岡田先生の愛着障害の本も読みましたが、こちらのブログを読んで私自身「そうそう!」とどれだけ共感したことか…本当にスッキリしました(笑)
    ありがとうございました。

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    1. > めろんさん

      コメントありがとうございます。愛着障害で検索されて来られる方は多いです。愛着の考えかたが浸透してきているのだと思うと嬉しいです。めろんさんご自身やクライアントさん含め多くの人の回復と、また適切な子育てが増えたらいいなと思います。

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  4. こんにちは。こちらのブログを拝見し深い気づきがありましたので
    コメントを残したいと思い書いています。
    「自分は人にとって有用でなければ存在してはならない」
    という一文。この狂った観念が私の恋愛、男女の関係の大きな闇になっていたものでした。

    自分は男であると必死で思っていたあの頃よりも
    ずっと自己受容は進んでいますが、
    私は私が女性であることを46歳になる今も 体と心がバラバラなところがあり、
    まだ自分が女性であること 女性の体を持っていることを受け入れられないままでいます。

    父と母の関係はまさに男にとって有用でなければ存在してはならないという関係で、
    父の暴力や酷い暴言、女性を道具のように、道具以下のように扱うような人でした。
    女性を女性として扱うことができないそんな男の世話をし、暴力を振るわせ罵らせ続け、
    挙句にお金までも差し出す母。私はその両親の共依存関係に否応なく巻き込まれ、

    私と父という関係でも、父は私の時間、体、気力 体力 経験 全てを、
    衣食住を引き換えに脅され 差し出すことを強要しました。

    自分を救いたくて
    ずっと自分と向き合ってきましたが、そこがどうでしてもはっきりと見えませんでした。
    いろんな書籍などにも書いてるのですが、自覚ができないままでいました。

    母の狂った関わり方を丸ごとコピーされられているのだろうと思い、
    母から受けた毒はかなり解毒できたと思っていましたが、

    どうしても男性との関係で 私が私らしくいられない、何かわからないのだけど
    自尊心が保てない、何かわからないけど自尊心が抜き取られているような感覚の
    原因が見えないでいましたが、男性にとって有用でなければ私は存在を認められないという
    深い闇は私と父との関係にもあったのだとはっきりと見えました。
    わかっていましたが、見ようとすると意識があやふやになってよく見えなかったのです。

    今 怒りと恨みと絶望が溢れてきて震えています。
    そして自分を縛り付けていたものを見つけられた安堵感を感じています。

    これに気づいたことで 自尊心が少し取り戻せたように思います。
    気づいたからといって 一瞬で変わることでもないと思います。

    女性としての喜びを何も体験できないままこの年齢なり
    とても悔しいですし、辛いです。
    生きている間に誰かに愛されることはあるのだろうかという
    不安も大きいです。
    それでも死ぬまでに女性として誰かに愛され、誰かを愛してみたいと
    思ってしまいます。

    読んでくださってありがとうございます。

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    1. > Rayさん

      こんにちは。コメント何度も読ませていただきました。見ようとすると意識があやふやになってよく見えなかったというところ、すごくわかります。私も夫も同じでした。見えてきた今、いろいろなものが放出されているところなのですね。

      私も女性性に対する問題をまだ抱えています。外側の世界は自分の内側の世界の投影、自分で自分を愛することができるようになれば外の人の愛情も受け入れられるとカウンセラーに言われました。女性性を受け入れられたとき、周りにある女性としての自分への愛情を実感できるのだと思います。わかっていても難しいです。少しずつですね。

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  5. はじめまして。こちらのブログを共感しながら読んでいます。
    私は幼少期から人に馴染めず、一人の時間を多く過ごしてきました。何かを話すのが苦手で、話す度に家族やクラスメイトの人の顔が引きつるのが嫌で、なるべく声を出さないように気をつけていました。小学生の時、友達は一度だけできたこともありましたが、クラス替えや進学で離れたこと、希望していないのに希望するよう親が誘導した進学先の人々が幼稚に見えてしまい新しく交友関係が築けなかったこと、それまで周りに持っていた大きな憧れが崩れ去って失望感と見下す習慣がついてしまったことで、人間不信になり自己肯定感も一気に下がりました。
    目標を持って全力投球したこともありましたが、そもそも目標自体が歪んでいたため、自分を捨てたり傷付けていることに気づかないまま燃え尽きました。以来、集中のスイッチが入らなくなりました。
    人に助けを求めたこともありましたが、そもそも助けを求めるには適切な語彙や知識を持って自分を正確に表現しなければ伝わらないこと、助ける能力のある人間をきちんと選ばなければならないことを知らなかったので、助かることはありませんでした。あとは、どうせこちらがなにか言ったら誰もが怒るんだから何も言わなくても問題を解決してという無理な思いが根底にあった気がします。
    父が身体的暴力担当で、母が精神的暴力担当だったので、父の方は分かりやすく痛いのは嫌だというのはわかっていたのですが、母の精神的暴力は仕組みが分からず、傷ついたことも自覚できなかったので、母が離婚と言ったとき、私は母の味方をしました。何より痛いのは嫌でしたし、母が毎日文句を言うことへの解決がこれでできるんだと思ったからです。結果は一時共依存になり、子供の頃から何故か好きという感情が母に対して一度も湧かないのに、マザコンのような言動を繰り返すことになりました。思い出すと屈辱的な気持ちになります。
    就活をすることになったときは、自分の意見や好きなことが身体から抜けた状態になっており、自己PR文が全く自分と噛み合わず、どこかで見たような文の引用に終始してしまいました。自分というのは元々人に受け入れられない人間だと信じていたので、よそ行きの自分を本当の自分とは別に用意していたはずだったのですが、よそ行きばかりを育てようとした結果、本物が餓死したようになりました。今、それを蘇生させたいのですが、なかなか上手くいきません。
    就職した先ではセクシャルハラスメントに遭遇したのですが、身体的な接触もあったにも関わらず、当時の自分の頭には現実が理解出来ずに長期間耐えてしまい、今現在嫌悪感でいっぱいになっています。労基に訴える前に仕事を辞めたため、事実上の泣き寝入りの形になっていることが自分で許せません。何らかの決着をつけたいのですが、あとは犯罪のような方法しか思いつかず、情けなく思います。
    辞めた後も就職しましたが、仕事に集中できないので辞めてしまいました。今、次の仕事を探す時なのですが、まともな人間のいる職場がないなら絶対仕事したくない、という気持ちでいっぱいになって逃げ続けています。

    長々と私情を書き込んでしまい、申し訳ございません。なにか書き込みたいと思った結果このようになってしまいました。
    一度精神科にトライしてみたものの、問題を言葉にすることが全くできなかったので、驚いています。
    ブログやツイッター、どちらもすごいと思いました。毒親や自己肯定感の問題に向き合う過程と本気さに、ひとつひとつ救われる思いです。

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    1. > みずさん

      はじめまして。読んでくださってありがとうございます。私も今思えばああ言えたのにこうできたのにと悔しくなることがあります。でもみずさんが身体的暴力からまず逃れたこと、まずセクハラから逃れるために退職されたことは、とても正しい判断だったと思います。人間というのは賢く、危機的状況においては自分を守る防衛本能にもとづいて行動するから、過去の判断を悔やむ必要はないのだとカウンセラーにも言われました。「よそ行きと本物」というご認識、とても的確な表現だと思いました。私もどんどんよそ行きを脱ぎ捨てて本物を育てていきたいです。みずさんもご自身の歩みで無理なく進まれますように。

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  6. 「自分はなにもしなくても存在していていい」なんて思っている人がいるの?それが普通なのか?!ってすごい衝撃受けました…

    物心ついてから学校でも職場でもビクビクし他人の顔色伺って自尊心低く生きていたら、長らくの体の不調の後とうとうココロにしわ寄せがきて通院で数年間休職。認知行動療法やパートナーのサポートのお陰で、自分が異常に親の思う通りの良い子を演じており、磨り減って空虚になっていることに気づけました。
    親は狡いので、ストレートに言わず、繊細で親思いで優しく周りに自慢できる子(私)を作り上げ、言わずとも私に必ず忖度させるような絶妙な言い回しでコントロールしてきます。巧妙なので誰にも気づかれません。姉は親のコピーのようで私を理解せず蔑みます、親の身勝手さやおかしさに全く気づかないようです。私は一家のゴミ溜めでした。

    距離を置こうにも張り付いてきます。境界線にズカズカ入ってくるのは苦痛。昔から語学はすきだったので、今は海外に逃げたくてパートナーと共に語学も色々学び始めました。

    解毒のススメを知ってから、重なる部分や近い箇所を読めば読むほど救われる気がします。心に効いたいいことも読み直ししないとすぐ毒に引き戻されそうになります。解毒のススメが本になったらいいのにと思います。

    ゆっくり読み進めていますので全ては読めていませんが、この手記をネット上に上げてくれて有難うございます。こんな私と共鳴するパートナーにも依存症の両親などの問題を抱えていて、磁石のようにくっつくべき人だったとわかってきました。読み終わる頃には2人とも少しでもココロ軽く変われるといいな…

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    1. > しまうまさん

      「それが普通なのか?!」というお気持ち、すごくわかります。衝撃ですよね。海外に出ることは親との距離を取ることもそうですが、日本とまったく違う社会環境にご自分を置いてみる経験としてもおもしろいと思います。私の場合は日本にいたときのほうが上司や職場環境に恵まれ、その点では「普通」の感覚が育まれやすかったですが、日本は社会全体が毒親形式なので多くの場所で「普通」の感覚でい続けることが大変なことがあるのではと思います。私もイギリスにきてから「え、それでいいの!?」と思うことがたくさんありいろいろな衝撃を受けました。お互いココロ軽くなっていきましょう!

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