不安症の原因

祖母と親について話していたとき、私の不安症の一因がわかった。

祖母もそうなのだけれど、両親はいつも自分の都合のいいように言うことがころころと変わる人たちだった。そういう人たちと暮らしていることによって、常に安心できず、不安を抱えたまま生きざるを得なくなってしまったのだろう、ということだった。

たとえば、親に簡単なことを頼むとする。「車を借りる」とか。機嫌がいいときなら、私がいつ貸してと言おうと、使ってそのままにしておこうと平気だし、むしろ喜んで使わせたりする。でも機嫌が悪いときや、私の態度が気に入らないときは、「そんな急に貸してくれと言われても無理だ」とどうでもいい理由をつけて貸してもらえなかったり、使おうとして車庫を見ると車がなかったりする。近くに買い物に行くくらいだったらいいが、大事な用事があって出かけようとしていたときなど、パニックに陥る。

もちろん親の車だから、なにをどうしようと親の自由だ。でも、そこまでして積極的に子供の存在を無視する親とは。

毒親の本でも読んだけれど、毒親は子供をコントロールするためにこういうことを行う。

急に断ったりして私をびっくりさせ、自分たちが私に多大な影響を与えられることを感じて満足する。私の都合を無視し、自分たちの都合でのみ行動することによって「お前より私たちが優先されて当然」と優越感にひたる。「予期すらしていなかった大災害」で書いた通り、祖母とゆっくりするために実家に行ったのに、着く前日に突然祖母を施設に入れられてしまったことなど、いい例だ。「いやいやお前の思う通りにはならないよ」という暗黙のメッセージが必ずいつもどこかにある。

そういうことばかりだったので、私はなにか人に頼みごとをするときは常にうまくいくかどうか大きな不安を抱えるようになっていった。

頼みごとだけではなく、親がやっていいことでも私はやってはならないとされたり、言われることの内容が親の都合でころころ変わって一定ではなかった。実家では一度も安心感を持って存在していることができなかった。そのトラウマがあるから、実家を出てからもものごとがうまくいくかどうか常にレーダーを張って生きていて、休まることが少しもなかったのだ。

この心配性は、仕事をする上では「几帳面」として非常に役に立った。仕事の漏れがほとんどないし、心配で何パターンにも渡ってものを用意したり、合っていると思っても何度も何度も永遠に確認を繰り返したりするからだ。

でも人というのは、常にそんなことをしていたら生きてはいけない。

今でも、たった少しのことでも人になにかを頼むことは苦手なので、少しくらい無理をしてでも自分でやってしまおうとする。そのほうがきつくても心理的にはラクだからだ。

また毒親は、「お礼」を期待して親切をする。車を貸したら、「ありがとうございます」とぺこぺこされて、「これくらいいいんだよ」と優越感にひたれるからだ。だから車を貸したい。でも貸したあとでぺこぺこされないと、貸したくない。「態度が悪い」と貸したくないし、せっかく貸してやったのにぺこぺこされない場合は、「感謝がない」と怒る。

毒親の場合、「帰国中の娘に車を貸してやること」ではなく「ぺこぺこ感謝をされること」が目的となる。だから「娘がしてほしいこと」ではなく、「自分が簡単にできることで感謝されそうなこと」をやりたがる。車を貸したり、回転寿司に連れて行ったり、和食を作ってやったりする。でも考えてみると、車はレンタカーでも済ませられるし、すきやばし次郎レベルならまだしも回転寿司なら自分でも行けるし、日本なら和食はどこでも食べられたりするので、そこまでありがたいことでもないことに気づく。

それよりも、「化粧水」が割れないようにちゃんと送ってくれたり、「化粧水ふたたび」で書いたように浴衣の型紙を送ってくれるほうがよっぽど助かる。でも親は化粧水が割れようとどうだろうと構わず、自分の好きなものを送りつけてきては「お金をかけて送ってやったのに感謝がない」と怒り、型紙ではなく浴衣そのものを住所も確認せず送りつけて、宛先不明で戻ってしまっても「せっかく送ってやったのに受け取り拒否をしやがった」と怒る。

感謝されたいなら人がしてほしいことをすればいいし、人になにかしてやりたいならたとえその人から感謝されずともしてやったことで満足すればいい。自分がやってやりたいことをやって人に感謝を強要するとは、やくざのロジックだ。

こういう環境に育つと、まず人にものを頼んでも自分のことを考えてやってくれず相手の好きにされてしまうのではないかと、不安でたまらなくなる。そしてたとえ相手の好きにされたとしても感謝をしなければならならないから、それを思うともう無理をしてでもどうにか自分でできないものかと考えて止まらなくなる。

でもそこまでいかずとも、日本ではわりと似たような考えの人が多いと思う。なにかしてあげたときにお礼がないと気分を害する人がいたり、してもらった側はそれが必要ではなくても感謝して受け取るしかなかったりする。イギリスに来て思ったことだけれど、こちらでは人になにかしてもらってもぺこぺこお礼を言ったりしない。してあげる人は、自分がしてあげたいからやるだけであって、やりたくなければやらないからだ。行動の主体は「自分」であり、相手に喜ばれればそれで自分が満足するだけで、相手からの感謝を期待することはない。

日本ではきっと、社会全体として「人と人との境界線」が薄いのだろう。それはすなわち、自分がなかったり、自分の存在があいまいな人が多い、ということにもつながる。実家で身につけさせられた「人に頼れない」というトラウマをまとったまま、こういう社会に入っていくと、不安症はどんどん加速していく。

これが「人といるとなぜ疲れてしまうのか」にもつながっており、「絵画療法」で出た通りに「一人で生きていきたい」と思うところにもつながっていた。

人に頼って不安になることなく、一人で生きていきたい。でも人間は一人では生きてはいけない。誰かに世話にならずには生きられない。苦しかった。

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