親に嫌だと言い始めたとき

親が実際とは違うことを言うということはわかっていたけれど、それでも最初のころは積極的に異論を唱えることはしていなかった。もちろん、子供がそんなことできるわけもない。

当時、大人は自分より長く生きているし、自分より多くの知識があるものと思っていた。だから自分が「こうだ」と思っていることでも、大人は私より知識が広い分、違う見解になるのかもしれないと思っていた。

今考えてみたら、とても子供とは思えないと思う。

普通の子供なら、大人の知識がどうこうなどと考えることなく、自分の思うことを思いっきり出して生きているだろう。相手の知識がどれだけか、自分の知識がどれだけか、なにが正解なのかなどを考慮に入れて、自分の思ったことよりも優先することなどないと思う。私がどれだけ、考えや思いに自信がなく、常に不安を抱えさせられていたかがわかる。

うちは「すぐ飽きるから」とほとんどおもちゃを買ってもらえない家だったのだけれど、誕生日のときだけは好きなことをしたり、欲しいものを買ってもらえたりした。私はその理屈がわかるので、なにか欲しいものがあっても「誕生日のときにね」と言われれば「はい」と言う子だった。言われなくても、わかっていたからねだったりしなかった。でも妹は全然違った。「誕生日のときにね」と言われようがなんだろうが、欲しい欲しいと騒いだ。私は、彼女がなんでわからないのか不思議なくらいだった。

親の言うことにはとにかく「はい」と言う子だった。でもそれが変わってきた。それまでは親の言う通りにしていても不都合がなかったからそうしていたけれど、そうではなくなってきたのだ。

母親には変な「上流嗜好」があって、「園服がかわいい」という理由で、私は近所のお友達の通っていない遠くの幼稚園へ行かされていた。その延長で、私は小学校へ赤いブレザーを着せられて通っていた。そして男の子たちから「ガリ勉」とからかわれた。

そこで「ブレザーは嫌だ」と言った。すると母は「お前ばかねえ、これはおばさんにもらったすごくいい服なんだよ」と言っていた。これは「いい服」で、それを着ることは私にとって「いいこと」であり、理解できない子たちは「わかってない」のであり、だから娘のためにこれを着せてあげたいのだというスタンスだった。

最初は私も「いい服ならしかたがないか」と思わされた。でも男の子たちにはそんなもの通じなかった。「いじめられる」と言って、拒んだ。母親もそう言われたら引き下がるしかなかった。いじめられてしまっては、「娘のため」という仮面が使えないからだ。

また、彼女は小学校の授業参観に着物を着て来る人だった。他のお母さんも少しでもいいスーツなどおしゃれをして来るけれど、着物を着てる人は他にはいなかった。これも何度かやるうちに、同級生から「Kelokoのお母さんまた着物だったね!」と言われるのが嫌になって、やめてくれと言った。

すると彼女はまた、「着物なんてスーツよりもすごくいいものなんだよ」と言っていた。これもまた、娘のためにいいものを着て行きたいというスタンスだった。またそれほど着る機会もないから着てみたいのだと、私のせいでその機会が失われてしまうという言いかたもした。

のちのちわかることだけれど、この「娘のため」という仮面と、人に罪悪感を与える言いかたが、私にとって大きなトラウマとなってこびりついていた。

カウンセラーは、私がこうして親に「嫌だ」と言い始めたころ、なにか環境に変化はなかったかと聞いてきた。

そういえば、私は小学校二年生の四月に転校した。一家で、母親の実家に祖母と住むことになったのだ。

それまではわりと都会に住んでいたのだけれど、そこから1学年に2クラスしかない田舎の小学校に編入した。校庭にロープのついた大きなけやきの木があり、男の子も女の子もそこにぶら下がって遊んだり、木に登って遊んでいるのを見て、なんと危ないことをしているのだろうとびっくりしたのを覚えている。

都会の小学校では、たくさんいる生徒のうちの一人がなにを着て来ようが気にとめる人もいなかったし、わざわざ干渉して来る人もいなかったのだろう。でも田舎の小学校ではそうもいかなかったのだ。少人数の学校では異質なものはすぐ目につくし、遠慮なく口にも出してくる。周りが自分についていろいろ言ってくるようになったため、私にも変化が出てきたのだろうということだった。

確かに、そうかもしれない。人から言われなければ、ブレザーも着物も気にならなかった。人から「それは変わっている」と言われることで、母親の言うことが「おかしいことなのだ」とより認識できるようになった。

これも、子供のころから「親がおかしい」と認識できた一因なのかもしれない。子供は幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と進んでいくうちに、交流範囲も広がっていく。その中で人から「おかしい」と言われることや、「変だな」と自分から思うことでも、親のおかしさに気づいていけるのかもしれない。

やはりいろいろな考えの人と接することで、人はより豊かな考えかたができるようになるのだと思った。

広告

2件のコメント

  1. はじめまして。私も、毒親のもとで育ちました。
    気づいてはいたけれど、どうすればいいのかもわからず、夫との関係もうまく築けずに、今別居しています。

    不安で仕方ないけれど、私には子供がいるので、どうにかしないと子供にまで連鎖してしまうという恐怖があります。

    それは絶対に避けたいので、私も回復に向けて頑張ります。

    記事を目次の順に読ませていただいていますが、自分と重なることも多々あり、夫も似たようなところがあると感じるところもたくさんあって、本当に参考になります。

    これからも、じっくり記事を読んでいこうと思います。

    そして、私もブログを書くことにしました。

    応援しています。

    いいね

    1. > h-family.aaykさん

      コメントありがとうございます。旦那さんとの関係も似ているということでしたら、これから書いていくことの中に参考になることがあるかもしれません。カウンセリングを通して夫と私がぶち当たったことと、そこから変わっていく様子を書いていく予定です。自分の経験や思ったことを書くことはすごくいいと思います。私も応援しています!

      いいね

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください