問題認識の難しさ

こうして私は、早い段階から親のおかしさに気づいてはいた。あとになって、もしかしたら三歳のころからすでに気づいていたのかもしれないということが発覚する。

でも気づいたのが早かったからといって、治りが早いわけではないのが解せなかった。長い間洗脳されていた人たちが気づいて治っていくのに、もうそんな洗脳期間はとっくに通り越して長年問題に気づいていた私は、まだまだ毒が抜けない。どういうことなのだろうと思っていた。

カウンセラーいわく、子供のころにどれだけ問題に気づいていたとしても、子供ではそこから逃げたり、親に話をつけて解決していくことはできない。ましてや「なにかがおかしい」ことはわかったとしても、具体的になにがどうおかしいか説明できることでもない。問題を知りながら、自分を抑圧し、押しつぶされながら暮らしていかなければならないとのことだった。

たしかにこれは、問題に気づいていようといまいと、毒親のもとに育った子供が等しく抱えることだった。そのままの自分を否定され、親の都合を押し付けられること。これこそが、毒に染められるメカニズムだったのだ。

また私の場合、気づいていながら逃げられなかったことの最大の弊害として、「親が悪い」という考えがあまりにも強くなってしまったことがある。そして長い間それを抱えながら生きていたため、自分の中に同じ毒が染みついてしまっていることに気づけなかった。親がおかしいことはわかっていたけれど、「自分は親とは違う」「悪いのは親だ」と思い生きてきたために、自分も同じになってしまっているとは思いもよらなかったのだ。

これがわかるようになると、同じように「自分は親とは違う」と思い込んで生きている人を見るとよくわかるようになった。そういう人たちはたいてい、

 「自分は不幸だ」
 「周り(夫、妻、友人、上司、同僚)はわかっていない、どうしょもない」
 「自分は正しい、しっかりしている、わかっている」

と思っている。親とまったく同じになってしまっているのに、なかなか認識することができない。そして自分の間違いを認めたり、人に頼ったりすることができないのも特徴だった。自分はできる人間でい続けなければならないからだ。

でも、それはどうしてもしかたのないことだった。そうして「自分が正しい」「自分はできる」と思い込むことが、生きていく上で必要だったのだ。あのつらい状況をはい上がってきたのだという誇りともいえるもの、それで自分を支えないと生きれなかったからだ。

ところが、完璧な人間などいない。どこかで必ず完璧ではない自分と対峙しなければならなくなり、現実との乖離でうつになってしまう。

つらい。でもよくなるには、その思い込みを解かなければならない。でも思い込みを解くには、今までの自分をすべて捨てなければならない。しっかりしている自分、正しい自分、わかっている自分を、すべて捨てなければならない。これは困難を極める。普通はまず拒絶するだろう。私も、つらかった。受け入れなければならなくなったとき、自分のすべてが崩壊した。

でもこれは解毒に必須の過程だった。

親に問題があることに気づいていなかった人も同じように、問題を認識していく過程で今までの自分の崩壊を経験しなければならない。

自分の家庭は普通だったと思い込んで生きてきた場合、そこに「あなたの家庭は問題がある」と言われたらどうなるか。親が正しいと信じていたからこそ我慢したり耐えてきたことが、すべてひっくり返ってしまう。または、自分が我慢して耐えて生きてきたことに気づいてしまう。

最初は否定し拒絶したとしても、そういえばそうだった、あれもそうだったと、様々なことがつながっていき、今まで自分が見てきた世界がまったくの偽りだったことに気づくだろう。受け入れ難いことに違いないし、受け入れたとたんに親への怒りが噴出することになる。

けっきょくのところ、問題に気づいていたとしてもいなかったとしても、この「今までの自分の崩壊」が必要になる。

そしてこの崩壊を受け入れるも拒絶するも、どこまでも自分次第だ。受け入れて崩壊し、回復に向けて歩み始めるのも、拒絶して崩壊を免れ、今までのやりかたでよりいっそう不安で生きづらく苦しい人生を送るのも、すべては本人の自由だ。

どこまで自分と向き合えるか、そこにすべてはかかっている。

私は「実家に戻りたくない」という利己的な理由で崩壊を受け入れざるを得なかったけれど、配偶者や子供を同じ目に合わせたくないという人や、少しでも悪いところがある自分を許せないという完璧主義の延長から入る人もいるだろう。でもどんな場合でも、とどのつまりは自分との戦いだ。周りもなにも関係ない、自分のために、どこまで自分を乗り越えられるか。

解毒は最終的には親との戦いではなく、自分自身との壮絶な戦いとなった。

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2件のコメント

  1. こんにちは。今回の記事もそうそう、そうなんですよ〜とうなづきまくりました。
    けど、親がおかしいって気づく人は気づくと思います。私も小学生の時には親のことは、この人変!と気づいてはいました。気づいても自分を守る事ができなかったけど。
    けれど、やはり親に貰えなかった愛情や優しさを求めて彷徨い、依存心の強さが自分が生きにくい原因の一つとは理解出来ていませんでした。

    今のアイデンティティのあやふやさをもう少し固めるべく、本を読んだり、あえて高校生向けの本を読んだりして、自分育てをしています。kelokoさんブログもすごく参考になっています。
    今後も楽しみにしています。

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  2. > 30さん

    コメントありがとうございます。私も親がおかしいと気づくことに関しては、なにが要因となっているかわからないなと思いました。親以外の大人が身近にいることはいいことだとは思いますが、それでなくても気づく人はやっぱり気づくのかもしれませんね。

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