不安でつぶれそうな日々

夫とヨガ師匠のカウンセリングへ」行ってから、夫もここに通うことにした。

カウンセラーと相談して、カップルカウンセリングをやめて、しばらくは私のカウンセリングと夫のカウンセリングの二本でやっていくことにした。二人がそれぞれ回復してきたら、カップルカウンセリングに取りかかろうということになった。それぞれカウンセリングをやっているうちに心理状況も変わってくるし、状況は逐一変わっていくわけだから、それが落ち着いてきてから「二人でどうしていくか」を考えてもいいだろうと。

でも、それぞれのカウンセリングでやったことを、カップルカウンセリングで報告し合いながらやっていくのもいいのではとも私は思っていた。二人の状況をまとめながらやっていったほうが、変化をきちんと捉えられて、問題が起こらなくて済みそうだなと思ったのだ。

それをカップルカウンセリングで相談して、けっきょくそうすることになったのだけれど、正解だったと思う。ただ人によっては自分の問題にかなりの労力がとられるかもしれないし、カウンセラーと相談するのがやはり一番だと思う。

このころ夫も自分の問題に気づいて、それを改善しようとし始めていた。やっとここまで来れたというか、前進している感じがすごくあった。

でも、というかむしろそのせいで、このころは不安がひどかった。

私が空っぽな人間だということはわかっていたけれど、夫もまた空っぽな人で、それは生まれたときからの両親の不仲や、義父との関係からきているのだということがわかってきた。夫はとにかく流されるままに生きていて、その場でなんとなく必要なことをやっているだけで、自分がまるでなかった。

もちろん「この仕事がやりたい」「これが食べたい」というような認識はあるけれど、結婚しようと言えば結婚するし、離婚しようと言えば離婚するだろうし、子供を持とうと言えば持つだろうし、仕事してと言えば仕事を探すだろう。特にものすごく嫌なことでなければ、その場で求められていることをやって済ますのだ。

私のことを大事に思っていてくれて、私を助けたいと思ってくれているところもあったと思う。でもひどい状態の私を放置したり、私が「もう離婚しよう」と言えば「これ以上傷つけたくないからそうするしかない」と言う。どうにかしようとは思わないし、けっきょくなんでも私が言うことをやって生きているだけだった。

私に対して愛情があるわけでもないし、空っぽなのだと思った。

だからこんな人に「I love you」と言われてももちろん信じることもできなかったし、「自分にはKelokoが必要だ」「子供を持ちたい」と言われても、「You don’t know what you are talking about(あなたは自分がなにを言ってるかわかってないんだよ)」としか返せなかった。たぶん私のどこかは好きなのだろうし、必要だと思うこともあるのだろう。でもとにかく中身の感じられない言葉ばかりだった。

このころ夫も不安だったんだろうと思う。だから思ってもいないことを言ったり、「こう言うべき」ということを口にしていたのだろう。それまですべてを私まかせにしてきたけれど、これからは自分で考えて生きていかなければならないということは感じ始めていた。でも急にそうしようと思っても、すぐにできることではなかったのだ。

でもそれも、今思えばのことだった。当時はただただ、空っぽな夫の言葉にますます落胆するばかりだった。

だから夫が言うことは勘定に入れられず、それまで通り私が「本当は夫はどう思っているのか」まで考え、「二人のためにはどうしたらいいのか」を割り出して動いていくしかなかった。体は二つあるのに、頭は一つ。だから私が疲弊してしまうのだった。

もちろん私は人の愛情を信用できない人間だから、もし本当に夫が私を100%愛していたとしても、信用できないのだろう。でも夫が空っぽなことも原因であることは否めなかった。

この二人は、本当に最悪の組み合わせなのだと思った。

だからいつまでたっても一緒にいる気がしないし、共に人生を歩んでいる気もしなかった。渡英三年目で「私の気づき」があり、自分の問題をどうにかしようとしてきたけれど、夫の問題もあったから、私だけで解決することはなかったのだ。

いろいろなことを話し合ってきて、やっと少しずつ変化が見えてきたところだった。なにをしたらいいのか、なにが必要なのかを、考えて行動したりしてきていた。まだまだだったけれど、少しずつ自分の人生を歩み始めているのかもしれないと思っていた。

でもそれで私も夫も回復したとして、果たしてそのあとに「一緒にいたい」と思うかどうか。それが心底不安で、いてもたってもいられなかった。

きちんとしたつながりはなかったけれど、これだけ長い時間を一緒に過ごしてきて、お互いのことで知っていることはかなりあった。これを解消して、また一から違う人とやっていくことなんて、できるのだろうか。というより、また違う人を探すところから始めなければならないと思うと、本当に気が遠くなった。

もちろん自分を取り戻したら、今より遥かに自分で幸せを感じることができるだろうし、その上でなら一人になる不安なんてなくなっているのだろう。それにもしかしたら、やっぱりお互い一緒にいたいと思う可能性だってある。まずはあとのことは考えずに、今のそれぞれの問題を治療することが先決だった。

それでもやはり、あとのことを考えずにはいられなかった。そして不安にならざるを得なかった。共依存だったからしかたがなかった。これが取れてくると、解毒の進みは至極快調になる。でもそこまでが大変だった。

カウンセラーに教わった「転換点を作るV音」でしのいでいけるのだろうか。とにかく落ちてしまって大変だった。このままいくと、本当に抗鬱剤を処方されると思った。

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