愛着障害の克服4:役割と責任

最後に、「役割」について。

3)役割と責任を持つ

(1) 社会的、職業的役割の重要性

克服のために、安定した愛着スタイルばかりを追い求めることは、実は必ずしも得策ではない。自分がやるべき役割りを担い、それを果たそうと奮闘するうちに、周囲の人との関係が安定し、それによって親密な人との愛着関係もしだいに安定していくことも多い。親密さがベースの関係は距離が取りにくく、愛着障害の人にとって一番難しいが、社会的な役割りは、親密さを棚上げし割り切ることができるので、愛着不安や愛着回避のジレンマからある程度守られる。ここで経験を積み、ほどよく親しい関係を増やしていき、回復の訓練ができる。

なので役割りを持つこと、仕事を持つこと、親となって子どもを持つことが、愛着障害を乗り越えるきっかけとなりうる。回避型でも必要にかられて人と関係を持ち、対人スキルの向上と人となにかをする楽しさが学べる。不安型には、役割りを持つことで神経が愛着行動にばかりいくのを防ぎ、心が安定する。

会社の人とのやり取りの中でも解毒を意識して動いてみることによって、自分の回復につなげていく。これはカウンセリングを始めてから、夫が試してみるようになったことだった。

(2) 否定的認知を脱する

愛着障害の人は親から肯定的な評価を受けられなかったことが多く、それが他の人との関係にも尾を引き、自分や周囲の人に対して否定的な評価を抱きがちであり、これで対人関係がうまくいかなかったり自分を活かせなかったりする。この否定的認知を脱することは非常に重要。

どんな小さなことでもいいから、自分なりの役割りを持ち、それを果たしていくこと。できること、得意なこと、人が嫌がってやらないことなどを思い切ってやってみる。周囲の人のためにもなればもっといい。その際、それまで縛られていた義務からいったん切り離して考えること。学校や仕事のことで頑張れなくとも、他にもできることはたくさんあるはず。まずは気楽に始め、「自分にもできることがある」という肯定的な気持ちを回復することが先決。

友人からもらったアドバイスで、大きな目標ではなく、毎日小さな目標を立ててそれをクリアし、達成感を味わいながら生活してみるというのがあったので、やってみるようにした。「今日は掃除機をかける」や「和食を作る」など、簡単にできることを設定して実行していく。慣れてきたら大きな目標を立て、それに向かって小さな目標を細かく立てて実践していくのでもいい。

また「全か無か」という二分法的な認知ではなく、清濁併せ呑む統合的な認知が持てるようにする。なにか嫌なことがあっても徹底的に否定するのではなく、「そうなってよかったこともある」という「良い所探し」で前向きな意味を見出そうとする姿勢(Validation:認証、承認)が必要。本人も周りも絶えずそれを心がけ実践することで次第に二分法的認知から脱却し、視点を切り替えられるようになる。

私も大きな発見だったけれど、毒親育ちにはこの二元的な見かたをしてしまう人が非常に多いと思う。「白ではない」と言うと、話の主題そっちのけで「じゃあ黒なのか」と言ってくるものだ。そうやって毒親から振り回されてきたために、人に対してもそうするようになってしまったのだと思う。

世の中のほとんどすべてのものは「グレー」でできていることを認識して、意識的にものごとを総合的に見るようにしていくことが必要だ。人も「いい人」「悪い人」に勝手に分類せず、同じ人でも好きなところと嫌いなところがあるということを理解する。

(3) 自分が自分の「親」になる

究極の方法は、「自分が自分の親になる」方法。「親に期待するから裏切られる、認められたいから否定されると傷つく。自分が親として自分にどうアドバイスするか考え、相談して生きていこう」と、ある女性は決心し、理由のない自己嫌悪に陥ることがなくなり、前を向いて生きていけるようになった。不思議とチャンスが開け、仕事でも対人関係でも認められるようになった。

「親への期待」を捨てることはとても重要だ。これがあるからつらいわけで、これさえなくなれば実は親がなにをしてこようとどうであろうともなんのダメージも受けない。でもそこに行くまで人によって時間がかかる。そのプロセスを踏んだ上で、この方法へつなげるのだと思う。

(4) 人を育てる

愛着障害の人は「親にうまく育ててもらえなかった」人なので、克服には誰かに親代わりになって育て直してもらうことになるのだが、実はもう一つ方法がある。それが、自分自身が「理想の親」となって、後輩や若い人たちを育てること。人付き合いの悪かった漱石は、弟子となった若い門人たちの面倒をよくみることによって、文豪と呼ばれるまでに人間的に成長したと思える。

愛着の傷の修復」のところでもあったけれど、自分の子供を持ち、子供と一緒になって遊ぶことはとてもいいらしい。自分の子供となると距離が近すぎてしまう場合は、仕事で部下を育てたりすることもありなのかもしれない。

(5) アイデンティティの獲得と自立

愛着障害を克服するということは、1人の人間として自立すること。これは「人に頼らない」という意味ではなく、「必要なときは人に頼ることができ、でも相手に従属するのではなく、対等な人間関係を持つことができる」ということ。

そのためには周りから存在価値を認めてもらうことが必要で、それにより自己有用感と自信を持ち、人とのつながりの中で自分の力を発揮することができる。つまり自立の過程は、周りに受け入れられ認められる過程であり、同時にそうした自分に「これでいいんだ」と納得する過程で、両方がうまく絡み合いながら進んでいく必要がある。

愛着障害の人は、最初から他者に受け入れられることがうまくいかず、同時に自分を受け入れることにもつまずいた人。重要な他者に受け入れられるプロセスをやり直して、自分を受け入れられるようになることで、愛着の傷跡から回復し、自分らしいアイデンティティを手に入れ、本当の意味での自立を達成できるようになる。

毒親育ちは、どうしても人間関係が常に「上下関係」になってしまうのだと思う。だから人のことはよく見てて助けるけれど、自分は人に言ってもらったり助けてもらうことができなかったりする。「プライドが許さない」と言って、うつになってしまう人もいる。「人に頼れない」のだ。

親に受け入れられ助けられて育つことが、生きていく上でどれだけ重要かということがわかる。日本では「しつけ」と言って、なんでも我慢させて育てることがよしとされてきた。急速な意識改革が必須だ。

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3件のコメント

  1. > mimiさん

    コメントありがとうございます。私も子供を持ったら、愛着の観点から見て意識的に子供と遊ぶことによって、よりより回復ができそうだなと思います。でもまだまだ親と同じことを無意識にやってしまいそうという不安が抜け切れないではいます。でも夫もいることですし、夫は夫で親と同じことを無意識にするだろうけど、そこは私がカバーできたりだとか、また私にできないことを夫がカバーしたりとか、協力してできないことはないかなとも最近は考えるようになりましたけど。
    無理ないのが一番だと思います。ご自分のステップ、ご自分のやりかたを尊重されてくださいね。私もそれでぼちぼち進んでいきます。

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  2. > mimiさん

    それは大変な人に当たりましたね。でもはっきり意思を伝えてよかったと思います。それで怒るようならそれはその人の問題ですよね。
    KensingtonにCollege of Psychic Studiesというところもあると聞きました。見てみたらSittingは50ポンドからとお高いですが、1時間じっくりやってくれるようです。昔すごくいいMediumがいたらしいですが、もう引退されているとのことでした。

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  3. > mimiさん

    たぶんこれは日本語で言う専門学校だと思います。Kensingtonの他にも、StanstedにもArthur Findlay Collegeという学校があります。Sittingはやっているかわかりませんが、ここはヨーロッパでも一番?有名な学校らしいです。古いMansionでMediumの勉強をするなんて、リアルハリーポッターの世界だと言われてました。イギリスっておもしろい国ですよね。

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