「愛着障害」抜粋:安全基地

次に、「安全基地」について。

安全基地と探索行動

愛着の絆が形成されると、子どもは母親といることに安心感をもつだけでなく、母親がそばにいなくても次第に安心していられるようになる。安定した愛着が生まれることは、その子の安全が保証され、安心感が守られるということでもある。アメリカの発達心理学者メアリー・エインワースは、愛着のこうした働きを、「安全基地」という言葉で表現した。

子どもは、愛着という安全基地がちゃんと確保されているとき、安心して外界を冒険しようという意欲をもつことができる。逆に、母親との愛着が不安定で、安全基地として十分機能していないとき、子どもは安心して探索行動を行うことができない。その結果、知的興味や対人関係においても、無関心になったり消極的になったりしやすい。守られていると感じている子どもほど、好奇心旺盛で活発に行動し、何事にも積極的なのである。

「帰る家がある」ことで、積極的にに出ていけるようになる。

一歳半を過ぎるころから、子どもは徐々に母親から離れて過ごせるようになる。しかし。ストレスや脅威を感じると、母親のもとに避難し、体を触れ合わせ抱っこしてもらうことで、安全を確保し、安心を得ようとする。

そして三歳ごろまでには、一定期間であれば母親から離れていても、さほど不安を感じることがなくなり、また母親以外の人物とも、適度に信頼して関わりをもつことができるようになる。母親を主たる愛着対象、安全基地として確保しながら、同時に、他の従たる愛着対象や安全基地をもち、活動拠点を広げ始めるのである。

母親がきちんと「安全基地」として確立できると、だんだんと母親から距離をとっても生きていけるようになる。母親が実際にいなくなっても、心の中に「安全基地」が確立されているので生きていける。

安全基地が確立されていないと、私のようにどこに行ってもなにをしても不安にとらわれてしまい、本当に自分の歩みたい人生を歩めなくなる。選ぶ選択肢が常に「不安感を埋めるため」のものになってしまい、自分の気持ちと現実の間に乖離ができていって苦しむ。

このことは、大人においても基本的に同じである。安定した愛着によって、安心感、安全感が守られている人は、仕事でも対人関係でも積極的に取り組むことができる。「安全基地」を確保している人は、外界のストレスにも強い。さらに言うと、幼いころにしっかりと守られて育った人では、大人になってからも自分をうまく守れるのである。

子供のころに守られて育っていない人は、守られたことがないので、どうやって自分を守っていいかわからないし、自分が「守られる対象である」という概念もない。これでは一人で生きていけない。きちんと守られて育つことはとても重要だと思うし、それはけして「甘やかし」ではない。

ただ気をつけたいのは、過保護になってサポートを与え過ぎ、子どもの主体的な探索行動を妨げたのでは、良い安全基地ではなくなるということである。安全基地とは、求めていないときにまで縛られる場所ではないのである。それでは、子どもを閉じ込める牢獄になってしまい、依存的で、不安の強い、自立できない子どもを育ててしまう。

「求めていないときにまで縛られる場所ではない」というのが、とても重要だと思う。私の場合、求めていないときに縛られ、求めているときに投げられてきた。真逆だった。壊れて当然だ。

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