共依存

久しぶりの再会」で会った友人から、「共依存」と「愛着障害」という言葉を聞いていた。

聞いただけではなんのことだかまったくわからなかったけれど、私の話を聞いていて非常に該当するとのことで、本を貸してくれることになった。ありがたかった。

家に戻ってからネットで調べてみたら、「共依存」というのは、「アルコール依存症」などさまざまある依存症のひとつで、依存の対象が「」のものらしかった。相手に必要とされることで、自分の存在意義を見い出す。また相手をコントロールして自分の望む行動を取らせることで、心の平安を保とうとする。

まさにうちの親だった。「人」と「カネ」を使って私を思い通りにし、自分を満足させようとする、「腐りきった毒親」だった。自己肯定感が低く、私を使ってそれを満たしていかないと生きていけないのだ。

実家は全員がそうだった。両親と妹の三人は考えがほぼ同じで、それとは違う考えの人間が許せない。三人の中で考えが違うところが出てきても、お互いにカバーし合って生きている。「祖母のいない実家」でも書いた通り、嘘までついてなんと「現実」のほうを自分たちのバーチャル世界に無理やり合わせて生きている。一般人にはついていけない。

だから、それに協力しない私が許せない。私は「常識がなく思いやりのない子」なのだそうだ。あの家の勝手な都合に従うのが「常識」であり、間違っていることでも嘘をついてやるのが「思いやり」だとしたら、大正解だ。よくできました。

親と共依存だった妹は、私と同様に、それを旦那との間にも当然持ち込んだのだろうと思った。だから旦那が自分の思い通りにしてくれないと別れ、思い通りにしてくれるようになると復縁し、思い描いていた結婚とは違うことをされると離婚しなければならないくらい許せなかったのだろう。

私もまったく同じだったけれど、自分の悪いところに気がつけて、受け入れて、どうにかしようと頑張った。まだまだ終わってはいないし、苦しい思いをしてはいるけれど、それでも前に進みたいから、よくなりたいからと、自分の問題を見つめて、乗り越えようとした。

それもこれも、私には「実家に戻る」という選択肢が完全になかったからだ。「この結婚をどうにかしなければ実家に戻ることになる、それでは生きていけない」と思ったからだった。夫とは共依存関係にあったものの、実家との共依存からは抜けていた。

でも妹は親と共依存で、「自分は悪くない」という思い込みと、「実家に戻る」という選択肢があった。だから離婚ということになったのだと思う。

タバコを吸う、それ自体は確かに健康にいいことではない。できれば吸わないほうがいい。だから「旦那にタバコを辞めさせる」ということは、一見すると正しいことだと思ってしまう。だから辞めるよう約束を無理やりする。確かに言ってることは正しいから、旦那も約束してしまう。

でも約束したからって、すぐに辞められるものではない。そこで話し合って、禁煙までどうもっていこうかをお互いが納得する形で決めればいい。もしくはまだできそうになければ「子供がいるから家の中では吸わない」に留めるでもいい。

しかし妹は「自分は正しい」と思い込んでいるから、禁煙を強行する。約束したのに守れないやつが悪い。言ってることは正しいから、それを親も後押しする。状況もなにも考慮に入れず、ただただバーチャルに「しっかりしている娘」を支持してしまう。だって、自分たちもそうしてきたからだ。

でも重要なのは、果たしてそれで幸せかどうか。

親は働いてコツコツお金を貯めてと「正しい」ことをやってきて、大きな家を建てて住んでいる。家にはポツンと二人だけで、長女は連絡もしてこず、飼い犬はがんになって死んだ。父親は休みは必ず自分の趣味のために出かけ、母親は放置。妹はしなくてもいい離婚をして、一人で子育てをしている。

確かに自分たちの満足に協力しない=共依存でない私や妹の旦那を追い出して、そのときはスッキリしたかもしれない。でもそうしたらいったいどうやって自分を満足させるのか。自分で自分を満足させることのできない人たちが、どうやって生きていったらいいのか。

「共依存」は居心地がいい。「常識的に」とか「普通は」とかいう言葉を多用して、自分の考えを正当化し、他の考えをすべて排除し、それがまた支持される。なかなか抜け出せない。でもいくらそれを続けていても満たされることはなく、幸せにはなれない。

そして「共依存」の一番の問題は、その外にいる人たちとうまくやっていけないことだ。両親も親族の中で浮いており、妹も外からきた旦那とうまくやっていくことができなかった。

私はそれでは嫌だった。自分にできることがあるならやりたかった。

スピリチュアルリーディングへ」でも言われた通り、確かに自ら苦労を選んでしているようだけれど、でも一時的なスッキリ感のためにすべてを手放してしまうことはできなかった。ものすごい嫌だったけれど、自分を見つめた。頑張った。

自己肯定感が生まれてきた。

確実に、あの人たちとは違う道を歩み始めていることを認識した。もしかしたら、本当に向こう側に行けるかもしれないと思った。しかも、もうすぐ。あきらめないでここまで来てよかったと思った。支えてくれていた人たちに、大きな感謝の気持ちがあふれた。

行ける。行けそうな気がする。私はもう「かわいそうな子」ではない気がする。眼の奥が明るく、光が見えたような気がした。たぶん、新しい世界がすぐそこまで来ている。そう感じた。

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9件のコメント

  1. はじめまして。毒親からの解毒を調べてここへ辿り着きました。
    私も問題の一つだと感じていた、
    自他の境界線の無さについての記事など参考になりました。私もまたこれが原因で傷つくことも多く、共依存の友人ばかりでした。
    今も加減がわかりません。
    あと、歯軋りは、私もあります。普段から奥歯を噛み締めている癖に一年前に気づき、日中は意識することでずいぶん楽になりました。夜は相変わらずなので、寝る時はマウスピースをするのも一つの案とマッサージの人に言われました。(顎に負担がかかるから)

    今後も記事の更新を楽しみにしております。
    私も自分の人生を生きたいですわ

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  2. > 30さん

    コメントありがとうございます。参考になって嬉しいです。日本は社会全体で境界線が薄いので、境界線がきちんとある人のほうがレアな気がします。私もまだ加減がはっきりとはわかっていませんが、自分が「こうなりたいな」と思う人の言動を見て参考にしています。いろいろなやりかたがあると思うので、30さんにぴったりなものが見つかるといいなと思います。

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  3. 私は今、すべて自分の思う通りしないと 鬼のように怒る母親に 悩みながら生きています

    たぶん毒親なんでしょう 私はいつも死にたいと思ってます

    何か解決できるように 自分らしく生きていけるよう でも私の考えでいったら不幸になる気がして 親の意見を聞いてしまいます

    普段はなかなか言うことを聞かない娘なんで 鬼のようにしかりつけるんでしょうね 私は自分の考えで自分の人生を行きたい でも経済力に自信がなく離れる事が出来ないでいます

    たぶん親の意見が自分の意見になってしまっていて
    親が強く言うからこうなったと 喧嘩になります

    親は人のせいにして!って 鬼のように怒りますが。

    監視 支配 マインドコントロール?から逃れることが出来ないでいます

    私も他人といても疲れるだけです 唯一 すべて見せれた旦那とも 最後の最後まで離婚は避けたかったが親が強制的に鬼のように怒ってそのとおりしました なので今になっても自分で決められなかった事が 後悔と親を責めるようなってしまってます

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    1. > 千春さん

      コメントありがとうございます。親の意見を聞いてしまっている、でもまだ離れることができないと、問題を的確に認識されているのは大きな一歩だと思います。私が不安症の対策としてカウンセラーから勧められたことですが、小さなことから挑戦してみるのはどうでしょうか。いきなり大きなことからやってみるのは不安が大きいので、例えば今日の夕食は親が勧めたものではなく自分の好きなものを食べてみよう、などと意識してやってみることです。やってみたあとで、「親の言う通りにしなくても大丈夫だった」「食べたいものが食べれて満足した」「じゃあ次はもう少し大きなことにチャレンジしてみよう」などと少しずつ自分のやりたいようにすることに安心感を得ていって、そのたびに「親の言う通りにしなくても大丈夫だった」と感じていくことで、最終的にはなんでも自分のやりたいようにできることを目指します。自分は本当はなにがしたいのかを小さなことでも常に把握しながら行動していくことでも、自己肯定感はついてくるかもしれませんね。

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  4. 異性ですが友人(男性です)で共依存の方がいます。引きこもりで家事をしない奥様を甘やかすことを愛情と履き違えているように思います。

    本人は仕事をしながら更に育児や家事にも積極的にこなしています。なのでメールや電話でよく愚痴を聞いているのですが、時に自分を責め、追い込んでいるように感じます。他所の家庭のことなのであまり口出しはしないようにしていますが、慣れてきたからか、私に攻撃的な発言をするようになってきました。

    くじけそうになりながらも心配でつい気にかけてしまいます。

    まず自己評価をあげてあげたいと思い、さりげなく頑張りを誉めたりしています。

    私はこれから…どのように関わっていけばいいのでしょうか。

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    1. > ひめこさん

      専門家ではないのでアドバイスはできませんが、もし私だったらどうするかということでよろしければお話したいと思います。毒親育ちのかたみなさんそうかもしれませんが、やはり親と同じ特徴を持った人が周りに寄ってくることが多く、実家にいたときと同様に攻撃的な発言をされたりなど嫌な思いをすることが多々あります。そういう人たちは無意識に私のような人のにおいをかぎつけてくるし、私もそういう人に無意識にはまりやすいのですよね。なので私は「これは…」と気づいた時点で逃げるようにしています。可能であれば私がどう思うかを伝えてから逃げますが、それもしたくなければしないで逃げます。嫌な思いをしてまでつき合わなければならない人などいないと思います。今のところこの方法でまず私自身を大切にすることにしています。参考になるでしょうか。

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      1. メッセージありがとうございます。どうでもよい友達なら逃げていたかもしれません……ですが、私を頼り、相談してくるその方を邪険にも出来ず…という状態です。

        性格上おせっかいやきな物ですから、つい聞き手になってしまいます。話を聞く分には全く嫌な気はしないので…。

        おこがましくも、私に出来ることはないのでしょうか。

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      2. > ひめこさん

        私も以前は聞き上手でした。私の場合は親の話を聞いてあげてきた癖と、頼られ好かれるいい人でありたいという自己肯定感の低さからでした。でも自己肯定感が身についてくるに従って、私に対して攻撃的なことを言うような人を「どうでもいい人」と認識し、聞き上手をやめることができました。ひめこさんにできることはご自身の自己肯定感を育まれることではないかと感じます。お話にはひめこさんのメリットがまったく見えません。逆に彼のほうはひめこさんを頼り攻撃的なことを言いやりたい放題です。それでもなおそのかたのお話を聞いてあげるメリットはなんでしょうか。ひめこさんのことを邪険にしてくる人を邪険にできない理由はなんでしょうか。その辺りを掘り下げてみられるとよさそうな気がします。

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      3. お返事ありがとうございます。

        そうですね…趣味を通してお世話になっていることと、「そう」だと知る前はとても包容力のある優しい先輩だったから…とでもいうべきでしょうか。

        普段はとても頼り甲斐のある方で、周りの方も一目置いている感じです。私だけが知ってしまったというか…

        人として惚れてしまっているからでしょうか。よくわかりません。

        私は本来楽観主義なので攻撃もかわしています。あまり言われたことを深く考えてもいません。「そういう人なんだ」と思えば楽なもので、なので関わり続けています。そして労いを表すことで落ち着き、安らぐその方を見て、このまま自信を取り戻せないかな、と考えてしまいます。安直ですね。

        ただやはり、攻撃的にならないで済むのなら、それに越したことはないのになって思ってしまって…そんな簡単なことではないのに、ですよね。

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