あの世とこの世の狭間

夫のせいで追い詰められるのに、追い詰められると夫からさらに怒りをぶつけられた。なにが起こっているのか、なんでこんな目にあうのか、まったくわからなかった。どんどん頭がおかしくなっていった。

ただでさえ私の英語は夫にかなわないのに、夫は自己正当化が恐ろしく巧みだった。優しい夫のはずなのに、こういうときは私が外国語で話していることも考慮してくれず、逆に私の解釈が悪かったり理解力が足りないせいにされた。優しい夫のはずなのに、私の弱みを全力で突いてくる。信じられなかった。

喩えだけれど、夫から殴られれば、当然私は「痛いじゃないか」と怒るだろう。すると、なんと夫にキレられる。殴られて痛いのは私、殴ったのは夫なのに、謝れないどころか、とにかくキレる。そして無理な正当化をしてくる。内容ではなく、人から「怒り」を向けられると自動的に頭の回路がおかしくなるようだった。

夫はよく「やられたらやり返さなければならないんだ」と言っていた。傷めつけられたのは私なのに、怒られたから「やり返す」と言う。完全に頭のおかしい人だった。

そこで私はさらに突き放されたように感じ、消えてなくなりたいと思うのだ。こんな気持ちを味わうくらいなら、もうここで死んでしまわないといけないと思うのだ。

どんなに私が言葉を尽くしても、頭のおかしい夫の前では無力だった。子供のころ、親という権力者の前ではなにを言っても無力だったように。

誰も私のことを考えてくれない。誰も助けてくれない。

世界から切り離されて落ちていく恐怖。完全に頭がおかしくなった。

もうどうしようもなくなって、CBTのセラピストからもらっていた「Samaritans(サマリタンズ)」の番号に電話した。日本の「いのちの電話」と似たようなものだけれど、ここでは解決するためのアドバイスはくれない。ただ話を聞いてくれるだけだ。だから迷ったけれど、それでももう構わないと思った。

応答してくれたのは、男性だった。舞台俳優のような「Hello」という深くあたたかい声を聞いたとたん、があふれて止まらなくなった。

こんな他人のたったひとことで、涙が出るとは思わなかった。もちろん解決のためのアドバイスだって必要だろうけれど、目に見えなくても「心を落ち着ける」というのはとても重要な作業だった。誰も私の存在を認めてくれなかったけれど、ここにこうして夜中にもかかわらず電話に答えてくれる人がいた。それだけで泣ける自分が本当に悲しかった。

そして私が知らない人に泣きながら電話で助けを求めていても、夫は怒ったように隣の部屋に行ってしまって無視だった。夫に傷つけられているのに、私が人に助けを求めるとそれにもキレてくる。夫は本当にひどい問題を抱えていた。

でもそんなことはこのとき知りようもなかった。ただただ実家でされたことが再現され続けていた。実家から抜け出したと思ったのに、また同じ目にあっていた。しかも偶然生まれた親からではなく、私のことを好いてくれて結婚したはずの夫からそれをされていたのだ。

電話が終わっても、「大丈夫か」もなにもなかった。翌朝も、なにか言ってくれるだろう、なにか言ってくれと願っていたけれど、なにも言わずに怒ったように会社へ出て行ってしまった。

玄関のドアが本当に閉まったとき、「今日が私の命日なんだ」と思った。

後ろにあるはずの8階のベランダが、目の前にはっきりと見えて。今からここから飛び降りなきゃいけないのだと思った。全身ががたがたと震えた。今日、この日に、今から、すべてが終わるのだと思った。

どれだけ震えていたのかわからない。ものすごく怖かった。今までの人生で、なによりも一番怖かった。

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